≪古文の勉強(法)について≫
(2024年1月27日投稿)
今回のブログでは、古文の勉強について、考えてみたい。
単語と文法については、以下の本を以前のブログで紹介してみた。
〇黒川行信『体系古典文法』数研出版、2019年[1990年初版]
〇武田博幸/鞆森祥悟(河合塾講師)『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』
桐原書店、2014年[2004年初版]
〇山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社、2020年[2017年初版]
今回のブログでは、古文の読解の方法または古文学習の目的について、以下の本を紹介しながら、考えてみたい。
〇富井健二(東進ハイスクール講師)『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]
〇山村由美子(河合塾)『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]
〇元井太郎(代々木ゼミナール)『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』KADOKAWA、2014年[2019年版]
〇塩沢一平・三宅崇広(駿台予備校)『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]
〇藤井貞和(日本文学者、東京学芸大学教授、のち東京大学名誉教授)『古文の読みかた』岩波ジュニア新書、1984年[2015年版]
【富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』はこちらから】
富井の古文読解をはじめからていねいに (東進ブックス―気鋭の講師シリーズ)
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
古文を攻略するには、どうすればいいのか。
まっさきに浮かぶのは、古文単語と古典文法を身につけることという答えだろう。
しかし、単語と文法を一通り暗記しただけでは、スラスラと古文を読解することはできない。
なぜならば、古文単語も古典文法も「文脈」を理解して、はじめてその知識が生かされるからである。
例えば、古文単語の意味には色々あり、その文脈に合った意味をあてはめなければならない。古典文法、例えば、助動詞の意味の決め方にはテクニックが存在するが、最終的には文脈を考慮して、その意味を決定しなければならない。
だから、「読解法」を学ぶ必要がある、と富井健二先生はいう。
受験生を見ていると、単語や文法の知識を身につけるための時間は多く割いているが、実際の古文を読みながら、その知識を使って確認していく時間が少ないらしい。
単語や文法の意味をある程度チェックしたら、どんどん古文読解をしてゆくのがよいようだ。
定着と実践の同時進行、それが古文の上達するポイントであると説く。
古文は本当に楽しく、奥の深い教科である。古文読解の力がついてくるうちに、この教科の本当の魅力に気づくそうだ。真の実力とは、真の興味のもとに宿ると力説している。
(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、2頁~3頁)
古文の読解法には、2つの中心がある。
A その古文問題の「ジャンル」を決定する
B 主語を補足しながら文章を読んでいく
(地の文と「 」の文に分けて、それぞれの補足方法を駆使する)
※これに「古典文法・古文常識・作品常識」などの知識をプラスして読解していく
⇒STEP 1~19で、Bの読解法を学ぶ
STEP 20~23で、Aの読解法を学ぶ
つまり、古文は、Aジャンルを決定し、B主語を補足しながら読んでいけばいいようだ。
(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、10頁~11頁)
・この本は、「古文の読解力を身につけたい」「正しく読解できるようになる方法を知りたい」という人のために書いたものだという。
みなさんは、古文を「何となくこんな感じの意味かなあ」などと、「雰囲気」で読んでいないだろうか。言い方を変えると「文脈」だけを頼りに読んでいないだろうか。
しかし、これだと文脈把握が間違っていたら、読解も間違うことになる。
そこで、本書では、「はじめて見る本文でも読めるようになる確かな『読解力』を身につける」ために、「読解のワザ」を紹介しているという。
入試のほとんどが、受験生にとっては「はじめて見る本文」であるから、これはまさに入試に直結する読解力養成のための本といえるとする。
「古文のプロ」が時間と労力をかけて導き出した、正しく読解するためのいわば“一般公式”が「読解のワザ」であるそうだ。すべての「ワザ」」は、プロの感覚と知恵と経験に基づいたものである。
また、本書は、読解の最も根底的な部分を中心に話している。
言い方を変えると、どんな文章にでも適用するような読解力を身につけてもらおうと思って話している。どんな文章にでも使えるように説明しているので、学んだワザを、他の文章にも使って、自分のモノにしていってほしいという。
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、ii頁~iii
頁)
例えば、「読解のワザ」には、次のようなものがある。
ワザ29 舞台特定のワザ
働く女性が作者のノンフィクション作品(日記・随筆)なら、職場が舞台!
ワザ31 位置関係から状況をつかむワザ
登場人物の位置関係をチェックして、“見える”範囲を特定せよ!
ワザ75 本文周囲にあるヒント発見・活用のワザ
「注」には、本文読解のヒントだけでなく、問題を解くヒントもある!
ワザ76 本文周囲にあるヒント発見・活用のワザ
「設問文」にさりげなく含まれる、主語のヒントを見逃さないで!
