オストメイトで山賊と海賊・・・銀座のコテコテ周旋屋のよもやま話

去年は100の山を愛し、今年は108の山に恋をする。
夏は太平洋の大波で泳ぎ続け、日本の自然を愛して66年。

癌ステージ4宣告、復活の備忘録

2022-09-02 10:56:07 | 癌のステージ4なんて糞喰らえ

 

 四月にいきなり体調を崩して、調べたら貧血の数値が4というあり得ない状態に陥って、有名大学病院で輸血をしながら検査したところ、大きくなった大腸癌が酷い状態で、腸壁を破ってリンパ節まで達しており、肺にも転移しているとの診断で、いきなりステージ4を宣告されたのが俺の古女房だった。

 元気だったし、ただ定期健診は面倒だと行かなかった。

 なにがなにやら解らない驚きの中、俺自身が体調を崩しコロナ陽性判定で1週間の隔離となり、電話とメールだけであちこちに対応しながら、俺の主治医のいる癌専門の大病院へと転院させたが、状況は悪く、緊急手術、隔離期間が開けて手術には間に合って病院に詰めていたが、予定よりも早く院内携帯が鳴り、術後直後に主治医から開腹した状態やその対応を聞き、驚くほどの酷い状態と見事な対応に感心したもんだった。

 俺とおなじオストメイトになることもなく、大腸やリンパ節、腹内の他の怪しい個所も大きめに削除したという解説で、凄いもんだと頭が下がった。

 転院の手続きや搬送は、俺がコロナ陽性判定で動けないので、隣の区にいる嫁に行ってる娘が車で走り回ってくれて、データの移管やらは主治医が直接にやって下さった。

 阿呆みたいに続く、異常なコロナ教の自粛騒動でも、なにもせずに間抜けに従うこともなく、四面楚歌上等、生命の為に闘ってやろうと仕掛けた。

 この連携は迅速で的確だったし、俺も隔離中に何度も丁寧に大学病院の担当医に電話をして一刻も早く転院をと理解を得たが、その患者本人はもう移らないでそこで手術をしても良いと、弱った身体で諦めかけていて、それは無視して一気に強行した。

 転院時にはすでに最短手術日程が組まれているのにも驚いたが、術後に執刀した主治医が血だらけの姿で笑いながら、根治を目指しますよ! の一言、どれほど心強かったか、感謝しかなかった。

 いまだに理解できない抗がん剤治療はさせたくなかったし、本人も嫌だった。

 治療ではなく拷問だろう。

 苦しい抗がん剤治療をやってもダメな場合も多い、ナニもしなくとも元気になる場合もある、そんな訳の解らない癌治療が延々と続いていることじたい、俺には謎でしかなかった。

 遺伝子を解析しているうちに、数パーセントの確率にひっかかり、効きそうな一つの免疫療法で行けそうだとなり、それから後遺症も副作用もない楽な治療で、3週間に1回の30分の点滴だけ、処方薬は整腸剤だけで3か月が過ぎた。

 退院半月で1700mの山にも連れていき、帰路はラジウム源泉にたっぷり浸かり、肺に吸い込み、地産の美味いものを喰う、これを毎週のように繰り返していただけのこと。

 毎日の風呂には本物のラジウムの原石を放り込み、大汗をかくまで浸かる。

 昨日、先日に撮ったCTを元にした最新のチームのカンファレンスの結果を聞いて来た。

 ここんところ、患者本人は最悪のケースを考えて余命の覚悟を決めていた。

 ところが、全腹部には転移は見られず、肺にあった癌らしきモノも進行してないとのことで、今月末にその箇所を含む6分の1を削除する手術が可能という結論になり、最後の免疫療法日から30日をあけて即座に手術と、日程も決めて来た。

 隠れた癌は炙り出されず、転移も進行も止まってる、これで癌はなくなるということだ。

 今の段階では、最高の結果になった。

 術後の再発防止の来年の診察まで予約を組んで、これで一連の騒動は一区切りになる。

 本人は体重も6キロ増え、仕事にも復帰している。

 癌は治せる、ステージ4からの復活、そんな話になったかな。

 神頼みや、仏頼みや、おかしな治療はいっさいしなかったから、御礼参りもナニもない。

 癌という敵を理解し、最高の技術者・外科医の力と地球や宇宙の力を借りて大自然が治してくれた、そう思えている。

 もちろん悪い箇所の見事な削除手術をしていただいた外科医の腕がまず一番で、それが可能になったことは、言うまでもないことだ。

 癌治療は初動で決まる、最初の執刀で命は左右される、これは身に沁みたね。

 この日曜日も2500m近くの山に連れて行ったから、体力は戻してる。

 月末の手術も、詳しくレクチャーを受け、しばし痛みに唸っておれば乗り越えるだろうが、これももしかしたら要らなくなるかも知れない。

 余計なお世話や、要らない金儲けには振り回されずに、最上の外科医とともに現実だけを見て対応する。

 精密機械のメンテナンスと同じで、運やお化けや霊魂なんて一切を信用せずに、自信満々な生き神様が笑って付き添い、後は生きている者の最高の動きだけで乗り越えて行く、想った通りの動きが出来ている。

 気分は良いね。

 必死に動いてくれていた娘も、4月には母親の早過ぎる死を覚悟していたと白状して笑ってる。

 離れて暮らす息子たちも、おなじだったろう。

 抗がん剤治療を否定して、免疫療法を始めたときも、周囲は違和感があっただろう。

 が、それも解ったうえで、関係なしにグイグイ引っ張ってやれば、本人も勢いがついてくる、そんなもんさ。

 結局のところ、病は自分の身体の中で治す、これが本当で、その戦える態勢を作り整えるのが医学であり、貴方任せの薬漬けでは、な~んにも治りはしないんだな。

 此処の神は地に堕ちるか? とも苦々しく少しは考えていたが、堕ちなかったな。

 大笑いだ。

 

 とりあえずは、抱えてる一つの目途が立った。

 93歳の直腸癌の爺様は、緩和ケアになってるが、これも漢方の力と人間の会話で、なんとか凌いでいるが、いつ終わりになっても仕方ない状況ではある。

 こんな状況下でも、婆さんの上の妹が先日亡くなり、葬式に行くと言うので連れていってやらなければいけなくなった。

 大阪から下の妹も新幹線で出てくるというので、迎えに行き、一緒に横浜まで車で連れて行き、参列しなきゃ~いけなくなった。

 もう、葬式や結婚式なんて猿芝居には興味がなく遠慮してきてるのに、高齢者の意向には従ってやらなければ老い先短いのだから仕方ない。

 礼服が無い、靴も無い、いつもラフな登山の恰好で生きているから、すべて借りて来なければいけない。

 面倒なことばかり、人間の習慣なんて無駄なことばかり。

 クタクタになってるとこに、余計な仕事を増やしやがってと、今朝も婆様には文句を言っている。

 一年前に、認知の酷い直腸癌の爺様と婆様二人、実家の片づけ売却から引っ越しまで、すべてこなしてやってあったから、この5月に婆様は亡くなった妹とも楽しく会えていたことを、感謝しておるがね。

 実家の売却と高齢者二人の引っ越しも、このコロナ下で銀座の近くに? なんでそんな無茶苦茶なという周囲の反対を無視して一気に強行したもんだったが、俺はいつも独りで全責任を負える覚悟を持って生きているから、関係なしに機を見て敏に即断即決で仕掛けて生きている。

 孤立無援、四面楚歌、これは俺の大好きな場所でもある。

 今朝はそんなこんなの報告をしておったら、爺様は嫁の身に起きた奇跡を喜んで涙ぐんでおった。

 認知も憑き物が落ちたようにキレイに治って、良かっただろう。

 この一年で、二人の生活も余裕のあるものになり、生活設計もキチンと仕上げてやった、それが安心に繋がっているようでもある。

 生き神様が、毎日のように話しに顔を出してるから、有難いことだろう。

 

 仕事もあちこちで溜まって来ておるから、これも目が回る状況になってる。

 今期も、3期連続でバブルを作ってやろうか? そんな強く熱い気持ちが湧いて来てる。

 介護と看護を、人の何倍もアチコチで続けていると、獅子奮迅、寝る間もないとはこのことで、今朝は雨で滑って膝から転げ落ち、痛い目にも遭った。

 疲れが溜まると、気が抜けてこういうこともある。

 野獣の血が騒ぐ、やっちもね~。