三章:A Skill and Close Friends and Rice Gruel Ⅰ《能力と親友とお粥1》
「ジゴよ、私の賞賛を受けてくれ。私は君のためにしばしば袖にしたのだ。男爵夫人や公爵夫人の食卓で、最高の美味なる肥育鶏を、そして山鶉のキャベツ添えさえも」--ジョゼフ・ベルシュー
御坂 美琴が、第7学区一帯を停電(ブラックアウト)させてしまう少し前。初春 飾利の部屋で、佐天 涙子が台所(キッチン)に立っていた。
夏風邪を引き、学校を休んだ初春を涙子がお見舞いに訪れていたのだ。
涙子は長い黒髪に白梅の花を模した髪飾りを着けている女の子。初春は黒髪のショートヘアに彩り鮮やかな花のカチューシャを付けていた。二人は、ともに柵川中学の1年生の同級で親友同士だった。
実は、ここに先ほどまで美琴と黒子もいた。初春と黒子は、同じ『風紀委員(ジャッジメント)』に属し相棒(コンビ)を組んでいて、黒子は初春のたってのお願いから美琴を二人に紹介した。
四人はすぐにうち解けた。知り合ってまだ日が浅かったが、年齢も近かったし、美琴は人見知りなど縁がなく、涙子も同様だった。
そんなとき、初春が風邪を引き、三人でお見舞いに来たのだが、『幻想御手(レベルアッパー)』の情報を得たため、二人は飛び出していってしまい、初春と涙子が残されたのだった。
台所(キッチン)に立つ涙子は、テキパキと調理していく。彼女も例に洩れることなく小学生の頃から学園都市に来て、一人暮らしをしていたからである。
彼女は、風邪引きの初春のために、消化によいネギ粥を作っていた。
【風邪のお粥:薬膳ネギ粥】
【材料】
ネギ →2本
米 →50g
砂糖 →スプーン1杯
水 →500~600cc おかゆの固さはお好み
【作り方】
1.ネギの白い部分を適当な長さに切る
2.土鍋(どんな鍋でも可)にお米を入れ約500~600ccの水で煮る
3.お湯が沸騰したら、弱火にして、米粒がくずれて粥状になるまで煮る
4.そこへ、ネギ・砂糖を入れて、そのまま弱火で煮る
5.ネギが柔らかくなったらネギ粥の完成
サクサクと、包丁が、ネギを小刻みにきざむ音がする。
「そう、その『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』…… 勉強しとけ~って言われても、よくわかんないのよね~」
涙子は、調理を続けながら、学校で出された宿題を初春に聞いていた。
『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』。それは異能力者が個々に持つ特殊な感覚であり、現実や常識から切り離された独自の、自分だけの世界を指し、これを得ることが超能力を獲得するための必須条件だ。
初春は起き上がり、ベット横の小さなテーブルの前に座っている。
「う~~ん。何でしょうね…… 自分だけの現実って、知識としてはあるんですけど……」
涙子が学校から持ち帰った宿題ノートを見ながら答えた。涙子はネギをきざみつつ、つぶやく。
「自分だけか…… 初春だけ。あたしだけ。そんな現実って、何だろうね? 妄想とか?」
「あ、 近いかも!」
初春の言葉に思わず手を休めて涙子は振り返った。
「えっ?」
「妄想はアレですけど、思いこみとか、信じる力とか、そういう強い気持ちじゃないですかね~」
「へぇ~ 信じる力か……」
彼女はふたたび手を動かし始めてネギを入れ、オタマでなべをかきまわした。
「わたし自身、レベル1なので、ぜんぜん説得力ありませんけど……」
「うう~ん。ありがとー! 正直、自分だけの現実って言われて、チンプンカンプンだったけど…… 何となくわかった気がする」
おたまですくった熱いお粥を、ふう~ふう~と冷まして味見する。
「あたしも信じていれば、いつかレベル上がるかな?」
「たいじょ~ぶですよ。佐天さんは思い込みの激しい女(ひと)ですから」
「何気にひどいことを言うね~ キミは」
「へへへ……」
涙子はできあがったお粥を初春の待つテーブルへと運んでいった。作ったお粥を二人で食べて、あと片付けも終わり、ひと息ついた頃。
「そうだ。初春、背中拭いてあげようか? 風邪引いて、お風呂入っていないんでしょ」
初春は、涙子の言葉に驚いた。
「え~! そんな悪いですよ。佐天さん」
「なに遠慮しんのよ。困ったときは、お互い様。親友でしょ!」
少し戸惑いながら初春は小さな声で答えた。
「じ・じゃ~ お願いします……」
初春は少し頬を染めて、照れながら涙子を見つめる。
「よし! きた! 上着を脱いで、ここに座ってて。準備するから~」
そう言った涙子はバスルームへ行き、洗面器にお湯を張って戻ってきた。そしてパジャマの上着を脱いで、それで前を隠した初春のうしろにに座り、彼女の背中を拭き始めたのだった。
「初春はさぁ~ 高レベルの能力者になりたいって、思わない?」
「え~?」
「御坂さんや白井さんみたいな」
「う~ん? そりゃ~ 能力が高いことにこしたことないですし、進学とか、その方がだんぜん有利ですけど~ 」
「やっぱりさぁ~ ふつうの学校生活なら、外の世界でもできるし、超能力に憧れて学園都市に来た人、結構いるでしょ」
涙子は、初春の背中を拭いていたタオルを洗面器にひたしてしぼって、ふたたび彼女の背中を拭き始める。
「あたしもさぁ~ 自分の能力って何だろう? どんな力が秘められているんだろう…… って、ここに来る前の日は、ドキドキして眠れなかったよ。それが最初の身体検査(システムスキャン)で、あなたにはまったく才能がありません。レベル0です…… だもん。あ~あぁって感じ…… 正直へこんだし……」
「その気持ち、わかります。わたしも能力レベルはたいしたことありませんから…… けど、白井さんとお仕事したり、佐天さんと遊んだり、毎日楽しいですよ。だって、ここに来なければ、皆さんと会うこともできなかったわけですから…… それだけでも学園都市へ来た意味があると思うんです」
「初春……」
涙子は、背中から初春を抱きしめた。
「ああっ~~ん! かわいいこと言ってくれちゃって! ご褒美に全身くまなく拭いてあげる~!!」
「え・えー! 佐天さん!! 手の届くところは、自分で拭きますから~」
初春は、涙子の抱擁から逃げようとするが―― と、とつぜん部屋の明かりが消えた。
「え! 停電!?」
それは美琴が引き起こした停電(ブラックアウト)だった。