大学の頃、仲のよかった友達の夢をよく見る。
当時はまだ携帯電話は普及しておらず、知り合いでも、携帯を持っている友達はいなかった。
大学というのはいろんな県の学生が集まり、卒業前に地元の電話番号を聞いて、離れ離れになる。
その後、連絡をとりあうことはまずない。
同じ地元の友達だけが残る。
携帯が普及し始めてから、そんなに仲のよい友達でなくとも、軽い関係が続く。
15年以上前の紙に書いた連絡先はもうない。
たまに、有名人になっているのではないかとヤフーで名前を入力してみても、何も出てこない。
夢にはいろんな人が出てくる。目覚めると、しばらくそれらの人のことを考える。昔の生徒や同僚であることも多い。
記憶がなくならないのは、いつも夢を見ているからかもしれない。
会いたい人がたくさんいる。でも生涯、会うことはないだろう。
それでいいと思う。
当時はまだ携帯電話は普及しておらず、知り合いでも、携帯を持っている友達はいなかった。
大学というのはいろんな県の学生が集まり、卒業前に地元の電話番号を聞いて、離れ離れになる。
その後、連絡をとりあうことはまずない。
同じ地元の友達だけが残る。
携帯が普及し始めてから、そんなに仲のよい友達でなくとも、軽い関係が続く。
15年以上前の紙に書いた連絡先はもうない。
たまに、有名人になっているのではないかとヤフーで名前を入力してみても、何も出てこない。
夢にはいろんな人が出てくる。目覚めると、しばらくそれらの人のことを考える。昔の生徒や同僚であることも多い。
記憶がなくならないのは、いつも夢を見ているからかもしれない。
会いたい人がたくさんいる。でも生涯、会うことはないだろう。
それでいいと思う。
最近はまた司馬遼太郎の本を読み返している。
秋山兄弟が主人公の本であったり、吉田松陰や高杉晋作が主人公の本である。
そのせいか、夢も壮大なものばかり見る。
社会人生活が長くなり、ほんと、小さな人間になったものだ。
日本を変えるまではいかなくとも、もっと豪快にあるがままに生きたいものだ。
鳥籠には餌があり、困らず食べていける。
籠の外は危険がいっぱい。餌がないかもしれない。外敵に襲われるかもしれない。
それでも翼をひろげ、空を飛ぶために、いつか籠の外に出ようと思う。
でも今は、餌のある籠に感謝しながら、籠の中を跳びはねるのだ。
秋山兄弟が主人公の本であったり、吉田松陰や高杉晋作が主人公の本である。
そのせいか、夢も壮大なものばかり見る。
社会人生活が長くなり、ほんと、小さな人間になったものだ。
日本を変えるまではいかなくとも、もっと豪快にあるがままに生きたいものだ。
鳥籠には餌があり、困らず食べていける。
籠の外は危険がいっぱい。餌がないかもしれない。外敵に襲われるかもしれない。
それでも翼をひろげ、空を飛ぶために、いつか籠の外に出ようと思う。
でも今は、餌のある籠に感謝しながら、籠の中を跳びはねるのだ。
昨日は仕事が終わって、飲みに行った。
ワインばかり浴びるほど飲んで、いい感じだった。
二時間睡眠だったので、眠くて、睡魔と戦いながらの飲み会だった。
流石に眠さがピークをむかえ、11時に切り上げ、タクシーで帰った。
行き先を伝えると3秒で眠ってしまった。
家に着くとまた、スーツを脱ぎ散らかして、そのまま布団に入る。
ほんと眠るまで1秒かからなかったかもしれない。
夜中の3時、喉が乾いて、目が覚めた。
外にジュースを買いに行き、家に戻り、ブログを書こうと携帯を探した。
最初に布団の中、次に、スーツのポケット、テーブルの上…。
ない。二回目、やはりない。
次に、記憶をたどり始める。やっと自分が乗ったタクシーがラッキータクシーであることを奇跡的に思い出す。
タクシーに乗る直前に携帯を触っていたので、タクシーに置き忘れたのに違いない。そう思い、近くのセブンイレブンの公衆電話へ向かった。
何年ぶりだろう、公衆電話を触ったのは。
タウンページを店員に借りに行き、電話をすると、明日になってみないとわからないと言われ、ガーン。
しょうがないので、ジュースを三本も買って帰った。
二本、冷蔵庫の中へ入れると…。
冷蔵庫の上に、冷蔵庫の上に、冷蔵庫の上に…。
