≪囲碁の手筋~趙治勲氏の場合≫
(2025年3月9日投稿)
今回も引き続き、囲碁の手筋について、次の問題集を参考にして考えてみたい。
〇趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]
【趙治勲氏のプロフィール】
・1956年生まれ。韓国釜山市出身。
・1962年来日、故木谷実九段に入門。
・1968年、11歳で入段。1971年、五段。1981年、九段。
・1975年、第12期プロ十傑戦で初のビッグタイトルを獲得、その後、各種棋戦で活躍し、1980年名人位に就く。以後1984年まで5連覇。名誉名人の資格を得る。
・1981年、本因坊と併せ持ち、タイトル戦史上4人目の名人・本因坊となる。
・1982年、名人、本因坊、十段、鶴聖の4冠制す。
・1983年、棋聖位を獲得、3大タイトルを独占。棋聖戦3連覇。
・1987年、天元位を獲得し、史上初のグランド・スラム(7大タイトル制覇)達成。
・1989年、本因坊奪取、以降10連覇で二十五世本因坊の称号を受ける。
・1996年、11年ぶりに名人奪取、2度目の大3冠を達成。
・1998年、3巡目の大3冠。
・2002年、タイトル獲得65となり、二十三世本因坊坂田栄男の記録を抜く。
・2014年、第4回マスターズカップ優勝。
※2014年9月現在、タイトル獲得数73。平成24年、通算1400勝達成。
【趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビはこちらから】
第1章 形で覚える手筋 基本問題
アテ アテ返し アテコミ オサエ カケ 切り ケイマ コスミ
コスミツケ サガリ サシコミ シメツケ タケフ ツケ ツケコシ 出切り
二段バネ ノゾキ ノビ ハネ ハサミツケ マガリ ワリコミ
第2章 形で覚える手筋 練習問題
問題1~問題148
第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題
ウッテガエシ狙い ホウリコミ ホウリコミとウッテガエシ狙い
カケツギ カタツギ カケツギかカタツギか 急所を求める 急所を守る
コウを仕掛ける コウを狙う コウを避ける フクラミ フクラミを防ぐ
第4章 2つ一組で覚える手筋 練習問題
問題1~問題92
第5章 総合演習問題
問題1~問題124
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
〇本書は全600問を盛り込んだボリューム満点の基本手筋問題集。
・鮮やかな手筋だけでなく、実戦によく出てきそうな地味な問題を中心に集めたという。
(本書を読んだ後に碁会所に行けば、すぐに使えるような手筋ばかり)
・何度も何度も繰り返し読み、問題を見た瞬間に答えが思い浮かべるようになるまで、がんばってほしい。
〇本書は5章構成
・第1、3章では、基本的な手筋をテーマ図でおさらいし、直後の基本問題で練習する。
・第2、4章では、第1、3章の問題を向きや場所を変えて並べた。
(腕に覚えのある人は、第2、4章から先に解いても構わない。もし間違えたら、必ず各テーマのページに戻って復習してほしい)
・そして第5章の総合演習問題がさらさらと解けるようになれば、対局中、手筋があなたの心強い味方になってくれるでしょう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、2頁)
【テーマ図 ツケ】黒番
・黒四子はもう取られている。
どのように捨てるかが大切。
【正解】(シメツケる)
・黒1のツケでシメツケ。
・白4までと、先手でキズ一つない厚みを作ることができる。
【失敗】(キズ残り)
・黒1では踏み込みが足りない。
・白2のハイを決められると、キズが残ってしまう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、67頁~68頁)
【テーマ図 ウッテガエシ狙い】黒番
・白の形をよく見て、弱点を探してほしい。
・急所をついて、白の形を崩そう。

【正解】(形を崩す)
・黒1のコスミツケで、ウッテガエシを狙おう。
・白2と守れば、黒3のハネで攻める。
【正解変化】(ウッテガエシ)
・黒1に対し、白2とノビれば、黒3とウッテガエシで白二子を取ろう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、195頁~196頁)
【テーマ図 急所を攻める】黒番
・白をどのように攻めるか。
・根拠を奪う急所を探してほしい。
【正解】(急所へ一撃)
・黒1と、急所へ迫ろう。
※黒aの切りを狙いながら、根拠を奪う厳しい攻め。
【失敗】(チャンスを逃す)
・黒1とケイマすると、白2と守られてしまう。
※眼形が豊富なので、攻めが途切れてしまう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、223頁~224頁)
【テーマ図 コウを仕掛ける】黒番
・白は眼を二つ持っているように見えるが、まだ隙が残っている。
【正解】(眼を奪う)
・黒1のホウリコミが正解。
・白は2と取り、コウが始まる。
【失敗】(チャンスを逃す)
・白に1と守られると、チャンスを逃してしまう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、233頁~234頁)
【テーマ図 コウを狙う】黒番
・Aのキズを守ってほしい。
・一工夫すれば、先手で切り上げられる。

