★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇若き日のアシュケナージのシューベルト:ピアノソナタ第18番「幻想」

2025-01-09 09:42:29 | 器楽曲(ピアノ)


シューベルト:ピアノソナタ第18番「幻想」D.894(Op.78)

ピアノ:ウラディーミル・アシュケナージ

録音:1970年、ロンドン・オペラ・センター

発売:1977年

LP:キングレコード SLA 1131
 
 シューベルトのピアノソナタ第18番は、初版譜に“幻想曲”と書かれていたことから「幻想ソナタ」と呼ばれている。この曲はシューベルトのピアノソナタの中でも、内容的に優雅で、完成度も高い曲である。しかし一方、「冗長度が高く、演奏効果を出し難いピアノソナタ」という評価を下す向きもあることも事実。このLPレコードは、そんなシューベルトのピアノソナタを、ピアニスト時代の若き日のウラディーミル・アシュケナージ(1937年生まれ)が弾いた録音である。アシュケナージは、旧ソ連出身のピアニスト&指揮者である。1956年に「エリザベート王妃国際音楽コンクール」に出場して優勝を果たし、一躍その名を世界に知らしめ、その後の欧米各国での演奏旅行で、その実力が認められるに至った。1962年には「チャイコフスキー国際コンクール」で優勝。しかし、1963年に、ソヴィエト連邦を出国し、ロンドンへ移住し、以後実質的な亡命生活を送ることになる。1970年頃からは指揮活動にも取り組み始め、現在では指揮者としての活動が中心となっている。現在、スイスのルツェルン湖畔に居を構え、ここを拠点として、シドニー交響楽団およびEUユース管弦楽団の音楽監督として世界的な活動を展開している。2004年から2007年までNHK交響楽団の音楽監督を務め、2007年からは桂冠指揮者を務めているので、今やアシュケナージの名を聞くとピアニストとしてより指揮者のイメージの方が定着している。このLPレコードの録音は、1970年、ロンドン・オペラ・センターで行われたので、アシュケナージ33歳の時のピアノ演奏ということになる。アシュケナージのピアノ演奏は、超人的な演奏技能により、どんな難曲でも難なく弾きこなす凄さに加え、抒情的な表現でも並外れた才能を発揮する。このLPレコードではそんなアシュケナージの抒情的な演奏の冴えを存分に味合うことができる。シューベルトのピアノソナタは、ベートーヴェンのそれとは異なり、多くの曲が歌曲のように美しいメロディーに埋め尽くされているが、そんなシューベルトのピアノソナタの特徴が、もっとも多く盛り込まれたピアノソナタが、この第18番「幻想」なのである。特に、第1楽章に、この曲の持つ叙情性と歌曲性とが集約されているわけであるが、アシュケナージは、ものの見事にこの二つの側面を表現しており、改めてピアニストとしてのアシュケナージの実力の高さに、眼を見張らされる思いがする。何か、アシュケナージの指から、こんこんと音楽が湧き出してくるような、不思議な体験をさせられるLPレコードである。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇リリー・クラウスのモーツァルト:ピアノソナタ第3番/第9番/第11番/幻想曲ニ短調K.397

2024-12-16 09:49:35 | 器楽曲(ピアノ)


モーツァルト:ピアノソナタ第3番K.281
       ピアノソナタ第9番K.311
       ピアノソナタ第11番K.331
       幻想曲ニ短調K.397

ピアノ:リリー・クラウス

LP:東芝EMI EAC‐30132 
  
 モーツァルトを弾かせたら、現在に至るまで、それらに並び得る者がいないというピアニストが3人いる。ディヌ・リパッティ(1917年―1950年)、クララ・ハスキル(1895年―1960年)、それに今回のLPレコードで弾いているリリー・クラウス(1903年―1986年)の3人だ。いずれも天性のモーツァルト弾きであり、演奏技巧がどうのこうのと言う前に、そのピアノ演奏から紡ぎ出す音楽自体が、モーツァルトの演奏に欠かせない活き活きとした光彩を帯びており、優美さ、典雅さ、純粋さ、いずれをとっても、天上の音楽と言えるほどの域に達している。リリー・クラウスの演奏はというと、背筋がピンと張っているような、実にメリハリがある音が特徴だ。そして川が流れるように自然にメロディーが流れ、泉が湧き出るが如く心地良いリズムを刻む。このLPレコードは、リリー・クラウスによる「モーツァルト/ピアノ・ソナタ全集」のVOL.6である。3曲のピアノソナタと幻想曲ニ短調が収められている。どの曲の演奏もリリー・クラウスの特徴が出た録音だが、ピアノソナタ第3番の演奏が、私には特に印象に残る。モーツァルト初期の作品にもかかわらず、リリー・クラウスの手に掛かると、あたかも中期か後期の作品にも思えるような深みを帯びてくるから不思議だ。 ピアノソナタ第9番の演奏は、如何にもモーツァルトらしく軽快なテンポを帯び、伸びやかな雰囲気が何とも言えず心地良い。無心の中に秘めた技法がキラリと光る。ピアノソナタ第11番は、しっとりと優雅に弾き進む。何かに導かれているように、リリー・クラウスのピアノ演奏は純粋そのものと言ったらいいのだろうか。特に、有名な「トルコ行進曲」の楽章では、あたかもモーツァルトがリリー・クラウスに乗り移ったかの如く、颯爽とした名演を聴かせる。最後の幻想曲ニ短調では、陰影に富んだモーツァルトの短調独特の世界に、自然とリスナーを導く。何よりもモーツァルトの哀愁が、ただ聴いているだけで胸を打つ。リリー・クラウスは、オーストリア=ハンガリー帝国、ブダペスト出身。ブダペスト音楽院、ウィーン音楽院で学ぶ。その後、アルトゥル・シュナーベルに師事するためベルリンに移った。モーツァルトやベートーヴェンの演奏で名声を得ると共に、ヴァイオリン奏者のシモン・ゴールドベルクと室内楽の演奏・録音を行い、国際的な称賛を得た。第二次世界大戦後、1967年にアメリカに移住。1986年、ノースカロライナ州アッシュヴィルにて永眠(享年83歳)。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇巨匠リヒテルがベートーヴェン:ピアノソナタ第7番とバガテル集を弾く

