切れたメビウスの輪(26)

2016-12-21 21:19:46 | 怪奇小説
程無く、ドアが開いて白衣の医者が入って来たので、横顔生夫と縦顔死郎は、
「やあ。」と言って手を挙げた。
白衣の医者は、
「ああっ、ビックリした。あなた方は生きているのですか? それでは死亡診断書を取り消しますので、会計を済ませて帰って下さい。」
と言って部屋から出ていった。

「これで私は生き返りました。」と、横顔生夫。
「これで私は生き返ってしまいました。」と、縦顔死郎。
「これで、二人で毎日ビールを飲めますね。」
「今度、ソプラノ歌手のコンサートに一緒に行きましょう。」と、横顔生夫。
「いいですね。クラシック演奏会も一緒に行きましょう。」と、縦顔死郎。
「そうしましょうか。」
「そうそう、ディズニーシーへも行きましょう。」
「そうですね。」
「それから、私は仕事を探しますね。」
「いやいや、私が働いているので、急ぎませんよ。少しゆっくりしてください。」

「ところで、ディズニーランドに行くときに、お兄さんの縦顔生郎さんを呼びたいのですが、いい方法が有りませんかね?」
「テレパシーで呼んでみますね。」
そして、縦顔死郎がテレパシーを使って兄の縦顔生郎との連絡を試みたが、二つの世界が既に完全分離された今はテレパシーも通じなくなっていた。

「ダメですね、兄とは連絡がつきません。」
「そうですか、入口が閉じられてしまったからね。」
「兄とは、私が死んでから会うようにします。」
「そうですね。私の童話の読み聞かせもできなくなりましたが、私も死んでから読み聞かせるようにしますから、今の世界に居る時にたくさん作っておきますよ。」
「そうしましょうか。」

それから、横顔生夫と縦顔死郎は、今いる世界で生活を楽しむとともに、死んでからの生活の計画を立てて、人生を二倍楽しむつもりである。

この二人が死んだときは、縦顔死郎たちの元住んでいた世界に戻るので、懐かしくてホッとするであろう。

  完

切れたメビウスの輪(25)

2016-12-20 21:05:40 | 怪奇小説
その時、家全体がビビビビと振動した後で薄いモヤに包まれた。
そして、入口のドアが大きく歪んで、部屋の中から稲妻のような閃光が断続的に漏れてきている。
しかし、雷鳴は聞こえず、静かに光っているだけである。

横顔生夫と縦顔死郎は二人して
「ああっ、私の家が。」
「家が、家が。」
と、釘付けとなって見ていた。

しばらくして、稲妻のような閃光は治まり、家の振動も無くなったので、二人は恐る恐る、家に近づいていった。
「あっ、私の入口が無くなっている。」と縦顔死郎。
入口が消え去っていて、何も無い壁になっていた。
「やっぱり入口が消えましたね。」と、縦顔死郎。
「わたしの入口は有りますよ。」と横顔生夫。
「あっ、本当だ。」
「入ってみますか?」と横顔生夫。
「気持ちが悪いですね。」
「すぐ出られるように入口付近だけにしておきましょう。」

二人はそっとドアを開けたが何ら変わった所は無かったが、ヒンヤリとしていた。
「なんか寒いですね。」
「そうですね。このヒンヤリ感は何処から来るのですかね?」
「あっ、少し中へ進むと、ヒンヤリしなくなりましたよ。」
「ああ、本当だ。入口だけがヒンヤリしているんですね。」
「あなたの世界と、私の世界との接合点だった所だけですね。」
「もしかすると、ここはメビウスの輪の接合点だったのではないですかね?」
「なるほど、それで私とあなたとが知り合えたのですね?」
「そうですね、表側を歩いていたのに、いつの間にか裏側を歩いていたのですね?」
「そして、何かの原因でメビウスの輪の接合点が切断されたのではないでしょうか?」
「先程の振動が切断された瞬間なのですかね?」
「おそらくそうだと思いますよ。」
「それが本当なら、縦顔死郎さんは、もう自分の世界に帰れなくなってしまいましたね。」
「そのようですね。」
「それなら、ここで一緒に住みますか? 私もあなたもこの家の住人ですからね。」
「それもそうですね。」
「それでは、二人とも生きている事にして、それを誰かに認めさせる必要があるので、二人が知り合った病院に行ってみましょう。」
「そうですね、生きている事を病院に認めさせるのが良いですね。そうしましょう。」