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、99頁、103頁、248頁~249頁)
ワザ6 接続助詞に注目するワザ②【パターン的中率70%】
☆前後で主語が変わりやすいパターン
Aさんは……を、(に、ば、)(Bさんは)……
・接続助詞「を・に・ば」が出てくると、多くの場合、そのタイミングで主語が変わる。
それまで「Aさん」が主語だったとしたら、「を・に・ば」の後は、普通「Aさん以外の誰か」が主語になる。
※古文では、一つの場面にはたいてい2~3人ぐらいしか登場していない。
※<ちょっと注意>
助詞の「を」・「に」には接続助詞の他に格助詞も存在する。
●助詞「を・に」の識別
①……名詞(または連体形)+を、(に、)……→格助詞
このまま「を」(または「に」)と訳しても、ヘンではない場合
②……連体形+を、(に、)……→接続助詞
「を」(または「に」)のままだとヘン。
「のに」「ので」「~すると」だと自然な場合
※つまり、「を」と「に」の訳を変えるときは主語も変わりやすい!
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、18頁~20頁)
古文の勉強法~元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』より
〇「はじめに」(4頁~5頁)において、
・本書の内容をとりあえずたどって読むことをすすめている。
通読することで、大学側が要求している古文読解のイメージと、本番で点をとるイメージをつかんでほしいという。
(古文の苦手な方や、高一・高二の方などは、例題の全文訳をはじめに見てもかまわない)
1か月で2~3回ほど通読してみるぐらいのペースがよい。(暗記のコツは、くり返し!)
・本番レベルの得点分析から、効率よい勉強法のイメージを自分なりにつかんでもらうのが、本書の意図することだとする。
・受験生に贈る言葉
「苦悩のあとの歓喜を」(L.V.ベートーヴェン・第九、というかシラー)
「明けない夜はない」(W.シェークスピア)
「汝は汝の汝を生きよ。汝は汝の汝を愛せ」(M.スティルナー)
〇「第三講 “読解”を点数に結びつけろ! 実戦③ おすすめの勉強法!」(309頁~318頁)において、次のように述べている。
<視点>
・本番で高得点するために、いかに古文を短時間の勉強量でこなし、他教科に時間をまわせるか!
本番で、いかに速く正解できるか?が問われている。
<勉強法>
①各教科の基礎をザット覚える。
(反復復習が有効。ある程度わかったら、本番レベルの設問分析と並行して、基礎を引き続き定着させる。基礎だけ独立して学習しようとしない)
②第一志望レベルの問題で、得点に至る過程を分析する。
③出題のパターン性を、問題量をこなす中でつかむ。
④復習を中心に制限時間を意識し、本番で得点できるイメージを作り上げていく。
※基礎をふまえた具体的な問題から、自分なりに得点できるアプローチを作ることが大事。
「自分なりに」つかんだ方法でないと、本番で使えない。
他人のマネをしても、本番では得点できない。“自力本願”あるのみ。
(抽象的な方法論に走ってはいけない。具体的な問題をこなしていく中で、自然と自分なりのアプローチがつかめてくるはずである)
〇おすすめの学習要素
1 まずは、本番第一志望レベルの問題(過去問・受けない他学部の過去問・同レベル他大の過去問など)を、解くか解かないかの中間ぐらいで分析
・全訳があったら活用する。
全訳を活用して、全文の主語、目的語を拾いだす。
つまり、直訳のために全訳を使うのではなく、文脈のために全訳を活用する。
わかった文脈で、古文の全文をザットたどる。
・設問の正解・解答を活用する。
正解の本文根拠を、正解そのものが本文のどこにどうあるか? という視点で本文をチェックする。
・選択肢の研究
正解の選択肢の本文根拠だけでなく、不正解の選択肢の本文根拠もさぐる。
選択肢の現代語の言いまわしと古文の単語・文法を照合しておく。
選択肢の横の構成ポイントを切ってみて、量をこなす。
<問題分析のガイドライン>
①全訳で文脈(主語・目的語)を通し、本文の全体的な話をつかむ。
②全訳で通した文脈を、古文の本文でたどる。
訳的にわからないところは、すぐ全訳を見て照合する。
③設問の正解をチェック(問題を解かない)
④選択肢の分析(できたら、「出題意図は何?」とさぐる)
⑤正解・不正解の根拠を、本文でチェック
⑥本文根拠と、設問の傍線の関係を分析
(この段階で出題意図がわかることが多い)
2 復習をメインにする。(本番での“解けるイメージ”を固めること)
・まっ白い本文でなく、根拠をチェックした本文をたどり直す。
(本文の文脈を古文的に読み直しながら、対応するところでは、“目のとばし” (斜め読み)
を練習し、古文の読み慣れ、速読を心がける)
・設問にからんでいない単語・文法を、読み込みながら覚えようとする。
・一回の復習(チェックしたあとの“読み込み”)は、30分以内をメドとする。
(とにかく一回で復習し切ろうとしない。何度も反復する中で具体的につかもうとすることを心がける)
・“読み込み”のための問題の量をためる。
(慣れるまでは、数題の同じ問題をくり返す。慣れてきたらどんどん問題量を増やし、反復して“読み込む”)
