三章:I have thought to never forget it. a《忘れえぬ思い a》
「少し食べ、少し飲み、早くから休むことだ。これは世界的な万能薬だ」--フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワ
ふたたびAIM解析研究所――
自分のラボに戻った木山 春生は、机に座り、自身の過去を思い出していた。
「せんせい…… 木山せんせい」
「せんせい…… 木山せんせい」
そう呼ばれたことがあった。一時期、先進教育局における小児用能力開発研究所での教師の経験があったのだ。それは統括理事会が進める実験の一部としておこなわれたもので、いわば小学校の先生だった。
彼女が担当したのは、『置き去り(チャイルドエラー)』と称される子供たちで、彼らは、何らかの理由で学園都市に置き去りにされた身寄りない子らだった。
しかし、木山 春生は子供が嫌いだった。だから気乗りせず、わずらわしい仕事だと思った。
「子供は、デリカシーがないし、失礼だし、いたずらはするし、論理的じゃないし、馴れ馴れしいし、すぐ懐いてくる。だから子供は嫌いだ」
彼女にとって研究に没頭している方が、はるかに気が楽だった。
しかし、そんなある日――
外は雨だった。帰宅する途中で生徒に会った。枝先 絆理という女の子だ。どうやら、ぬれた路上で転んだらしい。
「どうした? 枝先」
「えへへへ…… すべって転んじゃった……」
「わたしのマンションはすぐそこだが、風呂貸そうか?」
「いいの! わあ~ぁ!」
彼女は、絆理をつれて帰り、お風呂を貸した。
「わあ~あ! お風呂だ!!」
「風呂がそんなに嬉しいか?」
「うん! うちの施設、週二回のシャワーだけだもん。ねえ! 本当に入ってもいいの?」
「ああ……」
「やったー!! みんなに自慢しちゃおっと! うふふっ!!」
そして風呂に入っている間に、ぬれて汚れてしまった絆理の服を洗ってやった。
「せんせい…… 」
「うむ?」
「あたしでも、がんばったらレベル4とか5になれるかな?」
「今の段階では、何ともいえないな。高レベルの能力者にあこがれでもあるのか?」
「う~~ん、もちろんそれもあるけど…… あたしたちは学園都市に育ててもらっているから…… 、この街の役に立てるようになりたいな~ って思って……」
風呂から上がった絆理に服が乾く間に、温かいコーヒーを入れてやったのだが、彼女は寝てしまっていた。
その日の研究する時間がなくなってしまった。しかし、絆理のいたいけな寝顔を見ていると、少しずつ気持ちが変わっていくのわかった。
「本当に、いい迷惑だ…… 子供は…… 本当に…… きらい…… だ…… 騒がしいし…… デリカシーがない。失礼だし…… いたずらするし…… 論理的じゃないし…… だから子供は……」
日を追うごとに子供たちに対する親しみがふくらんでいった。でも子供は嫌いだと、ずっと、そう思っていた。実験の最後となるあの日までは――