≪中野京子『はじめてのルーヴル』 【読後の感想とコメント】その6≫
(2020年5月24日投稿)
【中野京子『はじめてのルーヴル』はこちらから】
はじめてのルーヴル (集英社文庫)
今回のブログは、ラファエロについて補足しておきたい。
あわせて、ラファエロの次の作品についてのフランス語の解説文を読んでみたい。
〇「カスティリオーネの肖像」
〇「聖母子と幼児聖ヨハネ」(「美しき女庭師」)
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
盛期ルネサンスの古典様式は、1500年前後の2、30年の間続いたにすぎない。
それは、幾多の要素の幸福にして微妙な均衡の上に立っていたからである。芸術表現上の調和統一や、歴史的状況、そして作家の個人的性向が絡み合っていた。
16世紀になると、イタリアの政情不安、宗教改革の嵐、スペイン軍による「ローマの劫略(サッコ・ディ・ローマ)」のような外的事件に加えて、マニエリスムという芸術様式が誕生し、古典様式は長く維持し得なかった。
ラファエロ(1483~1520年)は、15世紀人文主義文化の重要な拠点をなすウルビーノに画家の子として生まれ、古典様式を体得し、ひとつの時代の総合調和の表現を実現した。それは歴史の恵みであった。
ラファエロは師ペルジーノの静謐で抒情的な芸術を純化し、高い形式美のもとに統一しようと志向した。彼は、眼にふれたものを自己の秩序に適合させる天与の才に恵まれていた。加えて、自身の能力を発揮させるためには、つねに刺激を必要とするタイプの人でもあったようだ。
1504年にフィレンツェを訪問して、その芸術に新たな飛躍の機会を得た。この地で、「モナ・リザ」を制作中のレオナルドの霊妙な明暗法に心動かされた。
そして、フラ・バルトロメオの穏和な情緒表現やミケランジェロの造形も学んだ。
これらの成果が現われた作品として、佐々木英也氏は次のようなラファエロの作品を列挙している。
〇「大公の聖母」(ピッティ美術館)
〇「聖母子と幼児聖ヨハネ(美しき女庭師)」(ルーヴル美術館)
〇「まひわの聖母」(ウフィツィ美術館)
〇「ドーニ夫妻の肖像」(ピッティ美術館)
これらは一連のマドンナ像と肖像画である。
風景や建物を背景としたピラミッド形構図に先人の影響が認められるとされる。20歳を過ぎたばかりの若さで美の理想をつかんだかと思わせるほど、これらうら若き聖母の繊細な心情のたゆたい、形体の美しさは無類であるといわれる。
1508年、ラファエロはローマに移り、ユリウス2世の破格な好意によって、ヴァティカン宮の装飾を委ねられた。「署名の間」の壁画として、次のような作品を手がけた。
〇「アテネの学堂」
〇「聖体の論議」
〇「パルナッソス」
これらは、キリスト教的プラトニズムの概念に拠りながら、「真、善、美」を歴史、寓意、象徴のかたちを借りて形象化したものである。
ラファエロの総合調和の才と、ギリシャ精神とキリスト教精神の総合というカトリック教会の世界主義的意図との稀有の合致をしるしている。ルネサンス人文主義はここに至高の表現を得ることになった。
(佐々木英也「盛期イタリア・ルネサンスの美術」170頁~172頁、高階秀爾監修『NHKルーブル美術館IV ルネサンスの波動』日本放送出版協会、1985年所収)
ローマでラファエロは肖像画も多く描いたが、ルーヴル美術館の「バルダッサーレ・カスティリオーネの肖像」(1516年頃、カンヴァス・油彩、82×67cm)はラファエロの肖像画の最高傑作のひとつとされる。これは、この時代の知識人の姿を典型にまで高めたものである。
モデルのカスティリオーネ(1478~1529年)はイタリア各地の宮廷(ミラノ、マントヴァ、ウルビーノ)で訓練をつんだ当代最高の職業的外交官である。
著名な宮廷作法書『廷臣論』の著者として知られた教養人でもある。
この肖像が描かれた頃(1516年頃)はマントヴァのゴンザーガ侯の大使としてローマにいた。ラファエロは5歳年長のこの貴族(38歳頃)の風貌を深い敬愛と魂の共感をこめて描いている。
その顔は気品と威厳、ふるえるような感受性と鋭い知性に溢れている。衣装は、彼自身が『廷臣論』のなかで最も優雅な色とみなす黒で統一されている。その結果、画面もモノクロームに近い典雅な灰色―褐色調でやわらかく統一されている。
ところで、ラファエロの場合、レオナルドやミケランジェロらの先人から優れたところを吸収して、自分のものとして統合していった。ラファエロが一番多く影響を受けたのは、レオナルドだといわれている。
例えば、ラファエロの「聖母子と幼児聖ヨハネ(美しき女庭師)」とレオナルドの「聖アンナと聖母子」とを比べてみると、気品、しぐさのやさしさ、表情などの本質的な美しさに共通のものがあるといわれる。
また、ラファエロの肖像画「バルダッサーレ・カスティリオーネの肖像」は、レオナルドの「モナ・リザ」にヒントを得ているとされる。例えば、身体をちょっと斜めにしたポーズ、眼差し、手の位置、色彩を抑えた黒い衣装など、共通点が多い。
カスティリオーネは、ラファエロの友人で、保護者だった貴族である。
マキャヴェリの『君主論』とならんで、当時有名だった『廷臣論』を書いた人である。この本は、理想の宮廷人のあるべき姿を書いた本である。
カスティリオーネ自身、洗練された社交家で、馬術、弓術、剣術、舞踏、リュートとヴィオラの演奏までやってのけた。ドイツ皇帝カール5世が、カスティリオーネのことを「当代きっての完璧な貴族」と評した。
ラファエロは、いかにも教養人らしい、その風貌と精神をとらえて、完璧な肖像画にしている。
そして、当世きっての最も気品高く教養ある婦人のひとり「ジョヴァンナ・ダラゴーナの
肖像」(1518年、板からカンヴァス・油彩、120×95cm)もまた、完璧さのシンボルである。
モデルのジョヴァンナ・ダラゴーナ(1500~77年)は、ナポリ副王アスカンニオ・コロンナの妃で、当代きっての教養高い貴婦人として知られていた。
この肖像はフランス駐在大使の枢機卿ビッビエーナがフランソワ1世に贈呈するためにラファエロに注文した作品である。
ラファエロの晩年(といっても35歳の頃)、亡くなる2年ほど前に描かれた作品である。
もっとも、頭部だけラファエロが描き、他の部分は弟子のジュリオ・ロマーノが描いたといわれる。色彩も冷たく、明暗の対比も強く、次の世代に登場するマニエリスムの特徴が感じられる。ジュリオ・ロマーノはマニエリスムの推進者のひとりになる。
