†始めに。
今回のSSは、ちょっと表現がキツイ箇所があります。
また、マーグの葬送に関わる表現もあります。
出来るだけソフトに表現したつもりではありますが、お気持ちの状態によっては辛いと思われるかもしれません。
ご自身の心身にご留意戴いた上でお読み下さいますよう、お願いいたします。
BLなどの表現は一切ございませんので、そちらの面では安心してお読み戴けると思います。
改行の後、本文となります。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『ギシン星地球攻撃隊隊長マーグの遺骸について、地球防衛軍、地球連邦政府は共に関与しないこととする』
ケンジがその一報をタケルの許にもたらしたのは、あれから1時間後であった。
薄暗いあの部屋で、1時間前と同じ場所にタケルは心を失ったかのように座り込んだままであった。
ケンジがタケルに駆け寄り、両の肩を揺さぶる。
「タケル、タケル!マーグはもう大丈夫だ。お前の許に還って来たぞ!」
俯いていたタケルの顔がゆっくりとケンジの方を向く。
その瞳には懐疑的な色が揺らめいている。
無理も無い。と、ケンジは思う。
タケルが敵であるギシン星の人間であると判ってから、タケルは何度も地球の首脳陣達に翻弄されてきた。
地球を愛しているタケルの心を利用していると言う事もある。
それらを承知の上で、それでもタケルはギシン星と戦ってきた。
血を分けた双子の兄との辛い戦いにも必死に耐えていた。
その兄が洗脳されている事を知っても、それでも地球を守る為に兄と戦った。
やっと、兄が自分の許に戻ってきた時。
その時は兄の死と引き換えであった。
なのに。
地球はタケルの手からマーグを奪おうとしていたのだ。
ケンジはその地球側の一員である自分に後ろめたさを覚えていた。
軍とは、軍人とはそうでなければならないと判っていても。
「南極基地敷地の隣接部は、まだどの国の主権も及んでいない土地だ。
地球連邦政府は、その一画をお前とマーグの為に用意すると言っている」
タケルの瞳はまだ暗いままだ。
「地球防衛軍と地球連邦政府は、南極のその地に限ってマーグの埋葬の許可を出したんだ」
ケンジの再度の言葉に、やっとタケルの瞳が揺れた。
「マーグを…地球に?」
ようやく言葉を発したタケルの肩からケンジが手を離す。
「ああ。地球の首脳陣がマーグの地球受け入れを認めたんだ」
タケルの頬をまた新たな涙が伝った。
「兄さんが…俺のところに戻ってきたんですね?」
「ああ、そうだ。タケル」
「…隊長…ありがとうございます」
ケンジの前でタケルが首(こうべ)を垂れた。
「いや、上も行き過ぎだと気づいてくれたようだ。
残念ながら、ギシン星に還してあげる事は出来ないが、マーグは地球で眠る事ができるんだ」
見知らぬ異星の極地で、マーグは本当に安らかに眠ることができるのだろうか。
しかも、タケルと限られた人間以外、立ち入る事の出来ない場所で。
そう考えたケンジは頭を振って、その考えを一蹴した。
弟であるタケルが育った惑星なのだ。
そして、弟がズールの魔の手から守ろうとしている星なのだ。
きっとマーグにとってはそれだけでも、幸いな事なのだろう。
「兄さんは…マーグはずっと地球に居られるんですね?」
タケルの声が少し上擦る。
そしてケンジに顔を向けた。
そのタケルの表情は、先ほどまでの心を失った状態では無く、僅かながらも瞳に光を宿す物になっていた。
「ああ、マーグは地球で眠ることが出来る」
「良かった…。俺が育った地球を、兄さんにも知ってもらうことが出来るんだ…」
タケルの表情が安堵した物へと変わる。
マーグを敵の攻撃隊長でなく、自分の兄と地球側が認めてくれたことに、言い知れない程の感慨が胸に湧き出してくる。
本当はギシン星に眠る両親の許へマーグを連れて行きたかった。
だが、六神ロボとコスモクラッシャーだけでの宇宙行きでは、それは到底無理なこととタケルも解っている。
だから、地球に埋葬できる事だけでも、心のつかえが取れたも同じことだった。
安堵している様子のタケルを前に、ケンジが表情を少し硬くした。
「ただ、マーグを埋葬するにあたり、防衛軍は一切の関与をしない。
人員も割けない。必要な機具は貸与してくれるとの事だが。
