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🇫🇷水声社

2021-01-16 04:39:53 | 翻訳
〈翻訳家は裏切り者〉ではない。決して裏切らないために翻訳するのである。
〈世界文学〉を支える翻訳とはいかにして行われるのか――古典、詩歌、小説、思想、映画、そして創作にいたるまで、ある言語が別の言語と通いあう道なき道を模索し、苦闘の末に言葉を見出した翻訳家たちの冒険の記録!

【目次】
序 翻訳という幸福の瞬間  澤田直

Ⅰ 翻訳史から見える展望
『フランス語翻訳史』を書くということ――企画、方法、展望をめぐって  ベルナール・バヌン

Ⅱ 作家と翻訳
文法のすれちがいと語りの声  多和田葉子
無名の手に身を委ねること  堀江敏幸

Ⅲ 初訳、再訳、新訳(古典、娯楽小説)
新訳の必要性――ラブレーの場合  宮下志朗
西鶴の文体を翻訳する  ダニエル・ストリューヴ
欄外文学を翻訳する――正岡子規の『病牀六尺』  エマニュエル・ロズラン
二流文学、二流翻訳、二流読者?――娯楽小説の場合  アンヌ・バヤール゠坂井
『オペラ座の怪人』の面白さ――エンタテインメント小説の翻訳  平岡敦
プルースト邦訳の可能性  吉川一義

インタールード
出産/Naissance d’ours blancs/白熊の  多和田葉子/坂井セシル

Ⅳ 翻訳という経験と試練(思想、映画、詩)
開く、閉じる――文学と哲学を翻訳する際の差異について  澤田直
映像のような言葉――可視化された字幕のために  マチュー・カペル
翻訳における他性の痕跡としての発話行為  ジャック・レヴィ
大岡信と谷川俊太郎の詩にみる言葉遊び――翻訳家の挑戦  ドミニック・パルメ
韻文口語訳の音楽――ランボー「陶酔の船」Le Bateau ivreを例に  中地義和

Ⅴ 世界文学と翻訳、残るものとその可能性
「世界文学」と「日本近代文学」  水村美苗
翻訳という名の希望  野崎歓

あとがき  坂井セシル


【編者/執筆者/訳者について】
澤田直(さわだなお)
立教大学教授、公益財団法人日仏会館理事。1959年生まれ。専門はフランス語圏文学・思想。パリ第1大学博士課程修了(哲学博士)。主な著書に『〈呼びかけ〉の経験』(人文書院)、『ジャン゠リュック・ナンシー』(白水社)、編著に『異貌のパリ 1919-1939――シュルレアリスム、黒人芸術、大衆文化』(水声社)、訳書に、サルトル『言葉』(人文書院)、『自由への道』(岩波文庫、全六巻、共訳)、フェルナンド・ペソア『新編 不穏の書、断章』(平凡社ライブラリー)、フィリップ・フォレスト『さりながら』(白水社、日仏翻訳文学賞)など多数。
坂井セシル(Cécile SAKAI)
パリ・ディドロ大学教授、日仏会館・フランス国立日本研究所所長。1957年生まれ。専門は日本近現代文学。CRCAO(東アジア文化研究所)研究員。パリ第7大学博士課程修了(東洋学博士)。主な著書に Histoire de la littérature populaire japonaise (1900-1980), L’Harmattan (日本語版『日本の大衆文学(1900-1980)』朝比奈弘治訳、平凡社)、Kawabata le clair-obscur – Essai sur une écriture de l’ambiguïté, PUF, coll. « Écriture »。日本近代現代文学のフランス語への翻訳に、谷崎潤一郎、川端康成、河野多恵子など二十点以上ある。谷崎潤一郎の選集(共訳)及び円地文子『女坂』(共訳)の仏訳により日仏翻訳文学賞を受賞。