【正解】(黒aを狙う)
・黒1のカケツギが正解。
※もし白が手抜きすれば、黒aのホウリコミを狙える。
【失敗】(白の反発)
・黒1のサガリには、白2の切りで反発してくるだろう。
・黒3が必要なので、黒は後手を引く。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、239頁~240頁)
【テーマ図 コウを避ける】黒番
・白1とハネてきた。
・あわてて受けると、思わぬ反発が待っている。
【正解】(コウを避ける)
・黒1とノビるのが、冷静な受け方。
※白にコウを仕掛ける余地を与えない。
【失敗】(コウになる)
・黒1のオサエは危険。
・白2と切られ、コウになってしまう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、243頁~244頁)
【テーマ図 フクラミ】黒番
・定石の真っ最中で、白が手を抜いてきた。
・次の一手でとがめてほしい。
【正解】(脱出)
・黒1のフクラミが絶好点。
※白二子を攻めることができる。
【失敗】(チャンスを逃す)
・白に1とノビられると、チャンスを逃してしまう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、247頁~248頁)
【テーマ図 フクラミを防ぐ】黒番
・激しく競り合っている局面。
・戦いを有利にする一手を探そう。
【正解】(無駄のない利かし)
・黒1と、白のフクラミを防ごう。
・白は2と受けるくらいなので、無駄のない利かし。
【失敗】(あわてすぎ)
・黒1と、いきなりヒラくのはあせりすぎ。
・白2とフクラまれると、一気に窮屈になってしまう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、251頁~252頁)
・本章では、第1章から4章の問題を集めたという。
ここまで学んだことをしっかり活用して、どんどん解いていこう。
例えば、問題29~32では次のようにある。
(問題は4題一組で、解答は手筋と参照ページ数のみである)
【問題29】黒番
【解答】アテコミ、P15
【問題30】黒番
【解答】ノビ、P95
【問題31】黒番
【解答】ハサミツケ、P105
【問題32】黒番
【解答】ウッテガエシ狙い、P195
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、319頁~320頁)
<第1題>攪乱のツケ
〇1譜 中盤の常用手
・つぎの一手は、黒1の内ヅケだった。
※スベって二間にヒラいた形でよく用いられ、その意図は攪乱。
白の構えを破って、一定の利益をあげるのを目的としている。
基本型なので、おおまかな変化をマスターしておけば、すぐにも実戦に役立つ。

【1図】
・白1にブツカリ、黒2にまた白3のブツカリでシノいでいる、と教えられた人も多いだろう。
※しかしこの受けはおすすめできない。
げんにプロはほとんど白1、3とは打たない。
【2図】
・なぜかといえば、部分的にシノいではいても、黒2から6まで利かされるのがいかにも低位でつらいから。
・黒6はaで利かされるかもしれない。
【3図】
・おすすめは、白1の下ハネ。
・黒2の手筋に白3と取ってしまう。
・黒6まで1子切り離されはしたけれど、白手厚く、先手。
※これが基本と心得てほしい。

【4図】
・白3のほうを取れば、黒4、6で破られる。
(こう打つのがいい場合もある)
【5図】
・黒2のハネから、2子犠牲にして塗りつける戦法。
※これはよほど厚みをつくりたいときの、特殊な打ち方といえる。
(趙治勲『ツケの技法』河出書房新社、2001年、182頁~183頁)
清峯会公開早碁
昭和44年11月14日
先着3目半コミもらい 持時間各25分・1手45秒
第四局(白中押勝) 九段 呉清源
先番 三段 趙治勲
・趙は、入段前の10歳頃から現在にいたるまで、呉の打碁は並べ続けている。
呉のすばらしさをこう語る。
「呉先生の碁はたえず自由で、形にはまったところがありません。未来を見る視野が広いというのでしょうか。そして自由でありながら、固有のものを作り上げています」
呉の自由の精神は不滅である。
≪棋譜≫(1-54)

