太平洋側の東日本がM9の地震と津波により大きな被害を受けた3.11震災から10年の歳月が流れた。
その時は自分もブログを書いていなかったが、 何かを自ら発信する意味を考えてこのブログを書
き始める切っ掛けにもなった。 私だけでなく震災の被災者で無くても3.11が自らが変わるターニ
ングポイントになった人も多いと思う。
10年目の3.11はこれまでとは明らかに大きな変化があった。 それは福島第一原発事故は3.11震災と
切り離されて別の問題になってしまった事。 あくまでも私個人の解釈で地元福島の人達からはお叱
りの言葉を受けそうですが、震災からの復興を考えるとどうしても廃炉への道筋さえも見えない福島
の原発事故が大きな足枷となって前に進まず、思考停止に貶め日本の将来が暗くネガティブな症状へ
流れてしまう。 あの黒い闇の中に引き摺り戻す強力なトラウマを振り払う為には苦渋の決断として、
気持ちの整理として、妥協する意味でもどんな言葉や理由があっても正当化は出来ないが、東日本の
復興から福島の原発事故を除外することを世間許したのかもしれない。
安倍政権の作成した3.11福一原発事故調査報告書の内容など信用できるはずも無く、菅義偉政権によ
り日本は東京五輪の中止から本格的な“恍惚の時”をむかえようとしている一歩手前。 今はそんな
感じのご時世です。 3.11震災から10年目の今年、再び多くの人々が新たなターニングポイントをむ
かえようとしている。 原発事故が無ければ8年ほどで廃炉は可能だったはずだが、原子炉格納容器の
上部のふたに1京ベクレルを超える放射能汚染が確認されているので、到底廃炉などは無理だろう。
チェルノブイリのように石棺に収めるにしても相当な苦労があると思われるが、それ以前に3.11震災当
時の事を思い出すと疑問ばかりになる。 電力不足による都市部の計画停電のリスクを気にせずに原発
を停止していればと今更のように思う。 また水蒸気爆発による危険回避の策として原発に海水を注
入して冷却する方法の是非が問われたのは何の為だったのだろうか。 海水を利用しなくても原子炉を
冷却するだけの大量の水があったではないか、何故海水の注入に話が進んだのか、そして水蒸気爆発で
はなく、メルトダウンによる原子炉の崩壊が適確に伝えられていないのは何故なのか。 当時の民主党
政権の発表とは別に“海水注入”“水蒸気爆発”“計画停電”などの危機が問題視されたが、これらの
原発のリスク状況を本来の対処すべきリスクと風評被害の分別はできるだろうか。 そしてメルトダウ
ンの言葉が使用禁止されていたのは、原発事故を起こすべく何か別の力が在ったように思う。 つまり
は工作活動が入り込んでいた可能性を指摘したい。
お値段の安いカシオのデジタル時計、ベルトは壊れたが、2011年に購入で電池交換無く10年間使用しています。
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