般若心経

写経
四国八十八ヶ所

般若心経

2018-02-06 | Weblog
1839

 五岳山縦走の予定でしたが

 2月4日 JRみの~出釈迦寺~善通寺~JR丸亀
 前日の天気予報では一日中晴れ。それが多度津あたりから雪がちらつきはじめ、みの駅に降り立つと道ばたの草の上にうっすらと雪が積もっています。五岳山は以前に雪の降る中を登ったことがありますので、このくらいならば大丈夫と登山口に向かいました。ところが次第に道に積もっている雪が深くなり、約1km離れた国道では十㎝ほどの積雪です。そのとき雪は降っていませんでしたので、昨夜から積もった雪でしょう。鳥坂峠では大きなトラックが徐行運転しているため大渋滞が起きています。
 火上山登山口へ向かう坂道で7㎝ほどの積雪。雪山に長けた人であればなんともない雪の量でしょうけれど私の力からするととてもムリ! 縦走はあきらめて、平地を出釈迦寺、善通寺、金倉寺を経て丸亀までのウォーキングに変更しました。
 出釈迦寺の鐘楼から奥の院へ続く道を眺めると雪の上にてんてんと足跡があります。それもつい今し方ついた足跡です。時間は十分すぎるほどありますし、せっかく来たのにウォーキングだけとはやや心残りですので、本坊から雪の奥の院へと向かいました。
奥の院への参道はかなりのこう配があり、滑るかなと心配したのですが、新雪をぎゅっと踏みしめると滑ることはありません。奥の院の手前で上から降りてくる高齢の男性一人、奥の院で休憩していると下から登って来た中年の男性一人と出会いました。





善通寺うどん とり天ぶっかけ @450 おでん @100

とり天は注文を受けてから揚げてくれます。


 丸亀ではマラソン大会があったようです。
善通寺を出ると道路は湿っていましたが、雪は見られません。
金倉寺から丸亀にかけて道路は乾燥していて雪は全く降らなかったようです。

般若心経

2018-02-04 | Weblog
1838

 1月31日からのこと

 31日朝、畑の草取りをして10時すぎ一休みをしていると電話がかかってきました。家内の妹からです。1年ほど前から施設に入っている今年91歳になる義母の具合が良くなく、救急車で病院に搬送されたとのことです。
すぐ家内に連絡を取りふたりで電車に乗り病院に向かいました。
 病院に着くと、ICUで機械に囲まれている姿を思っていたのですが、意外にも普通病棟の個室にいました。ICUでは自由に面会することができないので、家族と一緒にいられる時間を作るためお医者さんと相談の上個室を選んだそうです。
具合が悪くなったのは心臓近くの大動脈解離が原因で、手術は年齢から体力がもたず、薬による治療を選び様子をみるとのことです。
義母は意識ははっきりしており「すまんな、みんなに心配かけて、もうだいじょうぶだから」と話し、病院の看護師さんやスタッフの皆さんにも「お世話になります」「ありがとうございます」とお礼を繰り返していました。もともと周りの人にとても気をつかう人でした。
その後スマホのひ孫の写真やビデオを見て談笑し、また連れてくるからなどと話をしました。
様子から見るとそれまでの心配が取り越し苦労だったとさえ思えました。
お医者さんの回診もあり話を聞き、一安心して、また来るからといって病院を後にしました。
 電車に乗って30分ほどたったとき、家内の携帯に容態が急変したとの連絡が入ってきました。ちょうど停車した駅のホームの反対側に下り列車が待ち合わせていたので急いで乗り換え引き返しました。
それからダメだったとの連絡がきたのは10分もしないうちでした。
義妹の話によると頭と胸が痛いようだと話すので、看護師さんに連絡をして来てもらっていると急に大きく息を3回して苦しむようなことなくそのまま息が途絶えたそうです。夕方5時半すぎのことです。
あまりにも急な最期でした。
 亡くなったあとは悲しむ間もなく帰りの車の手配、市役所への届け、葬儀の段取りなど周りの人たちが進めてくれ 2月1日が通夜、2日が葬儀と執り行われました。
納棺の儀では施設で作ったたくさんの折り紙細工とともに金剛杖と納経帳も柩に納めました。
 義母は入っていた施設ではいつもにこにこして「顔を見ているだけでほんわかしてくる」とスタッフのみなさんに云われるような人でした。
多くの子、孫やひ孫に見守られ祭壇の写真はやさしく微笑んでいました。



我等与衆生 皆共成仏道
合 掌