(高階秀爾監修『NHKルーブル美術館IV ルネサンスの波動』日本放送出版協会、1985年、88頁~90頁。)
このように、ラファエロが肖像画において、黒色を重視したことは、ラファエロの自画像などからも確認できる。
ラファエロ自身は、「アテネの学堂」の中で、黒いベレーをかぶり、イル・ソドマと共に右端にいる。この黒色はメランコリーの色であり、その憂いに満ちた顔と共に「天才」を刻印する共通な顔をしていると田中英道氏は指摘している。
イタリアのウフィッツィ美術館所蔵のラファエロの「自画像」(1504~06年、47.5×33㎝、油彩・板絵)も、黒い帽子、黒い服に身をつつんでおり、この像と軌を一にしている。虚ろげな目をこちらに向けた、21~23歳の若き日の端正な顔の青年として描かれている。
しかし、このような理想像は、いわば本当の顔とは異なるものであると田中英道氏は断っている。
ラファエロの自画像は白面の少年の如きであるが、実際は眼は鋭く男らしく、かなり計算家らしい一面ももっていたことを田中氏は強調している。
このような一面を示した図は残念ながら残されていないが、ラファエロの経歴が物語っているという。ラファエロは、レオナルドやミケランジェロをしきりに学びながら、出世にかけては、彼らより早く法王庁に取り入る術を知っていた。ミケランジェロより8歳も年下なのに、30年も早く名誉あるサン・ピエトロ教会堂建築総監督になっている。
(田中英道『美術にみえるヨーロッパ精神』弓立社、1993年、125頁参照のこと)
【田中英道『美術にみえるヨーロッパ精神』はこちらから】
美術にみるヨーロッパ精神
このラファエロの「バルダッサーレ・カスティリオーネの肖像」(1516年頃)を賞讃する人は多い。
例えば、赤瀬川原平氏もその一人である。次のように述べている。
「この絵の中で色として見えるのは青い目の二点、そしてわずかに肌色、あとは黒と白と灰色である。その黒がじつに鮮やかだ。黒を色として塗ったのは19世紀のマネ、その前にわが日本の写楽がいるが、この絵はそのもう一つ前だ。画面を手のところでカッティングした大胆さもこの絵の力の原因だ。」
(赤瀬川原平、熊瀬川紀『ルーヴル美術館の楽しみ方』新潮社、1991年[2000年版]、5頁)
黒っぽく押さえた服装の男の肖像画だが、ラファエロの鮮やかな黒色を絶賛している。
加えて、衣服の皺の形だけでなく、質感までも描き出しているのは天才だという。肩の下から腕の辺りにまとっているような銀色のフカフカの毛皮が圧巻である。赤瀬川氏も、ラファエロの最高傑作だと太鼓判を押している。
ラファエロには、他にも「聖母子と幼児聖ヨハネ」など傑作といわれるものがあるが、テーマへの義理立てがまず先に立って画家の感覚が押さえ込まれているとみている。
これはキリストを中心とするこの時代のテーマ絵画の特徴であって、どうしてもスコーンと抜けるものがないそうだ。
ところが、この肖像画は素晴らしい透明感をたたえていると褒めている。ラファエロは絵の腕が早熟で描き上げるのも早かったというが、その軽さがうまく作用して、ここでは生命の気配をさっと摑んでいるようだ。タッチを表に出すことを封じられていた時代の奇蹟ともいえると赤瀬川氏は主張している。
(赤瀬川原平、熊瀬川紀『ルーヴル美術館の楽しみ方』新潮社、1991年[2000年版]、5頁、37頁)
【赤瀬川原平、熊瀬川紀『ルーヴル美術館の楽しみ方』新潮社はこちらから】
ルーヴル美術館の楽しみ方 (とんぼの本)
赤瀬川氏は、ルネサンスの絵について、独自の見方をしている。
ルーヴルの作品を見て、改めて感じたことは、ルネサンスの絵からは細部が消えていくことだったと明記している。つまり、絵の中の博物的細部が消えていって、中心のテーマだけが描写されるというのだ。
頭では、ルネサンス=素晴らしい、と思いながら、見ていてどうもホンネのところで面白くないのは、そこに原因があるとみている。
ルネサンスを境に、どうも絵が教訓的になってくるそうだ。絵の中の面白味のすべてがひとつのテーマへの経済性に支配されて、「ムダな」細部が整理されてしまう。
(新建材でムダなく合理的に出来た家みたいで、味気ないと喩えている。ルネサンスというのは人間復興というより、人間独裁のはじまりともみている)
赤瀬川氏は、もちろんレオナルド・ダ・ヴィンチの絵や、ミケランジェロのデッサンも、好きであるようだが、ルネサンスとう風潮が、つまるところ自然に対する優位、人間の力の讃美、人工の力の崇拝であったと理解している。
一方、テーマを塗り潰していくように描かれた絵が存在した。細密描写だけでなく、博物的な描写をした画家として、ファン・アイク、ホルバイン、クエンティン・マセイス、ボッシュ、ブリューゲルを挙げている。
これらの画家たちは、すべてを観察して、それを均等に描き出し、人々はそれを見て、それぞれが発見をしていったと主張している。
例えば、見えるものをすべて描くのをほとんど使命のようにして、遠くも近くも見えるままに、ピントを合わせて描きつづけた。絵としては、ファン・アイクの「宰相ロランの聖母」(1435年頃、66×62㎝)を挙げている。
テーマである人物像が綿密に描かれているのはもちろんだが、室内の物品類がすべてびっしりと、窓の外に広がる風景も、建物の一つ一つ、樹の一本一本、遠くの橋を渡る人や車から畑で何かをしている点のような人や犬まで、とにかく見えているもの一切が、繊細の一本一本を描くように、近景から無限遠までピントを合わせて描き込まれている。本物そっくり技術の極致であると赤瀬川氏は捉えている。
(赤瀬川原平、熊瀬川紀『ルーヴル美術館の楽しみ方』新潮社、1991年[2000年版]、58頁~59頁、88頁~89頁)
フランソワーズ・ベイル『ルーヴル見学ガイド』(Art Lys、2001年)より、ラファエロの「カスティリオーネの肖像」についてのフランス語の解説文を読んでみたい。
Raffaello Sanzio, dit Raphaël, Baldassare Castiglione,
1514-1515, huile sur toile, 82×67cm
Homme de lettres et ambassadeur à la cour d’Urbin, ville natale de Raphaël, Baldassare
Castiglione fut l’ami et le conseiller du peintre ― leur correspondance en témoigne.