2024-11-11 09:43:17 | 器楽曲(ピアノ)

 

ベートーヴェン:ピアノソナタ第7番
        バガテル集(Op.33、119、126)

ピアノ:スヴャトスラフ・リヒテル

発売:1979年

LP:ビクター音楽産業 VICX‐1018

 このLPレコードでピアノを独奏しているスヴャトスラフ・リヒテル(1915年―1997年)は、圧倒的な技巧に加え、感覚的で鋭い表現力を持ち、しかも音そのものの粒が揃い、弱音から強音までダイナミックレンジが広いピアノ演奏で一世を風靡したロシアのピアニストであった。リスナーが一度でもリヒテルの演奏を聴くと、男性的で力強いピアニズムの一方で、その力強いピアノタッチからはとても想像も出来ないような繊細な表現力も併せ持っているので、たちまち完全に魅了されてしまうことになる。LPレコードからは、なかなか分りづらいが、実演では即興性にも長けていたピアニストであったという。要するにリヒテルは、ピアニストとして完璧と言っていいほどの完成度を誇っていたのである。このLPレコードには、「メロディアが誇る三大巨匠の記念碑的名演を厳選して贈る画期的シリーズ遂に登場」とある。三大巨匠とは、当時世界のクラシック音楽界を席巻していた、3人のロシア出身演奏家、チェリストのロストロポ-ヴィッチ(1927年―2007年)、ヴァイオリニストのオイストラッフ(1908年―1974年)、それにピアニストのリヒテルを指す。このシリーズには、リヒテルについて7枚のLPレコードが含まれている。それらは、このLPレコードのベートーヴェン、それに加えハイドン、シューベルト、ショパン、シューマン、スクリャービン、プロコフィエフのLPレコードである。これは、リヒテルが得意としていた作曲家の幅が如何に広かったかに驚かされる。こんな例は、ホロビッツ(1903年―1989年)ぐらいしかいないであろう。このLPレコードでは、ベートーヴェンの初期の作品がリヒテルのピアノ演奏で聴ける。A面のピアノソナタ第7番は、第1交響曲よりも少し前の作品で、1793年に書かれた3曲のピアノソナタの3番目の曲。このピアノソナタの第2楽章は、「ラールゴ・エ・メスト(悲しげに)」と書かれており、物悲しさに満ちた楽章。ベートーヴェンは「心の憂愁な状態をあらわし、そのあらゆる微妙な陰影やあらゆる様相を描く」と語ったと言われる。ここでのリヒテルの演奏は、正に”憂愁な状態”を巧みに弾き出しており、ベートーヴェンの中期から後期作品かと見まごうほどの内容の濃い表現力で、聴くものを魅了する。B面に収められたバガテルとは、“ちょっとしたもの””つまらないもの”といった意味のピアノ作品のこと。リヒテルは、これらの作品でもピアノソナタと同じように全力で弾きこなす。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇アレクセイ・チェルカーソフのチャイコフスキー:ピアノ小品集「四季」

2024-08-01 09:38:49 | 器楽曲(ピアノ)

チャイコフスキー:ピアノ小曲集「四季」

             1月:炉辺にて(プーシキンの詩)
             2月:冬おくりの祭り(ウャーゼムスキーの詩)
             3月:ひばりの歌(マイコフの詩)
             4月:雪割草(マイコフの詩)
             5月:白夜(フェートの詩)
             6月:舟歌(プレシチェイエフの詩)
             7月:草刈り人の歌(コルツォフの詩)
             8月:取り入れ(コルツォフの詩)
             9月:狩り(プーシキンの詩)
             10月:秋の歌(トルストイの詩)
             11月:トロイカ(ネクラーソフの詩)
             12月:クリスマス週間(ジュコフスキーの詩)

