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京に伝わる魔界伝説
陰陽を心得た立ち姿
足のない幽霊画
白い着物姿の美しい女性が、伏し目がちにたたずんでいる。
顔にかかる黒髪は一本一本細い毛筋で儚げだ。
彼女の腰から下は、徐々に消えて見えなくなる・・・。
典型的な日本の幽霊像です。
この足のない幽霊画を最初に描いたのは
写生画の大家、円山応挙といわれています。
応挙は享保十八年(1733)、丹波の国・穴太の農家に生まれた。
幼い頃から画の才能を発揮し、15歳の頃画家になろうと京へ出る。
働きながら、狩野派の流れを汲む石田幽汀の門下に入って修業を積み、
20代の後半の頃には狩野派の手法をすべて会得したという。
しかし、
家名が大きくものを言う京の画壇の中にあって、
田舎から出てきた無名の画家が生きていくのは並大抵ではなかった。
応挙は食べていくために、
ヨーロッパから入ってきた眼鏡絵( 覗きからくり )制作に取り組む。
そこで今まで知らなかった透視図法を学び、
陰影法を習得し、
ヨーロッパ絵画の写実手法を学んでいったのです。
写生画の第一人者となった応挙は、
実物を微細にスケッチし、画を仕上げた。
そして生まれたのが・・「足のない幽霊画」なのです。
今回はここまで・・
続きは次回に・・
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