★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇巨匠ブルーノ・ワルターが最後に我々に遺した珠玉のモーツァルト作品集

2024-11-28 09:54:39 | 管弦楽曲


モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク
       歌劇「劇場支配人」序曲
       歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」序曲
       歌劇「フィガロの結婚」序曲
       歌劇「魔笛」序曲
       フリーメースンのための葬送音楽

指揮:ブルーノ・ワルター

管弦楽:コロンビア交響楽団

録音:アイネ・クライネ・ナハトムジーク(1958年12月17日)
   4つの序曲(1961年3月29日、31日)
   フリーメースンのための葬送音楽(1961年3月8日)

LP:CBS/SONY SOCL1006

 このLPレコードは、巨匠ブルーノ・ワルター(1886年―1962年)が、最晩年に遺した一連の録音の一枚である。コロンビア交響楽団とは、ワルターの録音を後世に遺すために臨時に編成されたオーケストラの名称。このようなケースは他にあまり聞いたことがなく、それだけにワルターという指揮者は、当時別格の扱いを受けていた大指揮者であったということが分る。ワルターは、死去する数年前から、このコロンビア交響楽団とコンビを組み、録音だけの活動に終始した。この一連の録音活動の中でも、得意としたモーツァルトは最後の最後に収録されたわけである。そう思ってこのLPレコードを聴いていると、ワルターが、その長い指揮活動の最後に到達した境地が切々と語られているようでもあり、聴いていて何か背筋にぞくぞくしたものを感ずるほどである。ワルターのモーツァルトは、柔らかく、優雅に、そして大きく広がる空間のような包容力を持って描き出される。常にモーツァルトの音楽が歌うように流れているのである。このLPレコードは最晩年の録音だけに、何か枯淡の境地のような気分が、通常よりも横溢しているように感じられる。しかし、根底にはワルターのモーツァルトに対する熱い想いが常に潜んでいるわけであり、単なる枯淡の境地とはいささか異なる。このLPレコードのライナーノートで大井 健氏も「モーツァルトの音楽はワルターの音楽性とかたく結びついており、モーツァルトとワルターの間には、普遍的な精神の交流が存在しているのではないだろうかと考えられるほどです。そして、ワルターはモーツァルトをこよなく愛し、尊敬しており、そこにまさに、たとえようもないモーツァルトの音楽の美しさが生まれているのです」と書いている。「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は、ワルターのモーツァルトへの深い想いがその根底に流れていることが手に取るように分る演奏だ。ゆっくりとしたテンポの中に、愛惜の情が溢れ出ていることが聴き取れる。ワルターが最後に行き着いたモーツァルト像がそこにはある。これとは打って変わって、4つの歌劇の序曲集は、実に若々しく機知に富んだ演奏内容で、心からモーツァルトの音楽を楽しんでいるかのようだ。そして、最後の「フリーメースンのための葬送音楽」では、ワルターがこの世との別れの挨拶でもするかのように、静かで、深く、澄み切った心情が余す所なく表現され尽くされている。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇レオポルト・ウラッハのモーツァルト:クラリネット五重奏曲/フルート四重奏曲第1番