ベルナール・バヌン(Bernard BANOUN)
パリ・ソルボンヌ大学教授。1961年生まれ。専門はドイツ語圏現代文学。異文化研究、ジャンル研究、翻訳史、移動文化史をフィールドとする。ヨーゼフ・ヴィンクラー、ヴェルナー・コフラーなどドイツ・オーストリアの作家の他、多和田葉子のドイツ語作品、最近では『雪の練習生』のドイツ語版をフランス語に翻訳。Histoire des traductions en langue française des débuts de l’imprimerie jusqu’au xxe siècle, tome IV, xxe siècle, sous la direction de Bernard Banoun, Isabelle Poulin et Yves Chevrel, Verdier(『フランス語翻訳史』第四巻「二十世紀」)の共編者。
多和田葉子(たわだようこ)
作家。1960年生まれ。チューリッヒ大学大学院博士課程修了、博士(ドイツ文学)。ドイツ語と日本語の二カ国語で小説や詩、批評を発表。1992年に『犬婿入り』(講談社)で芥川賞を受賞。ドイツでも数々の賞を受賞し、2016年には全作品に対してクライスト賞が与えられた。『容疑者の夜行列車』(青土社、谷崎潤一郎賞)、『雲をつかむ話』(読売文学賞)、『献灯使』(全米図書賞翻訳部門)、『地球にちりばめられて』(いずれも講談社)など多数の作品があり、自ら日本語に訳している作品もある。『雪の練習生』は自らドイツ語に翻訳した。
堀江敏幸(ほりえとしゆき)
作家、早稲田大学教授。1964年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。『おぱらばん』(青土社、三島由紀夫賞)、『熊の敷石』(講談社、芥川賞)、『雪沼とその周辺』(新潮社)はフランス語に翻訳されている。主な著書に『河岸忘日抄』(読売文学賞)、『その姿の消し方』(野間文芸賞、いずれも新潮社)、『坂を見あげて』(中央公論新社)、『曇天記』(都市出版)がある。訳書にジャック・レダ『パリの廃墟』(みすず書房)、パトリック・モディアノ『八月の日曜日』(水声社)、ユルスナール『なにが? 永遠が』(白水社)など多数。
宮下志朗(みやしたしろう)
放送大学客員教授、東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院修士課程修了。専攻はフランス・ルネサンス文学だが、近現代フランスの作家の翻訳も手がける。主な著書に『本の都市リヨン』(晶文社、大佛次郎賞)、『ラブレー周遊記』(東大出版会)、主な翻訳にラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエル』全5巻(ちくま文庫、読売文学賞、日仏翻訳文学賞)、モンテーニュ『エセー』全7巻(白水社)の他、バルザック、ゾラ、ロジェ・グルニエなど多数。
ダニエル・ストリューヴ(Daniel STRUVE)
パリ・ディドロ大学教授。1959年生まれ。パリ第7大学博士課程修了(東洋学博士)。CRCAO(東アジア文化研究所)研究員。専門は日本近世文学。主な論文に「垣間見――文学の常套とその変奏」(『源氏物語の透明さと不透明さ』、青簡舎)、「『西鶴大矢数』と西鶴文学における移動と変換」(『ことばの魔術師西鶴――矢数俳諧再考』、ひつじ書房)。主なフランス語への翻訳に井原西鶴の『西鶴置土産』『好色盛衰記』、井上靖『孔子』、堀辰雄『風立ちぬ』(ピエール゠フランソワ・カイエ翻訳賞)がある。
エマニュエル・ロズラン(Emmanuel LOZERAND)
フランス国立東洋言語文化大学教授。1960年生まれ。フランス国立東洋言語文化大学博士課程修了、博士(東洋学)。専門は日本近代文学、とりわけ森鴎外、夏目漱石、正岡子規。著書に『名のわづらい』(日仏会館)、 Littérature et génie national — Naissance de l’histoire littéraire dans le Japon de la fin du XIXe siècle, Les Belles-Lettres(『文学と国柄』、渋沢・クローデル賞受賞)など。フランス語への翻訳に森鴎外、武田泰淳などの小説や吉見俊哉の論考などがある。正岡子規『病牀六尺』の翻訳で日仏翻訳文学賞を受賞。
アンヌ・バヤール゠坂井(Anne BAYARD-SAKAI)
フランス国立東洋言語文化大学教授。1959年生まれ。パリ第7大学国家博士。専門は日本近現代文学。ガリマール社刊クワルト叢書『谷崎潤一郎』の編者。フランス語への翻訳に谷崎潤一郎の他、川端康成、大岡昇平、円地文子、大江健三郎、堀江敏幸など多数。谷崎潤一郎の選集(共訳)及び円地文子『女坂』(共訳)の仏訳により日仏翻訳文学賞、石田衣良『池袋ウェストゲートパーク』の仏訳により野間文芸翻訳賞を受賞。
平岡敦(ひらおかあつし)
