★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇若き日のアルゲリッチが弾くリスト:ピアノソナタ/シューマン:ピアノソナタ第2番

2021-12-30 10:38:41 | 器楽曲(ピアノ)


リスト:ピアノソナタ
シューマン:ピアノソナタ第2番

ピアノ:マルタ・アルゲリッチ

録音:1971年6月23日~25日、ミュンヘン

LP:ポリドール SE 7205

 度々来日して日本でもお馴染みのマルタ・アルゲリッチは、現在、世界の中で最も注目を集めているピアニストの一人である。1941年にアルゼンチンのブイノスアイレスに生まれ、オーストリアで本格的にピアノを学んだ。1957年「ブゾーニ国際ピアノコンクール」で優勝し、さらに「ジュネーブ国際音楽コンクール」の女性ピアニストの部門においても優勝を果たした。さらに1965年、「ショパン国際ピアノコンクール」でも優勝する。そんなアルゲリッチが30歳の時に録音したのが今回のLPレコード。リストのピアノソナタは、全体が一つの楽章からなる異色のピアノソナタで、シューマンに献呈された。これは、リストが作曲した唯一のピアノソナタで、1852年から1853年にかけて作曲され、初演は1857年にベルリンでハンス・フォン・ビューローによって行われた。この曲の特徴は、主題を次々に変容させる技法によってつくられていることが挙げられる。ある主題が荒々しい表情で現れたかと思えば、次に出たときには美しい旋律になって表現されるのである。そしてこのような技法を用いて、曲全体としては、高い統一感を保っている。初演当時は、この曲への賛否両論が巻き起こり、激しい論争が行われたが、現在では、優れたピアノソナタの一つとして評価が確立している。全体が3部から構成されているこのピアノソナタは、自身が名ピアニストでもあったリストが作曲したことでも分る通り、演奏するには高度な技巧が欠かせない。このLPレコードで、そんな難曲を若き日のアルゲリッチが、楽々と弾きこなしていることが聴き取れる。そして、リスト特有の、激情から突如叙情的な雰囲気へと急展開する独特の構成を、実に鮮やか技法を駆使し表現していることに驚かされる。古今のリストのピアノソナタの録音の中でも、スケールの大きさと、その説得力ある演奏内容で、特筆されるべき録音だと言える。一方、シューマンのピアノソナタ第2番は、伝統的なピアノソナタの雰囲気とシューマン独特のロマンの香りとが重なり合ったような、いかにもシューマンらしい曲だ。シューマンは、ピアノソナタを3曲作曲したが、第2番がop.22であるのに対し第3番はop.14と、作品番号が逆転している。これは、op.14を大幅加筆して新たに発表したため。ここでもアルゲリッチの類稀な演奏技法が光を放っている。何か糸を一本ぴ~んと張ったような緊張感が全体を覆い、それがシューマンのロマンの世界と微妙な調和を保っているのである。2曲ともLPレコードの良さが最大限に発揮された生々しいダイナミックな録音だ(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇小澤征爾指揮パリ管弦楽団のチャイコフスキー:交響曲第4番

2021-12-27 09:47:20 | 交響曲(チャイコフスキー)


