日向ぼっこ残日録

移り気そのままの「残日録」

同窓会の終焉

2009年04月30日 19時38分44秒 | 残日録
中学校のクラス会があった。

50数年も前に卒業したのだ。この中学校は、特殊な学校組合立で、高校の学区の違う二つの村が設立した。その後すぐに双方共隣接の違う市と合併したが、特殊な組合のまま長く存在した。
そして、数十年ののち各市立の学校に分裂した。違う小学校から1つの中学校に進学した所為か1年~3年生までず~と持ち上がり進級で、担任も変わらずだった。
それで級友と馴染んだかと言うとそうでもなかった。それぞれの市の高校へと進学するから疎遠となった。

芯から打ち解けない3年間を埋め合わせするように馴染めたかというとそうでもない。
只、先生は81歳(本当に若く担任をしたものだ)なので、元気とも言える。むしろ、インスタント食品に染められた生徒(70歳に近い)は、元気がないようだ。
kunio_nikkiも、先にブログで触れたが、弱っているのだ。

お願いして、先生(男性)にギュッと抱いてもらったが、70歳近くても子供の気分に帰れたから幸せだった。
戦後を引きずっている時代は、先生も尊敬されていて、逆らう親(モンスターペアレント)なんて想像もできない時代だった。先生も最も幸せな時代の教師だったように思う。

かくして和やかに(それぞれの家庭の乱れ?[病気や老後の不安や家庭内の・・・]等をやわらかく包み隠して?)終わった。

70数枚もの写真を写したが(シャッターを任せた時間もあったので、デジカメと言えどもピンボケもあった。なにしろピント合わせの半押しをしないでシャッターを切るし、室内が暗く背景の大きな窓の外は背景が明るい)失敗だったかな。
それでも、スピード第一でネットでプリントをたのみ、1時間後近くの店に受け取りに行った。(チエーン展開している)
そして、封書(洋2型)で各人に送った。ごじゃごじゃはいやなので「苦情」と「お礼」は無用の手紙も封入した。先生にだけは、丁寧に一筆そえた。

「食事会後のカラオケ~・・・・~一部の人の趣味に付き合った同窓会の行き着く先は・・・・・」余りにも多様性のない方式が参加者の減少を呼んでいる。

そして・・・終わった。

最悪の事態だ!

2009年04月28日 16時38分45秒 | 気まま日記
パソコンが機嫌を損ねた。(26日夕刻)

「何もしていないのに~!」これは、常套句だが・・・・、電源を入れると立ち上がらなかった。黒いモニターに警告文のような羅列・・・・が並んでいた。
いかように試しても駄目押しされる始末だ。

メーカーに状態を知らせて聞くと【チャットの質問は、不在。無料の電話は、呼び出し音がなり続けるだけ・・・有料の電話でなんとか繋がった。】・・・・ハードディスクのダメージはないようだが・・・「リカバリー」の必要があるとの結論だった。

くやしい!老齢の身には大事な記憶が飛んで行ってしまったのだから・・・。
多くの時間を割いて作った町内の「文書」や同窓会関係の「文書」や拙作の「小説」など、気力の萎える出来事だった。「住所録」さえ失った。インターネットは、ケーブルを繋ぎぱなしでパソコンが回復すると、大きな警告音が3度ほど出たが、これもネット業者に聞いて回復した。

しかし、一ヶ月前ほどに「USBフラッシュメモリー4GB」に残した、多くの写真だけは、救われた。近日のものはダメ。そんなに小まめに記憶をできないよ!
失うことを考えていないから・・・。

多くのソフトもダウンロードのし直しすることになったし、フリーソフトはダウンロードのし直しだし、多くの時間を割いても元には戻らないよ。デスクトップは軽くなったが・・・、年始は喪中だったので、去年や一昨年の年賀状を出してきて住所録の作成もしないといけないし・・・
パソコンが旧の状態まで戻ったので「ウィンドウズ」や「アンチウィルスソフト」が現状まで戻すには、多くのダウンロード項目があるから大変だ!

老齢の身には、青天の霹靂の出来事だった。がんばるしかない。

そんなの卑怯だよ!

2009年04月24日 16時59分29秒 | 気まま日記
次々に考え出される「リカちゃん」人形は、綺麗だ。

   
横浜開港150年で作られた「リカちゃん」は、セルロイドではない。
こんな人形なら誰でも欲しい。たった1000体限定とは・・・。そこで「卑怯だ」の言葉になってしまった。

セルロイドではないとは・・。赤い靴を履いているとは・・・。

「青い目の人形」♪♪青い目をしたお人形は アメリカ生まれのセルロイド 日本の港に着いたとき 涙をいっぱい浮かべてた ・・・・

「赤い靴」♪♪ 赤い靴はいてた 女の子 異人さんにつれられて 行っちゃった 横浜の波止場から 舟に乗って ・・・・・

しかし、赤い靴を履いているからうれしいが、異人さんと行かないで~!