ピアノ:アレクセイ・チェルカーソフ

録音:1973年7月、モスクワ

LP:ビクター音楽産業 VIC‐5509

 このチャイコフスキーの愛すべき12曲からなるピアノ小曲集「四季」は、“12の性格的な小品”という副題が付けられている。作曲の切っ掛けは、ペテルブルグにあるある出版商から音楽雑誌に載せるため、「毎月1曲、それぞれの月に題材をとったピアノ曲を書いて欲しい」という依頼であった。そこでチャイコフスキーは、1876年1月から12月までの1年間にわたり、その音楽雑誌のために12曲のピアノの小曲を寄稿し、完成したのがこのピアノ小曲集「四季」なのである。作曲に際しては、出版商から毎月詩が届けられ、チャイコフスキーは、それらに基づいて、短時間のうちに作曲を進めたという。それらの詩人の名を挙げると、プーシキン、ウャーゼムスキー、マイコフ、フェート、プレシチェイエフ、コルツォフ、トルストイ、ネクラーソフ、ジュコフスキーであり、我々のお馴染みの名前も見受けられる。最初から毎月1曲づつという約束で引き受けたチャイコフスキーではあるが、毎月、依頼の使者がチャイコフスキーのところに現れると、チャイコフスキーは、慌てて一気に書き上げ、使者に渡したという。それぞれの楽譜の冒頭には、それらの詩が添えられた。多分、チャイコフスキーも気軽な気持ちで作曲したようであるが、現在聴いてみると、それぞれの曲が持つ雰囲気は、一度聴くと忘れられないような懐かしさに溢れたものに仕上がっている。少しも構えることなく、気軽に聴くことができるピアノ曲ではあるが、何か軽さという以上の深い情感が、それぞれの曲に込められているようでもあり、チャイコフスキーでなくては表現できない、独特の情感に溢れている。このLPレコードで演奏しているアレクセイ・チェルカーソフは、1943年、モスクワ生まれのピアニスト。モスクワ音楽院で学ぶ。1965年の「ロン=ティボー・コンクール」で1位なしの2位という実績を持つ。ここでのチェルカーソフの演奏は、ロシア人というこの曲においての優位性を差し引いても、誠に素晴らしい感性を持った演奏である。明快な演奏内容ではあるが、同時に抒情味にも富んでおり、さらに現代的なセンスも持ち合わせているということができる演奏内容に仕上がっている。チャイコフスキーの「四季」を楽しく聴き通せるには、ピアニストの“腕”が大きくものを言うが、チェルカーソフのこのLPレコードでの演奏は、これを満たすのに十二分と言える名演だ。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇サンソン・フランソワのベートーヴェン:ピアノソナタ「悲愴」「月光」「熱情」

2024-07-29 09:37:12 | 器楽曲(ピアノ)

ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番「悲愴」           
        ピアノソナタ第14番「月光」           
        ピアノソナタ第23番「熱情」

ピアノ:サンソン・フランソワ

発売:1970年

LP:東芝音楽工業 ASD‐3

 サンソン・フランソワ(1924年―1970年)は、天才肌の名ピアニストであった。ショパンやドビュッシー、それにラヴェルの演奏をさせたら当時、フランソワに匹敵するピアニストはいなかった。フランス人の両親の間にドイツで生まれ、1938年パリ音楽院に入学し、マルグリット・ロン、イヴォンヌ・ルフェビュールに師事。1940年に同音楽院を首席で卒業後、1943年に第1回の「ロン=ティボー国際コンクール」で優勝。その後世界各地で演奏活動を行い、名声を高めた。しかし、フランソワは、酒とたばこを愛した人であり、「酒はやめるがタバコはやめられない」と言い、これが原因したのか、心臓発作のため46歳の若さで急逝した。その演奏内容は、心の赴くまま、情熱のあらん限りを尽くし、鍵盤に心情を叩き付けるような独特な雰囲気を醸し出し、これに対してファンからは、“ファンタスティックなフランソワ”という渾名が付けられたほど。自身フランス人の両親を持つからか、ラテン系の音楽には絶対の自信を持っていたが、一方、モーツァルトはともかく、「ベートーヴェンは肌合いに合わない」と公言して憚らなかった。“神様ベートーヴェン”をこのように言えるというのも、如何に当時フランソワが実力、人気とも絶大であったを物語るエピソードである。並のピアニストがこんなことを言ったら、たちどころにその演奏家生命をスポイルされてしまうこともあったろう。そんなフランソワがベートーヴェンのピアノソナタを録音したこと自体奇跡的なことであり、私も当時、このLPレコードに針を落とすまで、その出来栄えには全くと言っていいほど期待してなかった。ところが、聴き始めると、これまでのドイツ・オーストリア系のどのピアニストの発想ともことごとく違う、全く新しいベートーヴェン像がそこに録音されていたのには、腰を抜かすほど驚いた。従来からある重々しく、厳めしいベートーヴェン像ではなく、これまで聴いたことのないような、活き活きと躍動するベートーヴェン像が、フランソワの演奏するピアノから溢れ出していたのだ。フランソワの死後、今日に至るまで、このような活き活きと躍動するベートーヴェンを演奏できるピアニストに私はお目にかかったことはない。その意味で、このLPレコードは、私にとっては正に至宝とも言うべきLPレコードなのである。(LPC)

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