B29を見たときの驚きは忘れられません。
大きな爆音で、近くの高射砲陣地からの探照灯に
映り出された姿はもう吃驚でした。
高射砲はもの凄い音でしたが、すこしも当りません
B29は悠々と去って行きました。
昭和19年だと思います。東京大空襲の前でしたから。
その後日本の飛行機との空中戦で、日本の飛行機は
煙を噴いて低空で何処かへ墜落したようです。
みんながワーツと言って、私たちは泣きました。
その後上空からキラキラと銀色のパイプのような物が
落ちてきました。B29だと誰かが叫んで、万歳!と
叫びました。母が落ちてくると危ないと言って
防空壕に入りました。近所の人が、茂原あたりに落ちたな
と言っていたそうです。
あのキラキラ光ったB29のパイプのような物が、
忘れられませんでした。
B29が落ちて大騒ぎになった所は大変だったそうです。
丁寧に葬った所も、隠した所もあったそうです。
みんな辛い体験をしました。
御殿場は富士山を方向転換の目標にされたので、落とし損ねた爆弾の始末でバラバラ゛爆弾を落とされたのが唯一の被害です。
母の実家は千葉県市川市でしたが
東京が焼けて空が真っ赤になったそうです。
祖母も叔父たちも私たちが死んだと思ったそうです。
無事生還して、祖母叔父夫婦によくしてもらい
今も元気でいます。
ありがたゐです。