・選択肢と本文根拠を、“読み込み”の中で、何度も照合する。
・メインの教科の合い間に、古文の“読み込み復習”をさし込む。
(最低一日一回は、古文の速読をやる。チェックしてある本文だから、時間もかからない)
※これらの要素に留意して、生活にとりいれること。
初めは手ごたえがないので悩むかもしれないが、一か月は続けてみて、効果を測ってみること。
実験心理学で「フィード・バック」という。
「人間の記憶容量を保つには、くり返しが最も効果ある」ことは、実証されている。
これにもとづいた復習法がよい。
(元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』KADOKAWA、2014年[2019年版]、4頁~5頁、309頁~318頁)
〇塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]
駿台予備校の塩沢一平先生は、「センターは、こんな試験~古文編」において次のようなことを述べている。(共通テストにも、あてはまる点が多々あるので、紹介しておく)
【文章の長さ】
・文章の長さは、例年1500字程度。速読・即答する問題処理テクニックが求められる。
例えば、出典別に読み方を変えるテクニックを身につける必要があるし、設問タイプ別のテクニックも必要になる。
(ちなみに、ネットによれば、2023年の共通テストの字数は1319字、2024年のそれは、1147字だったそうだ)
【出典】
・センター試験の出題ジャンルは、上代の文章が出題される可能性は低いようだ。
中古~近世(江戸)の作品で出題されるのは、教科書に掲載されていない作品か、掲載されていてもまったくマイナーな部分だという。
学校の授業で勉強した部分がセンターで出題されることはまずない。つまり、はじめて読む作品・部分が出ても、対応できる実力と対処法を身につけることが必要だと強調している。
歌物語が出題されていないのは、設問を作りやすい『伊勢物語』『大和物語』が、様々な大学で既に出題されていることや、章段自体が短いものが多く、1500字の長さにならないものが多いためらしい。
・時代的には、中世・近世の文章が多い。
その中で、特に擬古物語(平安時代のつくり物語に似せて作られた物語)の出題が多い。
登場人物の心情をつかむため、形容詞・形容動詞をきっちり覚えておこう。
・また心情は、和歌に凝縮された形で示される。
〇出題された文章のジャンル
中古=歴史物語・つくり物語・日記・説話
中世=歴史物語・説話・日記・随筆・軍記物語・歌論・擬古物語
近世=随筆・紀行・日記・擬古物語
(周知のように、2024年の共通テストの古文は、「車中雪」という江戸時代の擬古物語(平安時代の物語を模した文章)であった)
【設問タイプ】
①語句の意味
文章構造をとらえて解く、クールで渋い論理的な思考が必要である。
②文法・敬語問題
品詞分解・語の識別と、敬語が3対1の割合。
敬語では、尊敬・謙譲・丁寧のどれにあたるか、本動詞か補助動詞かが問われる。
③内容説明・心情説明・理由説明問題
どれか1問が出題される。
④内容合致(不合致)・趣旨選択問題
これもよく出る。訳せても“言いたいこと”がわかって、しかも選択できなければ点数にならない。
⑤和歌関連問題
和歌を含む文章が出たときは必ず設問になっている。
攻略法10~12で和歌問題をマスターして、大きく差をつけよう。
(塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、10頁~15頁)
内容合致・不合致問題、主旨選択問題の選択肢は、内容理解の大きなヒント
……「次の文章を読んで後の問いに答えよ」という設問を真に受けてはいけない。
なぜなら、「文章を読んで」から設問に取りかかったとしても、(問題を解くためには)また最初に戻って読まなければならないから。
当たり前だが、まず設問を読んで、何が問われていて、何に注意して本文を読むか、見当をつけること。
たとえば、不合致問題なら、選択肢の一つ(ないしは二つ)を除いて、内容は本文と合致しているのだから、これを読めば内容のアウトラインの七・八割は分かるはず。
また、内容合致問題にしても、不正解の選択肢の内容のすべてが合致していないのではなく、一部分が合ってないという選択肢がほとんど。やはりヒントになるはずだ。
※内容合致・不合致問題は、設問としては難しいけれど、逆に内容理解のヒントにもなるのだ!
(塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、133頁)
・昔の古文を現代人が読むということは、古文から現代への、一方的な交通、一方的な伝達にすぎないのだろうか?と著者は問いかけている。
コミュニケーションという言葉と、その意味を、知っているはずである。
伝達とは、このコミュニケーションのことなのである。
communicationのcom-は、“お互いに”“共通の”ということを意味しているが、そのとおり、昔の古文がわれわれ現代人に伝達されるということは、けっして一方的におこなわれるのではなく、現代人からも積極的に古文にたいして、はたらきかけることによってはじめて成りたつ、コミュニケーションとしてある。
古文と、現代人とが、対等に向きあい、対話する関係である、といったらいい。
では、どのように現代人から古文へはたらきかけるのか?
