研究報告書「空軍2025」が暗示する近未来の戦争デザイン〉
悪意を持った(軍事的)環境改変や意図的ではない改変は、文明の始まりの時代にすでに行われていた。今から七千年~一万年前、チグリス川とユーフラテス川に挟まれた「肥沃な三日月地帯」(現在イラクがある地域)には、西洋において最古の文明とされるシュメールの都市国家が栄えていた。現在、この土地は広大な砂 漠になっている。農耕と放牧をやりすぎた結果だ。砂漠化は、意図的ではない環境改変でもこれだけ恐ろしいことが起きるという典型的な事例であり、現在も複数の地域で進行している。米国も大恐慌の時代に数年にわたり大規模な砂塵の被害を経験したが、科学者たちはまた同じ場所で同じ事態が起きると警告している。
悪意を持った環境改変の古い事例としては、ローマ軍による「カタルゴの塩撒き」がある。莫大な戦費を投じた長期にわたる当時の両大国の戦いは、ローマの勝利に終わった。このときローマ軍は、カタルゴが二度と脅威にならないようにと農地に塩を撒いて耕作不能にし、人々が都市を放棄せざるを得ないようにした。
米国でも過去に、悪意に基づく環境改変がいくつか行われている。一八四〇年代、政府は北米地域の先住民と一連の戦争を繰り広げていた(インディアン戦争)。当時グレートプレーンズ(中西部の太平原)の先住民には独自の経済体制があり、バッファロー(野牛)が生活の基盤となっていた。政府はバッファローさえいな ければインディアンは自滅すると考え、何千人ものハンターを雇って数千万頭のバッファローを殺させた。これによりバッファローは絶滅寸前に追い込まれ、インディアンは降伏せざるを得なかった。
それから百年後、米軍が東南アジアで同様のことを行っている。ベトナム戦争では長期的な影響をもたらす二つの環境改変が行われた。インディアン戦争のときとそっくりの発想で、軍の作戦立案者は密林が敵の住み処になっていることに目を付け、オレンジ剤やホワイト剤などの数百万ガロンの枯れ葉剤を散布したのである 。目的は兵の進路や航空機の発着地を確保するだけでなく、密林そのものを消滅させて敵の隠れ場所と生活基盤を奪うことにあった。
また、これと並行して、気象を攻撃に利用することも企てられた。「ポパイ作戦」と名付けられたこの作戦では、ベトコンの補給線(ホーチミン・ルート)上空で雲の種まき(クラウドシーディング)が実施され、未舗装の道路を豪雨でぬかるませて輸送能力を奪うことが試みられた。
インディアン戦争における環境改変は劇的(というより悲劇的)な成功を収めたが、ベトナム戦争における作戦は戦争そのものと同様に失敗し、同じくらい甚大な被害をもたらした。軍の愚かな行為がもたらした恐るべき結果を教訓に、国連主導で「環境改変技術の軍事的使用その他の敵対的使用の禁止に関する条約」(いわ ゆる「環境改変兵器禁止条約」)が結ばれた。この条約は、国家間の紛争において環境を兵器として利用することを禁じるものだった。
米ソが提唱したこの条約は、一九七六年十二月十日の国連総会で正式に採択され、一九七七年五月十八日に公式に署名が開始された。二十番目の締約国ラオスが批准したのは国連加盟国百九十三ヵ国のうち七十ヵ国にとどまっている。しかもこの条約には事実上強制力がない。
なお、国連が禁止したにもかかわらず、米軍は現在も環境改変への関心を持ち続けている。ロナルド・R・フォーグルマン米空軍参謀長はアラバマ州マクスウェル空軍基地の空軍大学に、二十一世紀に米国が航空宇宙分野の軍事的優位を保つために今後三十年間に必要になる概念、能力、技術を明らかにすることを要請した。
悪意を持った(軍事的)環境改変や意図的ではない改変は、文明の始まりの時代にすでに行われていた。今から七千年~一万年前、チグリス川とユーフラテス川に挟まれた「肥沃な三日月地帯」(現在イラクがある地域)には、西洋において最古の文明とされるシュメールの都市国家が栄えていた。現在、この土地は広大な砂 漠になっている。農耕と放牧をやりすぎた結果だ。砂漠化は、意図的ではない環境改変でもこれだけ恐ろしいことが起きるという典型的な事例であり、現在も複数の地域で進行している。米国も大恐慌の時代に数年にわたり大規模な砂塵の被害を経験したが、科学者たちはまた同じ場所で同じ事態が起きると警告している。
悪意を持った環境改変の古い事例としては、ローマ軍による「カタルゴの塩撒き」がある。莫大な戦費を投じた長期にわたる当時の両大国の戦いは、ローマの勝利に終わった。このときローマ軍は、カタルゴが二度と脅威にならないようにと農地に塩を撒いて耕作不能にし、人々が都市を放棄せざるを得ないようにした。
米国でも過去に、悪意に基づく環境改変がいくつか行われている。一八四〇年代、政府は北米地域の先住民と一連の戦争を繰り広げていた(インディアン戦争)。当時グレートプレーンズ(中西部の太平原)の先住民には独自の経済体制があり、バッファロー(野牛)が生活の基盤となっていた。政府はバッファローさえいな ければインディアンは自滅すると考え、何千人ものハンターを雇って数千万頭のバッファローを殺させた。これによりバッファローは絶滅寸前に追い込まれ、インディアンは降伏せざるを得なかった。
それから百年後、米軍が東南アジアで同様のことを行っている。ベトナム戦争では長期的な影響をもたらす二つの環境改変が行われた。インディアン戦争のときとそっくりの発想で、軍の作戦立案者は密林が敵の住み処になっていることに目を付け、オレンジ剤やホワイト剤などの数百万ガロンの枯れ葉剤を散布したのである 。目的は兵の進路や航空機の発着地を確保するだけでなく、密林そのものを消滅させて敵の隠れ場所と生活基盤を奪うことにあった。
また、これと並行して、気象を攻撃に利用することも企てられた。「ポパイ作戦」と名付けられたこの作戦では、ベトコンの補給線(ホーチミン・ルート)上空で雲の種まき(クラウドシーディング)が実施され、未舗装の道路を豪雨でぬかるませて輸送能力を奪うことが試みられた。
インディアン戦争における環境改変は劇的(というより悲劇的)な成功を収めたが、ベトナム戦争における作戦は戦争そのものと同様に失敗し、同じくらい甚大な被害をもたらした。軍の愚かな行為がもたらした恐るべき結果を教訓に、国連主導で「環境改変技術の軍事的使用その他の敵対的使用の禁止に関する条約」(いわ ゆる「環境改変兵器禁止条約」)が結ばれた。この条約は、国家間の紛争において環境を兵器として利用することを禁じるものだった。
米ソが提唱したこの条約は、一九七六年十二月十日の国連総会で正式に採択され、一九七七年五月十八日に公式に署名が開始された。二十番目の締約国ラオスが批准したのは国連加盟国百九十三ヵ国のうち七十ヵ国にとどまっている。しかもこの条約には事実上強制力がない。
なお、国連が禁止したにもかかわらず、米軍は現在も環境改変への関心を持ち続けている。ロナルド・R・フォーグルマン米空軍参謀長はアラバマ州マクスウェル空軍基地の空軍大学に、二十一世紀に米国が航空宇宙分野の軍事的優位を保つために今後三十年間に必要になる概念、能力、技術を明らかにすることを要請した。
空軍大学司令官が、空軍大学空戦学校および空軍指揮幕僚学校の学生・教員。オハイオ州ライトパターソン空軍基地空軍技術研究所の科学者・技術者、全国の空軍士官学校、空軍予備役将校訓練課程の学生、教育界および財界の優秀な民間人指導者のチームを率いて、フォーグルマン将軍の要請に応えるために一〇ヵ月にわた る研究を行った。
この研究結果は「空軍2025」、または単に「2025」と呼ばれており、一九九六年六月にフォーグルマン将軍、同年七月にシーラ・ウィドノール空軍長官に報告された。研究報告「2025」は後に、四十一編の論文と要旨からなる三千三百頁を超える一連の白書の中で公開されている。
白書の一つ、「戦力増強要因としての気象-二〇二五年に気象を掌握するために」を読むと、軍の計画立案者の中に、環境改変を軍事利用していくことを考えている者たちがいることがわかる。この論文はこんな書き出しで始まっている。
先進技術に投資して、それらの技術を軍事利用する方法を精力的に開発することにより、二〇二五年、我が国の航空宇宙軍は「気象を掌握」できるようになる。これにより、戦争当事国が従来は不可能だった方法で戦場をデザインすることが可能になる。これは紛争の作戦全般に大きな影響を及ぼす可能性があり、すべての未 来にも関わってくることである。本稿の目的は、未来の気象改変システムを利用して軍事目的を達成するための戦略の概要を示すことにある。
「2025」は米国の公式の政策ではなく、政策(および兵器システム)の叩き台にする目的で作成されたものである。本書では現在開発が進められているいくつかの技術を見ていくほか、それらの技術を組み込んだ政策やビジョンについても見ていく。