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ホフマン

数日前、ニュースサイトに俳優のフィリップ・シーモア・ホフマンが、
亡くなったとあった。
死因は薬物の過剰摂取だった。
”そうか”。
”もう、この人(俳優さん)の新しい作品を見ることは出来ないんだな”。
まず思ったことは、それだけだった。

心の一部に・・・。
何かがピタリと収まるようなドラマというものがある。

映画やTVドラマ。
近年では、小説やコミック、コンピューターゲームまでも含まれるかも知れない。
そんな作品をあげるなら、ホフマンの主演映画「カポーティ」も、1つ。
映画は、実在の著名人、トゥルーマン・カポーティの生涯の傑作「冷血」での
作家活動をドラマにしたもの。
そう言えば、NAは、映画の中で、
彼(カポーティ)が書き上げた作品「冷血」を、まだ読んでいない。
それが、また少し淋しい気持ちにさせる。
このカポーティでの印象が強く残っているホフマンだが、
わき役としても存在感のある俳優さんだった。

まだ見ていない映画に読んでいない小説。
自分が知らない世界、知ることができない世界。
知ることも許されない世界が広がっていることを感じてしまう。
慌ただしいだけで、内容の伴わない生活の中、
”それ”を思うと、”ふっ”と叫びだしたくもなる。
薬物に手を出したものを擁護する気にはなれない・・・が、
ただ悲しい気持ちにもなる。

(ホフマン出演の映画「Mi-3」に関する過去の記事)

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