★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇マスネのピアノの“秘曲”をアルド・チッコリーニが弾く

2025-02-13 09:39:36 | 器楽曲(ピアノ)


マスネ:4手のためのピアノ曲集:「過ぎ去りし年」(第1集~第4集)

         第1集「夏の午後」
         第2集「秋の日々」
         第3集「冬の夕暮れ」
         第4集「春の朝」
    
    4手のためのピアノ曲:3つの行進曲
                聖母マリア―ガレリアの踊り
                第1組曲
                2つの子守歌
      
ピアノ:アルド・チッコリーニ

録音:1979年1月22日、3月15日、6月26日、12月13日

LP:東芝EMI EAC‐50012
 
 このLPレコードは、名ピアニストのアルド・チッコリーニ(1925年―2015年)による、フランスの作曲家のマスネ(1842年―1912年)の“秘曲”とでもいうべき、いずれも4手のためのピアノ曲が収録されている。マスネというと直ぐに「タイスの瞑想曲」を思い浮かべるリスナーが多いのではないだろうか。マスネは、オペラ作曲者として19世紀末から20世紀の初めにかけて大変人気があったが、現在では「マノン」と「ウェルテル」などを除き、そのほとんどが忘れ去られてしまっている。マスネは、1853年、11歳でパリ国立高等音楽学校へ入学し、1862年には、カンタータ「ダヴィッド・リッツィオ」で世界的に有名な作曲賞の「ローマ賞」を受賞。オペラ作品の成功作としては、1884年の「マノン」、1892年の「ウェルテル」それに1894年の「タイス」が挙げられる。マスネは、オペラの他には、バレエ、オラトリオ、カンタータ、管弦楽作品、ピアノ曲さらに200以上の歌曲を作曲している。このLPレコードで演奏しているアルド・チッコリーニは、イタリア・ナポリ出身で、フランスで活躍した名ピアニスト。1949年パリの「ロン・ティボー国際コンクール」に優勝。1969年にはフランスに帰化している。パリ音楽院で教鞭を執ったこともあり、フランス近代音楽の解釈者として世界的にもに著名である。80歳を超えても第一線のピアニストとして活躍し、高齢にもかかわらず来日し、日本の聴衆に深い感銘を与えた。このLPレコードに収録された曲は、通常では滅多に聴くことのない曲ではあるが、いずれの曲もフランス風の洗練された感覚が魅力になっている。マスネの曲は、特にメロディーが美しいことで知られているが、これらのピアノ曲も例外でなく、いずれも甘美とも言える美しいメロディーに覆い尽くされている。4手のためのピアノ曲集:「過ぎ去り年」は、マスネ版「四季」とも呼べる作品で、第1巻から順に夏・秋・冬・春と辿り、1年が巡るようになっている。題名の「過ぎ去り年」とは、遠く去った昔の年月ではなく、自分が過ごしてきたこの1年を意味している。作曲年代は、パリ音楽院の作曲科の教授を退いた1896年、54歳の時で、作曲家として脂の乗り切った頃の作品。この曲は、全曲を演奏するのに30分近くを要し、いかにもマスネらしい、美しい旋律に溢れた佳曲。アルド・チッコリーニは、これらの“秘曲”を愛情を持って弾いている。通常ではあまり聴くことができないが、今後、これらのマスネの優れたピアノ曲が聴かれる機会が増えてほしいものだ。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇バックハウス・カーネギー・ホール・リサイタル(1954年3月30日)第2集

2025-01-20 09:40:39 | 器楽曲(ピアノ)


~バックハウス・カーネギー・ホール・リサイタル(1954年3月30日)第2集~

ベートーヴェン:ピアノソナタ第32番
        ピアノソナタ第25番「かっこう」
シューベルト:即興曲Op.142-2
シューマン:幻想小曲集Op.12より第3曲「なぜに?」
シューベルト(リスト編曲):ウィーンの夜会第6番
ブラームス:間奏曲Op.119-3

