★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇サンソン・フランソワのベートーヴェン:ピアノソナタ「悲愴」「月光」「熱情」

2024-07-29 09:37:12 | 器楽曲(ピアノ)

ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番「悲愴」           
        ピアノソナタ第14番「月光」           
        ピアノソナタ第23番「熱情」

ピアノ:サンソン・フランソワ

発売:1970年

LP:東芝音楽工業 ASD‐3

 サンソン・フランソワ(1924年―1970年)は、天才肌の名ピアニストであった。ショパンやドビュッシー、それにラヴェルの演奏をさせたら当時、フランソワに匹敵するピアニストはいなかった。フランス人の両親の間にドイツで生まれ、1938年パリ音楽院に入学し、マルグリット・ロン、イヴォンヌ・ルフェビュールに師事。1940年に同音楽院を首席で卒業後、1943年に第1回の「ロン=ティボー国際コンクール」で優勝。その後世界各地で演奏活動を行い、名声を高めた。しかし、フランソワは、酒とたばこを愛した人であり、「酒はやめるがタバコはやめられない」と言い、これが原因したのか、心臓発作のため46歳の若さで急逝した。その演奏内容は、心の赴くまま、情熱のあらん限りを尽くし、鍵盤に心情を叩き付けるような独特な雰囲気を醸し出し、これに対してファンからは、“ファンタスティックなフランソワ”という渾名が付けられたほど。自身フランス人の両親を持つからか、ラテン系の音楽には絶対の自信を持っていたが、一方、モーツァルトはともかく、「ベートーヴェンは肌合いに合わない」と公言して憚らなかった。“神様ベートーヴェン”をこのように言えるというのも、如何に当時フランソワが実力、人気とも絶大であったを物語るエピソードである。並のピアニストがこんなことを言ったら、たちどころにその演奏家生命をスポイルされてしまうこともあったろう。そんなフランソワがベートーヴェンのピアノソナタを録音したこと自体奇跡的なことであり、私も当時、このLPレコードに針を落とすまで、その出来栄えには全くと言っていいほど期待してなかった。ところが、聴き始めると、これまでのドイツ・オーストリア系のどのピアニストの発想ともことごとく違う、全く新しいベートーヴェン像がそこに録音されていたのには、腰を抜かすほど驚いた。従来からある重々しく、厳めしいベートーヴェン像ではなく、これまで聴いたことのないような、活き活きと躍動するベートーヴェン像が、フランソワの演奏するピアノから溢れ出していたのだ。フランソワの死後、今日に至るまで、このような活き活きと躍動するベートーヴェンを演奏できるピアニストに私はお目にかかったことはない。その意味で、このLPレコードは、私にとっては正に至宝とも言うべきLPレコードなのである。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ホルンの名手アラン・シヴィルのモーツァルト:ホルン協奏曲全集/ホルンのためのコンサートロンド変ホ長調K.371

2024-07-25 09:41:43 | 協奏曲


モーツァルト:ホルン協奏曲全集

         ホルン協奏曲ニ長調K.412              
         ホルン協奏曲変ホ長調K.447              
         ホルン協奏曲変ホ長調K.417              
         ホルン協奏曲変ホ長調K.495 

       ホルンのためのコンサートロンド変ホ長調K.371

ホルン:アラン・シヴィル

指揮:ルドルフ・ケンペ

管弦楽:ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

発売:1975年

LP:RVC GGC‐1129

 このLPレコードは、モーツァルトの有名な4つのホルン協奏曲とホルンのためのコンサートロンドを、ホルンの名手であったアラン・シヴィル(1929年―1989年)が、名指揮者ルドルフ・ケンペ指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の伴奏で録音した、記念すべき一枚である。アラン・シヴィルは、イギリス出身のホルン奏者。指揮者のトーマス・ビーチャムによって、デニス・ブレイン(1921年―1957年)の次席奏者としてロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団に入団。そしてデニス・ブレインがフィルハーモニア管弦楽団に移籍すると、首席奏者を引き継いだ。1955年に、シヴィル自身もフィルハーモニア管に異動するのだが、1957年にブレインが自動車事故で死去すると、今度はその後を継いで首席ホルン奏者に就任した。デニス・ブレインは、天才的ホルン奏者として伝説的な存在であったが、このようにアラン・シヴィルは、天才デニス・ブレインと深い関係によって結び付けられていたことについては、デニス・ブレインのファンである私にとっては考え深いものがある。そしてアラン・シヴィルは、1966年には、BBC交響楽団の首席ホルン奏者に就任し、1988年に引退するまでその座にあった。1985年には、大英帝国勲章を授与されるなど、現役時代、アラン・シヴィルは、ホルン奏者の第一人者として、その名を広く世界に轟かせた。このように、このLPレコードは、登場プレイヤーが全て一流なので、聴く前から胸が時めく。最初のニ長調K.412のホルン協奏曲の演奏が始まると、この期待が現実のものとなって耳に飛び込んでくる。優雅なオーケストラ伴奏に乗って、アラン・シヴィルの演奏する、愛らしくも軽快で、しかも奥行きのある色彩感溢れるホルンの響きが、何とも心地良い。ホルン協奏曲はモーツァルトに限らず、一般的に牧歌的で清々しいものであるが、モーツァルトが書くと、それに加え、こんなにも芸術的に格調が高くなるものかと感心する。このLPレコードを聴き、久しぶりにホルンの伸びやかな音色を存分に味わうことができ、至福の一時を過ごすことができた。なお、指揮のルドルフ・ケンペ(1910年―1976年)は、ロイヤル・フィル首席指揮者、ミュンヘン・フィル首席指揮者、BBC交響楽団常任指揮者などを歴任したドイツの名指揮者。それにしてもホルンの持つふくよかな音色は、何といってもLPレコードで聴くのが一番だ。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇夭折の天才ピアニスト ディヌ・リパッティのショパン:ピアノソナタ第3番、バルカロール、マズルカ第32番、 ノクターン第8番     