Son portrait illustre l’essence du parfait gentil-homme, tel que l’a définie Castiglione
dans son ouvrage, Le Courtisan, qui fut à son époque un best-seller dans
toute l’Europe. L’homme « distingué » est grave, aimable, identifiable par son seul
maintien. La palette restreinte met en valeur son visage légèrement coloré
et surtout son regard bleu, qui le rend très présent ― on raconte que
souvent des enfants voulaient l’embrasser, tellement il avait l’air vivant.
(Françoise Bayle, Louvre : Guide de Visite, Art Lys, 2001, p.76.)
≪訳文≫
ラファエロ・サンツィオ(通称ラファエロ)「バルダッサーレ・カスティリオーネの肖像」:
1514~1515年、油彩・カンバス、82×67cm
文人であり、またラファエロが生まれた街ウルビーノの宮廷の大使でもあったバルダッサーレ・カスティリオーネは、ラファエロの友人であると同時に相談役をも務めていた。これは2人の間でかわされた書簡からもわかる。この肖像画は完璧な貴族というものの本質を描いたものといえよう。
そのことはカスティリオーネ自身が彼の著作「廷臣論」の中でも述べている。この著作は当時のヨーロッパでベスト・セラーとなった。それによれば『気高く品の良い』人間は厳粛であって、人当たりがよく、いつも変わらぬ物腰をしているとされている。画家は、限られた色を使い、少し色づいた顔つきや特に存在感あふれる青い目を強調している。この絵があまりにも生き生きしているので、子供たちがしばしばキスしようとしたとも言われている。
(フランソワーズ・ベイル((株)エクシム・インターナショナル翻訳)『ルーヴル見学ガイド』Art Lys、2001年、76頁)
【語句】
lettre [女性名詞]文字、手紙(letter)、[複数]文学(letters)
→homme de lettres文学者(man of letters)
ambassadeur [男性名詞]大使、使節(ambassador)
la cour [女性名詞]庭(yard)、宮廷(court)
ville [女性名詞]都市、町(town, city)
(cf.)la Ville éternelle 永遠の都(ローマ)(the Eternal City)
natal(e) [形容詞]生まれた(native) (cf.)pays natal生まれ故郷(native place[land])
Castiglione fut <êtreである(be)の直説法単純過去
l’ami(e) [男性名詞、女性名詞]友人(friend)
le conseiller [男性名詞]相談係、顧問(counsel[l]or, adviser)
leur correspondance [女性名詞]対応、(集合的に)書簡、手紙(correspondence)
en témoigne <témoigner de qch (何)を証明する、立証する(bear witness to sth, testify to sth)の直説法現在
en [代名詞](副詞的人称代名詞;前置詞de+名詞 ~de cela などの意味をもつ)それの
それを(に、で)
Son portrait [男性名詞]肖像画(portrait)
illustre <illustrer挿絵を入れる、(実例で)明快に説明する、例証する(illustrate)の直説法現在
<例文>Cette anecdote illustre bien le caractère du personnage.
この逸話は登場人物の性格をよく物語っている。
l’essence [女性名詞]本質(essence)
parfait [形容詞]完全な(perfect)
gentil-homme [男性名詞]紳士(gentleman)、(世襲の)貴族(nobleman)
tel que ~のような(like, such as)
l’a définie <助動詞avoirの直説法現在+過去分詞(définier) 直説法複合過去
son ouvrage [男性名詞]仕事、作品、著作(work)
Le Courtisan 『廷臣論』 courtisan[男性名詞]宮廷人、廷臣(courtier)
qui fut <êtreである(be)の直説法単純過去
époque [女性名詞]時代(epoch, age)
un best-seller [男性名詞]ベストセラー(bestseller)=livre à succès
« distingué » (←distinguerの過去分詞)[形容詞]気品のある、上品な(distinguished)
est <êtreである(be)の直説法現在
grave [形容詞]おごそかな、重々しい(solemn, grave)
aimable [形容詞]あいそのよい、好感のもてる(amiable, kind)
identifiable (←identifier)[形容詞]同一視できる、識別[確認]しうる(identifiable)
maintien [男性名詞]維持(maintenance)、態度、物腰(carriage, bearing)
La palette [女性名詞]パレット、(画家の)特有の色調(palette)
restreint(e) (←restreindreの過去分詞)[形容詞]制限された、限られた(confined)
met en valeur <mettre 置く(put)の直説法現在
→mettre en valeur開発する(develop)、引き立たせる、強調する(set off)
(cf.) mettre en valeur une couleur色を引き立たせる
<例文>La discrétion de l’accompagnement met en valeur la beauté de la mélodie.