ピアノ:ウィルヘルム・バックハウス

録音:1954年3月30日、ニューヨーク、カーネギー・ホール

発売:1972年

LP:キングレコード(ロンドン・レコード) MZ 5099
 
 このLPレコードは、ドイツの大ピアニストのウィルヘルム・バックハウス(1884年―1969年)が、ニューヨークのカーネギー・ホールで行ったコンサートのライヴ録音の第2集(第1集は別掲)である。この夜のコンサートは、バックハウスのアメリカにおける実に28年ぶりの演奏であった。実際のコンサートでの演奏曲順は、このLPレコードとは異なり、ベートーヴェン:ピアノソナタ第25番に続き、ピアノソナタ第32番が演奏され、最後にアンコールに応えて4曲の小品が演奏された。一般的に言って、当時のライヴ録音は音質が悪く、鑑賞には向かないものが多いが、このLPレコードは、ライヴ録音ながら何とか鑑賞に耐え得る音質となっている。バックハウスは、ドイツ・ライプツィヒ出身(1946年にスイスに帰化)。16歳(1900年)の時にデビュー。1905年、パリで開かれた「ルビンシュタイン音楽コンクール」のピアノ部門で優勝を果たす。第二次世界大戦中は、ヒトラーがバックハウスのファンであったためにナチスの宣伝に利用され、これが戦後に禍し、ナチ協力者として米国でバックハウスの来演を拒否する動きが起こった。このことが、このLPレコードの「アメリカにおける実に28年ぶりの演奏」の真相であったのだ。そう思ってこのLPレコード聴くと、聴衆の熱狂の真の意味を理解することができる。このニューヨークでのコンサートの後、同年4月5日~5月22日に訪日を果たし、日本のファンの熱烈な歓迎を受けることになる。バックハウスは、1969年6月28日にオーストラリアでのコンサート演奏中に心臓発作を起こす。しかし、医師の忠告を聞かず、最後まで弾き終え、運ばれた病院で亡くなった。このコンサートの最後に弾いたのが、このLPレコードにも収められているシューベルト:即興曲Op.142-2であった。バックハウスは、よく“鍵盤の獅子王”と言われるが、バックハウスの技巧の素晴らしさを言い表したもの。このLPレコードのA面に収められているベートーヴェン:ピアノソナタ第32番は、正に“鍵盤の獅子王”に相応しく、威風堂々と曲に真正面から取り組み、スケールの大きな表現でこのベートーヴェン後期の大作が持つ、深い精神性を余すところ無く表現し尽している。一方、第25番は、ベートーヴェンの中期の比較的簡素なピアノソナタであるが、バックハウスは、決して手を抜くことはせず、全力で一気呵成に弾きこなす。こんなところがバックハウスの魅力なのでろう。アンコールで弾いた4曲は、いずれもこれらの曲に込められたバックハウスの深い愛情が聴き取れる優れた演奏となっている。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇若き日のアシュケナージのシューベルト:ピアノソナタ第18番「幻想」

2025-01-09 09:42:29 | 器楽曲(ピアノ)


シューベルト:ピアノソナタ第18番「幻想」D.894(Op.78)

