今日は思考を変えて 曾良庵に戻ってみます
これは 中村 七十氏が作った 曽爺さんの立像
僕は 祖父:自由也の像だと思い込んでいたが どうやら 曽祖父:一太郎であるらしい
小さいときから 客間の床の間に飾られていたので覚えていた像であり
わけもわからずテカテカに磨いていたような記憶がある
今回 プロンズ像は母から 書簡をは兄から貰い 色々見てくうちに改めて発見した事であるが
製作者:中村七十氏と曽爺さんを結びつける記録が無い
*作るときの はがきは残っているんですけどね
何故 一太郎の像を中村七十が作成したのか?
中村姓から 不折との関係を追ってみたが不明
政友会がらみでの 関係とも考えられ検索したが不明
長野県上伊那郡朝日村平出には 有賀喜左衛門・中村吉治がいる
共通するキ-ワ-ドは 「柳田国男」・・・ 柳田氏には父も会った事が
有るということなので 無理やり 柳田氏とこの二人
そして七十を結びつければ 考えられるが無理がありすぎる
もう一つは 中村家は代々の宮大工という事から 岡谷と繋がりがあり
紹介をうりたという考え方であるが いずれも すごい推測の域を脱していない
勿論 中村不折氏との関係は見つからない
これについては 今後も調べて行きたいので 中村七十氏の情報のみ掲載しておきます
中村七十 (彫) 昭和16年10月20日没
中村七十(なかむら・しちじゅう)は、本名を中村永男(なかむら・ながお)といい、
明治44年(1911年)に長野県上伊那郡朝日村平出(現在の上伊那郡辰野町)に生まれた。
第14、15回帝展に、塑像作品が入選。美校では建畠大夢に師事した。
わずか30才と8ケ月の人生だった。
非常に 珍しい象らしいです