チャイコフスキー:交響曲第4番

指揮:小澤征爾

管弦楽:パリ管弦楽団

録音:1970年10月22日~23日、パリ

LP:東芝EMI EAC‐30302

 指揮者の小澤征爾は、トロント交響楽団の首席指揮者を皮切りに、サンフランシスコ交響楽団音楽監督、ボストン交響楽団音楽監督、そして2002年にクラウディオ・アバドからバトンタッチしてウィーン国立歌劇場音楽監督に就任し、同監督を2010年まで務め挙げた。実は、今回のLPレコードのパリ管弦楽団の音楽監督には一度も就任してはいないのである。しかし、ショルティの次にパリ管弦楽団の音楽監督を選ぼうとした時の有力候補の一人に小澤征爾が挙がっていたという話があったほど、互いにその関係は緊密なものであった。それは、パリ管弦楽団の持つ資質と小澤のそれとがかなりの近しかったことが原因になっていた。それは、このLPレコードに遺された録音が物語っている。繊細で色彩感覚に富んだ演奏は、ロシア人が演奏するのとは大分隔たりがあるが、こんなチャイコフスキーがあってもいいという強い説得力を持った演奏を繰り広げている。小澤の指揮ぶりで感心すること一つは、洗練されたリズム感が全体を覆っていることであり、これこそパリ管弦楽団の真骨頂が存分に発揮できる土壌なのだ。チャイコフスキーは、37歳の時、結婚の失敗から入水自殺を図ったが、未遂に終わる。これ以降、チャイコフスキーは、今日、傑作と目されている名曲の数々を作曲するのである。交響曲第4番は、この人生上の一大事件の最中に作曲され、結果的には中期を代表する作品となった。1876年、チャイコフスキーは、未知の女性から手紙を受け取った。裕福な地主のナジーデダ・フィラレトーヴナ・フォン・メック夫人からであった。メック夫人は、チャイコフスキーの才能を高く評価し資金援助を申し入れたが、二人は手紙のやり取りのみで、一度も会うことはなかったという。これによりチャイコフスキーは、教授職を辞し、歌劇「エフゲニー・オネーギン」と、この第4交響曲の作曲に没頭することになる。1878年1月に曲は完成し、初演は成功を収めた。草稿には「わが最愛の友に」と書かれており、フォン・メック夫人に捧げられた曲となった。チャイコフスキーの第4番~第6番の3つの交響曲の中では、比較的明るい曲調の曲で、現在でも根強い人気を誇っている。小澤の指揮は、決して押し付けがましくなく、チャイコフスキーの世界を思う存分リスナーに印象づけることに成功している。特にパリ管弦楽団の持つ色彩豊かな演奏能力を最大限発揮させた手腕は評価できよう。数あるチャイコフスキーの交響曲第4番の録音でも、豊饒な色彩感覚あふれる1枚となった。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇若き日のピリスが東京で録音したモーツァルト:幻想曲KV475、KV397/ロンドKV485、KV511

2021-12-23 09:46:22 | 器楽曲(ピアノ)


モーツァルト:幻想曲 ハ短調 KV475
       ロンド ニ長調 KV485
       幻想曲 ニ短調 KV397
       ロンド イ短調 KV511

