7歳の子供置き去りの件に思う

2016年06月03日 | 日記
北海道の山中で父親に置き去りにされた7歳の男の子、見つかって本当に良かった。

今朝一報を知った時、ホッとして私は涙が出た。

大和くん、たくましい子だなあ。よく頑張ったよ。

7歳の子が水だけで6日間、ひとりぼっちで過ごしていたなんて、どれだけ辛かったことだろう。

行き過ぎたお仕置きから始まった騒動で、世間から大批判を浴びたお父さん。

子供の行方不明でただでさえ辛いのに、その胸中を思うと可哀想だった。

まあ何しろ無事見つかった。
世間や周りの人達は、もうお父さんをそっとしてあげようよ。

躾やお仕置きというよりは、多分カッとなってついやってしまったのだろう。

親ならば、ほとんどの人がその感情は身に覚えがあるのでは。

私もある。

息子が小さい頃、躾という思いではなくついカッとなって何回も叩いたり怒鳴り付けたこと。

ホント、あの時はゴメンね息子。

あと、あの時もゴメンよ息子。

そしてあの時も…

て、どんだけあるんだ。


私が子供の時、それも小学2年生の時、父親に一瞬だけ置き去りにされたことがある。

いとこ達と一緒に父の運転で海に行った帰りだった。

父はものすごい短気な性分で、ちょっとしたことで私達子供はすぐ叩かれたし怒鳴られた。

蹴っ飛ばされたり転ばされて踏みつけられたこともあった。

海に行った帰り、たかだかまだ幼い私が何が言ったことにカッとした父は、私を車から降ろして去ってしまった。

私は、あの時の自分の感情を覚えている。

悲しくはなかった。悔しかった。

幼いなりに反発心を抱いた。
クソ、お父さんの車に乗るものか。

そんな気持ちだったと思う。

きっと大和くんも、同じ気持ちだったんだろうなあ。

だからお父さんの車の方に向かって歩いていかなかったんだなあ。


大和くんのお父さんのように、私の父も5分後には戻ってきた。

でも私はすぐには乗らなかった。悔しくて。

多分大和くんもお父さんが戻ってきた時にすぐ見つけられていたとしても、すぐは乗ろうとしなかったかも。

そんな気がする。


すぐに乗らなかった私だが、結局はまた父に怒鳴られて怖くて乗った。


何十年も前の昔のことだけど、ずっとあの日のことを鮮明に覚えていた。

今回の大和くんのことで、またそれを思い出した。


いつも短気でどうしようもなかった父。

亡き父は、大和くんのお父さんのように、涙をこぼして反省してくれたことってあったのかなあ。

してくれたこともあったのなら、半分ぐらいの恨みつらみは水に流してあげるよ。

64歳でいってしまった父だけど、もっと年寄りになってて生きててくれていたら、ヘルパーになった私がちょっとは世話してあげたのにさ!