【第1譜】(1-22)1旧定石
・白8の手が最初に試みられたのは、昭和27年3月。
呉清源と藤沢庫之助(朋斎)の第二次十番碁第5局。
【第2譜】(23-54)2反発の精神
・黒25は、31とハネ、33とぶつかったとき、白が2図、1と立てば、黒2、4と出切って、以下12まで絞る筋を狙っていた。これは、黒の注文。
・昭和40年代は白24の二間高バサミ定石が流行。
・対応としての黒25の大々ゲイマは木谷道場でも研究の対象になっていた。
※木谷道場には、師範格の梶原武雄がいた。序盤の構想は独創的であり、梶原定石も多く開発した。木谷門は、大いに梶原に啓発された時期でもあった。
・白は34と下がり、黒37に、38と地に走る。まずは、五分の分かれ。
・白46、48は自由の精神。
・黒49は、のぞきで利かされとみての反発の精神。
【2図】
(趙治勲『現代囲碁名勝負シリーズ3 趙治勲』講談社、1986年、34頁~36頁)
第5回新鋭トーナメント戦 決勝
昭和48年6月25日
先番5目半コミ出し 持時間各15分 1手30秒
第六局(白中押勝) 先番 八段 羽根泰正
五段 趙治勲
・趙が脚光を浴びはじめたのは、第5回新鋭トーナメントで優勝したときである。
決勝戦は、趙・羽根戦になった。
羽根泰正は島村俊廣九段門、昭和19年生まれ。“中京のダイヤモンド”といわれた逸材。
(攻めの強い棋風で、特に高中国流の布石からの「戦いの碁」を得意とする。なお羽根直樹九段の父)
≪棋譜≫(1-75)

【第1譜】(1-16)1空中殺法
・黒13は大模様の必争点。
・白は両三々で隅の地がからい、模様が荒らし荒らしになれば、それなりに打てると判断。
・白16から偵察機を飛ばした。
※黒1、3、5の三連星、中国流布陣の消しの研究が用いられる。
【第2譜】(17-33)2さばきの調子
※羽根はなかなかの力戦家。
三連星は、模様を張り、そこへ侵入するものあれば、ただちにこれを攻めるというパターンだから、力に自信があり、攻めを得意とする棋風に合っているかもしれない。
消しは、相手の攻めを緩和するときの作戦。
白の偵察に、黒の対応も難しい所だが、
・黒17、19のツケ切りは、疑問だった。白にさばきの調子を与えた。
・白20から24と、あっさり打たれて、黒は攻めきれない。
【第3譜】(34-51)3白、満足
※プロの卵は、あまり考えないで早く打つ練習をさせられる。
感覚を養う修練を積むためのものだ。
だから、新聞棋戦で持ち時間をフルに使うタイプの趙とはいえ、早碁がそれほど苦手ということでもない。ふだんからの心構えであろう。
・白36から38は一連の手筋。
・白50はぬるかった。
【第4譜】(52-75)4手筋の応酬
※テレビ碁の醍醐味は、石が競って、目まぐるしく展開することだろう。
すると、さらさらという石の流れよりは、力戦、むしろ乱戦がファンに喜ばれることになる。趙も羽根もテレビ向きといえよう。
・白52で白(12, 四)と囲っておけば、白がはっきり優勢。
それを黒模様へ踏み込み、あわよくば中央を白模様にしようとするから、黒55から混戦になる。おもしろくもなる。
・白60は、単に62のコスミがよかった。
・黒61と換わったため、63、65とさばき筋が見えた。
・が、白も72と割込んで、74のツギ。さばきの筋で応酬する。
黒は苦戦をしいられる。
(趙治勲『現代囲碁名勝負シリーズ3 趙治勲』講談社、1986年、48頁~52頁)
第30期NHK杯争奪トーナメント戦 決勝戦
昭和58年2月21日
先番コミ5目半出し 持時間各5分 秒読み1手30秒
第二十八局(白半目勝) 九段 趙治勲
先番 九段 大竹英雄
321手完 白半目勝
<NHK杯初優勝>
・NHK杯戦。趙は両目のあいた1勝で準決勝で、決勝戦は早碁にめっぽう強い大竹と顔があった。
昨年、趙との名人戦の最中、大竹は腰痛に見舞われ思うにまかせなかった無念がある。
また、趙、関係者、囲碁ファンにもめいわくをかけたことを気にしている。秋に向けて体力作りをし、趙の碁を見きわめるべく努力をし、もう一度名人戦で趙と雌雄を決したいところであろう。
・さて、決勝戦。趙は棋聖戦ではいつくばりながらも1勝を返したあとだけに、やや気らくになったか、好きなように自分の碁を打った。実利をかせぎ、あとはしのぎにまかせる。
最後の最後でも逆転のチャンスが大竹にあったが、大竹は形勢を楽観していたようだ。テレビ碁の醍醐味である終始はらはらした、両対局者の持ち味がよくでた一戦は、321手で、白番の趙が半目勝ち。
≪棋譜≫(1-132)