控え目な伴奏は旋律の美しさを際だたせる。
son visage [男性名詞]顔、顔つき(face)
légèrement [副詞]軽く、少し(lightly, slightly)
coloré <colorer 色づける(colo[u]r, dye)の過去分詞
surtout [副詞]特に、とりわけ(above all, especially)
son regard [男性名詞]視線、目つき(look, gaze)
qui le rend <rendre返す(give back)、rendre+属詞~にする(make)の直説法現在
présent [形容詞]存在している、いる(present)
on raconte que <raconter語る、話す(tell, relate)の直説法現在
souvent [副詞]しばしば(often)
voulaient <vouloir~したい(want)の直説法半過去
embrasser キスする(kiss)、抱擁する(embrace)
tellement [副詞]とても(so)
il avait l’air <avoir持つ(have)の直説法半過去
(cf.) avoir l’air de~のように見える(look)
vivant [形容詞]生きている(living, alive)、生き生きした(lively)、
生きているような(vivid)
【Valérie Mettais, Votre visite du Louvre, Art Lysはこちらから】
Visiter le Louvre
フランソワーズ・ベイル『ルーヴル見学ガイド』(Art Lys、2001年)より、ラファエロの「聖母子と幼児聖ヨハネ」(「美しき女庭師」)についてのフランス語の解説文を読んでみたい。
Raffaello Sanzio, dit Raphaël,
La Vierge, l’Enfant et le petit saint Jean, dit La Belle Jardinière,
1507, huile sur bois, 122×80cm
La coiffure très élaborée de la Vierge et son expression douce
la rattachent à la tradition florentine. Mais la scène, qui se
déroule dans un paysage paisible, n’en est pas moins intense,
probablement en raison de l’attitude et des regards échangés
par les trois protagonistes disposés selon un schéma pyramidal
classique : attentifs et recueillis, la Vierge et saint Jean-Baptiste
ont tous deux les yeux tournés vers l’Enfant. Celui-ci tente
de saisir le livre posé sur le bras de la Vierge où est annoncée
sa Passion, tandis que saint Jean-Baptiste tient la croix, autre
préfiguration du sacrifice futur.
(Françoise Bayle, Louvre : Guide de Visite, Art Lys, 2001, p.77.)
≪訳文≫
ラファエロ・サンツォオ(通称ラファエロ)の「聖母子と幼児聖ヨハネ」(別名「美しき女庭師」):1507年、油彩・板、122×80㎝
聖母マリアの入念に結い上げられた髪型と慈愛あふれる表現は、フィレンツェの伝統を取り入れたものだ。しかし、この平和な風景の中に繰り広げられる情景はただおだやかだというわけではない。
3人の中心人物の動きとそれぞれが交わす視線が古典的なピラミッド状の図式にしたがって配され、聖母マリアと洗礼者聖ヨハネの視線が注意深く、そして深い思いを込めて神の子イエスに注がれている。
イエスは聖母マリアの腕に置かれた、彼の受難を告げる書籍を取ろうとしている。一方、洗礼者聖ヨハネは十字架を手にしているが、これも後に待ちうる受難を予告するものである。
(フランソワーズ・ベイル((株)エクシム・インターナショナル翻訳)『ルーヴル見学ガイド』Art Lys、2001年、77頁)
【語句】
La coiffure [女性名詞]帽子(hat)、髪の結い方、髪形(hair style, hairdo)
élaboré(e) [形容詞](←élaborerの過去分詞)念入りに作られた(elaborate)
la Vierge [女性名詞]聖母、聖マリア(the [Blessed] Virgin)
son expression [男性名詞]表現(expression)
douce →doux [形容詞]甘い(sweet)、優しい(gentle, mild)
la rattachent à <rattacher [他動詞](再び)つなぐ(refasten)、関連づける(link up)の直説法現在
(cf.)rattacher l’œuvre à la personnalité de l’auteur 作品を作者の人となりに重ねてみる
la tradition [女性名詞]伝統(tradition)
florentin(e) [形容詞]フィレンツェの(of Florence, Florentine)
la scène [女性名詞]背景、光景(scene)
qui se déroule <代名動詞se dérouler 繰り広げられる、展開する(develop, unfold)の直説法現在
<例文>
Le paysage se déroulait devant nos yeux.
広々とした風景が私たちの目の前に広がっていた
(The landscape unfolded before our eyes.)
un paysage [男性名詞] 風景、景観(landscape)
paisible [形容詞] 平和な、穏やかな(peaceful)
n’en est pas <êtreである(be)の直説法現在の否定形
moins [副詞]より少なく、より~でない(less)
intense [形容詞]激しい、強烈な(intense)
probablement [副詞]たぶん(probably)
en raison de qch (何)の理由で、(何)のため(owing to sth, on account of sth)
l’attitude [女性名詞]姿勢、態度(attitude)
regard [男性名詞]視線、まなざし(look, gaze)
échangés <échanger交換する(exchange)、取り交わす(interchange)の過去分詞
protagoniste [男性名詞、女性名詞]主要登場人物、中心人物(protagonist)
disposés <disposer 並べる、配置する(dispose)の過去分詞
selon [前置詞]~に従って、~に応じて(according to...)
un schéma [男性名詞]図式、図表(diagram, sketch)
pyramidal [形容詞]ピラミッド形の(pyramidal)
classique [形容詞]古典主義の、古典の(classical, classic)