こうして、二人は病院に戻り、薄暗くて寒い部屋で
『交通事故 横顔生夫』の名札の付いた台車には横顔生夫が、『転落事故 縦顔死郎』の名札の付いた台車には縦顔死郎が背広のままで寝たのである。

切れたメビウスの輪(24)

2016-12-19 21:21:28 | 怪奇小説
一方、童話作郎はマイペースなので拘らない。自分の今置かれている世界をエンジョイしているからである。

「さあ、どうするか?」と、横顔生夫。
「さあ、どうするか?」と、縦顔死郎。
人生最大の決断である。

横顔生夫は、今の家が両方の世界への入口として存在している間は、このまま両方の世界の中で居たい。
会社の帰りにビールを飲んで、休みの日には子供達に童話を読み聞かせる。これ以上の幸せは無いと思っている。

それに、何よりも誰にも負けない大きく華やかな花束を手にいれ、ソプラノ歌手の深く澄んだ声に酔いしれる喜び、そして、花束を渡す優越感に浸り、柔らかい手との握手。これは絶対に譲れない。

縦顔死郎は、今の家が両方の世界への入口として存在している間は、このまま両方の世界の中で居たい。
時々ビールを飲んで、時々テーマパークに行きたい。
それに、何よりもオーケストラによるクラシック演奏会を静かに聞き入り、演奏が終わった時の、割れんばかりの拍手と、
「ブラボー」
「ブラボー」
の歓声は、ホール全体のうねりが自分を包み込み陶酔させるので、これは絶対に譲れない。

横顔生夫は、
「毎日ビールを飲みたい。」
「ソプラノ歌手と握手をしたい。」
「シックスシグマ手法を使った別のプロジェクトがまだ完成していない。」
と思い、今の世界に残ろうと考えた。

縦顔死郎は、
「ディズニーランドに行きたいし、ユニバーサルスタジオジャパンにも行きたい。』
「クラシック演奏会にも行きたい。』
と思い、双子の兄に相談した処、
「いずれ帰って来るのだから、自分と同じ経験をした方が良い。」とのアドバイスがあったので、住む世界を変えてみることにした。

意を決した横顔生夫は、コンコンとノックをして、縦顔死郎を待った。
程無く縦顔死郎が出てきたので、お互いの入口が閉じられるのではないかとの心配から、家の外でお互いの考えた事を話し合った。

横顔生夫は、どちらの世界で住むのか考えて、自分が今居る世界に住むことにした事を告げた。
そして、毎日ビールが飲める事、ソプラノ歌手と握手ができる事、仕事上のプロジェクトがまだ完成していない事を付け加えた。

それを聞いていた縦顔死郎は、
「実は、私もお互いの入口が閉じられる予感がするので、考えていたのですよ。」
と言って続けた。
「私は、ディズニーランドに行ける魅力が大きいし、あなたと同じようにビールが飲めるのも嬉しいですね。
兄に相談したら、ここにはいずれ帰って来るのだから、それまで住む場所を替えるのは、私が経験した事と同じだから良いと思うよ、と言ってくれました。」

「それでは、入口が閉じられたら一緒に住みますか?」
「そうですね、そうしましょうか?」
「そうしましょう。よろしくお願いいたします。」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。

切れたメビウスの輪(23)

2016-12-18 10:06:59 | 怪奇小説
第十一章 住む世界の移動

それから横顔生夫は、縦顔死郎の住む世界に行き、童話作郎とお互いに子供達の喜ぶ童話を作り、読み聞かせをしていたが、永い時間が経過したような感覚がしていた。

「童話作郎さんの童話は暖かくていいですね」
「いえいえ、あなたの童話のほうが可愛くて素晴らしいですよ。」
「わたしはこれで、一旦我が家に帰りますから。」
「おや、そうですか。また来てください。」
「ありがとうございます。」
「では、お達者で。」
「あなたもお達者で。」
この世界の人間に『お達者で。』はオカシイ。
この世界は時間が無く、食事を取ることも寝ることも要らないので、日にちの経過が分からず、気が付かないうちに一年が過ぎてしまっていた。

横顔生夫が家に帰ると、見慣れない仏壇が置いてあり、自分の遺影が飾られていた。
田舎に住んでいる両親が、タクシーに跳ねられた横顔生夫のために作ったのであった。
「あっ、俺が死んでいる。それに、カレンダーの日にちが読み聞かせに行った時から一年が過ぎてしまっている。
そうか、縦顔死郎達の世界へ行ってから、もう一年が過ぎてしまっていたのだ。