【第1譜】(1-50)1白、大忙し
※大竹が攻め、趙がしのぐという両者の棋風がよくでた一戦。
・白18で19と左辺を受ければおだやかだった。
・黒19に、白20と地にからくいったため、黒23、25の突き出しを許し、白がつらい。
・黒47、49とあおって、黒好調。
【第2譜】(51-100)2急所をはずす
・黒61が失着。白の急所をはずした。
・白68と飛び出して、白はひと息ついた。
・しかし、白84がそっぽ。
・黒85、87と突き抜かれて、白はまた苦戦に陥った。
・これで、大竹が波に乗れるかと観ていたが、黒97の出が問題。
・黒97、白98の交換は、黒bとのぞいたとき、白cのツギなら、黒dに出る手段を含みにしているが、黒98とツイでおくのが厚かった。
【第3譜】(101-132)3みんなしのぐ
※白は右辺と中央の大石両方をしのがなくては、勝てない。
が、黒からトドメの一発がなかなかでない。
そうこうしているうちに、白が無事収まり、気がついてみたら、地合でリードしている。
※坂田と趙は棋風が似ている。
かせぎまくって、あとはしのぎ勝負という勝ちのパターンは、もともと、坂田のお家芸。
その坂田も、最近の趙にはすっかりお株を奪われたかっこうである。
この碁の解説に当たった坂田は、白の大石は大丈夫かと危ぶみ、おもしろがっているふうでもあった。
(趙治勲『現代囲碁名勝負シリーズ3 趙治勲』講談社、1986年、242頁~246頁)
〇趙治勲氏の碁について、村瀬利行氏は、「趙治勲 運命を切り開く」(278頁~289頁)において、次のようなことを述べている。
・趙の人生観は、たえず「現在」において、最善のものを求めるべく努力することにある。
それが盤上であっても同じであり、独特の地のからさ、足早な戦法につながっていく。
趙の碁は、呉清源、坂田栄男と線上を同じくするといわれる。
趙が、現在もよく、次もよく、その次もよく、と考えるのは、たえず自己と現実を厳しく対比する作業の中で自己の論理を磨くことでもある。
・坂田栄男、加藤正夫、武宮正樹三人が、「囲碁クラブ」(昭和58年7月号)の座談会で、趙治勲の強さについてこう語る。
加藤「手どころをよく読んでますね。奥深くまで」
武宮「よく読んでいますね。でも治勲さんの強さというのは結局人間的なものじゃないですか。非常に自分に厳しくて人に優しいというか、心の広さというか、そういうのがでるんじゃないですか」
坂田「精神力がものすごく強いね。彼の読みはいちばんいい手を、厳しい手を模索しているところがあるんですよね。実際に打つ手は妥協することがあってもその思考過程において妥協しないわけよ。考え方が非常に真理に近づこうという姿勢が正しいんじゃないの」
・碁は実利派と厚味派に分けてよく比較される。
趙は実利派であり、厚味派は藤沢秀行、大竹英雄の系列といわれる。
実利派は「走る碁」で、地をかせぎ走りまわる。地をかせげばふつうは薄い碁になり、現実的で勝負にからく、味けないと観られがちである。
厚味派は「力をためる碁」で、含みとか余韻があり味わい深いとされる。
それゆえに、日本人の情緒にうったえるものがあるのか、「走る碁」よりも評価される傾向にある。
・しかし、「ほんとうの意味で厚く打つことが地にからいということであり、ほんとうの意味で地を取れば、碁は厚くなる」「碁は決して単純な思考で割り切れるものではない」
趙は、つねに最善を求めれば、単なる実利とか厚味という観念を超えた真理があるのではと村瀬氏は考える。
・藤沢秀行との棋聖戦をふりかえって、趙はこう語る。
「私は執念とかねばりとかいわれ、よほど勝ち負けに貪欲なように見られていますが、ほんとうは勝つことにそれほど関心はありません。まったくないわけではありませんが、最近は勝ち負けと、もう少し別のことを考えています」
※「もう少し別のこと」とは何であろうか。
村瀬氏は、趙が尊敬し目標とする呉清源の評から推測できるとする。
「呉先生の真髄は自由の精神」
「呉先生の碁は形にはまったところがありません。未来を見る視野が広いというのでしょうか。自由でありながら、固有のものを作り上げています」
(趙治勲『現代囲碁名勝負シリーズ3 趙治勲』講談社、1986年、278頁~289頁)
(2025年3月9日投稿)
【はじめに】
今回も引き続き、囲碁の手筋について、次の問題集を参考にして考えてみたい。
〇趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]
【趙治勲氏のプロフィール】
・1956年生まれ。韓国釜山市出身。
・1962年来日、故木谷実九段に入門。
・1968年、11歳で入段。1971年、五段。1981年、九段。
・1975年、第12期プロ十傑戦で初のビッグタイトルを獲得、その後、各種棋戦で活躍し、1980年名人位に就く。以後1984年まで5連覇。名誉名人の資格を得る。
・1981年、本因坊と併せ持ち、タイトル戦史上4人目の名人・本因坊となる。
・1982年、名人、本因坊、十段、鶴聖の4冠制す。
・1983年、棋聖位を獲得、3大タイトルを独占。棋聖戦3連覇。
・1987年、天元位を獲得し、史上初のグランド・スラム(7大タイトル制覇)達成。
・1989年、本因坊奪取、以降10連覇で二十五世本因坊の称号を受ける。
・1996年、11年ぶりに名人奪取、2度目の大3冠を達成。
・1998年、3巡目の大3冠。
・2002年、タイトル獲得65となり、二十三世本因坊坂田栄男の記録を抜く。
・2014年、第4回マスターズカップ優勝。
※2014年9月現在、タイトル獲得数73。平成24年、通算1400勝達成。
【趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビはこちらから】
〇趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]
【目次】
まえがき
第1章 形で覚える手筋 基本問題
第2章 形で覚える手筋 練習問題
第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題
第4章 2つ一組で覚える手筋 練習問題
第5章 総合演習問題
第1章 形で覚える手筋 基本問題
アテ アテ返し アテコミ オサエ カケ 切り ケイマ コスミ
コスミツケ サガリ サシコミ シメツケ タケフ ツケ ツケコシ 出切り
二段バネ ノゾキ ノビ ハネ ハサミツケ マガリ ワリコミ
第2章 形で覚える手筋 練習問題
問題1~問題148
第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題
ウッテガエシ狙い ホウリコミ ホウリコミとウッテガエシ狙い
カケツギ カタツギ カケツギかカタツギか 急所を求める 急所を守る
コウを仕掛ける コウを狙う コウを避ける フクラミ フクラミを防ぐ
第4章 2つ一組で覚える手筋 練習問題
問題1~問題92
第5章 総合演習問題
問題1~問題124
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
・氏のプロフィール
・まえがき
・第1章 形で覚える手筋 ツケ
・第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題 ウッテガエシ狙い
・第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題 急所を攻める
・第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題 コウを仕掛ける
・第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題 コウを狙う
・第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題 コウを避ける
・第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題 フクラミを防ぐ
・第5章 総合演習問題
【補足】手筋としての攪乱のツケ~趙治勲『ツケの技法』より
【補足】趙治勲氏の実戦譜~『現代囲碁名勝負シリーズ3 趙治勲』より
まえがき
〇本書は全600問を盛り込んだボリューム満点の基本手筋問題集。
・鮮やかな手筋だけでなく、実戦によく出てきそうな地味な問題を中心に集めたという。
(本書を読んだ後に碁会所に行けば、すぐに使えるような手筋ばかり)
・何度も何度も繰り返し読み、問題を見た瞬間に答えが思い浮かべるようになるまで、がんばってほしい。
〇本書は5章構成
・第1、3章では、基本的な手筋をテーマ図でおさらいし、直後の基本問題で練習する。
・第2、4章では、第1、3章の問題を向きや場所を変えて並べた。
(腕に覚えのある人は、第2、4章から先に解いても構わない。もし間違えたら、必ず各テーマのページに戻って復習してほしい)
・そして第5章の総合演習問題がさらさらと解けるようになれば、対局中、手筋があなたの心強い味方になってくれるでしょう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、2頁)
第1章 形で覚える手筋 ツケ
【テーマ図 ツケ】黒番
・黒四子はもう取られている。
どのように捨てるかが大切。
【正解】(シメツケる)
・黒1のツケでシメツケ。
・白4までと、先手でキズ一つない厚みを作ることができる。
【失敗】(キズ残り)
・黒1では踏み込みが足りない。
・白2のハイを決められると、キズが残ってしまう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、67頁~68頁)
第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題 ウッテガエシ狙い
【テーマ図 ウッテガエシ狙い】黒番
・白の形をよく見て、弱点を探してほしい。
・急所をついて、白の形を崩そう。