attentif [形容詞]注意深い(attentive)
recueilli [形容詞](←recueillirの過去分詞)瞑想にふけった、内省的な(rapt)
saint Jean-Baptiste →saint Jean聖ヨハネ(12使徒のひとり)(St. John)
ont... tournés <助動詞avoirの直説法現在+過去分詞(tourner) 直説法複合過去
tourner 回す、向きを変える(turn)
enfant [男性名詞、女性名詞]子供(child)
Enfant de Dieu神の子(キリスト)(Infant of God)
Celui-ci tente de <tenter de +不定詞 ~しようと試みる(attempt to do)の直説法現在
saisir つかむ(siege)
posé sur <poser 置く(lay, put)の過去分詞
où est annoncée <助動詞êtreの直説法現在+過去分詞(annoncer)受動態の直説法現在
annoncer 知らせる(announce)、予告する(herald)
sa Passion [女性名詞](キリストの)受難(Passion)
tandis que [接続詞句]~する間に(while)、一方では~であるのに(whereas)
tient <tenir持つ、抱く(hold)の直説法現在
la croix [女性名詞]十字架(cross)
préfiguration [女性名詞]予示(prefiguration)
sacrifice [男性名詞]犠牲(sacrifice)
【Valérie Mettais, Votre visite du Louvre, Art Lysはこちらから】
Visiter le Louvre
(2020年5月24日投稿)
【中野京子『はじめてのルーヴル』はこちらから】
はじめてのルーヴル (集英社文庫)
【はじめに】
今回のブログは、ラファエロについて補足しておきたい。
あわせて、ラファエロの次の作品についてのフランス語の解説文を読んでみたい。
〇「カスティリオーネの肖像」
〇「聖母子と幼児聖ヨハネ」(「美しき女庭師」)
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
・ラファエロについて
・ラファエロの「カスティリオーネの肖像」
・【補足】ラファエロの自画像
・【補足】ラファエロの肖像画のすばらしさ
・赤瀬川原平氏のルネサンスの見方
・ラファエロの「カスティリオーネの肖像」のフランス語の解説文を読む
・フランス語で読む、ラファエロの「聖母子と幼児聖ヨハネ」(「美しき女庭師」)
【読後の感想とコメント】
ラファエロについて
盛期ルネサンスの古典様式は、1500年前後の2、30年の間続いたにすぎない。
それは、幾多の要素の幸福にして微妙な均衡の上に立っていたからである。芸術表現上の調和統一や、歴史的状況、そして作家の個人的性向が絡み合っていた。
16世紀になると、イタリアの政情不安、宗教改革の嵐、スペイン軍による「ローマの劫略(サッコ・ディ・ローマ)」のような外的事件に加えて、マニエリスムという芸術様式が誕生し、古典様式は長く維持し得なかった。
ラファエロ(1483~1520年)は、15世紀人文主義文化の重要な拠点をなすウルビーノに画家の子として生まれ、古典様式を体得し、ひとつの時代の総合調和の表現を実現した。それは歴史の恵みであった。
ラファエロは師ペルジーノの静謐で抒情的な芸術を純化し、高い形式美のもとに統一しようと志向した。彼は、眼にふれたものを自己の秩序に適合させる天与の才に恵まれていた。加えて、自身の能力を発揮させるためには、つねに刺激を必要とするタイプの人でもあったようだ。
1504年にフィレンツェを訪問して、その芸術に新たな飛躍の機会を得た。この地で、「モナ・リザ」を制作中のレオナルドの霊妙な明暗法に心動かされた。
そして、フラ・バルトロメオの穏和な情緒表現やミケランジェロの造形も学んだ。
これらの成果が現われた作品として、佐々木英也氏は次のようなラファエロの作品を列挙している。
〇「大公の聖母」(ピッティ美術館)
〇「聖母子と幼児聖ヨハネ(美しき女庭師)」(ルーヴル美術館)
〇「まひわの聖母」(ウフィツィ美術館)
〇「ドーニ夫妻の肖像」(ピッティ美術館)
これらは一連のマドンナ像と肖像画である。
風景や建物を背景としたピラミッド形構図に先人の影響が認められるとされる。20歳を過ぎたばかりの若さで美の理想をつかんだかと思わせるほど、これらうら若き聖母の繊細な心情のたゆたい、形体の美しさは無類であるといわれる。
1508年、ラファエロはローマに移り、ユリウス2世の破格な好意によって、ヴァティカン宮の装飾を委ねられた。「署名の間」の壁画として、次のような作品を手がけた。
〇「アテネの学堂」
〇「聖体の論議」
〇「パルナッソス」
これらは、キリスト教的プラトニズムの概念に拠りながら、「真、善、美」を歴史、寓意、象徴のかたちを借りて形象化したものである。
ラファエロの総合調和の才と、ギリシャ精神とキリスト教精神の総合というカトリック教会の世界主義的意図との稀有の合致をしるしている。ルネサンス人文主義はここに至高の表現を得ることになった。
(佐々木英也「盛期イタリア・ルネサンスの美術」170頁~172頁、高階秀爾監修『NHKルーブル美術館IV ルネサンスの波動』日本放送出版協会、1985年所収)
ラファエロの「カスティリオーネの肖像」
ローマでラファエロは肖像画も多く描いたが、ルーヴル美術館の「バルダッサーレ・カスティリオーネの肖像」(1516年頃、カンヴァス・油彩、82×67cm)はラファエロの肖像画の最高傑作のひとつとされる。これは、この時代の知識人の姿を典型にまで高めたものである。
モデルのカスティリオーネ(1478~1529年)はイタリア各地の宮廷(ミラノ、マントヴァ、ウルビーノ)で訓練をつんだ当代最高の職業的外交官である。
著名な宮廷作法書『廷臣論』の著者として知られた教養人でもある。
この肖像が描かれた頃(1516年頃)はマントヴァのゴンザーガ侯の大使としてローマにいた。ラファエロは5歳年長のこの貴族(38歳頃)の風貌を深い敬愛と魂の共感をこめて描いている。
その顔は気品と威厳、ふるえるような感受性と鋭い知性に溢れている。衣装は、彼自身が『廷臣論』のなかで最も優雅な色とみなす黒で統一されている。その結果、画面もモノクロームに近い典雅な灰色―褐色調でやわらかく統一されている。
ところで、ラファエロの場合、レオナルドやミケランジェロらの先人から優れたところを吸収して、自分のものとして統合していった。ラファエロが一番多く影響を受けたのは、レオナルドだといわれている。
例えば、ラファエロの「聖母子と幼児聖ヨハネ(美しき女庭師)」とレオナルドの「聖アンナと聖母子」とを比べてみると、気品、しぐさのやさしさ、表情などの本質的な美しさに共通のものがあるといわれる。
また、ラファエロの肖像画「バルダッサーレ・カスティリオーネの肖像」は、レオナルドの「モナ・リザ」にヒントを得ているとされる。例えば、身体をちょっと斜めにしたポーズ、眼差し、手の位置、色彩を抑えた黒い衣装など、共通点が多い。
カスティリオーネは、ラファエロの友人で、保護者だった貴族である。
マキャヴェリの『君主論』とならんで、当時有名だった『廷臣論』を書いた人である。この本は、理想の宮廷人のあるべき姿を書いた本である。
カスティリオーネ自身、洗練された社交家で、馬術、弓術、剣術、舞踏、リュートとヴィオラの演奏までやってのけた。ドイツ皇帝カール5世が、カスティリオーネのことを「当代きっての完璧な貴族」と評した。
