日毎の糧

聖書全巻を朝ごとに1章づつ通読し、学び、黙想しそこから与えられた霊想録である。

苦難からわたしの命を救われた主

2018-05-05 | Weblog
 サムエル記下4章 
   
  9節「ダビデはベエロト人リモンの子レカブとその兄弟バアナに答えて言った。「あらゆる苦難からわたしの命を救われた主は生きておられる」(新共同訳)

 1節「アブネルがヘブロンで殺されたと聞いて、サウルの息子イシュ・ボシェトは力を落とし、全イスラエルはおびえた」小見出し「イシュ・ボシェトの死」。アブネルの死はイスラエルに大きな衝撃を与え、王は舵取りを失う危機的な状況になった。「力を落とす」は新改訳「気力を失った」、「おびえた」は口語訳「みなあわてた」となっている。サウルの息子のもとに二人の略奪隊の長がいた。名をバアナとレカブといった(2節)。4節に何故ヨナタンの息子メフィボシェトが出てくるか判らないが、足が不自由になった原因がここに述べられている。
 5 節「ベエロト人リモンの子レカブとバアナは、日盛りのころイシュ・ボシェトの家にやって来た。イシュ・ボシェトは昼寝をしていた」。レカブとその兄弟バアナは、小麦を受け取る振りをして家の中に入り、彼の下腹を突き刺して殺し、首をはねた。彼らはその首を携えてアラバへの道を夜通し歩き、ヘブロンのダビデのもとに、その首を持参した(6~7節)。彼らの魂胆は、これによってユダの王ダビデから殊勲として、取り立てて貰うことであった。二人は「主は、主君、王のために…報復されました」と告げた。自分たちの殺人行為を正当化し、主の聖意に置き換えた(8節)。
 9節「ダビデはベエロト人リモンの子レカブとその兄弟バアナに答えて言った。「あらゆる苦難からわたしの命を救われた主は生きておられる。」と告げ、かつてサウルの死をわたしに告げた者は、自分では良い知らせをもたらしたつもりであった。だが、わたしはその者を捕らえ、ツィクラグで処刑した。それが彼の知らせへの報いであると語っている。
11節「まして、自分の家の寝床で休んでいた正しい人を、神に逆らう者が殺したのだ。その流血の罪をお前たちの手に問わずにいられようか。お前たちを地上から除き去らずにいられようか。」ダビデの命令によって、従者は二人を殺して両手両足を切り落とし、ヘブロンの池のほとりで木につるした。イシュ・ボシェトの首はヘブロンに運ばれ、アブネルの墓に葬られた。(12節)
 キリスト者もまたあらゆる苦難から、命を救われる主を信頼して生きたいものである。「これまでのように、今も生きるにも死ぬにもわたしの身によってキリストが公然と崇められるようにと切に願い希望しています」(フィリピ1章20節)