【正解】(形を崩す)
・黒1のコスミツケで、ウッテガエシを狙おう。
・白2と守れば、黒3のハネで攻める。
【正解変化】(ウッテガエシ)
・黒1に対し、白2とノビれば、黒3とウッテガエシで白二子を取ろう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、195頁~196頁)
第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題 急所を攻める
【テーマ図 急所を攻める】黒番
・白をどのように攻めるか。
・根拠を奪う急所を探してほしい。

【正解】(急所へ一撃)
・黒1と、急所へ迫ろう。
※黒aの切りを狙いながら、根拠を奪う厳しい攻め。
【失敗】(チャンスを逃す)
・黒1とケイマすると、白2と守られてしまう。
※眼形が豊富なので、攻めが途切れてしまう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、223頁~224頁)
第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題 コウを仕掛ける
【テーマ図 コウを仕掛ける】黒番
・白は眼を二つ持っているように見えるが、まだ隙が残っている。
【正解】(眼を奪う)
・黒1のホウリコミが正解。
・白は2と取り、コウが始まる。
【失敗】(チャンスを逃す)
・白に1と守られると、チャンスを逃してしまう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、233頁~234頁)
第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題 コウを狙う
【テーマ図 コウを狙う】黒番
・Aのキズを守ってほしい。
・一工夫すれば、先手で切り上げられる。

