女装子愛好クラブ

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『苦い旋律』における曄道征四郎の初めての女装外出は札幌でした

2021年09月03日 | ★女装の本・雑誌
承前です。
本ブログをご愛読の皆様は曄道征四郎と聞いてピンとくる方が多いのではないでしょうか。
梶山季之先生の名作『苦い旋律』で異性装を楽しむ女性下着メーカーの社長です。
その彼が初めての女装外出する街を札幌にしたのです。
「なんで、札幌なのかな?」となんとなく疑問に思っていました。
それが昨日の記事を書いたことで初めてわかりました。
梶山季之先生は、懇意にしていたカルーセル麻紀さんのゲイボーイ出発の地・札幌に敬意を表したのではないでしょうか。

 三面鏡の前に、バス・タオルを腰にまとった、一個の男性が坐っていた。
 曄道征四郎である。
 彼は、すでに顔に白い化粧をほどこし、目ぼりを入れ、ルージュを塗っているところ であった。
 青いアイシャドーが、彫りの深い顔立ちを、更に引き立たせている。
 マルセール・佐紀は、すでに化粧や着つけを終えて、高い踵の靴を穿き、ジュータンを敷きつめた床の上を、踊り子よろしく歩き廻っている。
「あなた・・今夜は、どのカツラになさる?」
 佐紀はきいた。
「平凡なのがよくない?」
 曄道は答えながら、上手に唇を塗りわけてゆく。
 化粧が済むと、彼は、ベッドの上に、佐紀が並べた女性の下着をとって、手際よく身にまとうのだった。
 今夜は、ブルーに統一してあるらしく、パンティも、ブラジャーも、すべて水色である。
 曄道は、それを着ながら、
「佐紀...。そんな網目のストッキングや、そんな十五センチのヒールを穿いて、外は歩けないわよ...」
 とたしなめている。
「わかっているわ」
 と、マルーセル・佐紀。
 シームレス・ストッキングをつけ、水色のスリップを頭からかぶって、曄道は上品なスーツをとりだす。
 
 ――ああ。
 曄道征四郎は、この札幌の街で、大胆にも女装して、外を出歩こうという気持ちらしいのである。
 そして恐らく、その目的のために、半女性ともいうべきマルセール・佐紀は、札幌へ呼ばれたのであろうか。
 女装して、夜の街を歩く。
 それは、〃女装マニア〃と呼ばれる人々にとっては、一種の願望なのだそうであった。
 そして、女性と間違えられ、
「お茶でも飲まない?」
 と、同性から誘われたりすると、最高のエクスタシー状態になると云う。
 実に奇妙な心理であるが、曄道は、東京では果せないその願望を、この異郷の地で試みようと、しているのではあった...。
 平凡な、セットされたカツラを、二人はかぶり、ヘアピンで留め合った。
 そして、コートを着、ハンドバッグを手にする。
 曄道は水色のハイヒール、佐紀は真紅のハイヒールを履いた。



 どこからみても、二人は 〃女性〃だった。いや、女性そのものだった。
「部屋の鍵を、忘れないでね?」
 曄道は、そう云いながら、佐紀を抱いて接吻し、
「あたし、サポーターをつけないと、興奮して駄目みたい.....」
 と囁く。
「コートがあるから、大丈夫よ....」
 佐紀は微笑した。
「だって、喫茶店に入ったときは?」
「バッグを腿のところに、載せておけば大丈夫」
「本当に、いいかしら?」
「心配しなくても、誰も、男だとは思わないわ」
「胸が、どきどきよ?」
「それは、そうでしょうね......」
 佐紀は、曄道の唇を吸って、
「あたしだって、凄いわよ?」
 と云う。
「ホテルの人に、怪しまれないかしら?」
「佐紀が万事、うまくやるわ」
「頼むわね...」
「あまり長く散歩しないで、一時間くらいで帰って来ましょうよ」
「ええ、わかったわ」
 曄道征四郎は、すでに女になり切った、低い声音である。
「街で、声をかけられても、澄ましていること。これが秘訣なの....」
「わかったわ」
「では、行きましょうか.....」
 佐紀は、先輩らしく振舞い、先に部屋を出て、左右を見廻し、
「いいわよ、あなた・・・・・・」
 と低く叫んだ。(中略)


 曄道征四郎は、生まれてはじめての体験に、異常な興奮を覚えていた。
 エレベーターから降り、フロントを横切ってゆく時の、あの妖しい、息苦しい胸の鼓動といったらなかった。
 ハイヒールの細い踵が、ジュータンに喰い入り、歩き辛い。
 ブラジャーで胸を、ぐっと絞めつけられている。その感触が、また、彼には、たまらないのだ。
 ホテルの前で、タクシーを持つ。
 ボーイが、佐紀と彼とを見較べ、
<ほう、美人だなあ....>
 というような顔をしている。
 タクシーに乗るとき、彼は佐紅を真似して、尻の方から先に座席へ入れた。そうして脚を揃えて、車内へすーっと引き入れるのだ。
「行き先は?」
 運転手がきいた。
「薄野よ」
 マルーセル・佐紀はそう云って曄道に微笑みかけるのだった。そして、ハンドブックから長い婦人用のパイプをとりだし、器用に煙草をつけて、ライターを鳴らすのである。

 曄道は緊張していた。
 コンパクトをとりだして、そっと鏡の中を覗いてみる。
 女の顔があった。
 <大丈夫かしら......>
 彼は、そう、女のように心に呟く。
 間もなく薄野の盛り場へ着いて、二人はタクシーを降りねばならなかった。
「いよいよ、本番よ.....」
 マルセール・佐紀は微笑して、ゆっくり彼の腕をとった。

 映画館の並んでいる、明るい大通りは、流石に気がひける。
 二人は電車通りをさけて、裏通りを歩いてグリーン・ベルトのある大通りへ出た。
「どう? はじめて、外出した気分は」
 佐紀は、悪戯っぽく云うのだ。
「まだ、胸がどきどきしてるわ」
 曄道は、俯き加減に、水色のハイヒールの尖端を見ながら、歩いている。
「ほら、みんな、私たちを振り返って、みてるわよ......」
 佐紀は、いちいち報告する。
 曄道は、なかなか顔を上げられなかったが、やっと暗がりに来たので顔をあげた。
「もっと、堂々としなきゃ駄目!」
「だって、怖いのよ.....」
「みんな、あなたが男だとは、思ってないわよ....。平気でいなさい.....」
「そうかしら?」
「喫茶店へ、入ってみない?」
 佐紀は揶揄するように云うのである。

 手術をうけて、半女性となった佐紀は、女装が板についているから平気だが、密かに女装を愉しんでいた彼には、外を歩くということが、物凄い 〃大冒険〃 のように、感じられたのである。
 酔った男たちが、通りがかりに、
「よう、お嬢さん! お茶でも飲まないかい?」
 と声をかけたり、中年の紳士が、立ちはだかって、
「つきあってくれない?」
 と、執拗にからんて来たりした時には、流石にひやひやしたが、マルセール・佐紀は手馴れたもので、
「約束があるから、だめ!」
 と、ピシリと撥ねつけるのだ。
 そして、男から声をかけられるのを、密かに愉しんでいる風情であった。
  出所『苦い旋律』(梶山季之著)


コメント (5)
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