『総務部長はトランスジェンダー』から続けて引用します。
日曜日に女装サロンに行った鈴さんは、自分でお化粧に取り組みます。
まずは、持ってきた女性物のTシャツとスカートに着替えた。着てきた男物の服はロッカー
に入れた。
このサロンではロッカーの貸し出しも行っているらしく、室内にはずらりとロッカーが並ん
でいる。サイズの大きさにより月額料金が決まっているのだそうだ。独身の一人暮らしならま
だしも、私のような家庭持ちには、そのような女性物の服を収めるロッカーがあるのはとても
ありかたい。私もいずれ、ここを借りるのかもしれない、そう思った。
洗顔、その後、化粧水、乳液で肌を整える。次は、青々としたヒゲを隠すために、資生堂の
スポッツカバーという、カバーカの強いファンデーションで口元を塗り、その上から一般のフ
ァンデーションを重ねた。眉つぶしで、太い眉を隠し、アイブローペンシルで女性らしい優し
いラインを引くのだが、これがうまくいかない。眉など整えたことも意識したこともないので、
どんな風に引けばよいのか見当もつかなかった。Mさんにおおまかな眉の始点、終点のライン
を教えてもらい、恐る恐るペンシルで揺いてみたが、イマイチそれで良いのか解らぬまま、次
のアイメイクの工程に進んだ。
アイシャドウはブルーを選んでみた。当時の私は女性のアイシャドウというとブルーという
一九七〇年代のイメージがあったのだと思う。何とかグラデーションをつけて完了した。
苦労したのは、アイラインとつけまつげだった。細い筆で眼球スレスレを綺麗に縁取る、そ
んな芸当をよく女性は平気でやるものだと、改めて感心した。つけまつげとアイラインは、結
局Mさんに手伝ってもらい、チークを頬に塗り、口紅を塗って、メイクは完了。
メイクを終えた自分の顔をあらためて目の前の鏡で確認する。そこには単に濃い顔をしたお
じさんが映っているだけで、全く女性には見えなかった。しかし、その後ウィッグをつけた瞬
間、それはコ笈した。女性とまでは言えなくても、今までのおっさんだった自分とは別の人間
が鏡に映っていて、少し嬉しかった。そうか、髪で女の印象は全く変わるのだな。それは、ま
さに変身という言葉がピッタリたった。
「綺麗にお化粧できているわ」
Mさんが褒めてくれると、少し自信が湧いてきた。
> アイシャドウはブルーを選んでみた。当時の私は女性のアイシャドウというとブルーという
>一九七〇年代のイメージがあったのだと思う。何とかグラデーションをつけて完了した。
私も1970年代に大学生でしたから、この彼女の気持ちはよくわかります。
当時のハマトラ女子、みんなブルーのアイシャドウでした。