釋守成の転居物語(旧タイトル・GONTAの東京散歩)

またまた転居を目論んでいます。
5年間で5回の転居。
6回目の転居の経緯を書いていきます。

ちょっと寄り道・・・合体!!!

2006年02月14日 22時21分52秒 | お散歩日記/東京地名の話
最近、市町村合併で地名がどんどんなくなっていますね。
東京でも過去に多くの地名が消失しています。
地名がなくなるというのは新しい地名に置き換えられるわけですよね。
六本木や恵比寿みたいに有名地名が拡大していく場合もありますが、まったく新しい地名がつけられる場合もあります。

新しい名前をつける場合、平成の大合併における市町村名のつけ方には安易なものが多いですよね。
たとえば茨城県にできる「小美玉市(おみたま)」なんか霊魂みたいな名前ですが、「小川町」「美野里町」「玉里村」の頭の文字を合わせてつけられたみたいです。
それぞれが名前を主張するとなかなか決着しないからそういう方法が取られるのでしょうが、なんかその土地の歴史も何もかも無視しているようで悲しいです。

東京でも過去においての村が合併するときに、怪しい合体地名ができています。
たとえば「代々幡村」・・・これは代々木村と幡ヶ谷村の合併地名。
さらに目黒には「碑衾村(ひぶすま)」という、碑文谷村と衾村の合体地名がありました。
現在、「衾(ふすま)」という地名は完全に消え去っています。

そんな昔ではなくて、住居表示でも「杉並区成田」は成宗町・西田町・東田町の合成地名ですし、「板橋区小茂根」は小山町・茂呂町・根の上町の頭を繋げた地名です。

東京23区ができるときにも合体地名ができています。
「大田区」・・これは大森区と蒲田区の合体地名です。
だから大田の大に点がないんですよ。(太田区ではない・・・わけ。)

「国立」は駅名から発生した地名ですが、駅名は国分寺と立川の間の駅だから一文字ずつとって「国立」・・・もともと谷保村といういい名前を捨てて、町の名前にしちゃいました。
谷保が野暮につながるから嫌われたとか。

まぁ、こう見ると結構いい加減に地名つけてますね。

コメント (3)
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幡ヶ谷→中野坂上(その3・東大付属)

2006年02月14日 00時00分49秒 | お散歩日記/東京地名の話
六号坂を下りきると少し広い道になります。
そこが谷底で川のあとが遊歩道になっています。
街頭の地図には神田川支流と書いてあります。
そこからまた上りになり、上りきったあたりで中野区に入ります。

その先右手には、東京大学教育学部付属中等教育学校があります。
東大の付属?・・・東京に住んでいる人でも知っている人が少ないな謎の学校です。
ここに入れば必ず東大にいけるというわけでもないので、そんなに有名でもありません。
ここの学校の謎は入学審査に学力試験がないことがあげられます。
作文と面接で選考され、さらに募集人員に対して応募者が六倍を超えたときは抽選で受験者を決めるというユニークな方法です。
なぜこんな方法を取るのかというと、この学校が双生児研究のための学校だからです。
在校生の三分の一は双生児(またはそれ以上)なのです。
なんかそんなこと書くとまるで実験施設のような気がそんなに異様なものではありません。
中高一貫教育が行われている中で、一般児と双生児の違いを研究しているそうです。
ですから学力で入学させるのではなく、いろいろな生徒を在校させる意味で学力試験を行わないようです。
授業料も前期(中学部分)は無料、後期(高校部分)は年間12万円弱と格安です。
でも、書けば書くほど怪しい学校のような気がするのは私だけかしら。

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