ピアノ:マリア・ジョアオ・ピリス

録音:1974年1月11日~2月28日 東京イイノホール

発売:1978年9月

LP:日本コロムビア OX‐7132‐ND

 マリア・ジョアオ・ピリス(マリア・ジョアン・ピレシュ、1944年生まれ)の弾くモーツァルトは、モーツァルトの音楽の真髄を、ありのままの姿で我々リスナーに送り届けてくれる、誠にもって貴重な存在のピアニストであった。2017年12月に、73歳にて現役の舞台からは退くこととし、以降は後進の育成に努める旨を表明した。モーツァルトの音楽、とりわけピアノソナタや今回のLPレコードに収録されている幻想曲、ロンドなどは、ピアニストの恣意的な解釈で演奏されたのでは、とてもではないが聴く気にはなれない。かといって楽譜通りに素直に弾けばそれで済むというわけでもない。現在のピアノは音量が大きいし、表現力も一昔前に比べれば大幅に進歩している。そんな現代のピアノを使ってモーツァルトの時代の音楽を再現するのは、ある意味では至難の業だ。それをピリスはいとも軽々とこなす。ピリスは、ポルトガル・リスボン出身の女性ピアニスト。1953年から1960年までリスボン大学で作曲・音楽理論・音楽史を学ぶ。その後、西ドイツに留学。1970年、ブリュッセルで開かれた「ベートーヴェン生誕200周年記念コンクール」で優勝を果たす。そして今回のLPレコードを含めて、1970年代にDENON(日本コロムビア)と契約してモーツァルトのソナタ全集を録音した。1986年ロンドン・デビューに続き、1989年ニューヨーク・デビューを果たし、世界的な名声を得ることになる。室内楽分野でも、1989年よりフランス人ヴァイオリニストのオーギュスタン・デュメイ(2011年に関西フィルの音楽監督に就任)と組んで演奏や録音を続けた。さらに1998年には、チェリストのジャン・ワンを加えたピアノ・トリオとしても活躍。また、モーツァルトのピアノ・ソナタ集の録音により、1990年「国際ディスク・グランプリ大賞」CD部門受賞。ソリストとして欧州や北米、日本、イスラエルで定期的に客演し、主要なオーケストラおよび音楽祭で演奏活動を行う。さらに、ブラジルを拠点に世界各地においてマスタークラスを主宰しているほか、ポルトガルの地方における芸術センターの振興についても取り組んでいる。このLPレコードは、ピリスが30歳の時に東京イイノホールで録音しものである。直線が一本ピーンと張ったような芯の強い演奏内容だ。透明感に溢れ、そして憂いを含んだ佇まいは、ピリス以外のピアニストには到底表現できないだろうとさえ感じられる。聴き終わった後に幸福感に浸れる1枚だ。(LPC)   

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◇クラシック音楽LP◇モントゥー指揮ロンドン交響楽団のドビュッシー:牧神の午後への前奏曲、夜想曲(雲/祭り)/ラヴェル:スペイン狂詩曲、なき王女のためのパヴァーヌ 

2021-12-20 09:38:54 | 管弦楽曲


ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲/夜想曲(雲/祭り)
ラヴェル:スペイン狂詩曲/なき王女のためのパヴァーヌ

指揮:ピエール・モントゥー

管弦楽:ロンドン交響楽団

発売:1980年

LP:キングレコード K15C 8041

 ピエール・モントゥー(1875年―1964年)は、フランス、パリ出身の名指揮者。パリ音楽院卒業後、1906年にコロンヌ管弦楽団を指揮しデビューを飾る。ストラヴィンスキーの「春の祭典」、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」など、20世紀の名作バレエ音楽の初演を手がけたことでも知られる。1929年にはパリ交響楽団の創立時の常任指揮者を務める。1935年からはサンフランシスコ交響楽団の常任となり、黄金時代を築く。1961年にはロンドン交響楽団の首席指揮者となり(この時実に88歳)、亡くなるまでその地位にあった。静寂さと透明性を堅持しつつ、自然と沸き立つようなロマンの香りが馥郁とするその演奏は、多くのファンの心を掴んで離さなかった。このLPレコードは、ロンドン交響楽団の常任として入れた最初の録音で、しかも、「牧神の午後への前奏曲」と「スペイン狂詩曲」の録音は、意外にもこれが最初という。ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」は、ドビュッシー30歳の時の作品で、これによりドビュッシーは一躍脚光を浴びることになる。この曲はマラルメの詩「牧神の午後」に付けた管弦楽曲であり、楽器の音色の変化を微妙に描き分け、幻想的な世界を表現することに成功している。ドビュッシーの「夜想曲」は、1899年に作曲された曲。第1曲「雲」、第2曲「祭り」、第3曲「海の精(女声合唱付き)」の3曲からなるが、ここでは第3曲は省かれている。この曲で、ドビュッシーは、印象主義による音楽を、完成域まで高めることに成功した。ラヴェルの「スペイン狂詩曲」は、ラヴェルの最初の管弦楽曲で、1907年32歳の時に作曲された。全体は、「夜への前奏曲」「マラゲーニア」「ハバネラ」「市場」の4つの部分からなり、豊穣なオーケストレーションが印象的で、生き生きとしたリズムと色彩感が溢れた音が見事に調和して、リスナーを飽きさせることはない。ラヴェルの「なき王女のためのパヴァーヌ」は、ラヴェルがパリ音楽院の作曲科で、フォーレに学んでいた時に作曲したピアノ曲「なき王女のためのパヴァーヌ」を、1910年に作曲者自身で管弦楽用に編曲した作品。3部形式で書かれており、パヴァーヌ舞曲は、弦のピチカートを伴奏にして、哀愁を含んだホルンの主題が印象的な曲。このLPレコードでのモントゥーは、曲の隅々まで目の行き届いた指揮ぶりを見せ、静かな中にも曲の生き生きとした表情を巧みに描き切っている。正にフランスきっての名指揮者の面目躍如といったところだ。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇1980年「エリザベート王妃国際音楽コンクール」優勝直後の堀米ゆず子のブラームス:ヴァイオリンソナタ第1番/第3番