君は寂しかった?

2009年04月23日 10時13分46秒 | 残日録
スマップの「草剛(34)」さんが、酔っ払った。

大層れた地位(有名)や金銭を手に入れたのに。
こんな生活(午前3時に、同行者もいない。たった一人で公園で騒いでいた)をしていたなんて。

なにか違う型にはめられて窮屈だったのかなあ!森君は、オートバイのプロレーサーとなったのだが・・・・。
「空を飛んでみたい・・」と5階から飛び降りたタレントもいたなあ。

みんな悩んでいるのだなあ。

kunio_nikki、若い時分に、職業に悩んで失業した時に・・・・・。
友人がいたから救われた(精神的に)のだが、君は寂しかったのかい?

コマーシャル出演などは、君の偶像を買っている訳だから・・風当たりも強まるだろうが、「頑張らなくていいよ」と言いたい。

それでも良心に背いて動くというのがあるからなあ!(タレントは、余程でないと、仕事を選べないから・・・・。葛藤があったのか。)
【財団法人日本生産性本部は22日、『第20回 2009年度 新入社員意識調査』の結果をまとめた。仕事の取り組み意識としての「良心に反する手段でも指示通りの仕事をするか?」の問いには、4割(40.6%)が【指示の通り行動する】と回答。【指示に従わない】(11.7%)、【わからない】(47.7%)とする人がいるものの、調査開始以来の3年間で過去最高値を占める結果となった。(オリコン)】「そんな仕事やっとられるかい!」は、12%近くもいるから、頼もしい。多いと思います。

ヒメキンギョソウ咲く

2009年04月21日 17時19分11秒 | 気まま日記
「ヒメキンギョソウ」が咲いた。

可憐に咲く風情がいい。
花の色はいろいろあるが、写真の薄紫がいい。

ほとんど同時期に「ヤブラン」も元気な新葉を出した。数枚の葉がくっ付いて直立している。成長すればひらいて垂れる。そして、この花は虫の助けを必要としないのか、晩秋に小さな花を付ける。この花は、本当に小さな花なのに、もっと小さな実も付ける。

小さい花は、可憐で美しい。

西部劇はいいなあ!

2009年04月20日 15時51分20秒 | 残日録
「ワーロック」を見た。

「ワーロック」は、1959年制作の西部劇だ。

西部劇とは古いかな。ジョン・ウェインなどを頂点とする「ウェスタン」は、日本の「チャンバラ」と同じく勧善懲悪が基本の活力劇だった。
と言うのは、次々と封切りされる「西部劇」は、理屈ぬきに面白いものだった。一時、その地位をなくしたものの、次に現れたのは、イタリア製の西部劇「マカロニ・ウェスタン」だった。銃を撃ちまくる爽快感は、ハリウッドを凌ぐものだった。
今や、レンタルビデオ店においても、西部劇というような作品はほとんど見かけない。残念極まりない。

ワーロックは、リチャード・ウイドマークが主演だ。共演には、あの大スター「チャールトン・ヘストン」や「アンソニー・クイン」なのだから驚きです。
リチャード・ウイドマークは、大学教授であったが、俳優の道に進んだのだが、その容貌から主として悪役、脇役であった。日本でも悪役の後年は、善役で成功した俳優は多い。(進藤英太郎、東野英治郎、佐野浅夫、金子信雄・・・・・・)
リチャード・ウイドマークは、いわゆるスーパーヒーローではない。銃も早くないが、悪の集団から、保安官補になり、住民を見方にして、最後は早撃ちのヘストンさえ・・・。
その容貌から「和製リチャード・ウイドマーク」と言われた「佐藤允」は、どうしているのかなあ。

今でこそ、ヘストンは、賛否両論の「全米ライフル協会」の会長だが、西部劇のヒーローや「北京の55日」や「十戒」や「猿の惑星」など大作の主演が多い。
アンソニー・クインは、亡くなる直前まで映画出演していた。晩年は、西部劇がなくなったので、シルベスタ・スタローンやアーノルド・シュワルツネッガーと共演していた。コミックぽい「ラストアクション・ヒーロー」なども好演だったが・・・。
久しぶりに、いい思いをさせてもらった。楽しい~!

あの日に帰れない!