ラファエロは、いかにも教養人らしい、その風貌と精神をとらえて、完璧な肖像画にしている。
そして、当世きっての最も気品高く教養ある婦人のひとり「ジョヴァンナ・ダラゴーナの
肖像」(1518年、板からカンヴァス・油彩、120×95cm)もまた、完璧さのシンボルである。
モデルのジョヴァンナ・ダラゴーナ(1500~77年)は、ナポリ副王アスカンニオ・コロンナの妃で、当代きっての教養高い貴婦人として知られていた。
この肖像はフランス駐在大使の枢機卿ビッビエーナがフランソワ1世に贈呈するためにラファエロに注文した作品である。
ラファエロの晩年(といっても35歳の頃)、亡くなる2年ほど前に描かれた作品である。
もっとも、頭部だけラファエロが描き、他の部分は弟子のジュリオ・ロマーノが描いたといわれる。色彩も冷たく、明暗の対比も強く、次の世代に登場するマニエリスムの特徴が感じられる。ジュリオ・ロマーノはマニエリスムの推進者のひとりになる。
(高階秀爾監修『NHKルーブル美術館IV ルネサンスの波動』日本放送出版協会、1985年、88頁~90頁。)
【補足】ラファエロの自画像
このように、ラファエロが肖像画において、黒色を重視したことは、ラファエロの自画像などからも確認できる。
ラファエロ自身は、「アテネの学堂」の中で、黒いベレーをかぶり、イル・ソドマと共に右端にいる。この黒色はメランコリーの色であり、その憂いに満ちた顔と共に「天才」を刻印する共通な顔をしていると田中英道氏は指摘している。
イタリアのウフィッツィ美術館所蔵のラファエロの「自画像」(1504~06年、47.5×33㎝、油彩・板絵)も、黒い帽子、黒い服に身をつつんでおり、この像と軌を一にしている。虚ろげな目をこちらに向けた、21~23歳の若き日の端正な顔の青年として描かれている。
しかし、このような理想像は、いわば本当の顔とは異なるものであると田中英道氏は断っている。
ラファエロの自画像は白面の少年の如きであるが、実際は眼は鋭く男らしく、かなり計算家らしい一面ももっていたことを田中氏は強調している。
このような一面を示した図は残念ながら残されていないが、ラファエロの経歴が物語っているという。ラファエロは、レオナルドやミケランジェロをしきりに学びながら、出世にかけては、彼らより早く法王庁に取り入る術を知っていた。ミケランジェロより8歳も年下なのに、30年も早く名誉あるサン・ピエトロ教会堂建築総監督になっている。
(田中英道『美術にみえるヨーロッパ精神』弓立社、1993年、125頁参照のこと)
【田中英道『美術にみえるヨーロッパ精神』はこちらから】
美術にみるヨーロッパ精神
【補足】ラファエロの肖像画のすばらしさ
このラファエロの「バルダッサーレ・カスティリオーネの肖像」(1516年頃)を賞讃する人は多い。
例えば、赤瀬川原平氏もその一人である。次のように述べている。
「この絵の中で色として見えるのは青い目の二点、そしてわずかに肌色、あとは黒と白と灰色である。その黒がじつに鮮やかだ。黒を色として塗ったのは19世紀のマネ、その前にわが日本の写楽がいるが、この絵はそのもう一つ前だ。画面を手のところでカッティングした大胆さもこの絵の力の原因だ。」
(赤瀬川原平、熊瀬川紀『ルーヴル美術館の楽しみ方』新潮社、1991年[2000年版]、5頁)
黒っぽく押さえた服装の男の肖像画だが、ラファエロの鮮やかな黒色を絶賛している。
加えて、衣服の皺の形だけでなく、質感までも描き出しているのは天才だという。肩の下から腕の辺りにまとっているような銀色のフカフカの毛皮が圧巻である。赤瀬川氏も、ラファエロの最高傑作だと太鼓判を押している。
ラファエロには、他にも「聖母子と幼児聖ヨハネ」など傑作といわれるものがあるが、テーマへの義理立てがまず先に立って画家の感覚が押さえ込まれているとみている。
これはキリストを中心とするこの時代のテーマ絵画の特徴であって、どうしてもスコーンと抜けるものがないそうだ。
ところが、この肖像画は素晴らしい透明感をたたえていると褒めている。ラファエロは絵の腕が早熟で描き上げるのも早かったというが、その軽さがうまく作用して、ここでは生命の気配をさっと摑んでいるようだ。タッチを表に出すことを封じられていた時代の奇蹟ともいえると赤瀬川氏は主張している。
(赤瀬川原平、熊瀬川紀『ルーヴル美術館の楽しみ方』新潮社、1991年[2000年版]、5頁、37頁)
【赤瀬川原平、熊瀬川紀『ルーヴル美術館の楽しみ方』新潮社はこちらから】
ルーヴル美術館の楽しみ方 (とんぼの本)
赤瀬川原平氏のルネサンスの見方
赤瀬川氏は、ルネサンスの絵について、独自の見方をしている。
ルーヴルの作品を見て、改めて感じたことは、ルネサンスの絵からは細部が消えていくことだったと明記している。つまり、絵の中の博物的細部が消えていって、中心のテーマだけが描写されるというのだ。
頭では、ルネサンス=素晴らしい、と思いながら、見ていてどうもホンネのところで面白くないのは、そこに原因があるとみている。
ルネサンスを境に、どうも絵が教訓的になってくるそうだ。絵の中の面白味のすべてがひとつのテーマへの経済性に支配されて、「ムダな」細部が整理されてしまう。
(新建材でムダなく合理的に出来た家みたいで、味気ないと喩えている。ルネサンスというのは人間復興というより、人間独裁のはじまりともみている)
赤瀬川氏は、もちろんレオナルド・ダ・ヴィンチの絵や、ミケランジェロのデッサンも、好きであるようだが、ルネサンスとう風潮が、つまるところ自然に対する優位、人間の力の讃美、人工の力の崇拝であったと理解している。
一方、テーマを塗り潰していくように描かれた絵が存在した。細密描写だけでなく、博物的な描写をした画家として、ファン・アイク、ホルバイン、クエンティン・マセイス、ボッシュ、ブリューゲルを挙げている。
これらの画家たちは、すべてを観察して、それを均等に描き出し、人々はそれを見て、それぞれが発見をしていったと主張している。
例えば、見えるものをすべて描くのをほとんど使命のようにして、遠くも近くも見えるままに、ピントを合わせて描きつづけた。絵としては、ファン・アイクの「宰相ロランの聖母」(1435年頃、66×62㎝)を挙げている。
テーマである人物像が綿密に描かれているのはもちろんだが、室内の物品類がすべてびっしりと、窓の外に広がる風景も、建物の一つ一つ、樹の一本一本、遠くの橋を渡る人や車から畑で何かをしている点のような人や犬まで、とにかく見えているもの一切が、繊細の一本一本を描くように、近景から無限遠までピントを合わせて描き込まれている。本物そっくり技術の極致であると赤瀬川氏は捉えている。
(赤瀬川原平、熊瀬川紀『ルーヴル美術館の楽しみ方』新潮社、1991年[2000年版]、58頁~59頁、88頁~89頁)
ラファエロの「カスティリオーネの肖像」のフランス語の解説文を読む
フランソワーズ・ベイル『ルーヴル見学ガイド』(Art Lys、2001年)より、ラファエロの「カスティリオーネの肖像」についてのフランス語の解説文を読んでみたい。
Raffaello Sanzio, dit Raphaël, Baldassare Castiglione,
1514-1515, huile sur toile, 82×67cm
Homme de lettres et ambassadeur à la cour d’Urbin, ville natale de Raphaël, Baldassare
Castiglione fut l’ami et le conseiller du peintre ― leur correspondance en témoigne.