中央大学非常勤講師、翻訳家。1955年生まれ。中央大学大学院修士課程修了。純文学から推理小説、SF、児童文学まで幅広い分野で翻訳活動を展開。これまでに八十冊を越える訳書を出している。主な翻訳にモーリス・ルブランのルパン・シリーズ、ダニエル・ペナック、イレーヌ・ネミロフスキー、ピエール・ルメートル『天国でまた会おう』(早川書房、日本翻訳家協会翻訳特別賞受賞)など。『オペラ座の怪人』(光文社古典新訳文庫)で日仏翻訳文学賞を受賞。
吉川一義(よしかわかずよし)
京都大学名誉教授。1948年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。ソルボンヌ大学博士。フランス文学専攻。日本プルースト研究会代表。共編著にMARCEL PROUST, Cahiers 1 à 75 de la Bibliothèque nationale de France, Brepols(『マルセル・プルースト――フランス国立図書館蔵カイエ1‐75』、2008年より刊行中)、著書に『プルーストと絵画』(岩波書店)、Proust et l’art pictural, Honoré Champion(『プルーストと絵画芸術』、カブール゠バルベック・プルースト文学サークル賞、学士院賞恩賜賞)、訳書にプルースト『失われた時を求めて』(岩波文庫、全14巻、既刊13巻)がある。
マチュー・カペル(Mathieu CAPEL)
日仏会館・フランス国立日本研究所研究員、グルノーブル・アルプス大学准教授。1975年生まれ。パリ第3大学大学院博士課程修了(映画・オーディオヴィジュアル)。専門は現代日本映画史。著書にÉvasion du Japon – Cinéma japonais des années 1960, Éd. Les Prairies ordinaires(『日本脱出――一九六〇年代の日本映画』)。映画論を中心に翻訳者としても活躍し、三十本以上の映画と十本の演劇の字幕に携わる。フランス語への翻訳に吉田喜重『メヒコ 喜ばしき隠喩』(日仏翻訳文学賞)、平田オリザ『三人姉妹 アンドロイド版』、小林多喜二『不在地主』がある。
ジャック・レヴィ(Jacques LÉVY)
明治学院大学教授。1953年生まれ。パリ第7大学DEA修了。専門はフランス文学、日本文学。現代日本文学のフランス語への翻訳に、中上健次の『賛歌』(ファヤール)、『岬』(ピキエ)、『奇蹟』(ピキエ、野間文芸翻訳賞)、阿部和重の『インディヴィジュアル・プロジェクション』(アクト・シュッド、日仏翻訳文学賞)、『シンセミア』(ピキエ)、『ニッポニア・ニッポン』(ピキエ)などがある。
ドミニック・パルメ(Dominique PALMÉ)
翻訳家。1949年生まれ。パリ第3大学比較文学修士課程及びフランス国立東洋言語文化大学修士課程修了。日本の近代現代文学を中心に翻訳活動を営む。井上靖『蒼き狼』、宇野千代『おはん』『色ざんげ』、吉本ばなな『キッチン』(いずれもキョウコ・サトウとの共訳)、大江健三郎『ヒロシマノート』、三島由紀夫『仮面の告白』『音楽』、池澤夏樹『帰ってきた男』、大岡信『日本の詩歌――その骨組みと素肌』、谷川俊太郎『世間知ラズ』の他、二十冊以上を翻訳。中村真一郎『夏』で日仏翻訳文学賞を受賞。
中地義和(なかじよしかず)
東京大学名誉教授。1952年生まれ。パリ第3大学博士。専門はランボーとフランス近代詩。著書に、Combat spirituel ou immense dérision ? Essai d’analyse textuelle d’Une saison en enfer, José Corti(渋沢・クローデル賞特別賞)、『ランボー 精霊と道化のあいだ』(青土社)、『ランボー 自画像の詩学』(岩波書店)、訳書に『ランボー全集』(共編訳、青土社)の他、ロラン・バルト、アントワーヌ・コンパニョン、ステンメッツ、とくにル・クレジオの作品の翻訳を手がける。
水村美苗(みずむらみなえ)
小説家、批評家。1951年生まれ。父の仕事の関係で12歳で渡米。イェール大学卒業(仏文専攻)・同大学院博士課程修了。プリンストン大学等で日本近代文学を教える。著書に『續明暗』(筑摩書房、芸術選奨新人賞)、『私小説 from left to right』(野間文芸新人賞)、『本格小説』(読売文学賞、いずれも新潮社)、『日本語が亡びるとき――英語の世紀の中で』(筑摩書房、小林秀雄賞)、『母の遺産――新聞小説』(中央公論新社、大佛次郎賞)などがある。フランス語では評論および『本格小説』が刊行されており、英訳や他国語訳も多数ある。
野崎歓(のざきかん)
放送大学教授、東京大学名誉教授。1959年生まれ。東京大学大学院修士課程修了。著書に『ジャン・ルノワール――越境する映画』(サントリー学芸賞)、『赤ちゃん教育』(講談社エッセイ賞、いずれも青土社)、『異邦の香り――ネルヴァル「東方紀行」論』(講談社、読売文学賞)、『夢の共有――文学と翻訳と映画のはざまで』(岩波書店)、『水の匂いがするようだ――井伏鱒二のほうへ』(集英社)。スタンダール、バルザック、ネルヴァル、トゥーサン、ウエルベックなど約五十冊の訳書がある。

中田麻理(なかたまり)
立教大学大学院博士課程在籍。1988年生まれ。立教大学大学院修士課程修了。専攻はフランス文学、ジェンダー研究。主な論文に「ジャン・ジュネにおける黒人像の起源と展開をめぐって――『花のノートルダム』を中心に」(『フランス語フランス文学研究』第112・113号、2018)がある。
須藤瑠衣(すどうるい)
パリ・ディドロ大学大学院修士課程在籍。1990年生まれ。立教大学大学院修士課程修了。専攻、フランスにおける日本文学の受容と翻訳。
小黒昌文(おぐろまさふみ)
駒澤大学准教授。1974年生まれ。京都大学大学院博士課程修了(文学博士)。専門は20世紀フランス文学。著書に『プルースト――芸術と土地』(名古屋大学出版会)、共訳書にフィリップ・フォレスト『荒木経惟 つひのはてに』『夢、ゆきかひて』(いずれも白水社)、『シュレーディンガーの猫を追って』(河出書房新社)がある。
福島勲(ふくしまいさお)
早稲田大学准教授。1970年生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門はフランス文学・思想、文化資源学。著書に『バタイユと文学空間』(水声社)、共編著に『フランス文化読本』(丸善出版)、訳書に『ディアローグ デュラス/ゴダール全対話』(読書人)、『ミヒャエル・ハネケの映画術』(水声社)などがある。
黒木秀房(くろきひでふさ)
立教大学兼任講師。1984年生まれ。立教大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専攻、哲学・フランス思想。主な論文に「ドゥルーズと「フィクション」の問題――ドラマ化を中心に」(『フランス語フランス文学研究』第108号、2016)がある。
畠山達(はたけやまとおる)
明治学院大学准教授。1975年生まれ。パリ第4大学博士課程修了(文学博士)。専攻、ボードレールの詩学、フランス教育史。著書にLa Formation scolaire de Baudelaire, Classiques Garnier、共訳書にフランソワ・キュセ『フレンチ・セオリー――アメリカにおけるフランス現代思想』(NTT出版)がある。

