功山寺決起

青山繁晴事務所から自由民主党の党員になりました。(2020年)

出口太・元秘書から連絡(2024/05/07)

2024-05-07 13:45:16 | On the Road
▼米国ハワイ州の真珠湾にある、アメリカ国立の戦争記念施設の玄関で、所長さんが日本の主権者の有志に話してくださっています。
 ひとつ前のエントリーで約束したように、この戦争記念施設の訪問をより詳しく紹介しますが、いまは委員会の合間のわずかな時間なので、無理です。
いま国会の経済産業委員会の合間です

いま国会の経済産業委員会の合間です

青山繁晴の道すがらエッセイ/On the Road

青山繁晴の道すがらエッセイ/On the Road


▼しかし、ひとつお知らせがあります。
 議員会館の青山繁晴事務所で公設政策秘書を務め、いまはふるさとに帰って市長選に挑戦している出口(いでぐち)太・元秘書から連絡がありました。

 X ( 旧ツイッター ) を開設したそうです。   
 アドレスは次のとおりです。
 https://twitter.com/fts_idgc
 「日々の活動や五島の風景などを発信していきたいと考えています」とのことです。


 というわけです。
 みなさん、見てやってくださいね。

 それでは、委員会審議に戻ります。





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米国ハワイ州の真珠湾にあるアメリカ国立の戦争記念施設を訪ね(2024/05/07)

2024-05-07 06:50:34 | On the Road
▼きのう、米国ハワイ州の真珠湾にあるアメリカ国立の戦争記念施設を訪ね、主権者の有志のみなさんに、真珠湾攻撃の現場では米国がむしろ日本に最大限の敬意を払っている、その知られざる事実を、あらためて解説しました。
 写真は、その始まりです。
 米国政府の所長と、うれしい再会の握手をします。
ことしのゴールデンウィークも、休みは1日もなく終わりましたが、国と主権者にわずかながらでも寄与いたすように努めました

ことしのゴールデンウィークも、休みは1日もなく終わりましたが、国と主権者にわずかながらでも寄与いたすように努めました

青山繁晴の道すがらエッセイ/On the Road

青山繁晴の道すがらエッセイ/On the Road

▼帰りの飛行機のなかで、暗殺された安倍さんとの交流を、これまで秘めてきたところまでを含めて記す本の原稿を進めました。
 暗殺からまもなく2年、400字詰め原稿用紙ですでに200枚を大きく超える原稿を書きながら、どうしても完成ができずにいた本が、安倍さんとの魂の会話とともに、ようやく再び、脱稿へ動き始めています。

 ポメラニアンの青山繁子を元にした新しい小説・フィクションと同時進行です。
 しかしまずは、このノンフィクションの完成です。

 この生活の中で執筆時間をどうやって確保するのか。
 確保はできないのです。朝、昼、夜は公務が絶対で、まったく隙はありませぬ。
 真夜中から未明にかけても、時差のある諸国の知友との公務があります。それは公務の中でも、今回の海外出張と同じく、まったく自主的な公務ですが、祖国と主権者への貢献のためにはどうしても欠かせません。
 ではいつ書くのか。
 たとえば、真夜中と未明の仕事の合間に短く食事を取ることがあります。わたしの食事の現実は、まったく不規則ですから。
 そのとき、横に置いた原稿をちらちら眺め、正直、胃やその他に良くないのでしょうが、手を伸ばしてすこし原稿を打ちます。
 こうした数分が、とても大切なのです。
 わたしがこれまで出した本はすべて、こうした数分の刻みで、出版を実現してきました。

 もしも気持ちの良い風に吹かれて、原稿に専念すれば、どれほど、初めての幸せを感じられるだろうかとは思います。
 しかし、それはできません。
 それでも、わたしに文学の話を聴きに来る人が、動画サイトの運営者のなかに、信じがたいことですが居たりします。ここにその、まことにレアな動画があります。



 また、不肖わたしの行動・活動をめぐって起きる、一般には明かすことのできない出来事や、それに対する本音を、ここへ聴きにおいでになり、一緒に考えてくださる人も居ます。





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