笑顔抱きしめ

小さな幸せの元を探して
身の回りのこと・大好きな木村拓哉さんのこと

突如出現?いえいえ、予習です。

2011-01-23 | ドラマ「南極大陸」
南極大陸~神の領域に挑んだ男と犬の物語~(仮)の発表があって
アマゾンをのぞいて、原作と南極観測隊に関する本を注文した。

本だけでなく、テレビから流れる情報で
南極とか、北海道とか、寒さという言葉に反応するようになった。

夕べ、セコムのCMねらいもあって、録画していた Nキャス。
見ていたら 、日本一寒い町として陸別の特集があった。

朝7時少し前、通勤通学で普通に活動を始めてる頃だよね。
道路に立ったリポーターさんが持ってる温度計は、ー25度をさしてた。

冬になるとよくニュースで見る空気中の水分が凍って煌めくダイヤモンドダスト、
そして、オーロラを見ることが出来る時もあると、綺麗な映像が流れた。

そんな寒さだけど、町の人たちの表情が柔らかくて、
学校の帰り道かな、元気にかけている子ども達の笑顔が可愛くて。
生活も普通に冬というか、そんなに特別な雰囲気はしなかった。

全国大会に出場するというリコーダー倶楽部の子ども達を指導する先生の
「日本一寒い町だけど、心は日本一あたたかい。」って言葉も素敵だなぁって聞いた。

中で流れた、1961年の陸別での記録映像。
最初の観測隊の少し後の時期。
家屋の防寒もしっかり出来なかった頃だから、すごい大変な思いをされていた。
でも、どこか明るい前向きな空気も感じた。

こんな時なんだね。

そう言えば、宗谷についても読んだ。
拓哉君が次回のると言った「宗谷」は、昭和11年に出来たのですね。

戦争の時は、帝国海軍の船であり、その後、南極観測船になった。
行ったのが昭和30年代だから、出来てから20年たってる。

厚い氷に閉じこめられ他の砕氷船に助けてもらった話聞いた気がして読んだら
当時最新鋭のソ連の砕氷船が助けに来てくれている。

そのソ連の船が小売りを砕きながら進むあとを、宗谷が付いていくのだけど
それでも、付いていくのがやっとだったという、その性能の違いが書かれていた。

南極に挑んだ男達は、いろんな面で、知力、体力、気力で壁を乗り越えていったのだと
改めて思った。

ネットで「宗谷」を検索してたら、
”運命の船「宗谷」と南極越冬隊の奇跡”という記事を見つけた。
(↑の言葉で検索するとすぐ見つかると思います。)

記事というか”リポート”
読んでいて、その当時の日本の夢にかける思いに熱くなった。
これなのでしょうね。
拓哉君も言ってた、みんなの願い、諦めず立ち上がった人たちの思い。


我が家に突如出現した、見慣れない本達に。
「どうした?南極って?」と、不思議そうな顔のダー様。

あと少ししたら、「ああ!このためか!!」って、笑うね。

グーパーウォーク1