【正解】(黒aを狙う)
・黒1のカケツギが正解。
※もし白が手抜きすれば、黒aのホウリコミを狙える。
【失敗】(白の反発)
・黒1のサガリには、白2の切りで反発してくるだろう。
・黒3が必要なので、黒は後手を引く。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、239頁~240頁)
第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題 コウを避ける
【テーマ図 コウを避ける】黒番
・白1とハネてきた。
・あわてて受けると、思わぬ反発が待っている。
【正解】(コウを避ける)
・黒1とノビるのが、冷静な受け方。
※白にコウを仕掛ける余地を与えない。
【失敗】(コウになる)
・黒1のオサエは危険。
・白2と切られ、コウになってしまう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、243頁~244頁)
第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題 フクラミ
【テーマ図 フクラミ】黒番
・定石の真っ最中で、白が手を抜いてきた。
・次の一手でとがめてほしい。
【正解】(脱出)
・黒1のフクラミが絶好点。
※白二子を攻めることができる。
【失敗】(チャンスを逃す)
・白に1とノビられると、チャンスを逃してしまう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、247頁~248頁)
第3章 2つ一組で覚える手筋 基本問題 フクラミを防ぐ
【テーマ図 フクラミを防ぐ】黒番
・激しく競り合っている局面。
・戦いを有利にする一手を探そう。
【正解】(無駄のない利かし)
・黒1と、白のフクラミを防ごう。
・白は2と受けるくらいなので、無駄のない利かし。
【失敗】(あわてすぎ)
・黒1と、いきなりヒラくのはあせりすぎ。
・白2とフクラまれると、一気に窮屈になってしまう。
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、251頁~252頁)
第5章 総合演習問題
・本章では、第1章から4章の問題を集めたという。
ここまで学んだことをしっかり活用して、どんどん解いていこう。
例えば、問題29~32では次のようにある。
(問題は4題一組で、解答は手筋と参照ページ数のみである)
【問題29】黒番
【解答】アテコミ、P15
【問題30】黒番
【解答】ノビ、P95
【問題31】黒番
【解答】ハサミツケ、P105
【問題32】黒番
【解答】ウッテガエシ狙い、P195
(趙治勲『ひと目の手筋 問題集600』マイナビ、2008年[2014年版]、319頁~320頁)
【補足】手筋としての攪乱のツケ~趙治勲『ツケの技法』より
第4章 【第1題】攪乱のツケ
<第1題>攪乱のツケ
〇1譜 中盤の常用手
・つぎの一手は、黒1の内ヅケだった。
※スベって二間にヒラいた形でよく用いられ、その意図は攪乱。
白の構えを破って、一定の利益をあげるのを目的としている。
基本型なので、おおまかな変化をマスターしておけば、すぐにも実戦に役立つ。

【1図】
・白1にブツカリ、黒2にまた白3のブツカリでシノいでいる、と教えられた人も多いだろう。
※しかしこの受けはおすすめできない。
げんにプロはほとんど白1、3とは打たない。
【2図】
・なぜかといえば、部分的にシノいではいても、黒2から6まで利かされるのがいかにも低位でつらいから。
・黒6はaで利かされるかもしれない。
【3図】
・おすすめは、白1の下ハネ。
・黒2の手筋に白3と取ってしまう。
・黒6まで1子切り離されはしたけれど、白手厚く、先手。
※これが基本と心得てほしい。

【4図】
・白3のほうを取れば、黒4、6で破られる。
(こう打つのがいい場合もある)
【5図】
・黒2のハネから、2子犠牲にして塗りつける戦法。
※これはよほど厚みをつくりたいときの、特殊な打ち方といえる。
(趙治勲『ツケの技法』河出書房新社、2001年、182頁~183頁)
【補足】趙治勲氏の実戦譜~『現代囲碁名勝負シリーズ3 趙治勲』より
第四局 趙治勲vs呉清源
清峯会公開早碁
昭和44年11月14日
先着3目半コミもらい 持時間各25分・1手45秒
第四局(白中押勝) 九段 呉清源
先番 三段 趙治勲
・趙は、入段前の10歳頃から現在にいたるまで、呉の打碁は並べ続けている。
呉のすばらしさをこう語る。
「呉先生の碁はたえず自由で、形にはまったところがありません。未来を見る視野が広いというのでしょうか。そして自由でありながら、固有のものを作り上げています」
呉の自由の精神は不滅である。
≪棋譜≫(1-54)

【第1譜】(1-22)1旧定石
・白8の手が最初に試みられたのは、昭和27年3月。
呉清源と藤沢庫之助(朋斎)の第二次十番碁第5局。
【第2譜】(23-54)2反発の精神
・黒25は、31とハネ、33とぶつかったとき、白が2図、1と立てば、黒2、4と出切って、以下12まで絞る筋を狙っていた。これは、黒の注文。
・昭和40年代は白24の二間高バサミ定石が流行。
・対応としての黒25の大々ゲイマは木谷道場でも研究の対象になっていた。
※木谷道場には、師範格の梶原武雄がいた。序盤の構想は独創的であり、梶原定石も多く開発した。木谷門は、大いに梶原に啓発された時期でもあった。
・白は34と下がり、黒37に、38と地に走る。まずは、五分の分かれ。
・白46、48は自由の精神。
・黒49は、のぞきで利かされとみての反発の精神。
【2図】
(趙治勲『現代囲碁名勝負シリーズ3 趙治勲』講談社、1986年、34頁~36頁)
第六局 羽根泰正vs趙治勲
第5回新鋭トーナメント戦 決勝
昭和48年6月25日
先番5目半コミ出し 持時間各15分 1手30秒
第六局(白中押勝) 先番 八段 羽根泰正
五段 趙治勲
・趙が脚光を浴びはじめたのは、第5回新鋭トーナメントで優勝したときである。
決勝戦は、趙・羽根戦になった。
羽根泰正は島村俊廣九段門、昭和19年生まれ。“中京のダイヤモンド”といわれた逸材。
(攻めの強い棋風で、特に高中国流の布石からの「戦いの碁」を得意とする。なお羽根直樹九段の父)
≪棋譜≫(1-75)

【第1譜】(1-16)1空中殺法
・黒13は大模様の必争点。
・白は両三々で隅の地がからい、模様が荒らし荒らしになれば、それなりに打てると判断。
・白16から偵察機を飛ばした。
※黒1、3、5の三連星、中国流布陣の消しの研究が用いられる。
【第2譜】(17-33)2さばきの調子
※羽根はなかなかの力戦家。
三連星は、模様を張り、そこへ侵入するものあれば、ただちにこれを攻めるというパターンだから、力に自信があり、攻めを得意とする棋風に合っているかもしれない。
消しは、相手の攻めを緩和するときの作戦。
白の偵察に、黒の対応も難しい所だが、
・黒17、19のツケ切りは、疑問だった。白にさばきの調子を与えた。
・白20から24と、あっさり打たれて、黒は攻めきれない。
【第3譜】(34-51)3白、満足
※プロの卵は、あまり考えないで早く打つ練習をさせられる。
感覚を養う修練を積むためのものだ。
だから、新聞棋戦で持ち時間をフルに使うタイプの趙とはいえ、早碁がそれほど苦手ということでもない。ふだんからの心構えであろう。
・白36から38は一連の手筋。
・白50はぬるかった。
【第4譜】(52-75)4手筋の応酬
※テレビ碁の醍醐味は、石が競って、目まぐるしく展開することだろう。
すると、さらさらという石の流れよりは、力戦、むしろ乱戦がファンに喜ばれることになる。趙も羽根もテレビ向きといえよう。
・白52で白(12, 四)と囲っておけば、白がはっきり優勢。
それを黒模様へ踏み込み、あわよくば中央を白模様にしようとするから、黒55から混戦になる。おもしろくもなる。
・白60は、単に62のコスミがよかった。
・黒61と換わったため、63、65とさばき筋が見えた。
・が、白も72と割込んで、74のツギ。さばきの筋で応酬する。
黒は苦戦をしいられる。
(趙治勲『現代囲碁名勝負シリーズ3 趙治勲』講談社、1986年、48頁~52頁)
第二十八局 大竹英雄vs趙治勲
第30期NHK杯争奪トーナメント戦 決勝戦
昭和58年2月21日
先番コミ5目半出し 持時間各5分 秒読み1手30秒
第二十八局(白半目勝) 九段 趙治勲
先番 九段 大竹英雄
321手完 白半目勝
<NHK杯初優勝>
・NHK杯戦。趙は両目のあいた1勝で準決勝で、決勝戦は早碁にめっぽう強い大竹と顔があった。
昨年、趙との名人戦の最中、大竹は腰痛に見舞われ思うにまかせなかった無念がある。
また、趙、関係者、囲碁ファンにもめいわくをかけたことを気にしている。秋に向けて体力作りをし、趙の碁を見きわめるべく努力をし、もう一度名人戦で趙と雌雄を決したいところであろう。
・さて、決勝戦。趙は棋聖戦ではいつくばりながらも1勝を返したあとだけに、やや気らくになったか、好きなように自分の碁を打った。実利をかせぎ、あとはしのぎにまかせる。
最後の最後でも逆転のチャンスが大竹にあったが、大竹は形勢を楽観していたようだ。テレビ碁の醍醐味である終始はらはらした、両対局者の持ち味がよくでた一戦は、321手で、白番の趙が半目勝ち。
≪棋譜≫(1-132)

【第1譜】(1-50)1白、大忙し
※大竹が攻め、趙がしのぐという両者の棋風がよくでた一戦。
・白18で19と左辺を受ければおだやかだった。
・黒19に、白20と地にからくいったため、黒23、25の突き出しを許し、白がつらい。
・黒47、49とあおって、黒好調。
【第2譜】(51-100)2急所をはずす
・黒61が失着。白の急所をはずした。
・白68と飛び出して、白はひと息ついた。
・しかし、白84がそっぽ。
・黒85、87と突き抜かれて、白はまた苦戦に陥った。
・これで、大竹が波に乗れるかと観ていたが、黒97の出が問題。
・黒97、白98の交換は、黒bとのぞいたとき、白cのツギなら、黒dに出る手段を含みにしているが、黒98とツイでおくのが厚かった。
【第3譜】(101-132)3みんなしのぐ
※白は右辺と中央の大石両方をしのがなくては、勝てない。
が、黒からトドメの一発がなかなかでない。
そうこうしているうちに、白が無事収まり、気がついてみたら、地合でリードしている。
※坂田と趙は棋風が似ている。
かせぎまくって、あとはしのぎ勝負という勝ちのパターンは、もともと、坂田のお家芸。
その坂田も、最近の趙にはすっかりお株を奪われたかっこうである。
この碁の解説に当たった坂田は、白の大石は大丈夫かと危ぶみ、おもしろがっているふうでもあった。
(趙治勲『現代囲碁名勝負シリーズ3 趙治勲』講談社、1986年、242頁~246頁)
村瀬利行「趙治勲 運命を切り開く」
〇趙治勲氏の碁について、村瀬利行氏は、「趙治勲 運命を切り開く」(278頁~289頁)において、次のようなことを述べている。
・趙の人生観は、たえず「現在」において、最善のものを求めるべく努力することにある。
それが盤上であっても同じであり、独特の地のからさ、足早な戦法につながっていく。
趙の碁は、呉清源、坂田栄男と線上を同じくするといわれる。
趙が、現在もよく、次もよく、その次もよく、と考えるのは、たえず自己と現実を厳しく対比する作業の中で自己の論理を磨くことでもある。
・坂田栄男、加藤正夫、武宮正樹三人が、「囲碁クラブ」(昭和58年7月号)の座談会で、趙治勲の強さについてこう語る。
加藤「手どころをよく読んでますね。奥深くまで」
武宮「よく読んでいますね。でも治勲さんの強さというのは結局人間的なものじゃないですか。非常に自分に厳しくて人に優しいというか、心の広さというか、そういうのがでるんじゃないですか」
坂田「精神力がものすごく強いね。彼の読みはいちばんいい手を、厳しい手を模索しているところがあるんですよね。実際に打つ手は妥協することがあってもその思考過程において妥協しないわけよ。考え方が非常に真理に近づこうという姿勢が正しいんじゃないの」
・碁は実利派と厚味派に分けてよく比較される。
趙は実利派であり、厚味派は藤沢秀行、大竹英雄の系列といわれる。
実利派は「走る碁」で、地をかせぎ走りまわる。地をかせげばふつうは薄い碁になり、現実的で勝負にからく、味けないと観られがちである。
厚味派は「力をためる碁」で、含みとか余韻があり味わい深いとされる。
それゆえに、日本人の情緒にうったえるものがあるのか、「走る碁」よりも評価される傾向にある。
・しかし、「ほんとうの意味で厚く打つことが地にからいということであり、ほんとうの意味で地を取れば、碁は厚くなる」「碁は決して単純な思考で割り切れるものではない」
趙は、つねに最善を求めれば、単なる実利とか厚味という観念を超えた真理があるのではと村瀬氏は考える。
・藤沢秀行との棋聖戦をふりかえって、趙はこう語る。
「私は執念とかねばりとかいわれ、よほど勝ち負けに貪欲なように見られていますが、ほんとうは勝つことにそれほど関心はありません。まったくないわけではありませんが、最近は勝ち負けと、もう少し別のことを考えています」
※「もう少し別のこと」とは何であろうか。
村瀬氏は、趙が尊敬し目標とする呉清源の評から推測できるとする。
「呉先生の真髄は自由の精神」
「呉先生の碁は形にはまったところがありません。未来を見る視野が広いというのでしょうか。自由でありながら、固有のものを作り上げています」
(趙治勲『現代囲碁名勝負シリーズ3 趙治勲』講談社、1986年、278頁~289頁)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます