奇跡のコース/奇跡講座で生きる! 愛を阻む障壁を超え、本当の自分を思い出そう【真我なるハート】

2018年10月から奇跡講座の学び実践の奥深さを思い知って、本当の妥協のないプランAの実践で歩むことを望んでいます

救命ボートに乗る。

2020年03月05日 01時12分25秒 | ACIM奇跡のコースという生き方
「救命ボートに乗り込む」時っていうのは、そんなに悠長にのんびり呑気にしていられるような瞬間ではない。
ということは確かだなあと思っている。
実際問題、相当〜〜〜な瞬発力が必要だ。


ここ数週間ラファエルと会話していて何度も出てくる映画があるんだけど
その映画は火星の砂漠に一人だけ取り残されてしまった人間がそこから脱出しようと試みるストーリーらしい。

私はその映画をまだ観ていないのだけど、その話を聞いていて
トム・ハンクスの「キャスト アウエイ」を思い出した。
彼は自分ができる全てを無人島からの脱出に捧げた。
何年も何年もかかってしまったけれど、彼の願望ゆえに聖霊からのガイドや助けが必然的に与えられていた。
そういうデモンストレーションも描かれた映画だと思った。

自分がとどまりたいとは思っていない場所に自分はいる。
と、認識したならそこから脱出することを自分にとっての最大の目的にして、
自分のエネルギーをそこに一点集中しなければ決して脱出などできないだろう。
なぜなら、過酷なその場所から脱出するのは容易ではないからだ。

それは、この幻想世界の夢見と似ている。
この夢に満足しているうちはいいんだけど、この夢はたった一度も真の幸せを私に与えたことはなかった。
と、、、ひとたび気がついてしまったなら
私たちは徐々に、この夢からの目覚めを本気で望むようになってゆく。

その目覚めの手段とは、時に、救命ボートに乗り込むようなものだ。


その時、何はともあれ、決断しなければならない。
自分の願望を救命ボートに乗り込むことに完全一致させなければならない。
すると必然的に、気合いと気迫をもって意志して、行動化することになるだろう。



願望と、信念と、考えと言動が完全に一致していなければ、
私たちはその救命ボートには乗れないだろう。

いつまでもぐずぐずと時間と空間の中にとどまるのだろう。

でも、聖霊はその遅延を望んではいない。
































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