~メンデルスゾーン/ブラームス:無伴奏合唱名曲集~
メンデルスゾーン:春の祭り(ウーラント詩)
霜がおりて(ハイネ詩)
おとめの墓の上に(ハイネ詩)
五月の歌(ヘルティ詩)
春のきざし(ウーラント詩)
さくら草(レナウ詩)
秋の歌(レナウ詩)
いこいの谷(ウーラント詩)
追憶(作者不詳)
春をたたえて(ウーラント詩)
春の歌(作者不詳)
ブラームス:夜の見張りⅠ(リュケルト詩)
夜の見張りⅡ(リュッケルト詩)
最後の幸福(カルベック詩)
ロスマリン(「子供の不思議な角笛」より)
セレナード(ブレンターノ詩)
風が吹く(ハイゼ詩)
わたしの心の思い出のすべて(ハイゼ詩)
ダルトゥラの墓場の歌(ヘルダー詩)
やさしい恋人(ハイゼ詩)
背の曲がったヴァイオリン弾き(ライン地方の民謡)
指揮:ウォルフガング・フロンメ
合唱:ケルン・コレギウム合唱団
ソプラノ:ミヒャエラ・クレーマー
ソプラノ:ガビー・ローデンス
メゾ・ソプラノ:ヘルガ・ハム=アルブレヒト
テノール:ヘルムート・クレメンス
バス:ハンス=アルデリッヒ・ピリヒ
録音:1977年12月13日、16日、アーヘン
LP:東芝EMI EAC‐40134
メンデルスゾーンは、10歳にも満たない頃、ゲーテの親友であったカール・フリードリッヒ・ツェルター(1758年―1832年)に付いて作曲の勉強を開始したが、このツェルターこそがドイツの合唱の中興の祖とでも言える人物であった。ゲーテの詩に付けられたものを含め約200曲の歌曲のほか、カンタータ、ヴィオラ協奏曲、ピアノ曲などを作曲した。また、ツェルターは、バッハの作品の草稿を多く保管しており、メンデルスゾーンは、この中から「マタイ受難曲」の手稿を発見し、蘇演を実現させたのであった。このような背景を基に、メンデルスゾーンの一連の合唱曲は作曲されたわけである。メンデルスゾーンの合唱曲は、演奏されることがそう多いとは言えないが、内容的にはメンデルスゾーンの作曲の原点とも言える充実した作品群となっている。このLPレコードではその中から11曲が収められている。いずれの曲も親しみやすい曲想となっており、思わず口ずさみたくなるような、愛すべき小品群なのである。このLPレコードのライナーノートに福永陽一郎氏はメンデルスゾーンの合唱曲について次のように書いている。「流麗なメロディー、巧みな声部の扱い、変化に富むハーモニー、活気に満ちたリズムを持っており、合唱音楽の基本型というものの規範が示されている。近来、日本の合唱団などに、メンデルスゾーンなどは卒業したいと考える向きが多いが、こうした合唱曲こそが合唱の魅力の原点であり、決っして“卒業”などできる種類の底の浅い音楽ではない」。一方、ブラームスもいくつも合唱曲を作曲している。「ドイツレクイエム」をはじめ「運命の歌」「アルト・ラプソディ」などのほか、有名な四重唱曲として「愛の歌」「新愛の歌」など多くの作品がある。ブラームスの無伴奏合唱曲は全部で26曲遺されているが、このLPレコードには、そのうち10曲収録されている。いずれの曲もいかにもブラームスらしく、重厚なハーモニーが印象に残る合唱曲である。ケルン・コレギウム合唱団の歌声は、対象的な2人の作曲家の作品を巧みに歌い分けており、その透明感ある歌声に知らず知らずのうちに引き込まれてしまうほど。ケルン・コレギウム合唱団は、合唱団とは名乗ってはいても大編成の合唱団ではなく、各声部一人ずつの重唱による合唱グループ。ケルンを中心に活躍していた6人の歌手たちで結成された。この合唱団の指揮者でもあるウォルフガング・フロンメを中心に、ソプラノ、メゾ・ソプラノ、テノール、バスが集まった合唱団であった。(LPC)