反出生

2021-01-04 22:07:31 | 価値観
反出生主義への応答:生まれること産むことにノーと言う思想をどう考えるか

15

森岡正博
2020/12/30 20:15
森岡正博

「反出生主義」という考え方が、哲学に親しむ人の間でにわかに注目を集めている。これは、私は生まれてこないほうが良かったとする考え方であり、人間は子どもを産まないほうが良いという考え方である。生まれてきたとしても苦しさやつらさに見舞われるのだから、そもそも生まれてこないのがいちばん良いし、子どもを産んで彼らに人生を強制させるのは間違っているという思想だ。

このような意見に対しては、生まれてきたら苦しみだけではなく、快楽や楽しさもあるではないかと反論したくなるだろう。しかしながら、苦しみも楽しさもある人生よりも、そのような人生が一切ない「無」のほうがより望ましいと論理的に考えられるから、そもそも人間は生まれるべきではないと反出生主義は主張するのである。

彼らが目指すのは、この考え方が広まって、子どもがだんだんと生まれなくなり、ひいては人類が絶滅することである。地球上から人間がいなくなってしまえば、社会問題はすべて解決し、苦しみを感じる人間はひとりもいなくなる。

このような考え方は古代ギリシアの文学や仏教思想にも見られたが、現代的な反出生主義は哲学者デイヴィッド・ベネターの『生まれてこないほうが良かった』(二〇〇六年)が起点となった。日本でもこの二、三年、学術書やシンポジウムなどで議論が行われている。

生まれてこないほうが良いという考え方は日本人にもなじみ深い。太宰治の『斜陽』では「生れて来ないほうがよかった」と主人公が語る。芥川龍之介の『河童』にも、自らの出生を拒否する河童の胎児が描かれる。

サブカルチャーにおいても広く見られ、古くは一九七〇年代にジョージ秋山の漫画『アシュラ』で主人公がこの言葉を叫び、アニメ『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』(一九九八年)にもその思想は現れた。ミュウツーは人間によって人工的に作成されたポケモンである。自分が強制的に生まれさせられたことに疑問を持ち、「誰が産めと頼んだ」と人間を恨んで逆襲を始める。本人の同意もなく、一方的にこの世に生みだされた不条理が見事に描かれ、ヒット作となった。

反出生主義は今、インターネットを中心に支持者を増やしている。背景には個人化する現代人の心象風景があるのかもしれない。その一つとして、同意の問題がある。

現代社会において他人に何かの働きかけをするときには、相手の同意を取ってから行うべきだとされる。医療行為でもインフォームドコンセント(十分な情報を得たうえで同意を与えること)は基本原理となった。最近では、性的関係を結ぶ前に明示的な性的同意を得ることが必要だとする考え方が登場している。

だとすると子どもを産むときにも子どもからの同意を得ることは必須であるが、それは原理的に不可能なので、われわれはそもそも子どもを産むべきではないのだという発想が出てくる。ミュウツーの恨みも、その辺りに起因すると言える。

反出生主義は理性を持った人間がみずからの生の根源を問うたときに必然的に出てくる解答の一つである、と私は考える。たしかに、人が同意なくこの世に生み出されることは、なにがしかの問題をはらんでいる。そして生きる苦しみを徹底して避けることを目指すならば、そもそも人間は生まれないのがいちばんよかったわけだし、子どもをこの世に生み出さないのが子どもたちにとってもっとも良いとは言える。

反出生主義に対する私の考え方を述べておこう。まず、生まれてきたことについて言えば、私はすでに生まれてしまっている。私は生まれてきたことを嘆きながら生きるのではなく、生まれてきて良かったと思えるためにどうすればいいのかを思索しつつ生きたい。

そして、もしわれわれが次世代を産み続けるのならば、生まれてきて良かったとすべての子どもたちが心から思えるような社会を彼らに用意する義務が課せられている。その義務を実際に果たしていくことでしか、われわれは反出生主義に応答できない。「誰が産めと頼んだ」という恨みを二度とこの世に発生させたくないとするわれわれの決意のみが、その答えとなり得るのだ。(終わり)

*共同通信配信で2020年12月に地方紙に掲載した記事。北日本新聞、高知新聞など多数に掲載。

*新聞記事なので一般市民向けに詳細は省きつつ全体像の解説をした。字数制限と一般紙の縛りから舌足らずになった点があることは承知しているので、以下に補足する。反出生主義側から見れば、出生主義の正当化がまったくできていないと見えるだろうが、そもそも私は反出生主義も出生主義も正当化できないとの立場なのでその批判は当てはまらない。この記事は反出生主義から発せられる問いへの「応答」(受け取り)を書いたものであり、出生主義が正しいことを書いたものではない。私は出生主義者ではない。この記事で私は反出生主義者に向かっては呼びかけておらず、出生をするであろう者たちに社会改善の義務を呼びかけている。この点に関する誤解に基づいた反応(「その恨みを発生させないために産むなと言っているのだ!」とかの)がツイッター等であるので注意してほしい。「綺麗事だ!」とかの反応もあるが、「綺麗事だ!」と言い放ったことで何か批判できた気持ちになっていることのほうが問題であろう。反出生主義が普遍的に正しいと考える読者は、下記のリンク「出生は普遍的に悪いとするタイプの反出生主義の問題点」にある文書を読んで考察してみてほしい。私自身の立場は誕生肯定であり、これは出生主義とは異なる(下記拙著参照)。