だから…俺たちも手伝ってやれないんだ…。
…済まない、タケル」
今度はケンジが頭を下げた。
この件はタケルのあくまでプライベートと言う事で処理する為に、防衛軍、防衛軍に所属するクラッシャー隊は一切の手出しが出来ないことになったのだ。
「…謝らないで下さい、隊長。
兄さん…マーグを俺が弔ってあげられるのですから、それだけで充分です。
色々と御尽力下さってありがとうございます」
タケルは心からの感謝をケンジに伝えた。
南極基地の資材部で、タケルは墓所を作る為に必要な機材の貸出を申請した。
マーグの埋葬の件は関係部署には伝えられている。
しかし、ギシン星人、それも南極基地を襲撃した敵・ギシン星の戦闘隊長の埋葬と言う事で、担当者は言葉も無く、極力関わりたくないという思いが表情に表れていた。
周囲の者達も、タケルに対して冷たい視線を送るだけで、何一つ手伝おうとしない。
それどころか「地球にギシン星人の墓を作るなんて、上層部も気が狂ったのか?」等と、聞えよがしに言う者もいる。
無理も無い。自分達の仲間を殺したギシン星人の墓を作る為に機材を貸出しなくてはならないのだ。
許せるはずも無かった。
「あの、もしあったら、鉄骨の廃材を分けて頂けませんか?それと溶接機器も貸して頂けませんか?」
タケルの頼みに年嵩の担当者がタケルの意を酌んだらしく、タケルが望んでいたような鉄骨の廃材が2本用意された。
タケルは、自分に向けられている冷たい視線を感じつつも、いつも通りに振舞った。
卑屈になってはいけない。兄さんは、他のギシン星人と違って洗脳されて戦わされていたんだ。
それらと機材を、タケルは一人で電動カートに積み、会釈してから、資材部を後にした。
マーグの遺体を引き取りに、タケルは例の部屋へ赴いた。
部屋に入ると、金属製の長い箱が床に置かれていた。
一瞬、足を止めたタケルだったが、ゆっくりとそちらへと近づいて行く。
箱の前にタケルが立った時、横に居た南極基地の隊員が箱の蓋を縦にそっとずらした。
「…」
金属の棺の中に白い布が敷かれ、そこにマーグが横たわっていた。
「…兄さん」
タケルは棺の前で跪き、そっとマーグの頬に触れる。
血の通わぬマーグの頬はまるで白磁のように冷んやりとしている。
暫くマーグの頬に触れていたタケルだったが、一旦強く目を閉じ、何かを決意したかのように、キリリと目を開いた。
マーグのサークレットに触れる。そして、サークレットの中央で青く輝く石に指をかけると、ほんの僅かな超能力を用いて、その石をサークレットから外した。
指先で揺らめく青い光は、マーグの瞳のようだと、タケルは思った。
持参していた小さな強化プラスチックの小さな入れ物にその輝石を入れ、タケルはマーグから託されたクリスタルのペンダントと共に首に下げる。
「(兄さん、これでいつも一緒だよ。一緒にギシン星に行こう)」
タケルが立ちあがったのを見計らって、隊員が棺の蓋を閉めた。
そして、タケルに蓋の封印を促す。
タケルは無言で棺を封印した。
これで、この蓋は開かれることは無い。例え、地球防衛軍であろうと、地球連邦政府であろうと。
建物の外に停めてあるカートまで、先ほどの隊員が一緒に棺を運んでくれた。
タケルは彼に一礼すると、カートをゆっくりと動かし始めた。
偶然通り掛かる隊員が訝し気にタケルの方を見る。
タケルとマーグの事は南極基地では暗黙の了解事項となっているのだ。
仲間をギシン星人に殺された隊員の冷たい視線。
或いは兄弟の不遇を憐れむ年嵩の隊員。
そのような視線を感じながらも、必死に心の平静を装ってタケルは南極基地から出ようとしていた。
「タケル…」
南極基地のゲートの所に、ケンジを除くクラッシャー隊のメンバーが来ていた。
皆、何か言いたそげな気配だが、語ることが出来ずにいる。
「…みんな…」
タケルはマーグの葬送を見送りに来てくれた仲間の姿に少し驚いた。
彼らはタケルと共にマーグを埋葬してやりたくても、上からの命令で一切の手出しを禁じられているのだ。
だから、このように見送りに来てくれているとは思ってもいなかった。
「タケル、これ…。みんなで作ったの」
ミカが小さな白い花を束ねた物を差し出した。
南極の大地には花が咲かない。