本書で重視してきた現代語訳(口語訳)は、その試みの一つであるという。
古文が正確に理解できるということを、現代人が実際に紙と鉛筆とを使って証明する、それが現代語訳のしごとであるとする。
さて、『源氏物語』桐壺の巻の引用を、本書ではこのように訳文をあたえておいた。
【訳文】
中国にも、こうした発端からこそ、世も乱れてひどいことになったのだったと、だんだん、世間一般にも、おもしろからぬ厄介種(やっかいだね)になって、楊貴妃の例をも引き合いに出しかねないほどになってゆく事態に、まことにいたたまれない思いのすることが多くあるけれど、おそれ多い帝の御愛情のまたとないことを頼みにして、宮仕えなさる。
※ぎこちない訳文だが、正確さを優先させたと著者はいう。
・『源氏物語』は、与謝野晶子や谷崎潤一郎といった、近代の歌人や作家が、現代語訳を試みている。最近のものでは作家の円地文子(えんちふみこ)も現代語訳を完成させた。
(いずれも文庫本になっており、手にはいりやすくなっている)
・与謝野晶子の現代語訳を見ると、つぎのようになっている。
唐の国でもこの種類の寵姫(ちょうき)、楊家の女(じょ)の出現によって乱が醸(かも)されたなどと蔭ではいわれる。今やこの女性が一天下の煩(わざわ)いだとされるに至った。馬嵬(ばかい)の駅がいつ再現されるかもしれぬ。その人にとっては堪えがたいような苦しい雰囲気の中でも、ただ深い御愛情だけをたよりにして暮らしていた。
(『全訳 源氏物語』上、角川文庫、昭和46年版)
※なかなか流麗な、味わいの現代文になっているという。
・谷崎潤一郎のほうはどうか?
唐土(もろこし)でもこういうことから世が乱れ、不吉な事件が起ったものですなどと取り沙汰をし、楊貴妃の例なども引合いに出しかねないようになって行きますので、更衣はひとしお辛いことが多いのですけれども、有難いおん情(なさけ)の世に類(たぐい)もなく深いのを頼みに存じ上げながら、御殿勤(ごてんづと)めをしておられます。
(『潤一郎訳源氏物語』一、中公文庫、昭和48年版)
※こちらは“です”“ます”調の文体になっているが、晶子訳にくらべて、『源氏物語』の本文にかなり忠実な訳文であることが、ざっと読んでみるだけで明らかだろう。
晶子訳は大胆な意訳で、潤一郎訳はかなり忠実な意訳である。
意訳であることには変わりはない。
※高等学校の教科書では、二年生ぐらいになると、『源氏物語』の一部を勉強する。
桐壺の巻か、若紫の巻か、あるいは夕顔の巻かをおそわることになる。
☆もっとたくさん読みたいと思ったらどうするのか?
『源氏物語』全体は五十四巻あるといわれている。その全部を読みたいと思ったらどうするか?
与謝野晶子の訳した『源氏物語』を読んだらいい。あるいは、谷崎潤一郎の訳した『源氏物語』を読んでみるとよい。また円地文子の訳した『源氏物語』(新潮文庫に入っている)を読むのもいい。他にも現代語訳はある。
晶子訳がいいか、潤一郎訳がいいか、文子訳がいいか、それはまったく好みの問題。
いずれも、訳者が、精魂こめて『源氏物語』に取りくんだものであって、どの一つを取りあげても、『源氏物語』であることにちがいはない。
くれぐれも、原文を読まなければ『源氏物語』を読んだことにはならない、などと思わないように、と著者はいう。現代語訳を読んでも、りっぱに『源氏物語』を読んだことになる。
つまり、『源氏物語』の全体を読みたいと思って、すぐれた近代の歌人や作家の作った現代語訳を読んだことによって、現代人から古文の世界へ積極的にはたらきかけたのである。
コミュニケーションを成しとげたことになるという。
・ただし、条件があるという。
コミュニケーションは伝達であるから、媒介になるものがかならずある。
その媒介物が、『源氏物語』の原文にほかならない。原文の実態をまったく知らないではすまされない。原文の一部を学ぶことによって、その実態をおおよそ理解できるようにしておきたい。必要があれば、現代語訳のもとになった原文に立ちかえって、たしかめることができるようにしておきたい、とする。
⇒これがわれわれの、古文を直接学習しようとする目的なのであると著者は強調している。
・晶子訳は大胆に意訳しており、原文にある敬語などを省略して、ダイナミックな『源氏物語』にした。潤一郎訳は、原文に忠実のようでも、ときに原文にない説明を加えるかと思うと、敬語はやはり省略したりして、現代人に読みやすい『源氏物語』にしている。
・原文の実態は敬語もあり、さまざまな助動詞や助詞の使いわけもあるので、われわれはひととおり学習して、古文の特徴をだいたい知る必要があるという。
だから、皆さんの試みる現代語訳は、学習のためだから、ぎこちなくていいので、正確であることを心掛けてほしいと著者はいう。敬語を省略してはいけない。助動詞や助詞を訳し分けてほしい。
※本書は、「はじめに」でも述べたように、
Ⅰ 古文を解く鍵
Ⅱ 古文の基礎知識
Ⅲ 古文を読む
の三段階に分けて、その古文の特徴を、平易な叙述のなかにも、深く掘りさげて解説している。
敬語の理解につまずいたり、助動詞や助詞の訳し分けがわからなくなったら、該当するページに何度でも立ちもどって、研究してほしいという。
(藤井貞和『古文の読みかた』岩波ジュニア新書、1984年[2015年版]、204頁~208頁)
(2024年1月27日投稿)
【はじめに】
今回のブログでは、古文の勉強について、考えてみたい。
単語と文法については、以下の本を以前のブログで紹介してみた。
〇黒川行信『体系古典文法』数研出版、2019年[1990年初版]
〇武田博幸/鞆森祥悟(河合塾講師)『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』
桐原書店、2014年[2004年初版]
〇山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社、2020年[2017年初版]
今回のブログでは、古文の読解の方法または古文学習の目的について、以下の本を紹介しながら、考えてみたい。