ピアノ:ウラディーミル・アシュケナージ

録音:1970年、ロンドン・オペラ・センター

発売:1977年

LP:キングレコード SLA 1131
 
 シューベルトのピアノソナタ第18番は、初版譜に“幻想曲”と書かれていたことから「幻想ソナタ」と呼ばれている。この曲はシューベルトのピアノソナタの中でも、内容的に優雅で、完成度も高い曲である。しかし一方、「冗長度が高く、演奏効果を出し難いピアノソナタ」という評価を下す向きもあることも事実。このLPレコードは、そんなシューベルトのピアノソナタを、ピアニスト時代の若き日のウラディーミル・アシュケナージ(1937年生まれ)が弾いた録音である。アシュケナージは、旧ソ連出身のピアニスト&指揮者である。1956年に「エリザベート王妃国際音楽コンクール」に出場して優勝を果たし、一躍その名を世界に知らしめ、その後の欧米各国での演奏旅行で、その実力が認められるに至った。1962年には「チャイコフスキー国際コンクール」で優勝。しかし、1963年に、ソヴィエト連邦を出国し、ロンドンへ移住し、以後実質的な亡命生活を送ることになる。1970年頃からは指揮活動にも取り組み始め、現在では指揮者としての活動が中心となっている。現在、スイスのルツェルン湖畔に居を構え、ここを拠点として、シドニー交響楽団およびEUユース管弦楽団の音楽監督として世界的な活動を展開している。2004年から2007年までNHK交響楽団の音楽監督を務め、2007年からは桂冠指揮者を務めているので、今やアシュケナージの名を聞くとピアニストとしてより指揮者のイメージの方が定着している。このLPレコードの録音は、1970年、ロンドン・オペラ・センターで行われたので、アシュケナージ33歳の時のピアノ演奏ということになる。アシュケナージのピアノ演奏は、超人的な演奏技能により、どんな難曲でも難なく弾きこなす凄さに加え、抒情的な表現でも並外れた才能を発揮する。このLPレコードではそんなアシュケナージの抒情的な演奏の冴えを存分に味合うことができる。シューベルトのピアノソナタは、ベートーヴェンのそれとは異なり、多くの曲が歌曲のように美しいメロディーに埋め尽くされているが、そんなシューベルトのピアノソナタの特徴が、もっとも多く盛り込まれたピアノソナタが、この第18番「幻想」なのである。特に、第1楽章に、この曲の持つ叙情性と歌曲性とが集約されているわけであるが、アシュケナージは、ものの見事にこの二つの側面を表現しており、改めてピアニストとしてのアシュケナージの実力の高さに、眼を見張らされる思いがする。何か、アシュケナージの指から、こんこんと音楽が湧き出してくるような、不思議な体験をさせられるLPレコードである。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇リリー・クラウスのモーツァルト:ピアノソナタ第3番/第9番/第11番/幻想曲ニ短調K.397

2024-12-16 09:49:35 | 器楽曲(ピアノ)


モーツァルト:ピアノソナタ第3番K.281
       ピアノソナタ第9番K.311
       ピアノソナタ第11番K.331
       幻想曲ニ短調K.397

ピアノ:リリー・クラウス

LP:東芝EMI EAC‐30132 
  
 モーツァルトを弾かせたら、現在に至るまで、それらに並び得る者がいないというピアニストが3人いる。ディヌ・リパッティ(1917年―1950年)、クララ・ハスキル(1895年―1960年)、それに今回のLPレコードで弾いているリリー・クラウス(1903年―1986年)の3人だ。いずれも天性のモーツァルト弾きであり、演奏技巧がどうのこうのと言う前に、そのピアノ演奏から紡ぎ出す音楽自体が、モーツァルトの演奏に欠かせない活き活きとした光彩を帯びており、優美さ、典雅さ、純粋さ、いずれをとっても、天上の音楽と言えるほどの域に達している。リリー・クラウスの演奏はというと、背筋がピンと張っているような、実にメリハリがある音が特徴だ。そして川が流れるように自然にメロディーが流れ、泉が湧き出るが如く心地良いリズムを刻む。このLPレコードは、リリー・クラウスによる「モーツァルト/ピアノ・ソナタ全集」のVOL.6である。3曲のピアノソナタと幻想曲ニ短調が収められている。どの曲の演奏もリリー・クラウスの特徴が出た録音だが、ピアノソナタ第3番の演奏が、私には特に印象に残る。モーツァルト初期の作品にもかかわらず、リリー・クラウスの手に掛かると、あたかも中期か後期の作品にも思えるような深みを帯びてくるから不思議だ。 ピアノソナタ第9番の演奏は、如何にもモーツァルトらしく軽快なテンポを帯び、伸びやかな雰囲気が何とも言えず心地良い。無心の中に秘めた技法がキラリと光る。ピアノソナタ第11番は、しっとりと優雅に弾き進む。何かに導かれているように、リリー・クラウスのピアノ演奏は純粋そのものと言ったらいいのだろうか。特に、有名な「トルコ行進曲」の楽章では、あたかもモーツァルトがリリー・クラウスに乗り移ったかの如く、颯爽とした名演を聴かせる。最後の幻想曲ニ短調では、陰影に富んだモーツァルトの短調独特の世界に、自然とリスナーを導く。何よりもモーツァルトの哀愁が、ただ聴いているだけで胸を打つ。リリー・クラウスは、オーストリア=ハンガリー帝国、ブダペスト出身。ブダペスト音楽院、ウィーン音楽院で学ぶ。その後、アルトゥル・シュナーベルに師事するためベルリンに移った。モーツァルトやベートーヴェンの演奏で名声を得ると共に、ヴァイオリン奏者のシモン・ゴールドベルクと室内楽の演奏・録音を行い、国際的な称賛を得た。第二次世界大戦後、1967年にアメリカに移住。1986年、ノースカロライナ州アッシュヴィルにて永眠(享年83歳)。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇巨匠リヒテルがベートーヴェン:ピアノソナタ第7番とバガテル集を弾く

