歌集の『地下茎』
三日前の土曜日は真夏のような日照りだった。スーパーの帰りの4時すぎ、西日を浴びながら私は雨傘をひろげてさして歩いた。擦れ違う女たちはみなパラソルをさしていたが男は日傘をさしているのは一人も見かけない。紫外線は皮膚に害になるらしいのに。
♥ パラソルは男にはなき さりながら雲を生みたし風を生みたし 鈴木良明
スーパーから帰宅した私に歌集『地下茎』が届いていた。「かりん」の歌人・鈴木良明第二歌集、岩田正の帯文、この5月に短歌研究社刊行の、生まれたばかりの歌集である。重厚な装丁の歌集をひらくと掲出のパラソルの歌が、、。パラソルは男を軟弱に見せるから使わないのか。急雨に備えた軽量の折り畳み傘を日傘にすればいいのに。この歌の隣には
♥ 妻は日傘まはせば「日傘をさす女」 風孕ませて菜園に佇つ
爽やかな1首である。こんな風に詠まれたのは新婚の妻ではない。「あとがき」によれば鈴木良明は3・11の月末に38年間務めた公務員の職を引いた。子どもたちも巣立ち、夫婦ふたりだけの暮らしの5年間の作品373首を収めたのが『地下茎』。定年退職後は毎日が日曜日の夫は嫌われがちだ。でも鈴木さんは妻とほどほどに仲良く暮していられるようだ。
♥ でかけようと言へば化粧をするといふ今日はいつたい何に生(なる)のか
♥ 新しきふたりの住まひ探すごと小平樹林墓地を見にゆく
60代の初老の夫婦に「死」はまだかなり先のこと。樹林墓地の散歩を楽しむ二人。
♥ 君の一番きれいなときに遇ひしゆゑしどろもどろのへどろもろのわれよ
鈴木さんが妻と出会ったのは娘盛りの頃、そのとき彼は甘い言葉をささやいたことだろう。
下句の山崎方代調のしどろもどろ、、がよく効いている。「歌林の会」に入会して20年、すでに第一歌集も上梓。岩田正の帯文には~さまざまな自然や事物や日常的なこまごました問題の側面をうまく描きだす~とあるが私は鈴木さんの軽い歌ばかり取り上げたような気がする。とりあえず私の浅読み、これからじっくり『地下茎』を探りたい。
5月17日 松井多絵子