探し物はいつも、あきらめた頃、意外なとこから現れる。
思い込みは恐い。何でもそうだが、身近に答えがあることが多い。
もっと成長しなければ。そんなこんなのAM3時だった。
ワインばかり浴びるほど飲んで、いい感じだった。
二時間睡眠だったので、眠くて、睡魔と戦いながらの飲み会だった。
流石に眠さがピークをむかえ、11時に切り上げ、タクシーで帰った。
行き先を伝えると3秒で眠ってしまった。
家に着くとまた、スーツを脱ぎ散らかして、そのまま布団に入る。
ほんと眠るまで1秒かからなかったかもしれない。
夜中の3時、喉が乾いて、目が覚めた。
外にジュースを買いに行き、家に戻り、ブログを書こうと携帯を探した。
最初に布団の中、次に、スーツのポケット、テーブルの上…。
ない。二回目、やはりない。
次に、記憶をたどり始める。やっと自分が乗ったタクシーがラッキータクシーであることを奇跡的に思い出す。
タクシーに乗る直前に携帯を触っていたので、タクシーに置き忘れたのに違いない。そう思い、近くのセブンイレブンの公衆電話へ向かった。
何年ぶりだろう、公衆電話を触ったのは。
タウンページを店員に借りに行き、電話をすると、明日になってみないとわからないと言われ、ガーン。
しょうがないので、ジュースを三本も買って帰った。
二本、冷蔵庫の中へ入れると…。
冷蔵庫の上に、冷蔵庫の上に、冷蔵庫の上に…。
探し物はいつも、あきらめた頃、意外なとこから現れる。
思い込みは恐い。何でもそうだが、身近に答えがあることが多い。
もっと成長しなければ。そんなこんなのAM3時だった。
次の日が早いと、眠れない。
昔から、ずっとこの状況は変わらない。
眠れぬ夜は、本を朝まで読んだり、目を閉じて、考えごとをする。
眠れないのは気が満ちてきているからだ。
眠れぬ時は眠らずともよい。眠れる時は十時間眠る。それでいいと思う。
何も変わらぬ平凡な毎日では駄目だ。
魂を鍛えるために限界に挑戦するのだ。
朝まで腹筋するのも悪くない。そして朝マックして水前寺に出社だ。
うん。それがいい。
昔から、ずっとこの状況は変わらない。
眠れぬ夜は、本を朝まで読んだり、目を閉じて、考えごとをする。
眠れないのは気が満ちてきているからだ。
眠れぬ時は眠らずともよい。眠れる時は十時間眠る。それでいいと思う。
何も変わらぬ平凡な毎日では駄目だ。
魂を鍛えるために限界に挑戦するのだ。
朝まで腹筋するのも悪くない。そして朝マックして水前寺に出社だ。
うん。それがいい。
今日は、いろいろあって疲れがピーク。
やす先生とジョイフルで深夜まで意気投合。
帰りの車の中で、ひとり口ずさむ。
僕が僕であるために、勝ち続けなきゃならない。正しいものは何なのか、それがこの胸にわかるまで、僕は街にのまれて、少し心ゆるしながら、この冷たい街の風に歌い続けてる。
嗚呼、いい歌だ。今はそんな感じ。
やす先生とジョイフルで深夜まで意気投合。
帰りの車の中で、ひとり口ずさむ。
僕が僕であるために、勝ち続けなきゃならない。正しいものは何なのか、それがこの胸にわかるまで、僕は街にのまれて、少し心ゆるしながら、この冷たい街の風に歌い続けてる。
嗚呼、いい歌だ。今はそんな感じ。
大学時代、塾のバイトを始め、稼いだお金はすべてお酒に消えた。
友達、後輩、教授などいろんな人と飲みに行った。
当時、三人以上集まると、古今東西というゲームが始まり、罰ゲームはお酒の一気飲みだった。
今の大学生と違って、ほとんどの学生がお酒を飲んでいた気がする。
もしかすると、僕の周りだけかもしれないが…。
20代前半はお酒に飲まれ、美味しく飲むということを知らない。
酔いたいだけのために飲むと言っても過言ではない。
若い時、酒で失敗したことがある人も多いと思う。
僕もその1人だ。恥ずかしいが語らねばなるまい。
大学3年の時だったと思う。サークルでログハウスに泊まることになり、夜はやはり飲み会になった。
定かではないが、男五人、女五人くらいだったと思う。
いつものように古今東西が始まった。
最初に負けると一気飲みで酔いが回り、負け続けることになる。
最初が肝心なゲームだ。
結論から言えば、負けてしまった。そして、負け続けた。
幹事の威厳などもはやそこにはない。
