ヘェ〜そうだったんだという驚きというか、知らなかったことを基準に3つとりあげてみました。
◯ 平安の昔、「祭り」とは葵祭のことを言ったそうだ。例年五月十五日、葵祭“路頭の儀”と称する行事が執り行われる。京都御所建礼門前から下鴨神社を経て、上賀茂神社までの道筋を、華やかな平安衣装を纏った総勢五百名余が、およそ一キロの長きにわたって行列を作り、都大路をぞろぞろ練り歩くのだ。
(3大祭の中でこれが一番祭らしくないものと思ってましたが、誤解してましたね。)
◯ ・・・下鴨神社の糺の森だった。糺の森とは下鴨神社内にある、草木豊かな、清浄の息吹漂う御神域のことだ。鳥居をくぐり、、さらさらと流れる瀬見の小川を渡ると、河合神社が見えた。『方丈記』で有名な鴨長明は、この神社の神官の家に生まれた。
(たまに行ったりするんですが、知らなかったです。今度、河合神社を探してみましょう。)
◯ 室町の世に吉田神道が誕生した地として知られ、現在も盛大な節分祭で知られる吉田神社。その吉田神社の鳥居は大学の正門を出て左手、東一条通りをまっすぐ百メートルほど進んだところにある。
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