般若心経

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般若心経

2018-02-04 | Weblog
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 1月31日からのこと

 31日朝、畑の草取りをして10時すぎ一休みをしていると電話がかかってきました。家内の妹からです。1年ほど前から施設に入っている今年91歳になる義母の具合が良くなく、救急車で病院に搬送されたとのことです。
すぐ家内に連絡を取りふたりで電車に乗り病院に向かいました。
 病院に着くと、ICUで機械に囲まれている姿を思っていたのですが、意外にも普通病棟の個室にいました。ICUでは自由に面会することができないので、家族と一緒にいられる時間を作るためお医者さんと相談の上個室を選んだそうです。
具合が悪くなったのは心臓近くの大動脈解離が原因で、手術は年齢から体力がもたず、薬による治療を選び様子をみるとのことです。
義母は意識ははっきりしており「すまんな、みんなに心配かけて、もうだいじょうぶだから」と話し、病院の看護師さんやスタッフの皆さんにも「お世話になります」「ありがとうございます」とお礼を繰り返していました。もともと周りの人にとても気をつかう人でした。
その後スマホのひ孫の写真やビデオを見て談笑し、また連れてくるからなどと話をしました。
様子から見るとそれまでの心配が取り越し苦労だったとさえ思えました。
お医者さんの回診もあり話を聞き、一安心して、また来るからといって病院を後にしました。
 電車に乗って30分ほどたったとき、家内の携帯に容態が急変したとの連絡が入ってきました。ちょうど停車した駅のホームの反対側に下り列車が待ち合わせていたので急いで乗り換え引き返しました。
それからダメだったとの連絡がきたのは10分もしないうちでした。
義妹の話によると頭と胸が痛いようだと話すので、看護師さんに連絡をして来てもらっていると急に大きく息を3回して苦しむようなことなくそのまま息が途絶えたそうです。夕方5時半すぎのことです。
あまりにも急な最期でした。
 亡くなったあとは悲しむ間もなく帰りの車の手配、市役所への届け、葬儀の段取りなど周りの人たちが進めてくれ 2月1日が通夜、2日が葬儀と執り行われました。
納棺の儀では施設で作ったたくさんの折り紙細工とともに金剛杖と納経帳も柩に納めました。
 義母は入っていた施設ではいつもにこにこして「顔を見ているだけでほんわかしてくる」とスタッフのみなさんに云われるような人でした。
多くの子、孫やひ孫に見守られ祭壇の写真はやさしく微笑んでいました。



我等与衆生 皆共成仏道
合 掌