2009年04月19日 21時53分13秒 | 残日録
ザ・ジャガーズのボーカル「岡本信」さん(59)が死亡した。

ザ・ジャガーズは67年のデビュー曲「君に会いたい」などがヒット。岡本信さんは解散後もソロで活躍し、昨年2月には東京・六本木で芸能生活40周年記念ライブを開催した。

「君に会いたい」

【若さゆえ苦しみ
 若さゆえ悩み
 心のいたみに
 今宵もひとり泣く
 忘られぬあの日
 思い出のあの時

 ※初めての口づけに
 知った恋のよろこびよ
 帰れ僕のこの胸に
 My baby,want you,want you see again※

 日の暮れた森を
 あてもなく歩いた
 あの日の涙は
 いつまでもかわかない
 忘られぬ瞳は
 今誰をみつめる

 (※くりかえし)

 My baby,want you,want you see again
 want you see again】(作詞:岡本信)

59歳だったとは、驚きだ。
kunio_nikkiの、1世代後のことだったか!・・・。

あの「007は殺しの番号」(主演:ショーン・コネリー)が、爆発的にヒットし、「ビートルズ」も出現した。1960年代は、文化の端境期でもあった。
我々に多くの影響を与えた裕次郎ブームは、「慎太郎カット」(裕次郎の兄の石原都知事の短い髪型)を、多くの芸能人(水原弘など)や若者に真似させた。

その後、ザ・ビートルズが出現すると、我も我もと「ビートルズ・カット」に変えた。オカッパのような長い髪形であった。その影響は、若者文化でもあった。【余分:短い髪型では、25~30日で散髪していたが、このブームは散髪屋さんを震撼させた。(長期に散髪に来ない)】

それを引き継ぐ形で、グループサウンズが出現した。
浸透した若者文化でもあったのに、NHKは、その髪型故にテレビ出演を許さなかった。

今、聞いてみると、この「君に会いたい」など、当時の歌詞の内容は、退廃的と揶揄される要素はどこにもない。
多くのグループサウンズが出現し、今も活動している人も多い(グループとして、あるいは個人として)

そして、そのビートルズの残り火も徐々に消え去ろうとしている。

合掌!


近況:飲んでいる薬の効能は、2項目だが・・・・・・。
   副作用は、23項目もある。


君は幸せかい?

2009年04月17日 19時09分29秒 | 気まま日記
写真に撮る場合には、およそ野の花に興味を持っていた。

名もないような花に美しさを感じてきた。ヤブランなどの小さな花こそ美しいと感じてきた。
しかし、行動半径が狭くなると、山歩きのような過激なことが出来ないから、手近かな花壇にも目がいくようになる。

       

チュリップにも、その必要性からか、混血や改良の波が激しい。
白い丸い花弁が、紫に縁取られた柔らかな花は、チュリップと言えるだろう。左の花弁が鋭く尖ったオレンジの花は、チュリップと言うより、キスゲなどに近い。
その下部に見える水仙にも見える花もチュリップなのだ。

こんなに、改良されても、美しく彩られても、「君は幸せかい?」と問いたい。
チュウリップの改良は、バラのそれを凌いでいる。毎年載せられるカタログには、「へえ~!」と驚かせられる。「こんなのチュリップではない」と叫んでも、家内の趣味の範囲の内なのだからやるせない。

改良されたチュリップは、毎年同じ花を付けない。
「先祖帰り」を望んでいるのか、種子屋に言い聞かされているのか、劣化していく。


それでも、可憐な花は美しい。

思い出の同窓会へ

2009年04月16日 18時22分39秒 | 残日録
高校同窓会は、なるべく出席してきたものでした。

6月のそれは、「鯉ヶ窪湿原」~「親子孫水車」~「吹屋ふるさと村」などを巡るものである。
大いに興味が湧く内容である。しかして、ブログでは先日より禁句となった「・・・」が理由での欠席は憚られることである。
今までに出席した5回の自身の「パソコン上の写真集」を全部めくってみた。あの顔、この顔懐かしいものである。しかし、数年の往った歳月は、数人の故人をも見送った。年齢的に次々と・・・・・という時代にはいったのだから仕方がない。

「吹屋」は、何度か訪ねて、ホームページの項目の一つにも取り上げた思い出の地でもある。観光地化されただろうが、行って見たいの思いもあった。
その時に写した「広兼邸」に同窓会の数枚の写真を配して、メールで欠席の通知を送った。

残念だが・・・・・。

仕方がない!


写真の合成

2009年04月14日 19時23分30秒 | 気まま日記
姫路城の「お花見」は、4月1日であったが、時々雨の降る、また寒い風の吹く散々な1日であった。遠来の友にとっても、うれしくない姫路城となったかも。

もちろん、写真を送ったが、花が少なく、桜が写っていない様相だった。満開の花が9日に撮れたので、弁当を前にしている写真と合成した。次回にでも会う機会があれば渡すことになるだろう。

写真の合成:加工する場合に、大きい画像は切りはぎできないので、縮小するが、はめ込む画像との比率が難しい。近くの人物との対比も問題となってくる。余り厳密に考えると時間がいくらあっても足らないので、ラフに考えて20分ほどでやっつけた。「桜満開」があればいいだろう。来年からのお花見は、工事(屋根と白壁)になって、全景が望めなくなるから撮った。
今度は、比較的満足感に満たされた。
一人にメールで送ったが、思い直して(気に入らないから)もう一枚作り直した。それで、満足までには至らなかったが、満ち足りた振りをした。(切りがないからだ)