死んでしまったのなら、縦顔死郎の世界に居なければならないなあ。
しかし、それでは毎日ビールが飲めなくなるのでゴメンだ。
だけれど、あの広場で丸く座った子供達に、私の作った童話を読み聞かせることができる魅力は捨てがたい。」

その頃、縦顔死郎の所に市役所から郵便が送られてきた。
二階の窓からの転落により、病院からの生き返り宣告を受け、生き返りによる戸籍抹消通知であった。
「俺は生き返りをしたのなら、横顔生夫の世界に居なければならないなあ。
あの満員電車に乗るのはゴメンだが、毎日ビールが飲めるのと、横顔生夫と一緒に行ったあの楽しいテーマパークに毎日行くことができる。この魅力は代えられない。」と、縦顔死郎は考えた、

「さあ、どうするか?」と、横顔生夫。
「さあ、どうするか?」と、縦顔死郎。

横顔生夫はもう一つの幸せを考えていた。
「日比谷花壇で、誰にも負けない大きく華やかな花束を手にいれ、ソプラノ歌手の深く澄んだ声に酔いしれる喜び、そして、花束を渡す優越感に浸り、柔らかい手との握手。この楽しみは別の世界では失われてしまう。」

縦顔死郎はもう一つの幸せを考えていた。
「オーケストラによるクラシック演奏会に来て、静かに聞き入り、演奏が終わった時の、割れんばかりの拍手と、
『ブラボー』
『ブラボー』
の歓声を、自分に対する驚嘆として受けとり、ホール全体のうねりが自分を包み込んでいるように思う。
ああ、死んでいて良かった。
これが俺の死に甲斐であり、これ以上の至福の時はない。」

しかし、縦顔生郎は拘らない。なぜならば、両方の世界を知っているからである。

切れたメビウスの輪(22)

2016-12-17 10:36:49 | 怪奇小説
  第十章 テーマパーク

シックスシグマを使ったプロジェクトから
解放された横顔生夫が暫くぶりにノックをして縦顔死郎と縦顔生郎を誘った。
「ところで、縦顔死郎さんが生きている時には無かったアトラクションが有るのですが、行きませんか?」
と言うと、縦顔生郎が「ディズニーランドでしょ。私は行ったことがありますが、大人でも楽しいですよ。」
と答えた。
「そんな所があるんですか。」
と、縦顔死郎。
「そうですね、縦顔生郎さんが生き返っているときに行かれたんですか?」
「ええ、楽しかったですね。」
と、縦顔生郎。
すると、縦顔死郎が
「是非行きたいですね。」
と言ったので、明日三人で行くことにした。
「それでは、明日ノックしますから。」
「ええ、よろしくお願いします。」
「久しぶりだから楽しみですね。」と、縦顔生郎。
「楽しみにしています。」と、縦顔死郎。

翌朝、横顔生夫がノックすると、縦顔死郎
と、縦顔生郎が待っており、二人のウキウキ気分が横顔生夫には手に取るように感じられた。
三人は電車を乗り継ぎ、ディズニーランドのゲートをくぐると、シンデレラ城が目の前に迫ってきた。
「あっ、遠い昔に見たディズニーのお城だ。」
と、縦顔死郎が小走りにシンデレラ城に近付いていった。
「縦顔死郎さん、もうじきパレードが始まりますよ。」
「誰がパレードするのですか?」
「ミッキーやミニーたちのパレードで、すごく楽しいですよ。」
「そうですね、パレードは何回見ても楽しいですね。」と、縦顔生郎。
そして、パレードを楽しんだ三人は、スプラッシュ・マウンテンやビッグサンダー・マウンテンで大喜びをしていた。

「もう帰らないといけないので出ますか?
今日は楽しかったですね。ディズニーシーは次の機会に行きましょうか。」
と、横顔生夫。
「そうですね、ディズニーシーシーは私も行ったことがなかったですね。」と、縦顔生郎。
「ディズニーシーはどんなアトラクションなのですか?」と、縦顔死郎。
「私は行ったことがありませんが、たしか海をテーマにしたものらしいですよ。」と、縦顔生郎。
「ええ、そうらしいですね。実は、私もまだ行ったことがないのです。」と、横顔生夫。
「それでは、次はディズニーシーに行きましょう。それから、ユニバーサルスタジオジャパンへも行きたいですね。」
「そうですね、私もまだ行ったことがないので行きましょう。」と、縦顔生郎。
「そうしましょう。」と、横顔生夫。