*「明示的な」性的同意とは、「暗黙の」性的同意は法的同意ではないとする考え方。スペインは今年この考え方で法改正された。
https://this.kiji.is/607745852477850721?c=39546741839462401

【参考リンク集】

森岡正博『生まれてこないほうが良かったのか?』(筑摩選書、2020年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4480017151/

デイヴィッド・ベネター『生まれてこないほうが良かった』(すずさわ書店、2017年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4795403600/

『現代思想』2019年11月号:特集:反出生主義を考える
https://www.amazon.co.jp/dp/4791713885/

David Benatar "The Human Predicament: A Candid Guide to Life's Biggest Questions" (Oxford University Press, 2017)
https://www.amazon.co.jp/dp/0190633816/

Ken Coates "Anti-Natalism: Rejectionist Philosophy from Buddhism to Benatar" (First Edition Design Publishing, 2016)
https://www.amazon.co.jp/dp/1506902405/

Kateřina Lochmanová (ed.) "History of Antinatalism: How Philosophy Has Challenged the Question of Procreation" (Independently published, 2020)
https://www.amazon.co.jp/dp/B088N93KYF

Antinatalism International
https://antinatalisminternational.com/
https://www.youtube.com/watch?v=uvg9O10nHtA

反出生主義の分類図
森岡正博
https://twitter.com/Sukuitohananika/status/1335107075970502657

出生は普遍的に悪いとするタイプの反出生主義の問題点
森岡正博
https://twitter.com/Sukuitohananika/status/1340942977774936064

私たちは「生まれてこないほうが良かったのか?」哲学者・森岡正博氏が「反出生主義」を新著で扱う理由
牧内昇平
https://www.businessinsider.jp/post-222520

「生まれてきたことを肯定するために」対談=森岡正博×佐藤岳詩『週刊読書人』2020年11月20日号
https://dokushojin.com/reading.html?id=7787

人類の絶滅は道徳に適うか?:デイヴィッド・ベネターの「誕生害悪論」とハンス・ヨーナスの倫理思想
吉本陵
https://www.philosophyoflife.org/jp/seimei201404.pdf

ベネター反出生主義は決定的な害を示すことができるか
⎯⎯The Human Predicament における死の害の検討⎯⎯
中川優一
http://philosophy-japan.org/wpdata/wp-content/uploads/2020/04/NAKAGAWAYUICHI.pdf

〈自分の存在を否定する〉ということについて
加藤秀一
https://meigaku.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=453&item_no=1&attribute_id=18&file_no=1

『生まれてこないほうが良かったのか? 生命の哲学へ!』第一回読書会(YouTube)
https://www.youtube.com/watch?v=wuFUuUSy0qU