紙を折って作られた小さな花に、緑色のやはり紙で作られた茎がつけられている。
それを白いリボンで束ねただけの、小さな花束だった。
受け取ったタケルの瞳が僅かに滲む。
「ありがとう…」
ようやくそれだけ言うと、タケルは小さな花束をそっと胸元に入れ、カートを走らせてゲートを後にした。
****************************************************************************************************
「隊長」
南極基地からギシン星へ旅立つ前の最後のブリーフィングを終えた後、部屋を出たケンジにタケルが声をかけた。
いつもよりも控えめな声で呼び止められたケンジがタケルの方を向いた。
「…ちょっと、マーグに…」
おずおずとタケルが口を開く。
ギシン星への出発を前に、最後にマーグに会いたいのだろう。
兄を地球に置いて、自分だけがギシン星へ向かう。
その事へのタケルなりの色々な気持ちもあるだろう。
「よし、行ってこい」
ケンジはそう察して、許可を出した。
返礼をして、駆け出して行くタケルを見ていたら、傍から声がかかった。
「飛鳥さん、タケルはマーグの所へ行ったのですか?」
タケルの養母・静子だった。
何やら不安そうな表情でタケルが向かった先を見つめている。
「え、ええ。そうです」
その不安そうな表情にケンジは心に引っ掛かる物を感じた。
もしかしてこの育ての母は、自分には判らないタケルの心情を、心の奥深くに沈めた本当の気持ちを察しているのではないか。
タケルをマーグの墓に行かせる許可を与えた自分は間違っていたのではないか。
そんな気持ちにさせられる。
「…飛鳥さん、私もマーグのお墓に行ってみます。
何だか、今のままタケルをギシン星に行かせてはいけないような気がするんです」
やはり。
この母は気が付いていたのだ。
マーグを亡くし、たった一人で自らの手で兄を埋葬したタケルの心の奥底に秘めた気持ちに。
きっとそれは危うげな物なのだろう。
「はい。判りました。外は少し吹雪いているようですので、お気をつけて。
埋葬場所はご存知ですね?」
「ええ、知っています。では、少し行って参ります」
静子は防寒着を着て、南極基地のゲートを出た。
昨日は静かだった南極だが、今日は少し吹雪いている。
顔にかかる雪を手で遮りながら、雪で白くなった地面を小走りに駆けて行く。
小さな人影が見えた。
「(タケル…)」
そこからはゆっくりと歩み寄った。
小さな、鉄骨の粗末な十字架。
銘も何も刻まれていない。
刻む事を許されなかったからだ。
何十年を経て、マーグの事を知る人が地球上から居なくなっても、墓碑銘の無い十字架は此処にあり続けるのだ。
静子は頭(かぶり)を振った。
いつか、ギシン星と和平が結ばれれば、マーグはギシン星に還る事が出来る。
そうでなくてはいけない。
静子は一つ息をつくと、タケルに近づいた。
「タケル…」
静子が息子の名を小さく呟く。
墓前に跪いていたタケルがゆっくりと立ち上がり、静子を振り返った。
そのタケルの表情はいつになく厳しく強張り、その瞳は静子ではなく、その向こうに憎い敵を見ているようだった。
「(いけない。マーグの仇を取るつもりでギシン星に行かせてはいけない!)」
「まぁ、怖い顔。まるで敵討ちにでも行くみたい」
静子は感じたそのままを、しかし、少し冗談めかして口にした。
そうでなければ、タケルが放っている殺気に呑まれてしまいそうであった。
タケルがこれほど厳しい表情を見せたことは無い。
「母さん、俺はマーグの…」
低く怒気に満ちたタケルの声が返ってくる。
「(タケルは怒りに囚われている。このままでは平和使節は務まらない)」
「タケル!あなたは、平和使節だと言う事を忘れてはいけません」
静子はマーグの墓前に跪いて手を合わせた。
「でも母さん、マーグの人生は一体なんだったのですか?
一緒に生まれながら、俺より惨めな、あまりに短い一生は」
タケルは幸薄かったであろう兄の事を思う。
弟の、自分の為に生きて死んでいった兄。
父や母から託された記憶を伝え、そして洗脳され、弟の自分を守る為に自ら命を投げ出した兄。
兄には少しでも幸せな時間があったのだろうか?
