内山興正老師の言葉です。
さてこのように仏教も基督教も一(ひと)ひっくるめにして「御いのち抄」を書くつもりになったら,旧に私のうちに,「東洋の文化は落着き志向」,これに対して「西洋の文化は生き甲斐志向」ということがはっきり浮かび上がってきました。
明治以降の日本人の人生観は,明らかに「東洋的落着き志向」から「西洋的生き甲斐志向」に急転換したといえましょう。しかもその際,この西洋的生き甲斐の背景地盤となってきている基督教については全く学ぶことはく,バッサリそれを切り捨てたまま,西洋的生き甲斐志向のみを取り入れたのでした。「大東亜恒久平和のため」という生き甲斐は,基督教的「神の国」や「共産主義社会実現のため」を「大東亜恒久平和」に書き変えただけでした。そしてこの中途半端な書き換えがみごと空中分解してしまった戦後は,もう単純明快に「欲望的生き甲斐」一本に絞り上げてしまっています。
ところがじつはこの「欲望的生き甲斐」について,聖書では,「世と世の欲は過ぎゆく」とあり,又「亡び失する獣の如し」ともあります。又仏典では,この「欲望的生き甲斐」について「煩悩」と呼ぶのであり,あるいは「遍計所執性」とも呼んでいます。一口にいって,これは人生観としては,東洋でも西洋でも,近世まではもっとも低級下品な生き甲斐,価値観とされてきたものです。いまの日本人がこれを低級下品と思わず,いかにも進んだ人生観,価値観と思うとしたら,それは日本人そのものが低級下品になってしまったからです。
明治維新以降、日本人は本当の心のよりどころを失ってしまって、いいことも悪いことも西洋文明の影響を受けるようになりました。そして、現代は物欲、金銭欲にかりたてられています。お金が幸せの尺度だとさえ言われています。内山老師はこれを「欲望的生きがい」と呼ばれ、低級下品だと通説に批判されるのです。
さてこのように仏教も基督教も一(ひと)ひっくるめにして「御いのち抄」を書くつもりになったら,旧に私のうちに,「東洋の文化は落着き志向」,これに対して「西洋の文化は生き甲斐志向」ということがはっきり浮かび上がってきました。
明治以降の日本人の人生観は,明らかに「東洋的落着き志向」から「西洋的生き甲斐志向」に急転換したといえましょう。しかもその際,この西洋的生き甲斐の背景地盤となってきている基督教については全く学ぶことはく,バッサリそれを切り捨てたまま,西洋的生き甲斐志向のみを取り入れたのでした。「大東亜恒久平和のため」という生き甲斐は,基督教的「神の国」や「共産主義社会実現のため」を「大東亜恒久平和」に書き変えただけでした。そしてこの中途半端な書き換えがみごと空中分解してしまった戦後は,もう単純明快に「欲望的生き甲斐」一本に絞り上げてしまっています。
ところがじつはこの「欲望的生き甲斐」について,聖書では,「世と世の欲は過ぎゆく」とあり,又「亡び失する獣の如し」ともあります。又仏典では,この「欲望的生き甲斐」について「煩悩」と呼ぶのであり,あるいは「遍計所執性」とも呼んでいます。一口にいって,これは人生観としては,東洋でも西洋でも,近世まではもっとも低級下品な生き甲斐,価値観とされてきたものです。いまの日本人がこれを低級下品と思わず,いかにも進んだ人生観,価値観と思うとしたら,それは日本人そのものが低級下品になってしまったからです。
明治維新以降、日本人は本当の心のよりどころを失ってしまって、いいことも悪いことも西洋文明の影響を受けるようになりました。そして、現代は物欲、金銭欲にかりたてられています。お金が幸せの尺度だとさえ言われています。内山老師はこれを「欲望的生きがい」と呼ばれ、低級下品だと通説に批判されるのです。