篆刻用の印材は、以前は青田石、最近は寿山石が主体となっています。青田は、中国浙江省青田県で産出される花乳石を 14世紀に、王冕(おう べん)という人が印材に適していることを見つけたことが起源とされています。この発見によって安く刻に適した印材が普及し、篆刻文化の発展につながったと言われています。
青田石は、薄い緑がかった灰色で半透明な材であります。主成分が葉蠟石で、 大きく分類して10種、細分化すると100種類以上に区分されているようです。最も良質で外観も美しいのが、「魚脳凍」とか「青田封門」「蘭花(華)青田」などと呼ばれ、印材で最も美しく高価なものの一つに数えられていました。蘭(藍)花青田は、藍や青の模様や斑点が多いほど珍重され高値になるようです。
左は、均質な古い青田石、右の3個には真ん中には特有の魚脳凍紋が流れています。右二つは蘭花(華)青田で、小さな青い斑点や星が特徴です。
ヤフオクで数十年も前に彫られたような印を数百個も集めるうち、なんとも艶やかで淡い茶色や白灰色の模様が美しい印材がたまに混じっているのに気づいていました。いろいろ調べるうち、どうやらこれがかつて、青田石の中で最も良質で、特級扱いされた「魚脳凍」に分類されるものに違いないと思います。
ご他聞に漏れず、大量の石が切り出され長期間無制限な乱掘が行われた結果、質のいい青田石は姿を消し、粗悪な印材が出回るようになったようです。最近の情報では、アフリカで似たようなヨウロウ石鉱脈が発見され、切り出し処理や加工がまともになってきて、印材の品質が最低レベルに達したので輸出されるようになりました。ここにも中国の一帯一路政策が反映されているのでしょう。
一方で中国福建省寿山周辺で採掘された葉蠟石を寿山石と呼びます。こちらは、赤茶色が主体で透明感は少なく、さまざまな模様が混色となっているものが多いのです。色彩豊富で複雑なわりに柔らかく彫りやすい、更に磨くと艶が出るので近年青田石に替わって来ました。その中でも、希少かつ独特な美しさで中国の最高印材と名高いのが寿山郷の田黄坂でしか取れない田黄石であります。
田黄は、半透明で色の薄いものから明るい黄茶色のものまで様々です。上の写真の左は、田黄石に似たような色の寿山石(田黄石ではありません)と思われます。右は、沢山あった篆刻済み印に紛れていたものですが、色合いや形からして本物の田黄石だとにらんでいます。幅2㎝高さ3㎝の小印ですが、表裏共に舟、松、人物を細密に彫っています(薄意といいます)。田黄石はせいぜい、手のひらに収まる丸い小石です。高さ5㎝を越えるような田黄ならば最低数万円、ものによっては100万円以上するのです。小さなかけらのようなものでも、本物ならば、薄意を施し印材として貴重品扱いされたものだと思います。
寿山としては、その他にも乳白色に淡い黄土色が混じる高山凍、善伯洞などが美しい印材として珍重されます。また、寿山石の中で、宦渓鎮という岩山の山頂付近に産出される 芙蓉石と呼ばれる美しい白色と透明度の高い上品な石の一群もあります。単色の白っぽく芙蓉の花のように美しいという芙蓉石は、定義があいまいで、外観からも特徴が分かりにくいのです。ネットでいろいろ出回っているのですが、宦渓鎮で採取されたという証明が無いので、なかなか自分ではこれがそうだ、と特定できる自信がありません。
さらに、浙江省杭州市臨安区昌化鎮 という岩山で採掘される葉蠟石を「昌化石」と呼びます。こちらは産出量がさほど多くない様で、出回っている印材が少ないのです。その中で、鮮やかな血の色が流れるような石が「鶏血石」であります。その血の量が多いと非常に貴重で、何十万円もするゆえに偽物が多く出回っています。写真上の茶色がかった石は、おそらく普及品の寿山石です。その下の3個は昌化鶏血石で間違いありません。血の模様のフィルムも張られていませんし、印面までしっかりと朱が走っています。これ以外にモンゴル自治区のパリンという場所で産出される石を巴林鶏血石といいますが、似て非なるもの、価値は低いようです。
石の良し悪しは、またそのうちに。
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