2024-07-22 09:47:10 | 器楽曲(ピアノ)

ショパン:ピアノソナタ第3番      
     バルカロール      
     マズルカ第32番      
     ノクターン第8番

ピアノ:ディヌ・リパッティ

発売:1962年9月

LP:日本コロムビア OL‐3103

 これは、ルーマニアのブカレストに生まれた、夭折の天才ピアニスト、ディヌ・リパッティ(1917年―1950年)を偲ぶLPレコードである。「偲ぶ」というと単なる懐古趣味と思われがちだが、リパッティに限っては、このことは当て嵌まらない。このLPレコードは、今もってショパン:ピアノソナタ第3番の録音の中でも、1,2を争う名盤と私は信じている。さらに同じLPレコードのB面に収められた3つの小品、バルカロール、マズルカ第32番、ノクターン第8番についても、今もってこれに真正面から対抗できる録音は数少ない。リパッティは、ショパンを弾かせたら他の追随を許さない天性の閃きを持っていた。このことは名ピアニストで当時ショパン演奏の第一人者であったアルフレッド・コルトーから教えを受けたことでさらに磨きが掛けられたのだ。名盤として名高い、リパッティが遺したショパン:ワルツ集は今でもその輝きを失っていない。このショパン:ピアノソナタ第3番を収めたLPレコードも、ショパン:ワルツ集に次いで、リパッティのショパン演奏の白眉とも言える録音となっている。リパッティの不幸は、33年という僅かな時間しか天から命を与えられなかったことと、録音の音質が決して芳しいものではなかったことぐらいであろう。このLPレコードも1940年代の録音であり、今の録音のレベルとは比較にはならないが、その気品があり、すっきりとした演奏ぶりを聴いていくうちに、録音の古さなんて全くと言っていいほど気にならなくなってくるから不思議だ。リパッティのピアノ演奏は洗練されているが、どことなく淋しげでもある。しかしそれは、決して冷たいものでなく、人間的な温もりが感じられ、そのことが、今聴いても少しの古さを感じさせない魅力の源泉となっている。何か時代を超越した音楽性を、その内に宿しているかのように感じられる。ショパンの音楽は、表面の美しく華やかな反面、その内部には激しい感情の高まりが感じられるが、リパッティの音楽性も同じように、表面的には整ったものだが、その内部には、溢れんばかりの人間味が感じられる。このLPレコードに収められた全てのショパンの作品から、このことが聴き取れる。このLPレコードは、永遠の名盤なのだ。将来を嘱望されていたリパッティではあったが、1947年にリンパ肉芽腫症と診断され、3年の後の1950年に、33歳の若さでこの世を去ることになる。(LPC)

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アルテュール・グリュミオーのショーソン:詩曲/サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ、 ハバネラ/ ラヴェル:ツィガーヌ        

2024-07-18 09:37:46 | 協奏曲(ヴァイオリン)


ショーソン:詩曲
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ
        ハバネラ
ラヴェル:ツィガーヌ