〇富井健二(東進ハイスクール講師)『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]
〇山村由美子(河合塾)『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]
〇元井太郎(代々木ゼミナール)『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』KADOKAWA、2014年[2019年版]
〇塩沢一平・三宅崇広(駿台予備校)『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]
〇藤井貞和(日本文学者、東京学芸大学教授、のち東京大学名誉教授)『古文の読みかた』岩波ジュニア新書、1984年[2015年版]
【富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』はこちらから】
富井の古文読解をはじめからていねいに (東進ブックス―気鋭の講師シリーズ)
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
・はじめに
・古文の勉強法~富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』より
・古文の勉強法~山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』より
・古文の勉強法~元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』より
・古文の勉強法~塩沢一平『きめる!センター 古文・漢文』より
・古文学習の目的~藤井貞和『古文の読みかた』より
古文の勉強法~富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』より
古文を攻略するには、どうすればいいのか。
まっさきに浮かぶのは、古文単語と古典文法を身につけることという答えだろう。
しかし、単語と文法を一通り暗記しただけでは、スラスラと古文を読解することはできない。
なぜならば、古文単語も古典文法も「文脈」を理解して、はじめてその知識が生かされるからである。
例えば、古文単語の意味には色々あり、その文脈に合った意味をあてはめなければならない。古典文法、例えば、助動詞の意味の決め方にはテクニックが存在するが、最終的には文脈を考慮して、その意味を決定しなければならない。
だから、「読解法」を学ぶ必要がある、と富井健二先生はいう。
受験生を見ていると、単語や文法の知識を身につけるための時間は多く割いているが、実際の古文を読みながら、その知識を使って確認していく時間が少ないらしい。
単語や文法の意味をある程度チェックしたら、どんどん古文読解をしてゆくのがよいようだ。
定着と実践の同時進行、それが古文の上達するポイントであると説く。
古文は本当に楽しく、奥の深い教科である。古文読解の力がついてくるうちに、この教科の本当の魅力に気づくそうだ。真の実力とは、真の興味のもとに宿ると力説している。
(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、2頁~3頁)
プロローグ
古文の読解法には、2つの中心がある。
A その古文問題の「ジャンル」を決定する
B 主語を補足しながら文章を読んでいく
(地の文と「 」の文に分けて、それぞれの補足方法を駆使する)
※これに「古典文法・古文常識・作品常識」などの知識をプラスして読解していく
⇒STEP 1~19で、Bの読解法を学ぶ
STEP 20~23で、Aの読解法を学ぶ
つまり、古文は、Aジャンルを決定し、B主語を補足しながら読んでいけばいいようだ。
(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、10頁~11頁)
古文の勉強法~山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』より
・この本は、「古文の読解力を身につけたい」「正しく読解できるようになる方法を知りたい」という人のために書いたものだという。
みなさんは、古文を「何となくこんな感じの意味かなあ」などと、「雰囲気」で読んでいないだろうか。言い方を変えると「文脈」だけを頼りに読んでいないだろうか。
しかし、これだと文脈把握が間違っていたら、読解も間違うことになる。
そこで、本書では、「はじめて見る本文でも読めるようになる確かな『読解力』を身につける」ために、「読解のワザ」を紹介しているという。
入試のほとんどが、受験生にとっては「はじめて見る本文」であるから、これはまさに入試に直結する読解力養成のための本といえるとする。
「古文のプロ」が時間と労力をかけて導き出した、正しく読解するためのいわば“一般公式”が「読解のワザ」であるそうだ。すべての「ワザ」」は、プロの感覚と知恵と経験に基づいたものである。
また、本書は、読解の最も根底的な部分を中心に話している。
言い方を変えると、どんな文章にでも適用するような読解力を身につけてもらおうと思って話している。どんな文章にでも使えるように説明しているので、学んだワザを、他の文章にも使って、自分のモノにしていってほしいという。
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、ii頁~iii
頁)
例えば、「読解のワザ」には、次のようなものがある。
ワザ29 舞台特定のワザ
働く女性が作者のノンフィクション作品(日記・随筆)なら、職場が舞台!
ワザ31 位置関係から状況をつかむワザ
登場人物の位置関係をチェックして、“見える”範囲を特定せよ!
ワザ75 本文周囲にあるヒント発見・活用のワザ
「注」には、本文読解のヒントだけでなく、問題を解くヒントもある!
ワザ76 本文周囲にあるヒント発見・活用のワザ
「設問文」にさりげなく含まれる、主語のヒントを見逃さないで!
