宮城の友人が御朱印が届きました。
石山寺 滋賀県大津市石山寺
琵琶湖から流れる瀬田川の西岸に鎮座しています。西国三十三所観音霊場の第十三番札所で、古くからたくさんの文学者が参拝し、
中でも紫式部が源氏物語の起筆したゆかりのお寺としても知らています。宗派は東寺真言宗。
多宝塔
源頼朝の寄進により建立。石山寺の多宝塔は日本最古かつ最も優美であるとの呼び声も名高い。
また、国宝にも認定され4円切手のデザインにもなったことで有名。
西国三十三所 第十三番の御朱印
西国三十三所 御詠歌の御朱印
「後の世を 願うこころは かろくとも ほとけのちかい おもき石山」
と御詠歌が墨書きされています。
※死んだ後に極楽へ行くことを願う私の願いなど、到底及びもしないほど多くの生きている者たちのあらゆる願いを
聞き入れようとする観音さまの誓いは、石山のように重くゆるぎない
ご朱印帳
天台宗 京都大原 三千院 京都市左京区大原来迎院町
創立は天台宗の祖最澄が788年に比叡山の梨の樹のもとに「円融房」を立てたのが始まりです。
また有名な極楽院は恵心僧都(えしんそうず)という僧の妹である安養尼の庵「持仏堂」の 旧跡と言われています。
(高松中納言実衡妻の真如房尼によって1143年から1148年建立されたという説もああります。)
浜参宮 伊勢二見ヶ浦 二見興玉神社
御祭神に猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)を祀り、縁結び・夫婦円満・交通安全などにご利益のある神社。
正面に見える夫婦岩は、沖合約700m先に鎮まる猿田彦大神縁りの霊石「興玉神石」と、
日の大神を遙拝するための鳥居とみなされています。
古くより神宮参拝の前に二見浦の海水で心身を清める禊をする「浜参宮」という習わしがあり、
現在でもまず神社に参拝し、お祓いを受けてから神宮へ向かう参拝者も多い。
熊野古道とは
「熊野」は、和歌山県南部~三重県南部の地域を指します。和歌山県南部に「熊野三山」と呼ばれる三つの大きな神社があり、
熊野三山へお参りするための道を熊野古道といいます。
熊野速玉神社 和歌山県新宮市新宮
熊野本宮大社、熊野那智大社とともに熊野三山を構成する大社。
神倉神社のゴトビキ岩に降臨した熊野権現を勧進するため、景行天皇の時代に社殿を造営したと伝えられています。
主祭神は熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)の夫婦神。
神倉神社
熊野大神が熊野三山として祀られる以前に一番最初に降臨された聖地です。
天ノ磐盾という峻崖の上にあり、熊野古道中の古道といわれる五百数十段の仰ぎ見るような自然石の石段を登りつめた所に
御神体のゴトビキ岩があります。(写真はWikipediaより)
熊野那智大社 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町
那智山の中腹に鎮座し、那智大滝(那智の滝)に対する原始の自然崇拝を起源とする神社。
熊野三山の一つとして熊野十二所権現を祀るが、那智大滝を神格化した「飛瀧権現」を加え十三所権現とも呼ばれています。
八咫烏(やたがらす)・御縣彦社(みあがたひこしゃ)
八咫烏は熊野の神様のお使いである三本足の烏です。
より良い方向へ導く、お導きの神様とされ、熊野那智大社の境内にある御縣彦社(みあがたひこしゃ)で
お祀りされています。
熊野本宮大社 和歌山県田辺市本宮町本宮
熊野三山(本宮・速玉・那智各大社)の中心、全国に4700社以上ある熊野神社の総本宮です。
2004年(平成16)世界文化遺産に登録されました。家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)を主祭神とし、
ほか13柱を祀っています。創建年代は不詳。
青岸渡寺 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町
西国三十三所霊場の第一番札所
仁徳天皇の時代(313~399)にインドから那智に渡来した裸形上人(らぎょうしょうにん)が、那智の滝で観世音菩薩を感じ得て、
現在の場所に庵を造ったのが始まりとされています。
御本尊は如意輪観世音菩薩(にょいりんかんせおんぼさつ)。
大本山・永平寺 福井県吉田郡永平寺町
今から約770年前の寛元2年(1244年)道元禅師によって開創された出家参禅の道場。
大佛寺山に拠って、渓声山色豊かな幽邃の境に七堂伽藍を中心とした
大小70余棟の殿堂楼閣が建ち並んでいます。
お土産頂きました。
たくさんのご朱印と欲しかったご朱印帳ありがとう。
まいたけのうま煮も美味しゅうございました。