2024-11-11 09:43:17 | 器楽曲(ピアノ)

 

ベートーヴェン:ピアノソナタ第7番
        バガテル集(Op.33、119、126)

ピアノ:スヴャトスラフ・リヒテル

発売:1979年

LP:ビクター音楽産業 VICX‐1018

 このLPレコードでピアノを独奏しているスヴャトスラフ・リヒテル(1915年―1997年)は、圧倒的な技巧に加え、感覚的で鋭い表現力を持ち、しかも音そのものの粒が揃い、弱音から強音までダイナミックレンジが広いピアノ演奏で一世を風靡したロシアのピアニストであった。リスナーが一度でもリヒテルの演奏を聴くと、男性的で力強いピアニズムの一方で、その力強いピアノタッチからはとても想像も出来ないような繊細な表現力も併せ持っているので、たちまち完全に魅了されてしまうことになる。LPレコードからは、なかなか分りづらいが、実演では即興性にも長けていたピアニストであったという。要するにリヒテルは、ピアニストとして完璧と言っていいほどの完成度を誇っていたのである。このLPレコードには、「メロディアが誇る三大巨匠の記念碑的名演を厳選して贈る画期的シリーズ遂に登場」とある。三大巨匠とは、当時世界のクラシック音楽界を席巻していた、3人のロシア出身演奏家、チェリストのロストロポ-ヴィッチ(1927年―2007年)、ヴァイオリニストのオイストラッフ(1908年―1974年)、それにピアニストのリヒテルを指す。このシリーズには、リヒテルについて7枚のLPレコードが含まれている。それらは、このLPレコードのベートーヴェン、それに加えハイドン、シューベルト、ショパン、シューマン、スクリャービン、プロコフィエフのLPレコードである。これは、リヒテルが得意としていた作曲家の幅が如何に広かったかに驚かされる。こんな例は、ホロビッツ(1903年―1989年)ぐらいしかいないであろう。このLPレコードでは、ベートーヴェンの初期の作品がリヒテルのピアノ演奏で聴ける。A面のピアノソナタ第7番は、第1交響曲よりも少し前の作品で、1793年に書かれた3曲のピアノソナタの3番目の曲。このピアノソナタの第2楽章は、「ラールゴ・エ・メスト(悲しげに)」と書かれており、物悲しさに満ちた楽章。ベートーヴェンは「心の憂愁な状態をあらわし、そのあらゆる微妙な陰影やあらゆる様相を描く」と語ったと言われる。ここでのリヒテルの演奏は、正に”憂愁な状態”を巧みに弾き出しており、ベートーヴェンの中期から後期作品かと見まごうほどの内容の濃い表現力で、聴くものを魅了する。B面に収められたバガテルとは、“ちょっとしたもの””つまらないもの”といった意味のピアノ作品のこと。リヒテルは、これらの作品でもピアノソナタと同じように全力で弾きこなす。(LPC)

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