🇫🇷新刊

2021-01-04 21:35:43 | 🇫🇷文学
▶生方淳子『戦場の哲学 『存在と無』に見るサルトルのレジスタンス』(法政大学出版局、5800円)▶國分功一郎『はじめてのスピノザ 自由へのエチカ』(講談社現代新書、860円)▶アルフォンス・ド・ヴァーレンス『マルティン・ハイデガーの哲学(シリーズ・古典転生〈22〉)』峰尾公也訳(月曜社、4500円)▶苫野一徳『別冊NHK100分de名著 特別授業『社会契約論』』(NHK出版、800円)▶ロラン・バルト『恋愛のディスクール・断章[新装版]』三好郁朗訳(みすず書房、4500円)▶ミシェル・ビュトール『ミシェル・ビュトール評論集 レペルトワール I [1960]』石橋正孝監訳/荒原邦博/上杉誠/塩谷祐人/倉方健作/三枝大修/鈴木創士/新島進/福田桃子/三ツ堀広一郎訳(幻戯書房、4500円)▶木村三郎監修『新古典主義美術の系譜』(中央公論美術出版、3500円)▶エリック・シブリン『「無伴奏チェロ組曲」を求めて[新装版]』武藤剛史訳(白水社、3600円)▶ジャン=クリスティアン・プティフィス編『12の場所からたどるマリー・アントワネット(上・下)』土居佳代子訳(原書房、各2000円)▶エドマンド・バーク『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』佐藤健志編訳(PHP文庫、1160円)▶竹岡敬温『ファシズムへの偏流 ジャック・ドリオとフランス人民党(上・下)』(国書刊行会、上巻3400円・下巻3200円)▶ジャン・ジオノ『本当の豊かさ』山本省訳(彩流社、3000円)▶奥純『アラン・ロブ=グリエの小説II』(関西大学出版部、4000円)▶アントン・クリングス『おてんばみつばちキャプシーヌ』河野万里子訳(イマジネイション ・プラス、1500円)▶ピエール・ベルトラン文/チェン・ジャンホン絵『ニマとおにばば』平岡敦訳(徳間書店、2000円)▶香川照之・文/ロマン・トマ絵『カマキリのシャルロットとすずらんでんわ』(講談社、1300円)▶サン=テグジュペリ作/奥本大三郎・文/やましたこうへい・まんが『まんが 星の王子さま』(小学館、2800円)▶「シモーヌ(Les Simones)VOL.3【特集オランプ・ドゥ・グージュ 18世紀の女による「異議申し立て」を引き受ける】」(現代書館、1300円)▶ヴィルジニー・デパント『キングコング・セオリー』相川千尋訳(柏書房、1700円)▶ぼそっと池井多『世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』(寿老社、1800円)▶ケン・ジェームス・ワタナベ『情熱のフランス料理』(長崎文献社、1800円)▶ケイタ『料理大好き小学生がフランスの台所で教わったこと』(自然食通信社、1400円)▶神田広達『感動を生む菓子づくり プティ・ガトー51のスタイル』(旭屋出版、3800円)▶上野美千代『ヨーロッパの看板図鑑』(光村推古書院、2800円)▶田中淳『Inu de France(犬・ド・フランス) 犬のいる風景と出会う旅』(みらいパブリッシング、1650円)▶富田正二『完全予想仏検準1級 筆記問題編』(駿河台出版社、3200円)

