駐車場の向こう側に広がって
いるのは、雑木林、いや、
深い森なのかもしれない。
その闇の中から聞こえてくる
のは、風の音と、辛うじて命
の灯を点(とも)している。
弱々しい虫の音。
心細さと不安で、胸がしめつけ
るようだった。それまで軽いと
思ってきた鞄が、ずしん重く
感じられる。
切符売場のそばに、公衆電話が
あるのに気づいた。意思とは
関係なく躰が動いて、わたし
は財布の中からコインを取り
出しながら、立ち上げってい
た。電話の前まで歩み寄り、
受話器を取り上げた。
その時ふいに、胸の奥から、
掴みどころのない感情の渦が
湧いてくるのを感じた。
わたしは本当に、あのひとの
近くまで、来ているのだろ
うか。
日本にいる時よりもっと遠い、
もっと長い、もっと暗い
「距離」を感じてしまうのは、
なぜなのか。わたしはあのひと
には、会えないのではないか。
言葉にすれば、そんな風になる。
無論その時にはまだ、言葉になっ
ていない。
漠としたその不安―――恐怖に近い
感情―――は、数回の呼び出し音の
あと、電話がつながった瞬間、確信
に変わった。
それは、限りなく悪い予感であると
同時に、なぜだか明るい直感でもあ
った。心を海にたとえるならば、わ
たしはまるで自分の両足が海底に
届いたかのように、そのことを感知
していた。
あのひとは、ここにはない。
「へロゥ?」
JFK国際空港で耳にした女の人の
声が、今度はわたしの耳もとに、
くっきりと届いた。彼女の息づ
かいまで、わかるほどに。
ジャネットではなかった。その
声は若く、細く、鋭利な刃物の
ように研ぎ澄まされていた。
ひと呼吸置いてから、わたしは
一語ずつ、はっきりと発音した。
「こんにちは。そちらに、カイセイ
さんいますか?」
「ええ、ここは確かにカイセイの
住んでいる家です。でも彼は今、
ここにいない。
あなたは、誰?」