2024-11-25 10:08:22 | 室内楽曲


モーツァルト:クラリネット五重奏曲
         フルート四重奏曲第1番

クラリネット:レオポルト・ウラッハ

<クラリネット五重奏曲>

弦楽四重奏:ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団

<フルート四重奏曲第1番>         

フルート:ハンス・レズニチェック
ヴァイオリン:アントン・カンパー
ヴィオラ:エーリッヒ・ワイス
チェロ:フランツ・クヮルダ
         
発売:1965年

LP:キングレコード MH‐5202

 モーツァルト:クラリネット五重奏曲は、1798年に作曲され、同じ年の12月に初演された。この頃は、モーツァルトが金銭的にかなり厳しい時期であった。この時は、どうも妻の病気で資金を使い果たしたようである。この時以外にも、晩年のモーツァルトは、経済的にどん底にあったのは事実である。しかし、その真の原因は今に至るまで明らかになってはいない。モーツァルトに浪費癖があったのか、それとも・・・? 謎のままだ。いずれにしても、クラリネット五重奏曲を書いた頃のモーツァルトは、金銭的に追い込まれていたのだ。だがしかし、クラリネット五重奏曲を聴くと、それとは正反対の、まるで天上の音楽を聴くが如く、クラリネットの澄んだ音色が響き渡り、幸福感に溢れた曲になっているから驚きだ。やはりこれは、俗世間とは離れて作曲できるという、天才にしか与えられない特権なのかもしれない。この曲は、友人のクラリネット奏者のシュタットラーに捧げられているが、モーツァルトは、クラリネットについての知識を、このシュタットラーから得ていたようである。モーツァルトは、クラリネット五重奏曲のほかにクラリネット協奏曲という名曲を遺しているが、クラリネット自体はあまり好きな楽器ではなかったようだ。ところが、こんな名曲を遺したということは、シュタットラーの適切な助言があればこそ、ということなのであろう。その意味では、我々リスナーは、シュタットラーに感謝しなければならないということになる。このLPレコードで演奏しているレオポルト・ウラッハ(1902年―1956年)は、ウィーン出身の名クラリネット奏者。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者などを務めた。このLPレコードでもウラッハは、その暖かみのある音色を、陰陽あわせて実に巧みに表現している。今に至るまで、いわゆるウィーン情緒溢れる音色を自在に表現できるクラリネット奏者は、このウラッハをおいて他にいない、と言ってもいいほどだ。B面に収められたフルート四重奏曲第1番にも同じことが言える。モーツァルトは、あまりフルートという楽器が好きではなかった。これは当時のフルートの音程が安定していなかったためらしい。しかし、このフルート四重奏曲第1番も、クラリネット五重奏曲同様、典雅さを湛えた、誠に美しい曲に仕上がっている。フルートのハンス・レズニチェックの演奏も、この曲の良さを最大限に引き出すことに成功している。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇フリッツ・ライナー最後の録音 ハイドン:交響曲第101番「時計」/交響曲第95番

2024-11-21 09:40:18 | 交響曲


ハイドン:交響曲第101番「時計」
     交響曲第95番

指揮:フリッツ・ライナー

管弦楽:臨時編成による交響楽団

録音:1963年

LP:RVC(RCA) RCL‐1001

 このLPレコードで指揮をしているハンガリー出身のフリッツ・ライナー(1888年―1963年)は、10年間にわたりシカゴ交響楽団音楽監督を務め、同楽団を一流オーケストラに生まれ変わらせたことで知られる。リスト音楽院に学び、バルトークやコダーイ等に師事したという。1909年、同音楽院を卒業後、ブダペストのコミック・オペラに入団し、ティンパニー奏者と声楽コーチを担当。フリッツ・ライナーの録音を聴くと、いつも歯切れのいい、軽快な指揮ぶりに感心させられるが、これはティンパニー奏者としての経歴からきているのではないかとも言われている。1922年のアメリカに渡り、シンシナティ交響楽団の音楽監督に就任後、 ピッツバーグ交響楽団、メトロポリタン歌劇場などで活動する。そして1953年に、シカゴ交響楽団の音楽監督に就任し、死去までの10年間、同楽団の黄金時代を築いたのである。このLPレコードは、フリッツ・ライナーが遺した数多くの録音の最後の録音(1963年)となったもので、特に、ハイドン:交響曲第101番「時計」は、数ある同曲の録音の中でも、屈指の出来栄えを誇るものとなった。オーケストラは、単に「交響楽団」とだけクレジットされた”覆面オーケストラ”となっている。その実態はメトロポリタン歌劇場管弦楽団、ニューヨーク・フィル、ピッツバーグ交響楽団、シカゴ交響楽団等からの選抜メンバーで構成された臨時編成のオーケストラ。ハイドン:交響曲第101番「時計」は、1793年にウィーン近郊で着手し、翌1794年にロンドンで完成させたロンドン交響曲のうちの1曲。愛称の「時計」は、19世紀になってから、第2楽章の伴奏リズムが時計の振り子の規則正しさを思わせることから付けられたもの。一方、交響曲第95番は、ハイドンが1791年の第1回ロンドン旅行のおりに作曲した交響曲で、いわゆる「ロンドン交響曲」と呼ばれる中の1曲で連作の中では唯一の短調作品。交響曲第101番「時計」は、全楽章にわたり、フリッツ・ライナーの特徴である、筋肉質で、しかも軽快なリズムに乗り、オーケストラの持つ能力を極限にまで引き出す指揮ぶりには感心させられる。これを聴くと大変耳の良い指揮者であったことが推察できる。逆に言うと、オーケストラは少しの手抜きも許されず、さぞ大変であったのではなかろうか。交響曲第95番は、統一感のある肉太な指揮ぶりが印象的。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇フランスの名バリトン スゼーが歌うシューマン:歌曲集「詩人の恋」/歌曲集「レーナウの詩による6つの歌曲」ほか