🇫🇷白水社

2021-01-04 21:26:42 | 翻訳
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【書評】パストゥール『悲運のアンギャン公爵 フランス大革命、そしてナポレオン独裁のもとで』 [評者]倉方健作
【書評】金井真紀 文と絵 広岡裕児 案内『パリのすてきなおじさん』 [評者]清岡智比古
【書評】ウエルベック『H・P・ラヴクラフト:世界と人生に抗って』 [評者]大野英士
【書評】チャプスキ『収容所のプルースト』 [評者]柏倉康夫
【書評】樋口陽一『抑止力としての憲法:再び立憲主義について』 [評者]三浦信孝
【書評】永見瑞木『コンドルセと〈光〉の世紀:科学から政治へ』 [評者]隠岐さや香
【書評】中條忍『ポール・クローデルの日本:〈詩人大使〉が見た大正』 [評者]朝比奈誼
【書評】スリマニ『ヌヌ:完璧なベビーシッター』 [評者]武内英公子
【書評】鹿島茂『カサノヴァ:人類史上最高にモテた男の物語』(上・下) [評者]高遠弘美
【書評】ヴィアゼムスキー『それからの彼女』 [評者]小沼純一
【書評】サルトル『敗走と捕虜のサルトル:戯曲『バリオナ』「敗走・捕虜日記」「マチューの日記」』 [評者]澤田直
【書評】ロミ『自殺の歴史』 [評者]藤井勉
【書評】木水千里『マン・レイ:軽さの方程式』 [評者]倉方健作
【書評】真屋和子『プルーストの美』 [評者]高橋梓
【書評】コルバン『処女崇拝の系譜』 [評者]岡部杏子
【書評】バルト『声のきめ:インタビュー集 1962-1980』 [評者]中地義和
【書評】デュシャン他『マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ ─アート、アーティスト、そして人生について』 [評者]北山研二
【書評】ファー『マリー・アントワネットの暗号:解読されたフェルセン伯爵との往復書簡』 [評者]岡部杏子
【書評】三浦信孝・塚本昌則編『ヴァレリーにおける詩と芸術』 [評者]井上直子
【書評】鈴木道彦『私の1968年』 [評者]西山雄二
【書評】ヴェルヌ『カルパチアの城 ヴィルヘルム・シュトーリッツの秘密』 [評者]牧眞司
【書評】西迫大祐『感染症と法の社会史:病がつくる社会』 [評者]小倉孝誠
【書評】トドロフ『屈服しない人々』 [評者]堀茂樹
【書評】レ・ロマネスクTOBI 著 奥野武範 構成・文『レ・ロマネスクTOBIのひどい目。』 [評者]倉方健作
【書評】中嶋洋平『サン=シモンとは何者か:科学、産業、そしてヨーロッパ』 [評者]杉本隆司
【書評】陣野俊史『泥海』 [評者]釣馨
【書評】平井靖史・藤田尚志・安孫子信編『ベルクソン『物質と記憶』を再起動する:拡張ベルクソン主義の諸展望』 [評者]合田正人
【書評】ゾベル『黒人小屋通り』 [評者]中村隆之
【書評】ムリス『わたしが「軽さ」を取り戻すまで:“シャルリ・エブド” を生き残って』 [評者]鵜野孝紀
【書評】コロンバニ『三つ編み』 [評者]倉本さおり
【書評】柏木治『銀行家たちのロマン主義:一九世紀フランスの文芸とホモ・エコノミクス』 [評者]小倉孝誠
【書評】石崎晴己『ある少年H:わが「失われた時を求めて」』 [評者]福田裕大
【書評】鷲巣力・半田侑子編『加藤周一青春ノート』 [評者]三浦信孝
【書評】ギメ『明治日本散策:東京・日光』 [評者]池内紀
【書評】ウエルベック『ショーペンハウアーとともに』 [評者]井原槙太郎
【書評】ドラッカーマン『フランスの女は39歳で“女子”をやめる:エレガントに年を重ねるために知っておきたい25のこと』 [評者]岡部杏子
【書評】ポワリエ『パリ左岸:1940-50年』 [評者]小沼純一
【書評】ヴェイユ『フランス人とは何か:国籍をめぐる包摂と排除のポリティクス』 [評者]松井裕史
【書評】ベルクソン『時間観念の歴史:コレージュ・ド・フランス講義 1902-1903年度』 [評者]澤田直
【書評】ベンギギ『移民の記憶:マグレブの遺産』 [評者]清岡智比古
【書評】ミトラン校訂・解説・注『セザンヌ=ゾラ往復書簡』 [評者]小倉孝誠
【書評】サトゥフ『未来のアラブ人』 [評者]大西愛子
【書評】じゃんぽ~る西『私はカレン、日本に恋したフランス人』 [評者]國枝孝弘
【書評】えもじょわ『パリ在住の料理人が教える もらって嬉しいチョコレートレシピ』 [評者]明石伸子
【書評】アディミ『アルジェリア、シャラ通りの小さな書店』 [評者]野崎歓
【書評】澤田直『サルトルのプリズム』 [評者]鈴木道彦

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2021-01-03 23:31:31 | 翻訳
新たな極右主義の諸側面 = Aspekte des neuen rechtsradikalismus
テーオドル・アドルノ[著] ; 橋本紘樹訳

堀之内出版 2020.12 Νύξ叢書 06
所蔵館1館
2
出逢いのあわい : 九鬼周造における存在論理学と邂逅の倫理
宮野真生子著

堀之内出版 2019.9 Νύξ叢書 05
所蔵館51館
3
欲望の主体 : ヘーゲルと二〇世紀フランスにおけるポスト・ヘーゲル主義
ジュディス・バトラー著 ; 大河内泰樹 [ほか] 訳

堀之内出版 2019.6 Νύξ叢書 04
所蔵館83館
4
大洪水の前に : マルクスと惑星の物質代謝
斎藤幸平著

堀之内出版 2019.4 Νύξ叢書 03
所蔵館106館
5
マルクスとエコロジー : 資本主義批判としての物質代謝論
岩佐茂, 佐々木隆治編著

堀之内出版 2016.6 Νύξ叢書 02
所蔵館80館
6
神話・狂気・哄笑 : ドイツ観念論における主体性
マルクス・ガブリエル, スラヴォイ・ジジェク著 ; 飯泉佑介 [ほか] 訳

堀之内出版 2015.11 Νύξ叢書 01
所蔵館127館