ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
ピアノ:ワルター・ギーゼキング
指揮:グィード・カンテルリ
管弦楽:ニューヨーク・フィルハーモニック
録音:1956年3月25日、ニューヨーク(ライヴ録音)
発売:1980年
LP:キングレコード(Cetra) SLF 5013
このLPレコードは、1956年3月25日にニューヨークで開催されたコンサートのライヴ録音である。ピアノはドイツ出身の巨匠ワルター・ギーゼキング(1895年―1956年)、指揮はイタリア出身で35歳の若さで飛行機事故で亡くなったトスカニーニの後継者と目されていた天才指揮者グィード・カンテルリ(1920年―1956年)、そして、管弦楽はニューヨーク・フィルハーモニックという、当時考え得る最高の演奏家達による演奏で、しかも、曲目はベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」。これだけを見ても、目も眩みそうな組み合わせの演奏であるが、しかもライヴ録音というから凄い。音質も当時のライヴ録音としては上出来な部類に入るもので、現在でも充分に鑑賞に耐え得る。こんな豪華なコンサートであったが、その直後に、大きな悲劇が待ち受けていたなどということは、当日のコンサートの演奏に酔いしれた聴衆は誰ひとり予想もしなかったであろう。何と、ギーゼキングは、このコンサートの直後に、交通事故に遭い、同乗の夫人を失うととともに、自身も怪我をし、1956年11月26日に世を去ってしまう。一方、指揮者のグィード・カンテルリは、1956年11月24日、飛行機事故のため、パリのオルリー飛行場付近で35歳という短い生涯を終えることになる。つまり、カンテルリが飛行機事故で死んだ2日後に、ギーゼキングが交通事故のためこの世を去ってしまったのだ。これは、単なる偶然なのであろうか。あたかも、神が死ぬ前に、2人をコンサートで共演させたかのようにも感じられるほどである。ギーゼキングは、すでに当時、新即物主義のピアニストとして、その右に出るものはいないという巨匠中の巨匠であった。新即物主義というのは楽譜に忠実に演奏するスタイルであり、当時、ロマン主義で恣意的に演奏されていたピアノ演奏法をギーゼキングが根底から覆してしまったのだ。この流れは脈々と現在まで受け継がれている。ギーゼキングは、「皇帝」の録音をこのほか2つ遺しているが、いずれもスタジオ録音盤。トスカニーニは、「カンテルリが自分と同じような指揮をする」と言ってNBC交響楽団の副指揮者として招き、1956年には、スカラ座の音楽監督に指名した。このLPレコードで、ギーゼキングは、ライブ録音でしか聴けないような即興的な背筋のぴーんと張った迫力あるピアノ演奏を聴かせる。一方、カンテルリの指揮は、ギーゼキングに一歩も引かず、如何にもベートーヴェンの曲だと納得させられる、構成力のある伴奏が見事である。(LPC)