2024-11-18 09:51:48 | 歌曲(男声)


シューマン:歌曲集「詩人の恋」

         美しい五月には
         僕のあふれる涙から
         ばらに百合に鳩に太陽
         君の瞳に見入る時
         心を潜めよう
         ラインの聖なる流れに
         恨みはしない
         小さな花がわかってくれたら
         あれはフルートとヴァイオリン
         あの歌を聞くと
         若者が娘を恋し
         まばゆい夏の朝に
         僕は夢の中で泣いた
         夜毎君の夢を
         昔話の中から
         古い忌わしい歌

       歌曲集「レーナウの詩による6つの歌曲」

         鍛冶屋の歌
         わたしのばら
         出会いと別れ
         アルプスの羊飼いの娘
         孤独
         暗い夜に
    
       レクイエム
       献呈(歌曲集「ミルテの花」より)
       東方のばら(歌曲集「ミルテの花」より)
       二人の擲弾兵

バリトン:ジェラール・スゼー

発売:1975年

LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) PC‐1529(835 146LY)

 シューマンの歌曲集「詩人の恋」は、シューマンの歌曲の年と言われる1840年に作曲された歌曲集である。詩は、ハインリヒ・ハイネの詩集「歌の本」の中の「叙情的間奏曲」により、全20篇のうち16曲を収録している。第1曲から第6曲までは愛の喜びを、第7曲から第14曲までは失恋の悲しみを、そして最後の2曲はその苦しみを振り返った曲に特徴付けられている。これらの作品は、ピアニストであったシューマンらしく、ピアノ伴奏部分が表現力に富んだ優れた歌曲になっているのが特徴。一方、このLPレコードのB面に収められた歌曲集「レーナウの詩による6つの歌曲」は、ニコラウス・レーナウの詩をテキストに、1850年に作曲された作品であり、補遺として「レクイエム」を追加して出版された。これらは、デュッセルドルフへ移るシューマンのドレスデン時代の最後の作品の一つである。10年前の「詩人の恋」は、若者の恋への憧れが、ういういしく表現された作品となっているのに対して、10年後のこの歌曲集「レーナウの詩による6つの歌曲」では、深い抒情と心の翳りといった暗い表現が中心の作品へと様変わりしている。「献呈」「東方のばら」は、歌曲集「ミルテの花」からの作品。歌曲集「ミルテの花」は、結婚の時、シューマンが妻クララへ贈った愛の歌曲集。最後の「二人のてき弾兵」は、ロシアで捕虜になっていた2人の擲弾兵(てきだんへい:擲弾<手榴弾>の投てきを任務とする兵士)が、フランスへ帰る途中、フランス軍の敗北、皇帝も囚われの身となったことを聞いて歌うバラード調の曲。このLPレコードで歌っているジェラール・スゼー(1918年―2004年)は、フランス出身の名バリトン。当然、フランスものの作品を得意としていたが、シューマンやシューベルトなど、ドイツ・オーストリア系の作品でも優れた録音を遺している。スゼーは、ドイツ・オーストリア系出身の歌手よりも、ドイツ・オーストリア系作品に対して深い洞察力をもって歌うことが出来た、フランス出身の歌手であった。このLPレコードに収められたシューマンの歌曲でも、スゼーは、あたかもビロードを思わせるような、それはそれは美しい歌声でリスナーを魅了する。こんなにまで繊細で、あくまで柔らかく、そして整った歌声を響かせる歌手は、スゼー以後はいないと断言できるほどである。このLPレコードは、そんなスゼーの真価を知り得る、貴重な録音となっている。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇シュナイダーハン、シュタルケル、フリッチャイ、マゼールによるブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲/悲劇的序曲