Son portrait illustre l’essence du parfait gentil-homme, tel que l’a définie Castiglione
dans son ouvrage, Le Courtisan, qui fut à son époque un best-seller dans
toute l’Europe. L’homme « distingué » est grave, aimable, identifiable par son seul
maintien. La palette restreinte met en valeur son visage légèrement coloré
et surtout son regard bleu, qui le rend très présent ― on raconte que
souvent des enfants voulaient l’embrasser, tellement il avait l’air vivant.
(Françoise Bayle, Louvre : Guide de Visite, Art Lys, 2001, p.76.)
≪訳文≫
ラファエロ・サンツィオ(通称ラファエロ)「バルダッサーレ・カスティリオーネの肖像」:
1514~1515年、油彩・カンバス、82×67cm
文人であり、またラファエロが生まれた街ウルビーノの宮廷の大使でもあったバルダッサーレ・カスティリオーネは、ラファエロの友人であると同時に相談役をも務めていた。これは2人の間でかわされた書簡からもわかる。この肖像画は完璧な貴族というものの本質を描いたものといえよう。
そのことはカスティリオーネ自身が彼の著作「廷臣論」の中でも述べている。この著作は当時のヨーロッパでベスト・セラーとなった。それによれば『気高く品の良い』人間は厳粛であって、人当たりがよく、いつも変わらぬ物腰をしているとされている。画家は、限られた色を使い、少し色づいた顔つきや特に存在感あふれる青い目を強調している。この絵があまりにも生き生きしているので、子供たちがしばしばキスしようとしたとも言われている。
(フランソワーズ・ベイル((株)エクシム・インターナショナル翻訳)『ルーヴル見学ガイド』Art Lys、2001年、76頁)
【語句】
lettre [女性名詞]文字、手紙(letter)、[複数]文学(letters)
→homme de lettres文学者(man of letters)
ambassadeur [男性名詞]大使、使節(ambassador)
la cour [女性名詞]庭(yard)、宮廷(court)
ville [女性名詞]都市、町(town, city)
(cf.)la Ville éternelle 永遠の都(ローマ)(the Eternal City)
natal(e) [形容詞]生まれた(native) (cf.)pays natal生まれ故郷(native place[land])
Castiglione fut <êtreである(be)の直説法単純過去
l’ami(e) [男性名詞、女性名詞]友人(friend)
le conseiller [男性名詞]相談係、顧問(counsel[l]or, adviser)
leur correspondance [女性名詞]対応、(集合的に)書簡、手紙(correspondence)
en témoigne <témoigner de qch (何)を証明する、立証する(bear witness to sth, testify to sth)の直説法現在
en [代名詞](副詞的人称代名詞;前置詞de+名詞 ~de cela などの意味をもつ)それの
それを(に、で)
Son portrait [男性名詞]肖像画(portrait)
illustre <illustrer挿絵を入れる、(実例で)明快に説明する、例証する(illustrate)の直説法現在
<例文>Cette anecdote illustre bien le caractère du personnage.
この逸話は登場人物の性格をよく物語っている。
l’essence [女性名詞]本質(essence)
parfait [形容詞]完全な(perfect)
gentil-homme [男性名詞]紳士(gentleman)、(世襲の)貴族(nobleman)
tel que ~のような(like, such as)
l’a définie <助動詞avoirの直説法現在+過去分詞(définier) 直説法複合過去
son ouvrage [男性名詞]仕事、作品、著作(work)
Le Courtisan 『廷臣論』 courtisan[男性名詞]宮廷人、廷臣(courtier)
qui fut <êtreである(be)の直説法単純過去
époque [女性名詞]時代(epoch, age)
un best-seller [男性名詞]ベストセラー(bestseller)=livre à succès
« distingué » (←distinguerの過去分詞)[形容詞]気品のある、上品な(distinguished)
est <êtreである(be)の直説法現在
grave [形容詞]おごそかな、重々しい(solemn, grave)
aimable [形容詞]あいそのよい、好感のもてる(amiable, kind)
identifiable (←identifier)[形容詞]同一視できる、識別[確認]しうる(identifiable)
maintien [男性名詞]維持(maintenance)、態度、物腰(carriage, bearing)
La palette [女性名詞]パレット、(画家の)特有の色調(palette)
restreint(e) (←restreindreの過去分詞)[形容詞]制限された、限られた(confined)
met en valeur <mettre 置く(put)の直説法現在
→mettre en valeur開発する(develop)、引き立たせる、強調する(set off)
(cf.) mettre en valeur une couleur色を引き立たせる
<例文>La discrétion de l’accompagnement met en valeur la beauté de la mélodie.
控え目な伴奏は旋律の美しさを際だたせる。
son visage [男性名詞]顔、顔つき(face)
légèrement [副詞]軽く、少し(lightly, slightly)
coloré <colorer 色づける(colo[u]r, dye)の過去分詞
surtout [副詞]特に、とりわけ(above all, especially)
son regard [男性名詞]視線、目つき(look, gaze)
qui le rend <rendre返す(give back)、rendre+属詞~にする(make)の直説法現在
présent [形容詞]存在している、いる(present)
on raconte que <raconter語る、話す(tell, relate)の直説法現在
souvent [副詞]しばしば(often)
voulaient <vouloir~したい(want)の直説法半過去
embrasser キスする(kiss)、抱擁する(embrace)
tellement [副詞]とても(so)
il avait l’air <avoir持つ(have)の直説法半過去
(cf.) avoir l’air de~のように見える(look)
vivant [形容詞]生きている(living, alive)、生き生きした(lively)、
生きているような(vivid)
【Valérie Mettais, Votre visite du Louvre, Art Lysはこちらから】
Visiter le Louvre
フランス語で読む、ラファエロの「聖母子と幼児聖ヨハネ」(「美しき女庭師」)
フランソワーズ・ベイル『ルーヴル見学ガイド』(Art Lys、2001年)より、ラファエロの「聖母子と幼児聖ヨハネ」(「美しき女庭師」)についてのフランス語の解説文を読んでみたい。
Raffaello Sanzio, dit Raphaël,
La Vierge, l’Enfant et le petit saint Jean, dit La Belle Jardinière,
1507, huile sur bois, 122×80cm
La coiffure très élaborée de la Vierge et son expression douce
la rattachent à la tradition florentine. Mais la scène, qui se
déroule dans un paysage paisible, n’en est pas moins intense,
probablement en raison de l’attitude et des regards échangés
par les trois protagonistes disposés selon un schéma pyramidal
classique : attentifs et recueillis, la Vierge et saint Jean-Baptiste
ont tous deux les yeux tournés vers l’Enfant. Celui-ci tente
de saisir le livre posé sur le bras de la Vierge où est annoncée
sa Passion, tandis que saint Jean-Baptiste tient la croix, autre
préfiguration du sacrifice futur.
(Françoise Bayle, Louvre : Guide de Visite, Art Lys, 2001, p.77.)
≪訳文≫
ラファエロ・サンツォオ(通称ラファエロ)の「聖母子と幼児聖ヨハネ」(別名「美しき女庭師」):1507年、油彩・板、122×80㎝
聖母マリアの入念に結い上げられた髪型と慈愛あふれる表現は、フィレンツェの伝統を取り入れたものだ。しかし、この平和な風景の中に繰り広げられる情景はただおだやかだというわけではない。
3人の中心人物の動きとそれぞれが交わす視線が古典的なピラミッド状の図式にしたがって配され、聖母マリアと洗礼者聖ヨハネの視線が注意深く、そして深い思いを込めて神の子イエスに注がれている。
イエスは聖母マリアの腕に置かれた、彼の受難を告げる書籍を取ろうとしている。一方、洗礼者聖ヨハネは十字架を手にしているが、これも後に待ちうる受難を予告するものである。
(フランソワーズ・ベイル((株)エクシム・インターナショナル翻訳)『ルーヴル見学ガイド』Art Lys、2001年、77頁)
【語句】
La coiffure [女性名詞]帽子(hat)、髪の結い方、髪形(hair style, hairdo)
élaboré(e) [形容詞](←élaborerの過去分詞)念入りに作られた(elaborate)
la Vierge [女性名詞]聖母、聖マリア(the [Blessed] Virgin)
son expression [男性名詞]表現(expression)
douce →doux [形容詞]甘い(sweet)、優しい(gentle, mild)
la rattachent à <rattacher [他動詞](再び)つなぐ(refasten)、関連づける(link up)の直説法現在
(cf.)rattacher l’œuvre à la personnalité de l’auteur 作品を作者の人となりに重ねてみる
la tradition [女性名詞]伝統(tradition)
florentin(e) [形容詞]フィレンツェの(of Florence, Florentine)
la scène [女性名詞]背景、光景(scene)
qui se déroule <代名動詞se dérouler 繰り広げられる、展開する(develop, unfold)の直説法現在
<例文>
Le paysage se déroulait devant nos yeux.
広々とした風景が私たちの目の前に広がっていた
(The landscape unfolded before our eyes.)
un paysage [男性名詞] 風景、景観(landscape)
paisible [形容詞] 平和な、穏やかな(peaceful)
n’en est pas <êtreである(be)の直説法現在の否定形
moins [副詞]より少なく、より~でない(less)
intense [形容詞]激しい、強烈な(intense)
probablement [副詞]たぶん(probably)
en raison de qch (何)の理由で、(何)のため(owing to sth, on account of sth)
l’attitude [女性名詞]姿勢、態度(attitude)
regard [男性名詞]視線、まなざし(look, gaze)
échangés <échanger交換する(exchange)、取り交わす(interchange)の過去分詞
protagoniste [男性名詞、女性名詞]主要登場人物、中心人物(protagonist)
disposés <disposer 並べる、配置する(dispose)の過去分詞
selon [前置詞]~に従って、~に応じて(according to...)
un schéma [男性名詞]図式、図表(diagram, sketch)
pyramidal [形容詞]ピラミッド形の(pyramidal)
classique [形容詞]古典主義の、古典の(classical, classic)
attentif [形容詞]注意深い(attentive)
recueilli [形容詞](←recueillirの過去分詞)瞑想にふけった、内省的な(rapt)
saint Jean-Baptiste →saint Jean聖ヨハネ(12使徒のひとり)(St. John)
ont... tournés <助動詞avoirの直説法現在+過去分詞(tourner) 直説法複合過去
tourner 回す、向きを変える(turn)
enfant [男性名詞、女性名詞]子供(child)
Enfant de Dieu神の子(キリスト)(Infant of God)
Celui-ci tente de <tenter de +不定詞 ~しようと試みる(attempt to do)の直説法現在
saisir つかむ(siege)
posé sur <poser 置く(lay, put)の過去分詞
où est annoncée <助動詞êtreの直説法現在+過去分詞(annoncer)受動態の直説法現在
annoncer 知らせる(announce)、予告する(herald)
sa Passion [女性名詞](キリストの)受難(Passion)
tandis que [接続詞句]~する間に(while)、一方では~であるのに(whereas)
tient <tenir持つ、抱く(hold)の直説法現在
la croix [女性名詞]十字架(cross)
préfiguration [女性名詞]予示(prefiguration)
sacrifice [男性名詞]犠牲(sacrifice)
【Valérie Mettais, Votre visite du Louvre, Art Lysはこちらから】
Visiter le Louvre
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます