日経の紙面から
清水建設――原子炉建屋カバーを迅速施工、社寺建築の凹凸接合応用(先取り現場技術)
[ 2012年1月12日 / 日経産業新聞 ]
東日本大震災の発生から10カ月。福島第1原子力発電所では、事故の収束や廃炉に向けた作業が絶え間なく続く。そこには東京電力からの支援要請を受けたゼネコン(総合建設会社)も参加。放射性物質の飛散を防止するために原子炉の建屋をカバーで覆う工事などを担う。1号機にカバーを設置した清水建設が危険と隣り合わせの現場での難工事に導入したのは、伝統的な社寺建築の技術だった。
昨年10月に完成した1号機の建屋カバー。鉄骨を組み上げ、壁や屋根のパネルを取り付けるには、現場の作業員が放射性物質にさらされる危険性を最小限に抑える新工法が必要だった。生産技術本部の印藤正裕本部長は2つの木材をはめ合う「嵌合(かんごう)接合」と呼ぶ社寺建築の技術を応用することにした。凹凸の組み合わせだけで、柱や梁(はり)固定できるため、ボルトで接合する作業が必要なくなると考えた。
カバーの設置は放射性物質の飛散を防ぐ応急処置という位置付けのため、工事にはスピード感も求められた。生産技術本部が東電からの要請を受け、プロジェクトを始動させたのは昨年3月28日。東電が建屋カバーを設置するなどの事故収束に向けた道筋を示したのは4月17日で、印藤本部長らが技術的な検討をする期間は3週間しかなかった。
印藤氏は30人の精鋭を集め、知恵を絞った。スケッチを描きながら3日間、考え抜いたのが、嵌合接合を応用した新工法。模型とラジコンのクレーンを使って工事の手順なども検証。模型は3回も作り直した。5月には現場でクレーンの走行路確保などの準備工事を始め、本体工事は6月に着手。8月には鉄骨を組み立て始め、わずか2カ月で完了させた。
原子炉の建屋を覆うカバーの高さは54メートル超。鉄骨の総量は1300トンに達する。通常は約2万本のボルトを使う規模の建築物だが、溶接やボルトによる接合作業をせずに、鉄骨を組み上げた。「材料は既存のものでよいから、新しいアイデアで造る」。印藤氏はこのことを意識し、とび職や溶接工などの作業員が近づけない環境でも必要最小限の要員で施工できる技術を開発した。
小名浜港(福島県いわき市)での仮組み作業も含めてプロジェクトには延べ4万人が関わったが、放射線量が高い建屋周辺の担当要員は大型クレーンのオペレーターら10人程度に抑制できた。東電は3号機、4号機もカバーで覆う予定で、組み立て工事を担当する鹿島や竹中工務店にも参考になるノウハウが蓄積されたはずだ。
新工法は伝統的な社寺建築からヒントを得たとはいえ、最新の制御技術も投入した。建屋から離れた場所で3次元レーザー測量技術を使ってクレーンでつり上げた屋根部材などの位置を制御。ファンを回して、クレーンでつるした部材の位置を微調整することで、部材をはめ込む作業は誤差10ミリメートルの範囲に抑える精度を確保した。作業現場には「世界から日本の建設技術をみられている」(印藤氏)という緊張感がみなぎっていた。
新工法は原発事故という特異な環境での特殊な建築技術という側面ばかりではない。遠隔地から建設機械を制御して危険な作業での人手を減らす無人化施工の分野でノウハウを蓄積できたため、火山が噴火した被災地での復旧作業、将来の月面基地の建設など幅広い応用例が考えられる。
原発事故という試練に直面して進化する建設技術。だが、廃炉への道のりは長く、ゼネコンにとっても前人未到の領域に踏み込む技術を創造する長い戦いは始まったばかりだ。(山根昭)
清水建設――原子炉建屋カバーを迅速施工、社寺建築の凹凸接合応用(先取り現場技術)
[ 2012年1月12日 / 日経産業新聞 ]
東日本大震災の発生から10カ月。福島第1原子力発電所では、事故の収束や廃炉に向けた作業が絶え間なく続く。そこには東京電力からの支援要請を受けたゼネコン(総合建設会社)も参加。放射性物質の飛散を防止するために原子炉の建屋をカバーで覆う工事などを担う。1号機にカバーを設置した清水建設が危険と隣り合わせの現場での難工事に導入したのは、伝統的な社寺建築の技術だった。
昨年10月に完成した1号機の建屋カバー。鉄骨を組み上げ、壁や屋根のパネルを取り付けるには、現場の作業員が放射性物質にさらされる危険性を最小限に抑える新工法が必要だった。生産技術本部の印藤正裕本部長は2つの木材をはめ合う「嵌合(かんごう)接合」と呼ぶ社寺建築の技術を応用することにした。凹凸の組み合わせだけで、柱や梁(はり)固定できるため、ボルトで接合する作業が必要なくなると考えた。
カバーの設置は放射性物質の飛散を防ぐ応急処置という位置付けのため、工事にはスピード感も求められた。生産技術本部が東電からの要請を受け、プロジェクトを始動させたのは昨年3月28日。東電が建屋カバーを設置するなどの事故収束に向けた道筋を示したのは4月17日で、印藤本部長らが技術的な検討をする期間は3週間しかなかった。
印藤氏は30人の精鋭を集め、知恵を絞った。スケッチを描きながら3日間、考え抜いたのが、嵌合接合を応用した新工法。模型とラジコンのクレーンを使って工事の手順なども検証。模型は3回も作り直した。5月には現場でクレーンの走行路確保などの準備工事を始め、本体工事は6月に着手。8月には鉄骨を組み立て始め、わずか2カ月で完了させた。
原子炉の建屋を覆うカバーの高さは54メートル超。鉄骨の総量は1300トンに達する。通常は約2万本のボルトを使う規模の建築物だが、溶接やボルトによる接合作業をせずに、鉄骨を組み上げた。「材料は既存のものでよいから、新しいアイデアで造る」。印藤氏はこのことを意識し、とび職や溶接工などの作業員が近づけない環境でも必要最小限の要員で施工できる技術を開発した。
小名浜港(福島県いわき市)での仮組み作業も含めてプロジェクトには延べ4万人が関わったが、放射線量が高い建屋周辺の担当要員は大型クレーンのオペレーターら10人程度に抑制できた。東電は3号機、4号機もカバーで覆う予定で、組み立て工事を担当する鹿島や竹中工務店にも参考になるノウハウが蓄積されたはずだ。
新工法は伝統的な社寺建築からヒントを得たとはいえ、最新の制御技術も投入した。建屋から離れた場所で3次元レーザー測量技術を使ってクレーンでつり上げた屋根部材などの位置を制御。ファンを回して、クレーンでつるした部材の位置を微調整することで、部材をはめ込む作業は誤差10ミリメートルの範囲に抑える精度を確保した。作業現場には「世界から日本の建設技術をみられている」(印藤氏)という緊張感がみなぎっていた。
新工法は原発事故という特異な環境での特殊な建築技術という側面ばかりではない。遠隔地から建設機械を制御して危険な作業での人手を減らす無人化施工の分野でノウハウを蓄積できたため、火山が噴火した被災地での復旧作業、将来の月面基地の建設など幅広い応用例が考えられる。
原発事故という試練に直面して進化する建設技術。だが、廃炉への道のりは長く、ゼネコンにとっても前人未到の領域に踏み込む技術を創造する長い戦いは始まったばかりだ。(山根昭)