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、99頁、103頁、248頁~249頁)
前後で主語が変わりやすいパターン
ワザ6 接続助詞に注目するワザ②【パターン的中率70%】
☆前後で主語が変わりやすいパターン
Aさんは……を、(に、ば、)(Bさんは)……
・接続助詞「を・に・ば」が出てくると、多くの場合、そのタイミングで主語が変わる。
それまで「Aさん」が主語だったとしたら、「を・に・ば」の後は、普通「Aさん以外の誰か」が主語になる。
※古文では、一つの場面にはたいてい2~3人ぐらいしか登場していない。
※<ちょっと注意>
助詞の「を」・「に」には接続助詞の他に格助詞も存在する。
●助詞「を・に」の識別
①……名詞(または連体形)+を、(に、)……→格助詞
このまま「を」(または「に」)と訳しても、ヘンではない場合
②……連体形+を、(に、)……→接続助詞
「を」(または「に」)のままだとヘン。
「のに」「ので」「~すると」だと自然な場合
※つまり、「を」と「に」の訳を変えるときは主語も変わりやすい!
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、18頁~20頁)
古文の勉強法~元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』より
おすすめの勉強法!
〇「はじめに」(4頁~5頁)において、
・本書の内容をとりあえずたどって読むことをすすめている。
通読することで、大学側が要求している古文読解のイメージと、本番で点をとるイメージをつかんでほしいという。
(古文の苦手な方や、高一・高二の方などは、例題の全文訳をはじめに見てもかまわない)
1か月で2~3回ほど通読してみるぐらいのペースがよい。(暗記のコツは、くり返し!)
・本番レベルの得点分析から、効率よい勉強法のイメージを自分なりにつかんでもらうのが、本書の意図することだとする。
・受験生に贈る言葉
「苦悩のあとの歓喜を」(L.V.ベートーヴェン・第九、というかシラー)
「明けない夜はない」(W.シェークスピア)
「汝は汝の汝を生きよ。汝は汝の汝を愛せ」(M.スティルナー)
〇「第三講 “読解”を点数に結びつけろ! 実戦③ おすすめの勉強法!」(309頁~318頁)において、次のように述べている。
<視点>
・本番で高得点するために、いかに古文を短時間の勉強量でこなし、他教科に時間をまわせるか!
本番で、いかに速く正解できるか?が問われている。
<勉強法>
①各教科の基礎をザット覚える。
(反復復習が有効。ある程度わかったら、本番レベルの設問分析と並行して、基礎を引き続き定着させる。基礎だけ独立して学習しようとしない)
②第一志望レベルの問題で、得点に至る過程を分析する。
③出題のパターン性を、問題量をこなす中でつかむ。
④復習を中心に制限時間を意識し、本番で得点できるイメージを作り上げていく。
※基礎をふまえた具体的な問題から、自分なりに得点できるアプローチを作ることが大事。
「自分なりに」つかんだ方法でないと、本番で使えない。
他人のマネをしても、本番では得点できない。“自力本願”あるのみ。
(抽象的な方法論に走ってはいけない。具体的な問題をこなしていく中で、自然と自分なりのアプローチがつかめてくるはずである)
〇おすすめの学習要素
1 まずは、本番第一志望レベルの問題(過去問・受けない他学部の過去問・同レベル他大の過去問など)を、解くか解かないかの中間ぐらいで分析
・全訳があったら活用する。
全訳を活用して、全文の主語、目的語を拾いだす。
つまり、直訳のために全訳を使うのではなく、文脈のために全訳を活用する。
わかった文脈で、古文の全文をザットたどる。
・設問の正解・解答を活用する。
正解の本文根拠を、正解そのものが本文のどこにどうあるか? という視点で本文をチェックする。
・選択肢の研究
正解の選択肢の本文根拠だけでなく、不正解の選択肢の本文根拠もさぐる。
選択肢の現代語の言いまわしと古文の単語・文法を照合しておく。
選択肢の横の構成ポイントを切ってみて、量をこなす。
<問題分析のガイドライン>
①全訳で文脈(主語・目的語)を通し、本文の全体的な話をつかむ。
②全訳で通した文脈を、古文の本文でたどる。
訳的にわからないところは、すぐ全訳を見て照合する。
③設問の正解をチェック(問題を解かない)
④選択肢の分析(できたら、「出題意図は何?」とさぐる)
⑤正解・不正解の根拠を、本文でチェック
⑥本文根拠と、設問の傍線の関係を分析
(この段階で出題意図がわかることが多い)
2 復習をメインにする。(本番での“解けるイメージ”を固めること)
・まっ白い本文でなく、根拠をチェックした本文をたどり直す。
(本文の文脈を古文的に読み直しながら、対応するところでは、“目のとばし” (斜め読み)
を練習し、古文の読み慣れ、速読を心がける)
・設問にからんでいない単語・文法を、読み込みながら覚えようとする。
・一回の復習(チェックしたあとの“読み込み”)は、30分以内をメドとする。
(とにかく一回で復習し切ろうとしない。何度も反復する中で具体的につかもうとすることを心がける)
・“読み込み”のための問題の量をためる。
(慣れるまでは、数題の同じ問題をくり返す。慣れてきたらどんどん問題量を増やし、反復して“読み込む”)
・選択肢と本文根拠を、“読み込み”の中で、何度も照合する。
・メインの教科の合い間に、古文の“読み込み復習”をさし込む。
(最低一日一回は、古文の速読をやる。チェックしてある本文だから、時間もかからない)
※これらの要素に留意して、生活にとりいれること。
初めは手ごたえがないので悩むかもしれないが、一か月は続けてみて、効果を測ってみること。
実験心理学で「フィード・バック」という。
「人間の記憶容量を保つには、くり返しが最も効果ある」ことは、実証されている。
これにもとづいた復習法がよい。
(元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』KADOKAWA、2014年[2019年版]、4頁~5頁、309頁~318頁)
古文の勉強法~塩沢一平『きめる!センター 古文・漢文』より
〇塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]
「古文の力」とは?
