日向ぼっこ残日録

移り気そのままの「残日録」

小説 6

2009年02月25日 10時44分15秒 | 小説
 外では、体が冷えてきたので、車の中で服の乾くのを待つことにした。エンジンをかけてラジヲを聞いていると、「黒い花びら」が流れていた。それを聞きながらシートに寝転んでいると、またも眠くなって、起きているか眠っているか分からないような微妙な心地良さに引きずり込まれた。曲は「高校三年生」に替っていたが、つい数年前のことなのに、懐かしさをもっていた。

 高校時代。まだ、微かに戦後を引きずっている時代は、バンカラの気風をも残していた。
 学生帽のヒサシを短く切って縫い合わせたり、天の部分にグリースを塗りたくってテカテカに光らしたりしていた。タバコもこっそりふかしたりして粋がっている部分もあった。 ズボンは、マンボスタイルで、裾が細くなっていて、太ももの廻りさえピッチリとなっていた。レインコートは、「ダスターコート」と呼ばれる7分裾の、アメリカの清掃員のコートを模したものだったが、水原弘が着たことから爆発的にヒットした。
 秀太は、そんな彼らに馴染んではいなかったが、憧れのようなものと軽蔑のよなものとの入り混じった理解しがたい感情をもっていた。

小説Vol.5

2009年02月06日 09時08分20秒 | 小説
午後の海は、雨があがったあと、からっと晴れ上がったので、小さな水溜りは温くなっていた。素足の感触は子供の頃の水遊びを思い出させて、長い間あじわっていない楽しさであった。
 「こっち、こっち」
 「呼ばなくても、見えてるよ。子供じゃないんだから」
 その小さな水溜りに向かって野球の滑り込みのようにスライディングした。秀太は、このことにひどく狼狽した。なんということだ。自分でも捕らえられないような魅入られた気分は・・・。鬱と躁が混濁するような、悪魔の仕業のように理解した。
 そうすることで、自分の中の矛盾を克服しようとする心は、まだ、病気の領域に踏み込んでいないと言い聞かせた。
 しかし、ずぶ濡れになった衣服は、心の問題でないので、言い訳はしなかった。
 「なんだよ~」剛志は、一言で片付けてくれたのは救いだった。
 「まあ、まあ。大変。着替えも持ってないのに」美穂の言葉が、救いにはならなかったが、追い討ちとなる、慰めの言葉の追加がなかったのがうれしかった。
 「車の中にタオルがあるから、服を脱いで乾かしてこい」と剛志がキーをポイと投げてくれた。一瞬に躁鬱があったことを理解した。
 パンツ一つになって、脱いだ衣服を思いっきり絞って、松ノ木に引っ掛けた。春の強烈な日差しは、通り過ぎる風と一緒になって、衣服も秀太をも癒してくれるようだ。
 肩からタオルをかけて、寝転んだが裸のあちこちを刺激する枯れ松葉が、考える余裕を与えないほど痛いものであった。

小説Vol.4

2009年02月01日 13時12分29秒 | 小説
 言い訳のように「もう少し二人で海に入ってこいよ。俺は久しぶりの外出で疲れたから、ここで横になっているよ」との言葉がでた。
「それから、たばこを置いて行ってくれよ」
「なにを言っているのよ、秀太くん。もう一時間程だから一緒にいましょう。何をするにも体力が必要よ。がんばってね」
「母親が子供に諭すような言いかたはやめてくれよ」
 生き甲斐とか体力とか言ってくれるのは、有難い気も微かに起こったが、気分が鬱になっているので、「余計なお節介だ」が身体中の神経を駆け巡った。
 剛志は、神経に触るようなことは、一言も言ったことはなかったが、これでは、妹が二人になったか、母親が甦ったようなものだ。
 それでも、秀太を立ち上がる気にさせたのは、美穂が手を差し伸べたからである。
 その手を払いのける勇気も気力も準備出来ていなかったから。
 美穂の手は小さくて柔らかなものであったが、どうした訳か力強さを持っていた。秀太の大きな手に無いものであったが、それは微かに伝わった。手が離れたあとでも、蜘蛛の糸の危うさのような形で感触が残った。

小説3

2009年01月22日 18時21分01秒 | 小説
「それより、約束が昨日の今日なのに、弁当までつくって来てくれた気まぐれなお姫様に感謝します」
「秀太くんが、あんまり元気が無さそうなことを、剛志君が言うものだから,張り倒して発破をかけてやろうと、張り切って出かけて来たのに。気力がないのはいろいろな事が起こって、鬱になっているのよ。生き甲斐を早く見つけてね」
「おにぎりには、だしまき、麦茶が似合うよ。うまい、うまい」
「秀太、寝ぼけたことを言ってないで、人生経験の豊富な美穂さんに「挫折よりの脱出」の方法を教えてもらえよ」
「失礼なことを言わないでよ。頼りない男どもの相談相手になっている内に、姉御みたいに見られたらしいけど、それ以上のことは何も無い。恋の相手もいなかったし…」
「今は、店にくるお客さんの中に、素敵な人がいて、映画とかドライブに誘ってもらっても、何故かお客さんというか、お得意さんにしか見えないのよ」
「失礼しました。そういう意味ではなく、世間知らずの秀太と比べてしまいました」
「秀太は、夕食は自分で作っているから、味にはうるさいんだろう」
「毎日の事になると、邪魔くさくて適当に誤魔化しているよ。このピーマンの炒め物は美味しいよ」
「お醤油だけで炒めたのよ。油は少なめにして、卵を絡めるの」  
「それにしても、美穂は、料理をいつ覚えたんだ。秀太にも一度作ってやってよ」
「剛志君は知っているでしょう。カウンターの中で調理をお願いしているみっちゃんが作っているのを見て、時々手伝うようになってから覚えたのよ」   
「今日の帰りに秀太君の家に寄って、今日採れたアサリを使って、なにか料理を作りましょうか」
「それはうれしいな、秀太。亜季さんも七時には店を閉めるから、電話しておくよ。四人で美穂の料理を頂こうよ」
「亜季も喜ぶと思うが、美穂さんは、お店はどうするんだ」
「純」に時々行っている剛志に比べて、美穂に「さん付け」しか出来ないのは、よそよそしい気もしたが、本当はもっと距離のある気がしていた。
「金曜日と、土曜日はお客さんも多いが、日曜日はだめなので、わたしは「お休み」になっているの」
「ハマグリは、すましがいいが、アサリは、味噌汁でないとうまくないよ」
「おい、おい、秀太。細かい注文をつけるなよ」 
 秀太は、美穂に甘えているなと感じたが、それは、家族に対する甘えのように安心感を伴ったものであったので、驚いた。

小説 2

2009年01月19日 15時00分36秒 | 小説
国道二百五十号線はゴールデンウイークでかなり渋滞していた。
「ゴクン」と車の止まるショックを感じて目をあけると、ほぼ満車の駐車場であった。なにか口寂しいので、たばこでもと、ポケットを探ると一万円札が二枚でてきた。いつも同じ服を着ているので、妹が忍ばせてくれたようだ。たばこは、なかった。ごそごそしている、落ち着かないそぶりを見て、剛志が、たばこを差し出してくれた。ひとくち大きく吸い込んだとき、たばこの煙と潮の香りが入り込んで、すこし眠気は去った。
 休憩所からの眺めは、遠浅の海が随分潮が退いて、砂浜が見えているところや、浅い水溜りは、家族ずれや職場のグループらしい人たちで、混み合っているように見えた。
 海に入ってみると、外から見えたのと違い、自分のテリトリーに他人がづかづかと踏み込んでくるような、不快感が起きるような小さな空間ではなかった。 
 熊手とか、小さなバケツ等は、剛志が用意していた。美穂も帽子や長袖の服装など潮干狩りにふさわしい格好をしている。それに比べて秀太は、履物まで用意していなかったので、運動靴を脱ごうとして、「貝殻で足を切るといけないから」と美穂からゴム草履を渡された。
 服装はそのまま海に入るしかないので、少しだけ「情けないなあー」との感情が浮かんだが、投げやりな気分がそれを押し流してくれた。
 一時間程海にいると、昼近くになったので、海岸の松林の木陰で「お昼にする」ことになった。濡れたズボンは気になったが、寝転んでみると、浜風の松籟の下、木漏れ日が顔のあたりでちらちらして、まどろんでくる心地よさに秀太は、例えようのない満足感を覚えた。
「秀太くん、海にいてしゃがんだり中腰だったりで、すこし疲れたでしょう。お弁当を広げたのでこちらに来て食べなさいよ」
「秀太のことを、亜季さんが俺に相談するもんだから、複雑な気持ちなんだろう」
「剛志が、亜季の話し相手になってくれることは、両親もいないし、兄貴も頼りないから、感謝しているよ」
 亜季と剛志のことは、仲良くしてほしいという感情と、兄妹の中に踏み込んでほしくないという複雑な感情があったが、言葉になってみると、思っていることは言えてなかった。
 しかし、追加する言葉は、見つからなかった。