ヴァイオリン:アルテュール・グリュミオー

指揮:マニュエル・ロザンタール

管弦楽:コンセール・ラムルー管弦楽団

録音:1966年3月(ショーソン/ラヴェル)、1963年4月(サン=サーンス)、フランス、パリ

発売:1980年

LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) 13PC‐242

 このLPレコードは、フランコ・ベルギー楽派の泰斗アルテュール・グリュミオー(1921年―1986年)が、ショーソン、サン=サーンス、ラヴェルのヴァイオリンとオーケストラのための名曲を収録した一枚。グリュミオーは、ベルギーに生まれ、ブリュッセル王立音楽院で学ぶ。その後、パリに留学してジョルジュ・エネスコに入門。デュボアとエネスコに学んだグリュミオーは、正統的フランコ・ベルギー派のスタイルを後世に遺したことで知られる。第二次世界大戦中は、ナチス・ドイツ占領下のベルギーにおいて独奏会や室内楽の演奏旅行を行った。第二次世界大戦後は、ピアニストのクララ・ハスキルをパートナーとした演奏活動などを展開し、”黄金のデュオ”と評され数々の名盤を遺した。そして、ソリストとして世界的な名声を得ることになる。グリュミオーは音楽界への貢献が認められ、1973年に国王ボードゥアン1世により男爵に叙爵された。1961年には来日も果たしている。グリュミオーは、録音を数多く遺しているが、それらが全て気品のある艶やかな美音で貫かれており、ヴァイオリンの持つ特性を最大限に表現しきった名人芸は、現在でも、多くのファンを魅了して止まない。特にモーツァルトの演奏には定評があったが、ドイツ・オーストリア系の作曲家の演奏においてもその力量は、遺憾なく発揮された。だが、やはりその特徴を最大限に表現したのは、このLPレコードに収容されたショーソン、サン=サーンス、ラヴェルなどのフランス系の作曲家の作品であろう。その意味からこのLPレコードは、グリュミオーの真価を知るには最適な一枚ということができる。歌うところは存分に歌い、しかも、その余韻を含んだ表現力は、ヴァイオリンの持つ特性を余すところなく発揮させている。ここでの音楽は、外部との戦いでもなく、心の葛藤でもない。あくまで何よりも詩的な情緒を大切にし、微妙で自由な振る舞いの音楽の中に身を預け、そして陶酔の一時を過ごす・・・。グリュミオーのヴァイオリン演奏は、そんな夢ごこちの心境に、リスナーを知らず知らずに導き入れてくれるかのようだ。マニュエル・ロザンタール指揮コンセール・ラムルー管弦楽団の伴奏は、グリュミオーのあくまでも詩的で優雅な演奏を、一層引き立て、その効果を倍増させることに見事に成功している。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ブタペスト弦楽四重奏団+第2ヴィオラ:ワルター・トランプラーのブラームス:弦楽五重奏曲第1番/第2番

2024-07-15 09:45:31 | 室内楽曲


ブラームス:弦楽五重奏曲第1番/第2番

弦楽五重奏:ブタペスト弦楽四重奏団+第2ヴィオラ:ワルター・トランプラー

        ヨーゼフ・ロイスマン(第1ヴァイオリン)
        アレクサンダー・シュナイダー(第2ヴァイオリン)
        ボリス・クロイト(第1ヴィオラ)
        ワルター・トランプラー(第2ヴィオラ)
        ミッシャ・シュナイダー(チェロ)         

録音:1963年11月14日~15日(第1番)/1963年11月21日、26日(第2番)、アメリカ、ニューヨーク

LP:CBS/SONY SOCL 1138

 ブラームス:弦楽五重奏曲第1番は1882年に、 そして弦楽五重奏曲第2番は1890年に、それぞれ完成している。第1番は、如何にもブラームスの作品らしく、緻密で内向的な性格の曲。地味ではあるが完成度の高さでは、ブラームスの室内楽曲の中でも屈指の作品とも言える。どちらかというと一般向けの曲というよりは、プロ好みの室内楽曲。一方、第2番は、作品全体にワルツの主題が流れ、終末部にはロマの音楽が展開されるなど、ブラームスの室内楽としては、明るく陽気な作品となっており、耳に心地良く、楽しい作品。どことなく弦楽六重奏曲第1番と雰囲気が似かよっている。ブラームスは、この曲を書く直前にイタリアに旅しており、その影響を指摘する向きもある。さらにドイツ風のユーモア、スラブ風のメランコリー、それにハンガリー風の誇らしげな雰囲気などを加え合わせ、これら4つの性格が巧みに融合されているところが、この曲の魅力の源泉とも指摘されている。これら2曲を演奏しているのが、20世紀を代表する伝説のカルテットであるブダペスト弦楽四重奏団。1917年にブダペスト歌劇場管弦楽団のメンバーによって結成され、メンバーの変遷を経ながら1967年2月まで活動した。1938年からアメリカに定着して活動し、最終的なメンバーは全員がロシア人。伝統的なロマン主義的を避け、新即物主義的な解釈を行い、さらに、各声部のバランスを取ったことなどから、現代の弦楽四重奏演奏のスタイルに大きな影響を与えたカルテットと言われている。1940年から長年にわたりアメリカ合衆国の議会図書館つきの弦楽四重奏団としても活躍したが、ストラディヴァリウスを演奏に使用した。そして1962年以降の後任がジュリアード弦楽四重奏団である。このLPレコードで共演の第2ヴィオラ担当のワルター・トランプラー(1915年―1997年)は、ドイツ出身の名ヴィオラ奏者で、1939年以降、アメリカにわたり演奏活動を行った。このLPレコードでの演奏内容は、第1番については、ブラームス特有の内省的で緻密な曲想に合わせるかのように、実に求心的で濃密なロマンの香りを馥郁と漂わせた演奏に終始し、一分の隙のない名演を聴かせる。一方、第2番は、明るく、活動的な室内楽の楽しみを、リスナーと分け合うかのように、軽快に弾き進んで行き、ブラームスの別な側面を明らかにしてくれている。(LPC)

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