2021-12-16 09:47:38 | 室内楽曲(ヴァイオリン)


ヴァブラームス:ヴァイオリンソナタ第1番「雨の歌」
        ヴァイオリンソナタ第3番

ヴァイオリン:堀米ゆず子

ピアノ:ジャン=クロード・ヴァンデン・エインデン

録音:1980年11月14日~15日

LP:ポリドール SE 8108

 通常、LPレコードというと演奏家については、欧米人の名が直ぐに思い浮かぶが、一方で、日本人の演奏家も数多くの貴重な録音を我々リスナーに遺して置いてくれている。その中の1枚が、今回の堀米ゆず子(1957年生まれ)が弾く、ブラームスのヴァイオリンソナタ第1番と第3番を収めたLPレコードである。現在、国際的に活発な演奏活動を展開している堀米ゆず子は、今から36年前の1980年(昭和55年)、ベルギーのブリュッセルで行われた”世界三大音楽コンクール”の一つ、「エリザベート王妃国際音楽コンクール」に参加し、見事第1位の栄冠を勝ち取った。このLPレコードはその直後に録音されたものであり、当時の堀米ゆず子の演奏スタイルを伝える貴重なものだ。演奏内容は、実に瑞々しさ溢れており、若々しくも伸びやかなヴァイオリンの音色は、従来のブラームスのヴァイオリンソナタの演奏の歴史に新風を吹き込んだような印象を受ける。第1番は力強く、しかも瞑想的な優れた演奏だが、第3番の陰影を持った演奏内容についも聴いていて感動を受ける。堀米は、「エリザベート王妃国際音楽コンクール」に出場する前は、一切海外の経験がなかったそうで、当時の日本のクラシック音楽界の教育レベルの高さには驚かされる。「エリザベート王妃国際音楽コンクール」では、第一次予選の時から堀米ゆず子は、大いに注目を集め、ベルギーの新聞に「ここに希有の天才が現れた」と書かれたほどであったという。本選では、シベリウスのヴァイオリン協奏曲とコンクールのために作曲された新曲であるフデリック・ヴァン・ロッスムのヴァイオリン協奏曲、それにブラームスのヴァイオリンソナタ第1番を堀米ゆず子は弾き、その結果、優勝を勝ち取ったののである。この時、ベルギーの新聞は「ブラームスのソナタヴァイオリンソナタ第1番は、いわば地味であり、内的なきびしさを伴っているが、彼女の力強い音色は、ブラームスの音楽にもよく適合している。第2楽章は誠実な表現で、それが感動的、瞑想的で、まれにみる精神の集中力によって敬虔な思いに耽るようである。終楽章も素晴らしく、旋律のすべての起伏を注意深く表現し、それを彼女の鋭い感受性で内面化している。会場の人々は完全に沈黙し、息をのんで聴き惚れていた」と絶賛した。日本人として初めて「エリザベート王妃国際コンクール」で優勝後、堀米ゆず子は、ベルギーを拠点として国際的な活動を行っている。現在は、ブリュッセル王立音楽院客員教授を務め、後進の指導にも当たっている。(LPC)

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