モーツァルト:弦楽三重奏のためのディヴェルティメント K.563
弦楽三重奏:フランス弦楽三重奏団
ジェラール・ジャリ(ヴァイオリン)
セルジュ・コロー(ヴィオラ)
ミシェル・トゥールナス(チェロ)
発売:1971年
LP:東芝音楽工業 AA‐9619
ディヴェルティメント(喜遊曲)は、貴族が室内で食事などをするときに演奏する曲である。このためディヴェルティメントの多くは、明るく、軽快な曲がほとんどで、食事がうまく運ぶような内容となっている。従って、間違っても深刻で重々しい曲は、ディヴェルティメントとしては失格だと言ってもそう間違いでない。ところがある。モーツァルトは、このディヴェルティメントの概念に真っ向から挑戦状を突きつけたのであるから凄い。モーツァルトは、時々こんな破天荒な試みをして、回りを唖然とさせる気性があったようである。今回のLPレコードのモーツァルト:弦楽三重奏のためのディヴェルティメントK.563を聴くと、思わず、これがディヴェルティメントなのかと考え込んでしまうのである。つまり、内容の密度が濃く、軽くないことにもってきて、内面をじっと見つめるような重厚さすら感じさせる。これでは食事が喉を通らず、暫し、音楽に集中せざるを得なくなる。多分、モーツァルトは、貴族ががやがやとおしゃべりしながら食事をして、添え物としてディヴェルティメントが流れていること自体が我慢ならなかったのではないのか。「食事とおしゃべりに夢中の貴族に一泡ふかしてやろう」と作曲したのではないかとすら思えてくる。この曲は、モーツァルトが30曲ほど書いたディヴェルティメントの最後の曲で、1788年に作曲された。この1788年は、最後の3大交響曲第39番、第40番、第41番「ジュピター」が書かれた年でもあり、モーツァルトの筆が、飛躍的に深みを増した時期に当たる。それだけに、この全部で6楽章からなる弦楽三重奏のためのディヴェルティメントK.563も、深みがあると同時に、一種の達観したような明るさを兼ね備えた名曲となっている。ここでのフランス弦楽三重奏団の演奏内容は、まず、その流れるような美しい演奏に耳が吸い寄せられる。フランスの弦楽器演奏が醸し出す軽妙洒脱な演奏は、この曲の真価を再認識するのには打ってつけ、と言ってもよかろう。フランス弦楽三重奏団は、1963年に結成された。ヴァイオリンのジェラール・ジャリ(1836年―2004年)は、1951年の「ロン=ティボー国際音楽コンクール」で第1位大賞の受賞者。ヴィオラのセルジュ・コローは、世界的なカルテットのパレナン弦楽四重奏団に在籍していたことがあり、ソリストとしても著名な演奏家。チェロのミシェル・トゥールナスも弦楽四重奏団の奏者としての経験も持ち、独奏者としても知られていた。(LPC)