奇跡のコース/奇跡講座で生きる! 愛を阻む障壁を超え、本当の自分を思い出そう【真我なるハート】

2018年10月から奇跡講座の学び実践の奥深さを思い知って、本当の妥協のないプランAの実践で歩むことを望んでいます

幻想と実相との分離、実相世界

2016年03月11日 23時14分46秒 | ACIM奇跡のコースという生き方
胸の奥に燦然と輝く

広大な「光線」を認識しています。

明らかに光線で

明らかに光源そのもの

神という源そのもの



それ以外のすべては、イリュージョンなのがわかります。

それ以外のすべてが、無です。



幻想(夢・幻覚・イリュージョン)と

実相(神・源)との

明らかな分離を認識しています。


しかし、また次の瞬間

投影という、間違った決断をするので

神からの分離を決断するので


光源そのものである実相に、幻想の靄がかかり

実相が見えない状態に陥ります。


この「障壁」を

完全に生じさせなくなる状態が

贖罪を受け入れた状態であり

無かった罪を、ハッキリと認識した状態であり

すべてを神聖な、一なるものと認識した状態であり


意識としての自分をも捨てて、光源へ捧げることのできる心であり

それを、奇跡講座では実相世界にいる状態と呼びます。


「はっきりと、実相と幻想との区別がつく必要があるんですよ。」

と言われている感じがしています。


神という光源、愛の源以外の一切は「無」なんです。

「無」は無ですから

完全に無だった。と認識されるのみです。


思考のすり替えによって「より良き世界」「より良きなにか」として認識される必要があるのではなく

「無」として認識されることが、、求められています。



「いかなる破壊的現象も、犠牲者も、実在していたことは一度もなかった。」

その認識のみが「すべての兄弟と自分」という一者を真に救います。


それは、宇宙戦争においてもそうだし

地球規模の世界大戦においてもそうだし

いじめ問題においてもそうだし

人身売買においてもそうだし

大量虐殺においてもそうだし

十字架刑においてもそうだし

大震災においてもそうだし

テロにおいてもそうだし

通り魔殺人においてもそうだし

動物虐待においてもそうです。


これらには、一切の序列がありません。

すべてが一律の

神から分離した劇場の映像です。


すべてが一律の

もしも神から分離したら?という妄想です。



その妄想を、現実であると信じること

現実であって欲しいという願望が、問題です。


幻想のシナリオの中には、真に解決すべき問題は一つもありません。

「そんなこと受け入れたくない。」

という抵抗感と、「投影したい。」という誘惑が、問題です。



うっすら妥協しようとする自分に気がついてゆき

「真に、幻想と実相との区別を教えてもらいたい。」

という意欲を持ってゆきたいですね。





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