心向くまま徒然徘徊紀

思うままに思い、思うままに徘徊し追憶・追記を重ねていきたい。

イスラム国とは?-1

2014-11-26 14:46:09 | 政治哲学

 

この凶悪なイスラム国は

正直に言って

あれよあれよといつの間にか

出来上がってしまったという観がありますね!

 

でも、私にとってはこの国は

どさくさの中で

必然的に出来上がってしまったのでは?

と思ってしまいます。

 

やっぱりという気がするのですね。

アフガンがカオスになり

イラクがカオスになり

リビアがカオスになり

今、

イラクの隣国シリアがカオス状態に

導かれています。

 

更に、

ウクライナに飛び火しています。

 

ふつうこういう戦乱は

どこかにこの長い戦乱の中で

たまり場が出来上がっていくんですね。

 

一度壊してしまうと、

しっかりしたケア・手立てがないと

 

その仇花が

悲惨さ、残酷さ、破壊と、

その程度に応じた仇花が

 

憎悪・残酷さ・悲惨さ・悲涙とともに

出来上がってしまうこと

そのような状態・社会が

必ず出現するという予測はつくはずです。

 

* それをカルタロスの世界とでもいうのでしょうか。

 

またそういう行為を決断するそのレベルの人々は

それにふさわしい責任を持つべきだと思います。

 

そのことなしに

建国の理想

(自由、平等、博愛は形式で有ってはならない)と

緻密で厳格な

その建国のプロセスを

厳格なコントロール化(ファシスト的な厳格性ではない)

において実施することは不可欠でしょう。

 

わが祖国の維新革命においても

それを成就した西郷隆盛たちは

その後に押し寄せるものを予想していました。

 

幕府を廃止し廃藩置県を実行し士農工商を廃止し、

その為

巷に身分特権を失った士族たちが膨れ上がりました。

 

「征韓論」などで

そのエネルギーをそらすことに失敗し、

故郷に帰り、

「佐賀の乱」「秋月の乱」「西南の役」など

一連の乱を起こし

自らの作り上げたものによって

露と消え去りました。

 

そういうことなしに新しい夜明けは来なかったのですね。

”悟りの退却”なしには不可能だったということでしょう。

 


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1 コメント

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ありがとう (杭全のおっちゃん)
2014-11-29 12:10:24
風邪罹患のなかブログ立ち上げありがとうございます。
すみやかな回復をおいのりしています。
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