トイレが近くなり、何度も用を足しにログハウスの外にでた。
何度目だったかわからないが、ログハウスを出てから、記憶がなくなった。
そして突然の吐き気で記憶が戻った。
なんと、知らない女の子達とトランプをしている自分がいた。
どうも、ログハウスを間違えたようだ。
自分のログハウスに戻ると後輩達に責められた。
心配して、随分探してくれたようだ。
しきりに、何処にいたのか尋ねられたので、気持ち悪くなって、山のなかで、ずっと戻していたと嘘をついた。
三時間近く、知らない女の子達のログハウスでトランプをしていたみたいだ。
次の日、カレーをみんなで作っていると、トランプを一緒にした女の子達が手を振ってきた。
よそよそしく手を振り返すと、後輩達にどんな知り合いか聞かれたので、昔の知り合いとまた嘘をついた。
若い時のお酒の一気飲みはよくない。
宮崎にも、飲む度に記憶がなくなる友達がいるが、たまにトラブルに巻き込まれてしまう。
記憶がなくなっても全く変わらない友達もいる。
これからも、お酒との縁は続く。
飲んで、楽しい。いつでもそうありたいものだ。
大学時代の失敗もその時は焦るものの、よき思い出だ。
失敗を重ねながら、人間力を高めていけばよい。
失敗したらまた、やり直せばいい。妙なプライドはいらない。
そうやって生きたいものだ。
友達、後輩、教授などいろんな人と飲みに行った。
当時、三人以上集まると、古今東西というゲームが始まり、罰ゲームはお酒の一気飲みだった。
今の大学生と違って、ほとんどの学生がお酒を飲んでいた気がする。
もしかすると、僕の周りだけかもしれないが…。
20代前半はお酒に飲まれ、美味しく飲むということを知らない。
酔いたいだけのために飲むと言っても過言ではない。
若い時、酒で失敗したことがある人も多いと思う。
僕もその1人だ。恥ずかしいが語らねばなるまい。
大学3年の時だったと思う。サークルでログハウスに泊まることになり、夜はやはり飲み会になった。
定かではないが、男五人、女五人くらいだったと思う。
いつものように古今東西が始まった。
最初に負けると一気飲みで酔いが回り、負け続けることになる。
最初が肝心なゲームだ。
結論から言えば、負けてしまった。そして、負け続けた。
幹事の威厳などもはやそこにはない。
トイレが近くなり、何度も用を足しにログハウスの外にでた。
何度目だったかわからないが、ログハウスを出てから、記憶がなくなった。
そして突然の吐き気で記憶が戻った。
なんと、知らない女の子達とトランプをしている自分がいた。
どうも、ログハウスを間違えたようだ。
自分のログハウスに戻ると後輩達に責められた。
心配して、随分探してくれたようだ。
しきりに、何処にいたのか尋ねられたので、気持ち悪くなって、山のなかで、ずっと戻していたと嘘をついた。
三時間近く、知らない女の子達のログハウスでトランプをしていたみたいだ。
次の日、カレーをみんなで作っていると、トランプを一緒にした女の子達が手を振ってきた。
よそよそしく手を振り返すと、後輩達にどんな知り合いか聞かれたので、昔の知り合いとまた嘘をついた。
若い時のお酒の一気飲みはよくない。
宮崎にも、飲む度に記憶がなくなる友達がいるが、たまにトラブルに巻き込まれてしまう。
記憶がなくなっても全く変わらない友達もいる。
これからも、お酒との縁は続く。
飲んで、楽しい。いつでもそうありたいものだ。
大学時代の失敗もその時は焦るものの、よき思い出だ。
失敗を重ねながら、人間力を高めていけばよい。
失敗したらまた、やり直せばいい。妙なプライドはいらない。
そうやって生きたいものだ。
斉藤和義の
歌うたいのバラッド
が流れてくる。
雨の日に、田んぼ道を通りながら、いろんな思い出が甦る。
10年前、カラオケに行くと必ずこの歌を熱唱する同僚がいた。
仕事後、毎日のようにジョイフルに行くほど仲がよかったのに…
今は連絡先すらわからない。破天荒な人だったので、生死すら不明だ。
どこかでお気楽に人生をエンジョイしていることを願っている。
歌は本当に素晴らしい。
歌うたいのバラッド
が流れてくる。
雨の日に、田んぼ道を通りながら、いろんな思い出が甦る。
10年前、カラオケに行くと必ずこの歌を熱唱する同僚がいた。
仕事後、毎日のようにジョイフルに行くほど仲がよかったのに…
今は連絡先すらわからない。破天荒な人だったので、生死すら不明だ。
どこかでお気楽に人生をエンジョイしていることを願っている。
歌は本当に素晴らしい。
失敗談-大学編を書き終えようとした時、最後の文字が間違って、クリアボタンを押した。
ところが、長押ししてしまって、ガーン。
全部消えてしまった。
だから、今日は失敗談は休息。
変わりに写真を載せる。すっかり秋の景色。
秋の空が一番美しい。
朝から散髪、ラーメン、ばってんの湯、そしてはなおと街で軽く飲む。
8時に嘉島行きのバスはもうなかった。
仕方がないから、二時間かけて、歩いて帰った。
涼しくて気持ちいい。
家に着いて、映画を見る。
優雅な1日に\(^o^)/
時間があるときは…
歩いて帰ろう
ところが、長押ししてしまって、ガーン。
全部消えてしまった。
だから、今日は失敗談は休息。
変わりに写真を載せる。すっかり秋の景色。
秋の空が一番美しい。
朝から散髪、ラーメン、ばってんの湯、そしてはなおと街で軽く飲む。
8時に嘉島行きのバスはもうなかった。
仕方がないから、二時間かけて、歩いて帰った。
涼しくて気持ちいい。
家に着いて、映画を見る。
優雅な1日に\(^o^)/
時間があるときは…
歩いて帰ろう
高校生の時は毎日三時間から五時間しか眠る時間がなかった。
今からすると、とてつもなくきつい生活だったと思う。
それでも毎日、心花があり、楽しい日々だったと思う。
高校の頃は起きている時間も長く、いい意味でも悪い意味でも、行動力が身についたおかげで、たくさんの失敗を経験した。
今、思いつくものを一つ紹介したい。
高校は公立に落ち、30㎞離れた私立高校に二次募集で合格した。
朝課外に間に合うJRはなく、自転車通であることは前にも述べた。
毎日、往復四時間、自転車に乗っていることになる。いろいろあって当然といえば当然だ。
大雨の次の日、学校の近くの田んぼ道は水がなかなか退かず、小川と田んぼの境界がわからなくなる。
僕は性格的に一番近い道で帰らず、いろんな道を試したくなる。
田んぼ道が水で見えなくなっているという事実がまた僕のトライ精神を掻き立てる。
200メートル先に出口が見える。
そこを目指し、水しぶきをあげながら…。
自転車は小川の中に沈んでいった。
その日は近くの友達の家に泊めてもらった。
辞書をドライヤーで乾かすと二倍の大きさになった。
自動車専用の場所を自転車で走ってしまい、警察に捕まったこともある。
次の日、職員室で先生達に大笑いされた。
昔から天然だった。
楽しい日々だった。本気で人を好きになったのもこの時期だったし、勉強も本当に大変だった。
それでも、実績のないこの高校から、何がなんでも、大学に行きたいという夢があった。
僕の中では世界一素敵な高校であった。
闇から救ってくれた先生達のことを心から尊敬している。
感謝の気持ちを忘れず、失敗を恐れず、前を向いて歩こうと思う。
今からすると、とてつもなくきつい生活だったと思う。
それでも毎日、心花があり、楽しい日々だったと思う。
高校の頃は起きている時間も長く、いい意味でも悪い意味でも、行動力が身についたおかげで、たくさんの失敗を経験した。
今、思いつくものを一つ紹介したい。
高校は公立に落ち、30㎞離れた私立高校に二次募集で合格した。
朝課外に間に合うJRはなく、自転車通であることは前にも述べた。
毎日、往復四時間、自転車に乗っていることになる。いろいろあって当然といえば当然だ。
大雨の次の日、学校の近くの田んぼ道は水がなかなか退かず、小川と田んぼの境界がわからなくなる。
僕は性格的に一番近い道で帰らず、いろんな道を試したくなる。
田んぼ道が水で見えなくなっているという事実がまた僕のトライ精神を掻き立てる。
200メートル先に出口が見える。
そこを目指し、水しぶきをあげながら…。
自転車は小川の中に沈んでいった。
その日は近くの友達の家に泊めてもらった。
辞書をドライヤーで乾かすと二倍の大きさになった。
自動車専用の場所を自転車で走ってしまい、警察に捕まったこともある。
次の日、職員室で先生達に大笑いされた。
昔から天然だった。
楽しい日々だった。本気で人を好きになったのもこの時期だったし、勉強も本当に大変だった。
それでも、実績のないこの高校から、何がなんでも、大学に行きたいという夢があった。
僕の中では世界一素敵な高校であった。
闇から救ってくれた先生達のことを心から尊敬している。
感謝の気持ちを忘れず、失敗を恐れず、前を向いて歩こうと思う。
昔から、笑い出したら止まらない。
笑ってはいけない場面で、はまってしまったら、最悪だ。
緊張した場面であるほど、笑いは止まらなくなる。
そういう経験をしたことがある人も多いと思う。
笑いたくて笑っているわけではない。
それでも、笑いは込み上げてくる。
僕の場合は、公立高校入試という人生の分岐点で、それは起こった。
集団面接の一番緊張した場面で、友達の一人がかみまくり、隣の親友が一生懸命、笑いをこらえていた。
その顔を見ると、もう駄目だった。
我慢しようとすればするほど、込み上げてくる。
質問のほとんどに答えられなかった。
注意も受けた。背中から冷や汗が流れるのがわかった。
それでも、一度はまるとその地獄から抜け出すことはできない。
今、考えれば、そんなふざけた、真剣さに欠けるやつを誰が合格させるだろう。
それでも、僕は楽観的で、合格するものと思っていた。
あの時、笑ったおかげで、素晴らしい先生達に巡り会えた。
一番苦手だった英語を一からやり直してくれた。
まさか今、英語を教えることになるとは、あの頃からは想像だにできない。
公立高校に合格できなかったことをひきずっていた時期もあったことは否めない。
『禍転じて福と成す』
幾度、この言葉に力をもらったことか。
こういう経験にも懲りず、今でも、笑いが止まらなくなる。些細なことで笑い始め、波に乗ると、世の中全てがおかしくなる。
10年前、野口くんという会社の後輩がいて、夜中に、よく朝まで、英語の勉強会をしていた。
4時くらいになると、ちょっとしたことで笑いが止まらなくなり、よく涙を流していた。
これからも、いろんな失敗を重ねるだろう。
それでも、もしかすると、それは神様がいい方向へ僕を導いているのかもしれない。
そう信じて、失敗を恐れず、思いきって生きていこうと思う。
小さくまとまってはだめだ。大きく生きるのだ。
笑ってはいけない場面で、はまってしまったら、最悪だ。
緊張した場面であるほど、笑いは止まらなくなる。
そういう経験をしたことがある人も多いと思う。
笑いたくて笑っているわけではない。
それでも、笑いは込み上げてくる。
僕の場合は、公立高校入試という人生の分岐点で、それは起こった。
集団面接の一番緊張した場面で、友達の一人がかみまくり、隣の親友が一生懸命、笑いをこらえていた。
その顔を見ると、もう駄目だった。
我慢しようとすればするほど、込み上げてくる。
質問のほとんどに答えられなかった。
注意も受けた。背中から冷や汗が流れるのがわかった。
それでも、一度はまるとその地獄から抜け出すことはできない。
今、考えれば、そんなふざけた、真剣さに欠けるやつを誰が合格させるだろう。
それでも、僕は楽観的で、合格するものと思っていた。
あの時、笑ったおかげで、素晴らしい先生達に巡り会えた。
一番苦手だった英語を一からやり直してくれた。
まさか今、英語を教えることになるとは、あの頃からは想像だにできない。
公立高校に合格できなかったことをひきずっていた時期もあったことは否めない。
『禍転じて福と成す』
幾度、この言葉に力をもらったことか。
こういう経験にも懲りず、今でも、笑いが止まらなくなる。些細なことで笑い始め、波に乗ると、世の中全てがおかしくなる。
10年前、野口くんという会社の後輩がいて、夜中に、よく朝まで、英語の勉強会をしていた。
4時くらいになると、ちょっとしたことで笑いが止まらなくなり、よく涙を流していた。
これからも、いろんな失敗を重ねるだろう。
それでも、もしかすると、それは神様がいい方向へ僕を導いているのかもしれない。
そう信じて、失敗を恐れず、思いきって生きていこうと思う。
小さくまとまってはだめだ。大きく生きるのだ。