駿台予備校の塩沢一平先生は、「センターは、こんな試験~古文編」において次のようなことを述べている。(共通テストにも、あてはまる点が多々あるので、紹介しておく)
【文章の長さ】
・文章の長さは、例年1500字程度。速読・即答する問題処理テクニックが求められる。
例えば、出典別に読み方を変えるテクニックを身につける必要があるし、設問タイプ別のテクニックも必要になる。
(ちなみに、ネットによれば、2023年の共通テストの字数は1319字、2024年のそれは、1147字だったそうだ)
【出典】
・センター試験の出題ジャンルは、上代の文章が出題される可能性は低いようだ。
中古~近世(江戸)の作品で出題されるのは、教科書に掲載されていない作品か、掲載されていてもまったくマイナーな部分だという。
学校の授業で勉強した部分がセンターで出題されることはまずない。つまり、はじめて読む作品・部分が出ても、対応できる実力と対処法を身につけることが必要だと強調している。
歌物語が出題されていないのは、設問を作りやすい『伊勢物語』『大和物語』が、様々な大学で既に出題されていることや、章段自体が短いものが多く、1500字の長さにならないものが多いためらしい。
・時代的には、中世・近世の文章が多い。
その中で、特に擬古物語(平安時代のつくり物語に似せて作られた物語)の出題が多い。
登場人物の心情をつかむため、形容詞・形容動詞をきっちり覚えておこう。
・また心情は、和歌に凝縮された形で示される。
〇出題された文章のジャンル
中古=歴史物語・つくり物語・日記・説話
中世=歴史物語・説話・日記・随筆・軍記物語・歌論・擬古物語
近世=随筆・紀行・日記・擬古物語
(周知のように、2024年の共通テストの古文は、「車中雪」という江戸時代の擬古物語(平安時代の物語を模した文章)であった)
【設問タイプ】
①語句の意味
文章構造をとらえて解く、クールで渋い論理的な思考が必要である。
②文法・敬語問題
品詞分解・語の識別と、敬語が3対1の割合。
敬語では、尊敬・謙譲・丁寧のどれにあたるか、本動詞か補助動詞かが問われる。
③内容説明・心情説明・理由説明問題
どれか1問が出題される。
④内容合致(不合致)・趣旨選択問題
これもよく出る。訳せても“言いたいこと”がわかって、しかも選択できなければ点数にならない。
⑤和歌関連問題
和歌を含む文章が出たときは必ず設問になっている。
攻略法10~12で和歌問題をマスターして、大きく差をつけよう。
(塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、10頁~15頁)
<合格のための+α解説>
内容合致・不合致問題、主旨選択問題の選択肢は、内容理解の大きなヒント
……「次の文章を読んで後の問いに答えよ」という設問を真に受けてはいけない。
なぜなら、「文章を読んで」から設問に取りかかったとしても、(問題を解くためには)また最初に戻って読まなければならないから。
当たり前だが、まず設問を読んで、何が問われていて、何に注意して本文を読むか、見当をつけること。
たとえば、不合致問題なら、選択肢の一つ(ないしは二つ)を除いて、内容は本文と合致しているのだから、これを読めば内容のアウトラインの七・八割は分かるはず。
また、内容合致問題にしても、不正解の選択肢の内容のすべてが合致していないのではなく、一部分が合ってないという選択肢がほとんど。やはりヒントになるはずだ。
※内容合致・不合致問題は、設問としては難しいけれど、逆に内容理解のヒントにもなるのだ!
(塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、133頁)
古文学習の目的~藤井貞和『古文の読みかた』より
古文学習と現代語訳
・昔の古文を現代人が読むということは、古文から現代への、一方的な交通、一方的な伝達にすぎないのだろうか?と著者は問いかけている。
コミュニケーションという言葉と、その意味を、知っているはずである。
伝達とは、このコミュニケーションのことなのである。
communicationのcom-は、“お互いに”“共通の”ということを意味しているが、そのとおり、昔の古文がわれわれ現代人に伝達されるということは、けっして一方的におこなわれるのではなく、現代人からも積極的に古文にたいして、はたらきかけることによってはじめて成りたつ、コミュニケーションとしてある。
古文と、現代人とが、対等に向きあい、対話する関係である、といったらいい。
では、どのように現代人から古文へはたらきかけるのか?
