内閣総理大臣  安倍晋三 殿

参議院議長  山崎正昭 殿

参議院 平和安全法制に関する特別委員会

委員長  鴻池祥肇 殿

日本キリスト改革派教会中部中会

議 長  長谷川 潤

 

戦後70年、平和をつくりだした憲法第9条に違反する

「安全保障法制」に反対し、法案の撤回を求める声明

 

安倍内閣は、昨年7月、集団的自衛権行使の新3要件を閣議決定し、憲法第9条の解釈を変え、10本の法改正を平和安全法制整備法の名の下に国会に提出しました。併せて、「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に対する法律」(国際平和支援法)という新規の法制を提出し、国民の理解を得られないまま、本年7月15日、衆議院特別委員会で、強行採決し、翌日、衆議院本会議でも強行採決しました。

これらの「安全保障法制」は、現在、参議院で審議されていますが、私たちは、これらの法制及び新3要件は、憲法第9条に違反するものとして反対し、直ちに、これらの法案を撤回することを求めます。

 

以下に、その理由を説明します。

戦後70年間、戦争のない平和な国としての歩みが保たれてきたのは、憲法第9条第1項において、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」、非戦の立場を明らかにし、第2項において、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」と定めているからです。憲法第9条は、第1項と第2項が補完し合う構成になっています。つまり、日本は非戦の国であることを第1項で述べ、だから、戦力を保持しない、国の交戦権も否認する、ということを第2項で明らかにしている。これが条文の自然な読み方です。そして、日本国憲法の前文は、日本が歩むべき指針、国のあり方を明確に示しています。前文の主語は、「日本国民は」となっています。そして、前文の最初の文章は、国民が主権者として、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」という言葉で結ばれています。日本国憲法は、大日本帝国憲法が「皇祖皇宗ノ神霊」をもつ「万世一系ノ天皇」が統治する天皇主権の国家であったのを改め、主権が国民に存することを宣言しています。そして、国政は国民の厳粛な信託に基づくものであって、その権威は国民に由来するものであることを明らかにしています。その権力は国民の代表者が行使しますが、その福利は国民が享受する。これを人類普遍の原理であると述べ、われら「日本国民は」、「これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」ことを明らかにしています。そして、平和国家として歩むことを強く希求する言葉が述べられ、さらに自国のことのみに専念せず、他国を無視しない政治道徳、崇高な理想と目的を明らかにしています。

 

立憲主義国家における政府は、憲法を遵守する責務があります。日本国憲法第10章(最高法規)において、この憲法が保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、現在および将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである(第97条)こと、「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」ことを定めています(第98条第1項)。確かにその第2項において日本国が締結した条約及び国際法規を誠実に遵守すべきことが明らかにされていますが、そもそも、日本国憲法で定めた平和主義を侵害する条約を結んだり、その条約を盾にとって憲法の精神を否定するような法律を制定すること自体が憲法違反となることを覚えなければなりません。

近代国家における憲法とは、国及びその機関が守るべき義務を定めたもので、国民を縛るためのものではありません。そして、日本国憲法は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を基調とする国のあり方を定めています。もし、政府がしようとしていること、したいと願っていることを実現しようとするならば、憲法の定める規定に従って、憲法改正を行う手続きを最初に行う必要があります。このようなことを定めているのが立憲主義です。しかし、あなた方政府は、そもそも、この立憲主義の根本精神について無知なのか、無視して、これらの法制を敷こうとしているとしか思えません。そのような政府の行動全体が憲法違反です。

 

安倍首相は、「戦後レジームからの脱却」を掲げていますが、日本国の戦後レジームを決定づけたのはポツダム宣言です。ポツダム宣言の受諾は、敗戦国日本の戦後の国家体制(レジーム)を決めた国際的な約束事です。ポツダム宣言は、「帝国主義的な無分別な軍国主義的打算により、日本帝国を滅亡に陥れた軍国主義的助言者により日本が引き続き統御せられるべきか、又は理性の経路を日本国が履むべきかを日本国が決定すべき時期は、到来せり」(第4条)こと、「日本国民を欺瞞し、世界征服の挙に出た権力および勢力を永久に除去すべき」(第6条)こと、「戦争犯罪人には厳重に処罰を加えられるべきこと、日本国政府は、日本国民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障礙を除去すべし。言論、宗教及思想の自由並に基本的人権の尊重は、確立せらるべし」(第10条)ことを日本政府に求め、無条件降伏をすべきことを宣言しています。

ポツダム宣言は、戦後日本が歩むべきレジームを、戦争のない平和で、基本的人権を尊重する新しい国家体制を築くべきこと」を勧告している。つまりこの宣言の受諾には、憲法の改正が義務付けられていたと解するのが常識的判断である。さらに、戦争犯罪人に対する裁判が予定されていたことも明らかにされている。この宣言の受諾、天皇による終戦宣言までの20日ほどの遅れの中で、広島(6日)、長崎(9日)へのの原爆投下が行われている。宣言の受諾を、少なくとも、1週間以内に決めていれば、広島・長崎に対する原爆投下もなく、日本はもっと早く平和国家としての歩みを始められたはずなのに、日本は、国体護持と最後の戦勝可能性を求めて、ソ連の協力を求める交渉をしている。しかしそのソ連も、8月8日、満州への進軍を開始し、日本の敗戦は決定的になった。この最後の無謀な抵抗は、日本国民の命を大切にしない軍国主義的国家の行きつく最後の姿を示している。この重大な「ポツダム宣言」を読まずに、安倍首相は、「戦後レジームの脱却」を声高に叫んでいる。戦後レジームがどうしてできたかを知ろうともしない、知らないこの首相は、次の総裁選挙にも出馬し、2018年まで首相の地位を保ち続ける意欲を示している。この事実を真剣に受け止め、日本国憲法で保障された権利を正しく行使して、この首相に、あなたの行っていることは、間違っていますよ、ということをはっきりと言うべきではないでしょうか。戦争のない平和で、基本的人権を尊重する新しい国家体制を築くべきこと」を勧告している。つまりこの宣言の受諾には、憲法の改正が義務付けられていたと解するのが常識的判断である。さらに、戦争犯罪人に対する裁判が予定されていたことも明らかにされている。この宣言の受諾、天皇による終戦宣言までの20日ほどの遅れの中で、広島(6日)、長崎(9日)へのの原爆投下が行われている。宣言の受諾を、少なくとも、1週間以内に決めていれば、広島・長崎に対する原爆投下もなく、日本はもっと早く平和国家としての歩みを始められたはずなのに、日本は、国体護持と最後の戦勝可能性を求めて、ソ連の協力を求める交渉をしている。しかしそのソ連も、8月8日、満州への進軍を開始し、日本の敗戦は決定的になった。この最後の無謀な抵抗は、日本国民の命を大切にしない軍国主義的国家の行きつく最後の姿を示している。この重大な「ポツダム宣言」を読まずに、安倍首相は、「戦後レジームの脱却」を声高に叫んでいる。戦後レジームがどうしてできたかを知ろうともしない、知らないこの首相は、次の総裁選挙にも出馬し、2018年まで首相の地位を保ち続ける意欲を示している。この事実を真剣に受け止め、日本国憲法で保障された権利を正しく行使して、この首相に、あなたの行っていることは、間違っていますよ、ということをはっきりと言うべきではないでしょうか。戦争のない平和で、基本的人権を尊重する新しい国家体制を築くべきこと」を勧告している。つまりこの宣言の受諾には、憲法の改正が義務付けられていたと解するのが常識的判断である。さらに、戦争犯罪人に対する裁判が予定されていたことも明らかにされている。この宣言の受諾、天皇による終戦宣言までの20日ほどの遅れの中で、広島(6日)、長崎(9日)へのの原爆投下が行われている。宣言の受諾を、少なくとも、1週間以内に決めていれば、広島・長崎に対する原爆投下もなく、日本はもっと早く平和国家としての歩みを始められたはずなのに、日本は、国体護持と最後の戦勝可能性を求めて、ソ連の協力を求める交渉をしている。しかしそのソ連も、8月8日、満州への進軍を開始し、日本の敗戦は決定的になった。この最後の無謀な抵抗は、日本国民の命を大切にしない軍国主義的国家の行きつく最後の姿を示している。この重大な「ポツダム宣言」を読まずに、安倍首相は、「戦後レジームの脱却」を声高に叫んでいる。戦後レジームがどうしてできたかを知ろうともしない、知らないこの首相は、次の総裁選挙にも出馬し、2018年まで首相の地位を保ち続ける意欲を示している。この事実を真剣に受け止め、日本国憲法で保障された権利を正しく行使して、この首相に、あなたの行っていることは、間違っていますよ、ということをはっきりと言うべきではないでしょうか。戦争のない平和で基本的人権を尊重する新しい国家体制を築くべきことを勧告しています。つまりこの宣言の受諾には、大日本帝国憲法の改正が義務付けられていたと解するのが常識的判断です。しかし、安倍首相は、「戦後レジームからの脱却」と称して、日本国憲法の掲げる平和主義に反する集団的自衛権の行使ができる国につくり変えようとしています。それは、日本の国益を第一とするものとは到底言えない、日米ガイドラインに基づく、アメリカの行う戦争に協力するための法整備であります。そして、安倍首相は、国会での承認を得ないまま、その実行を約束したことも、重大なる信託違反です。日米ガイドラインに基づく集団的安全保障法制は、地球上どこであっても、アメリカの要請があれば、その戦争の後方支援、兵站業務を行うことができるようにするためのものです。政府は、兵站業務と戦闘行為とを区別して説明していますが、後方支援(兵站)と戦闘行為はそもそも一体のものです。戦闘現場に、武器弾薬や戦争遂行上必要な物資を送り、それらを保管する施設の構築や維持にかかわることは、敵国となる国からは、それらの業務は戦闘行為にかかわるものとして、当然攻撃の対象と見なされることになるでしょう。これに対する政府の答弁は、まともな答えになっていません。「丁寧な説明をする」という言葉を何度も述べられていますが、戦闘現場で何が起こるかということを十分認識した上での説明になっていません。正直にその後方支援の在り方を説明すれば、国民がその危険性を認識し、よりその法制化に反対することが判っているから説明できないでいるのではないですか。「安全保障法制」は憲法の枠を閣議決定において勝手に変更して提出されたものです。その法案の提出の仕方が、憲法に定める順序を逆立ちしているから、憲法違反なのです。大多数の国民が反対しているのは、憲法で定められた手続きを経ていないこと、法案の中身そのものが憲法違反であることに気づいているからです。

 

民の声を無視する政治は、やがて破綻します。そして、過去の歴史を目の前において正視し、自分たちの国の何が間違っていたのかを正しく検証しないで未来の在り方を語っても、日本国民もアジアの近隣諸国の人々も、世界の諸国の人々も信用しません。「大東亜共栄圏」「八紘一宇」のスローガンのもとに大日本帝国が行ったアジアの諸国への植民地支配、南京大虐殺や従軍慰安婦問題に見られる数々の人権侵害行為を、安倍首相は、証拠が定かでないから、と言って否定する姿勢をとり続けてきました。しかし、その事実を明らかにする証拠及び証言は国の内外に多く存在しています。私たちの国が、これらの事実を真摯に受け止めないならば、アジア及び世界の国から信頼される国にはならないでしょう。

今日、発表された首相談話において、安倍首相は、村山、小泉談話に言及し、「こうした歴代内閣の立場は、今後も揺るぎないものだ」と受け継ぐことを言明しました。また、植民地支配、侵略、痛切な反省、お詫びという言葉も用いました。しかし、私たちは、この談話に幾つもの問題があることを感じます。侵略戦争を自分の言葉で認定していません。植民地支配の歴史に対しても、過去の談話を引用しての間接的な言及にとどまっており、直接の反省という形にはなっていません。

安倍首相は、談話の中で、未来志向で平和の問題を積極的に考えるという趣旨のことを述べていますが、戦後レジームを決めた「ポツダム宣言」は、戦後日本の歩むべき道を定めています。その宣言の精神から生み出されたのが、日本国憲法の三大原理、即ち、国民主権、基本的人権の尊重、そして、前文と憲法第9条に定められた平和主義です。ポツダム宣言と日本国憲法こそ、他のどの国よりも進んだ未来志向の平和を示しています。

「いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」「いかなる紛争も力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである」と談話において言明しながら、安倍首相は、日本を戦争可能な国につくり変えてしまう「安全保障法制」を成立させようとしています。戦争をつくりだす「安全保障法制」と平和は、相容れないものです。

今、参議院で審議されている全ての「安全保障法制」は、その平和を打ち壊わし、戦争への道を開くものです。それゆえ、私たちは、これらすべての法案の撤回を強く求めます。