2024-11-14 09:49:04 | 協奏曲


①ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲

  ヴァイオリン:ヴォルフガング・シュナイダーハン
  チェロ:ヤーノシュ・シュタルケル

  指揮:フェレンツ・フリッチャイ
  管弦楽:ベルリン放送交響楽団

  録音:1961年6月3日~5日、ベルリン、イエス・キリスト教会

②ブラームス:悲劇的序曲

  指揮:ローリン・マゼール
  管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

  録音:1959年1月12日~14日、ベルリン、イエス・キリスト教会

LP:ポリドール SE 7902

 ブラームスは、ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲を1887年(57歳)の夏、スイスのトゥーン湖畔で書き上げた。それ以前に、2曲のピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲、さらに第4交響曲も既に作曲を終え、最期の集大成の時期に差し掛かった頃の作品である。当時としては珍しい2つの楽器の協奏曲とした理由は明らかではないが、このLPレコードのライナーノートで浅里公三氏は「ブラームスは、その頃(第4交響曲の2年後)バッハやそれ以前の音楽に強く心をひかれていましたから、おそらく彼は、バッハ時代の”コンチェルト・グロッソ”にあやかる楽曲として”2つのソロ楽器”のための当世風の協奏曲を着想していたのでしょう」と推察している。最初の構想では、交響曲の作曲を目指していたようだが、それを変更して協奏曲とした経緯があるだけに、一般の協奏曲と比べオーケストラの比重が高く、独奏ヴァイオリンとチェロがオーケストラに溶け込むように演奏されるので、普通の協奏曲を聴くのとは、大分趣が異なり、厚みのあるオーケストラの印象が強く残る。初演は、1887年10月18日にケルンで、ヨアヒムとハウスマンを独奏者として、ブラームス自身の指揮で行われた。このLPレコードの録音は、ヴァイオリン:ヴォルフガング・シュナイダーハン(1915年―2002年)、チェロ:ヤーノシュ・シュタルケル(1924年―2013年)、指揮:フェレンツ・フリッチャイ(1914年―1963年)、管弦楽:ベルリン放送交響楽団という、当時望みうる最高のメンバーによってなされている。重みのあるオーケストラの響きを背景に、ヴァイオリンとチェロが巧みに融合し合い、如何にも渋い、ブラームス特有の世界を十二分に表現し切っている。ところで、ブラームスは第2交響曲と第3交響曲の間に、演奏会用の独立した序曲を2曲作曲した。一つは、「大学祝典序曲」であり、もう一つが、このLPレコードに収録されている「悲劇的序曲」である。「悲劇的」という意味が具体的に何を指すのかは明らかでないが、交響曲の一つの楽章のように充実した序曲であり、暗い熱情とでも言ったらいいような雰囲気を持った名曲である。指揮のローリン・マゼール(1930年―2014年)とベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、求心力に富み、聴いているとブラームスの情念が自然とリスナーの心の内に忍び寄ってくるような演奏を繰り広げる。(LPC)

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