昨日、法要で鈴鹿の姉の家を訪れた翌日津市にある浄土真宗高田派本山の専修寺(せんじゅじ)に行きました。
津には何回か来ているのですが専修寺を訪れるのは初めてです。
鈴鹿から30分程で着きました。唐門と山門のが迎えてくれますがその大きさで寺の規模を知る事が出来ます。
唐門(重要文化財)
文化6年(1809)に木挽きが始まり、文政10年(1820)に地築き、天保15年(1844)に棟上げをしています。屋根は檜皮葺で、正面と背面の軒に大きな唐破風があることから唐門と呼ばれています。
山門(重要文化財)
専修寺の総門にあたります。元禄6年(1693)ごろから建築にとりかかり、宝永元年(1704)頃に完成したものと思われます。柱などの部材の痛みや傾きが激しくなったため、平成5年より3年がかりで大規模な修理が行われました。
山門をくぐると正面に見えてくるのが
御影堂(みえいどう 重要文化財)
宗祖親鸞聖人の木像を中央須弥壇上に安置し、歴代上人の画像を両脇壇および両余間に敬置するお堂となっております。畳七百二十五枚が敷かれており、全国の現存木造建築の中でも五番目の巨大な堂です。
通天橋(重要文化財)
御影堂と如来堂を結ぶ廊下で、両御堂の縁側にかかっているため高床とし、板張りで、柱間はすべて吹抜けとなっています。
如来堂(重要文化財)
御影堂の西に配置され、御影堂とならんで南面するお堂です。「証拠の如来」と呼ばれる阿弥陀如来立像を本尊とし、教義上この堂が伽藍の本堂となります。

如来堂とハス。
御廟拝堂・御廟唐門及び透塀(ごびょうはいどう・ごびょうからもん・すきべい 重要文化財)
境内の西端、築地塀に囲まれた区域が親鸞聖人と歴代上人の御廟です。白い玉砂利の広場の向こうに、鬱蒼とした樹森があって、静寂を漂わせています。
御廟
墓域は拝堂の向こう側へ石の太鼓橋を渡った先です。緑の絨毯のような苔の中央に、裾廻りを切石積とした土饅頭があり、その頂上部を石柵と石門で囲ったところが親鸞聖人のお墓です。
鐘楼(重要文化財)
一般的な鐘楼建築と同様に1間4方で、入母屋造の屋根をのせています。平成5年から行われた大修理において、棟瓦から正徳3年(1713)の刻銘が発見されたので、そのころ再建されたものと思われます。
大玄関(重要文化財)
大玄関は境内地の中心やや東に位置し、御影堂の北東、対面所の南西に立っています。建立年代は殿舎が焼失した天明3年(1783)の火災の後、対面所と共に再興されたもので、寛政2年(1790)の再建と伝えています。
御対面所(重要文化財)
入母屋造 妻入 向拝唐破風。
太鼓門(重要文化財)
境内の東入口となる門で、平屋建ての長屋門の上に三層の櫓をのせ、その最上階に大太鼓を吊っているのでこの名があります。
進納所(重要文化財)
進納所は高田本山へお参りされる方々の表玄関です。

高田会館ホールから蓮池が眺める事が出来ます。

寺から出ると門前町の風情を感じる事が出来ます。
この界隈は一身田寺内町として専修寺参拝客と共に発展してきました。

釘貫門(くぎぬきもん)
山門前にある矢来でこの門を境に聖域と庶民の生活域が区切られたと伝えられています。南側に石橋が設けられ北側は山門まで石畳が続きます。

窪田の常夜燈
近江商人が建立した三重県最大級の常夜燈。
こんな感じで専修寺を巡って来ましたが、高田派本山だけあってかなり大きなお寺でした。重要文化財もかなりあり見応えがありました。
これで入山料は無料というので嬉しいですね。
親鸞聖人が開いた浄土真宗というのは日本史で覚えましたが、信仰心の礎になっているんですね。
寺内町の見所もまたゆっくり訪ねたいと思います。