我家の息子A・Bですが、
25・23歳になっても見ている番組、金八先生です。
たいてい仕事や学校があって夜中にDVDで欠かさず見ています。
なのでつられてワタシも一緒に…。
今回のシリーズ、茨木のり子さんの詩が
随所に登場してくるんですよね。
偶然にもmiyブログでも紹介していたってわけね。
今まで取り上げてきた記事→「茨城のり子」クリックしてね!
検索ワードに「茨木のり子」というのが
多いのもそのせいだったのだとやっとわかりました。
今日の金八先生でも紹介されていました。
ほんとうに若い人に読んでもらいたい詩ですね。
~~~~~~わたしが一番きれいだったとき 茨木 のり子~~~~~~
わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした
わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった
わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった
わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った
わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた
わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった
だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
ね
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
言葉のもつ力の大きさを思い知らしめてくれる詩人です。
25・23歳になっても見ている番組、金八先生です。
たいてい仕事や学校があって夜中にDVDで欠かさず見ています。
なのでつられてワタシも一緒に…。
今回のシリーズ、茨木のり子さんの詩が
随所に登場してくるんですよね。
偶然にもmiyブログでも紹介していたってわけね。
今まで取り上げてきた記事→「茨城のり子」クリックしてね!
検索ワードに「茨木のり子」というのが
多いのもそのせいだったのだとやっとわかりました。
今日の金八先生でも紹介されていました。
ほんとうに若い人に読んでもらいたい詩ですね。
~~~~~~わたしが一番きれいだったとき 茨木 のり子~~~~~~
わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした
わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった
わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった
わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った
わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた
わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった
だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
ね
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
言葉のもつ力の大きさを思い知らしめてくれる詩人です。
記録的な長寿番組でしょう。
「詩」もよく取り入れているようですね。
私は今は見ていませんが、初期の頃はよく見ました。
そのころに「高村光太郎」の詩で、正確なタイトルは定かでないのですが、傷を負った獅子が、風の中で安らぐ孤高の姿を描いていた一篇を劇中で紹介しました。
当時、吹けば飛ぶようなサラリーマンであった自分はかくありたいが、真似することすら出来ないような凛烈さを感じたことを思い出します。
岩波ジュニア新書に、茨木のり子さんの「詩のこころを読む」という本があることを知りました。
取り寄せ中で、到着を待っているところです。
風鼻爺さんになってしまいました。
幸い「花粉症」とは全く無縁なんですが・・・。
再度読み直して「金七先生」というのに大爆笑してしまいました
新しいシリーズ完成間近かもしれませんね(笑)
…冗談はさておいて…
「高村光太郎」の詩も使われていたことがあったんですか?
ということは風花爺さんも結構ご覧になっていらしたのですね
茨城のり子さんの「詩のこころを読む」ですか?
なんだかじっくり読みたくなるようなタイトルですね!
是非感想を聞かせてくださいね!