小説 1

2009年01月18日 13時37分24秒 | 小説
    花の内の南風(はえ)
 
          約束

 秀太が目覚めたとき、小さな雨が降り出していた。木の葉にあたる微かな音に混じって、誰かが庭先に駆け込んでくる気配がした。
「もう起きているか」
 玄関の辺りで声がしたかと思う間もなく、寝室のドアが開けられた。
「少し遅くなったが約束のお迎えにきてやったぞ」
 きのう剛志と交わした約束は、頭の隅に欠片しか残っていなかった。
 二十二歳の誕生日に剛志が飲みに誘ってくれた小さなスナック「純」に美穂がいた。
 三人は、白城高校の同級生であったが、当時はあまり親しくなかった。というのも、美穂が男どもを引き連れて繁華街を歩く姿を、なんども見て、すごい感動というか、違う種別の人間という感じがしていたからである。
 当時、秀太はどちらかというと、机に向かうということは少なかったが、成績が良かったので周りからはガリ勉タイプと見られていた。
 美穂がなぜスナック「純」のウエイトレスをしているのか、剛志が美穂とどれくらい親しいのか考えているうちに、酒をあまり飲めない秀太は、酔っ払ってしまい後のことはすべて覚えていなかった。どうして今自分のベッドの上にいるのかさえ覚えていなかった。

 白城高校は、進学校で80パーセント程度の進学率であったが、サラリーマン家庭ほど進学率は高く、商店や工場の後継ぎの中には、入学当初よりそれは考えていない者もいた。   
 秀太は、将来の目標とか、職業に対する希望もなかった。高校をでると、地元の信用金庫に勤めた。
 両親と妹亜季の四人暮らしであったが、中央通り商店街で営む家業の「お茶の小売業」のあとを継ぐことは考えていなかった。亜季は、中学生のころより店の手伝いをしており、人と話すのが苦手な秀太にくらべて、天才的に人扱いがうまかった。
 その両親が、一年前に自家用車でめぐる山陰の温泉旅行の帰り道、大山近くの高速道路上で、居眠り運転と思われる大型車両に追突され、死亡した。店の営業は、亜季と三人の古くからの店員で順調に営業を続けていけた。
 しかし、秀太は、なにを思ったのか両親の葬儀が終わると、三年勤めた信用金庫を退職した。中心地より少し離れた自宅に、何をするでもなしにこもってしまった。
 亜季は,そんな兄を心配して、あまり友達がいないが、高校時代よりなぜか兄と気の合う剛志に、外へさそってほしいと頼んでいた。剛志は、呉服店の次男でデパート内の出店をまかされていたから、気楽な身分といえた。
 
 剛志の「おい、おい」と揺り起こす声に、身を捩ると、なぜか節々が痛んだ。
「新舞子へ美穂さんと潮干狩りに行く約束なんだぞ」
「雨が降っているんじゃないか」
「午後から天気はよくなるそうだから」
 身体を動かしたくない気分が全身を支配していたが、やっとのことで「どすん」と身体をベッドの下へ投げ出させたのは、約束は覚えていなかったが、美穂に興味があったからだろう。
 剛志の四輪駆動車に乗り込んだとき、雨はあがっていた。
 大手前公園の姫路城の見える一角に、美穂が手を上げているのが見えたとき,秀太は「やっ」と声をあげそうになった。四年の歳月は三人の立場を完全に変えているのか。
 高校時代には考えられない清楚な服装なので、なぜかがっかりするような感情がうかんできたのはどうしてだろうか。剛志は、相変わらず行動も身につけているものもまぶしいくらいの輝きがある。秀太は、よれよれの服装以上に、目的のない日々の行動が、美穂に少しは近づいているんではとの考えが吹っ飛んで、落ち着かなさをおぼえた。
「剛志君、潮干狩りも楽しみなんだけど、お弁当持ってきたから三人で食べようね」
「美穂が弁当作れるなんて考えてなかったなー、秀太」
「わたし、前から秀太君に興味があるのよ。だから、今日もはやく起きてお弁当をつくったのよ」
「そうしとこう。お母さんに半分は手伝ってもらったんだろう。高校時代の美穂からは考えられないからなー」と剛志
「二十歳前に独立心が芽生えるのは誰でもあることでしょう。その独立心が少し歪んで現れただけなのよ」
 秀太は、二人の会話を遠い日の出来事のように聞いていた。そして、眠ってしまった。
(続く、不定期掲載。花の内の南風=一月に吹く暖かな南よりの風)