本書で重視してきた現代語訳(口語訳)は、その試みの一つであるという。
古文が正確に理解できるということを、現代人が実際に紙と鉛筆とを使って証明する、それが現代語訳のしごとであるとする。
さて、『源氏物語』桐壺の巻の引用を、本書ではこのように訳文をあたえておいた。
【訳文】
中国にも、こうした発端からこそ、世も乱れてひどいことになったのだったと、だんだん、世間一般にも、おもしろからぬ厄介種(やっかいだね)になって、楊貴妃の例をも引き合いに出しかねないほどになってゆく事態に、まことにいたたまれない思いのすることが多くあるけれど、おそれ多い帝の御愛情のまたとないことを頼みにして、宮仕えなさる。
※ぎこちない訳文だが、正確さを優先させたと著者はいう。
・『源氏物語』は、与謝野晶子や谷崎潤一郎といった、近代の歌人や作家が、現代語訳を試みている。最近のものでは作家の円地文子(えんちふみこ)も現代語訳を完成させた。
(いずれも文庫本になっており、手にはいりやすくなっている)
・与謝野晶子の現代語訳を見ると、つぎのようになっている。
唐の国でもこの種類の寵姫(ちょうき)、楊家の女(じょ)の出現によって乱が醸(かも)されたなどと蔭ではいわれる。今やこの女性が一天下の煩(わざわ)いだとされるに至った。馬嵬(ばかい)の駅がいつ再現されるかもしれぬ。その人にとっては堪えがたいような苦しい雰囲気の中でも、ただ深い御愛情だけをたよりにして暮らしていた。
(『全訳 源氏物語』上、角川文庫、昭和46年版)
※なかなか流麗な、味わいの現代文になっているという。
・谷崎潤一郎のほうはどうか?
唐土(もろこし)でもこういうことから世が乱れ、不吉な事件が起ったものですなどと取り沙汰をし、楊貴妃の例なども引合いに出しかねないようになって行きますので、更衣はひとしお辛いことが多いのですけれども、有難いおん情(なさけ)の世に類(たぐい)もなく深いのを頼みに存じ上げながら、御殿勤(ごてんづと)めをしておられます。
(『潤一郎訳源氏物語』一、中公文庫、昭和48年版)
※こちらは“です”“ます”調の文体になっているが、晶子訳にくらべて、『源氏物語』の本文にかなり忠実な訳文であることが、ざっと読んでみるだけで明らかだろう。
晶子訳は大胆な意訳で、潤一郎訳はかなり忠実な意訳である。
意訳であることには変わりはない。
※高等学校の教科書では、二年生ぐらいになると、『源氏物語』の一部を勉強する。
桐壺の巻か、若紫の巻か、あるいは夕顔の巻かをおそわることになる。
☆もっとたくさん読みたいと思ったらどうするのか?
『源氏物語』全体は五十四巻あるといわれている。その全部を読みたいと思ったらどうするか?
与謝野晶子の訳した『源氏物語』を読んだらいい。あるいは、谷崎潤一郎の訳した『源氏物語』を読んでみるとよい。また円地文子の訳した『源氏物語』(新潮文庫に入っている)を読むのもいい。他にも現代語訳はある。
晶子訳がいいか、潤一郎訳がいいか、文子訳がいいか、それはまったく好みの問題。
いずれも、訳者が、精魂こめて『源氏物語』に取りくんだものであって、どの一つを取りあげても、『源氏物語』であることにちがいはない。
くれぐれも、原文を読まなければ『源氏物語』を読んだことにはならない、などと思わないように、と著者はいう。現代語訳を読んでも、りっぱに『源氏物語』を読んだことになる。
つまり、『源氏物語』の全体を読みたいと思って、すぐれた近代の歌人や作家の作った現代語訳を読んだことによって、現代人から古文の世界へ積極的にはたらきかけたのである。
コミュニケーションを成しとげたことになるという。
・ただし、条件があるという。
コミュニケーションは伝達であるから、媒介になるものがかならずある。
その媒介物が、『源氏物語』の原文にほかならない。原文の実態をまったく知らないではすまされない。原文の一部を学ぶことによって、その実態をおおよそ理解できるようにしておきたい。必要があれば、現代語訳のもとになった原文に立ちかえって、たしかめることができるようにしておきたい、とする。
⇒これがわれわれの、古文を直接学習しようとする目的なのであると著者は強調している。
・晶子訳は大胆に意訳しており、原文にある敬語などを省略して、ダイナミックな『源氏物語』にした。潤一郎訳は、原文に忠実のようでも、ときに原文にない説明を加えるかと思うと、敬語はやはり省略したりして、現代人に読みやすい『源氏物語』にしている。
・原文の実態は敬語もあり、さまざまな助動詞や助詞の使いわけもあるので、われわれはひととおり学習して、古文の特徴をだいたい知る必要があるという。
だから、皆さんの試みる現代語訳は、学習のためだから、ぎこちなくていいので、正確であることを心掛けてほしいと著者はいう。敬語を省略してはいけない。助動詞や助詞を訳し分けてほしい。
※本書は、「はじめに」でも述べたように、
Ⅰ 古文を解く鍵
Ⅱ 古文の基礎知識
Ⅲ 古文を読む
の三段階に分けて、その古文の特徴を、平易な叙述のなかにも、深く掘りさげて解説している。
敬語の理解につまずいたり、助動詞や助詞の訳し分けがわからなくなったら、該当するページに何度でも立ちもどって、研究してほしいという。
(藤井貞和『古文の読みかた』岩波ジュニア新書、1984年[2015年版]、204頁~208頁)
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