それに引き換え、何も知らず、地球で温かな家庭で幸せに育てられた自分。
どうして双子なのに、全く正反対の生き方をすることになってしまったのだろうか。
「そういう運命だったのです。あなたとマーグが入れ替わってもやはり同じ道をたどったでしょう」
静子がマーグの墓と向かいあったまま、タケルに語り掛ける。
そう、この2人は表裏一体。どちらが地球に送られても、同じ運命をたどるしかなかった。
「そうなれば良かった。ズールが俺でなくマーグを地球に送っていたら…」
そうすれば、自分は死んでもマーグは生きていた筈だ。
自分が幸せに育てられた事が、今のタケルにとってはマーグへの負い目でしかない。
「タケル!本当にそう思っているのですか?」
立ち上がり、タケルに向き直った静子の瞳には涙が浮かんでいる。
その静子の表情にタケルはハッとした。
「私は、あなたという子に巡り合えてどんなに…」
自分が言った言葉が静子を傷つけた。
タケルはその事にようやく気が付いた。
正体の判らない、謎の存在だった自分を実の子同様に、慈しんで育ててくれた母を。
「マーグの身体は亡んでも、心はあなたのなかに生きているのよ。
あなた達は2人で1人。だからこそ、遠く離れていても心は通じ合えたんじゃありませんか。
マーグが惨めと言うのなら、その分、あなたが幸せにならなくては。
そうする事でマーグも幸せになるのです。
あなた達は生まれる時に、たまたま2つの身体に分かれただけで、心は1つなのですよ」
静子に諭されて、ようやくタケルは気が付いた。
まだマーグの存在を知らない頃、タケルを救ってくれた声。
幼い日にも感じていた、もう一人の自分。
それは全てマーグだったのだ。
地球とギシン星、遠く離れていても知らぬうちに自分と兄の心は繋がっていたのだ。
「母さん…」
母は自分とマーグの事を誰よりも理解していてくれた。
自分でも気が付かなかった想いに、気付いていてくれた。
そして、自分とマーグが入れ替わっていたとしても、きっと同じ言葉をマーグに伝えてくれていただろう。
そんな母の気持ちに、復讐で塗り固められた自分の心が解れていくのが判る。
この母は、その存在が判った時から、マーグも自分同様に息子として想ってくれていたのだろう。
マーグを失ってから、渇き、そして凍り付いていたタケルの心にようやく小さな温かい灯が燈された。
それは静子にも伝わった。
タケルがやっと本来の自分を取り戻せたことが。
もう心配はない。
「さあ、お行きなさい。心の中のマーグと一緒に…」
静子はタケルを促した。
「はい」
タケルは静子の言葉に素直に従い、南極基地へと駆け戻って行った。
その後ろ姿を静子は微笑んで見送った。
もう大丈夫。
あの子は平和使節としての役目を立派に果たせる。
夫が言い残した「地球と宇宙を結ぶ大事な絆」の、通りに。
そして静子はマーグの墓に向き直り、再び跪いた。
「あなたとも、一度でいいからお話がしてみたかったわ。
あの子のお兄さんですもの、私たち、きっと解り合えたに違いないわ。
どうか、あの子を見守っていてあげてね。
きっと地球とギシン星の間に平和を築いてくれるでしょうから。
お願いね、マーグ」
いつの間にか吹雪きは止んでいた。
コスモクラッシャーとゴッドマーズは碧い空に吸い込まれ、小さな輝きを残してギシン星へと旅立った。
今回のSSは、ちょっと表現がキツイ箇所があります。
また、マーグの葬送に関わる表現もあります。
出来るだけソフトに表現したつもりではありますが、お気持ちの状態によっては辛いと思われるかもしれません。
ご自身の心身にご留意戴いた上でお読み下さいますよう、お願いいたします。
BLなどの表現は一切ございませんので、そちらの面では安心してお読み戴けると思います。
改行の後、本文となります。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『ギシン星地球攻撃隊隊長マーグの遺骸について、地球防衛軍、地球連邦政府は共に関与しないこととする』
ケンジがその一報をタケルの許にもたらしたのは、あれから1時間後であった。
薄暗いあの部屋で、1時間前と同じ場所にタケルは心を失ったかのように座り込んだままであった。
ケンジがタケルに駆け寄り、両の肩を揺さぶる。
「タケル、タケル!マーグはもう大丈夫だ。お前の許に還って来たぞ!」
俯いていたタケルの顔がゆっくりとケンジの方を向く。
その瞳には懐疑的な色が揺らめいている。
無理も無い。と、ケンジは思う。
タケルが敵であるギシン星の人間であると判ってから、タケルは何度も地球の首脳陣達に翻弄されてきた。
地球を愛しているタケルの心を利用していると言う事もある。
それらを承知の上で、それでもタケルはギシン星と戦ってきた。
血を分けた双子の兄との辛い戦いにも必死に耐えていた。
その兄が洗脳されている事を知っても、それでも地球を守る為に兄と戦った。
やっと、兄が自分の許に戻ってきた時。
その時は兄の死と引き換えであった。
なのに。
地球はタケルの手からマーグを奪おうとしていたのだ。
ケンジはその地球側の一員である自分に後ろめたさを覚えていた。
軍とは、軍人とはそうでなければならないと判っていても。
「南極基地敷地の隣接部は、まだどの国の主権も及んでいない土地だ。
地球連邦政府は、その一画をお前とマーグの為に用意すると言っている」
タケルの瞳はまだ暗いままだ。
「地球防衛軍と地球連邦政府は、南極のその地に限ってマーグの埋葬の許可を出したんだ」
ケンジの再度の言葉に、やっとタケルの瞳が揺れた。
「マーグを…地球に?」
ようやく言葉を発したタケルの肩からケンジが手を離す。
「ああ。地球の首脳陣がマーグの地球受け入れを認めたんだ」
タケルの頬をまた新たな涙が伝った。
「兄さんが…俺のところに戻ってきたんですね?」
「ああ、そうだ。タケル」
「…隊長…ありがとうございます」
ケンジの前でタケルが首(こうべ)を垂れた。
「いや、上も行き過ぎだと気づいてくれたようだ。
残念ながら、ギシン星に還してあげる事は出来ないが、マーグは地球で眠る事ができるんだ」
見知らぬ異星の極地で、マーグは本当に安らかに眠ることができるのだろうか。
しかも、タケルと限られた人間以外、立ち入る事の出来ない場所で。
そう考えたケンジは頭を振って、その考えを一蹴した。
弟であるタケルが育った惑星なのだ。
そして、弟がズールの魔の手から守ろうとしている星なのだ。
きっとマーグにとってはそれだけでも、幸いな事なのだろう。
「兄さんは…マーグはずっと地球に居られるんですね?」
タケルの声が少し上擦る。
そしてケンジに顔を向けた。
そのタケルの表情は、先ほどまでの心を失った状態では無く、僅かながらも瞳に光を宿す物になっていた。
「ああ、マーグは地球で眠ることが出来る」
「良かった…。俺が育った地球を、兄さんにも知ってもらうことが出来るんだ…」
タケルの表情が安堵した物へと変わる。
マーグを敵の攻撃隊長でなく、自分の兄と地球側が認めてくれたことに、言い知れない程の感慨が胸に湧き出してくる。
本当はギシン星に眠る両親の許へマーグを連れて行きたかった。
だが、六神ロボとコスモクラッシャーだけでの宇宙行きでは、それは到底無理なこととタケルも解っている。
だから、地球に埋葬できる事だけでも、心のつかえが取れたも同じことだった。
安堵している様子のタケルを前に、ケンジが表情を少し硬くした。
「ただ、マーグを埋葬するにあたり、防衛軍は一切の関与をしない。
人員も割けない。必要な機具は貸与してくれるとの事だが。
だから…俺たちも手伝ってやれないんだ…。
…済まない、タケル」
今度はケンジが頭を下げた。
この件はタケルのあくまでプライベートと言う事で処理する為に、防衛軍、防衛軍に所属するクラッシャー隊は一切の手出しが出来ないことになったのだ。
「…謝らないで下さい、隊長。
兄さん…マーグを俺が弔ってあげられるのですから、それだけで充分です。
色々と御尽力下さってありがとうございます」
タケルは心からの感謝をケンジに伝えた。
南極基地の資材部で、タケルは墓所を作る為に必要な機材の貸出を申請した。
マーグの埋葬の件は関係部署には伝えられている。
しかし、ギシン星人、それも南極基地を襲撃した敵・ギシン星の戦闘隊長の埋葬と言う事で、担当者は言葉も無く、極力関わりたくないという思いが表情に表れていた。
周囲の者達も、タケルに対して冷たい視線を送るだけで、何一つ手伝おうとしない。
それどころか「地球にギシン星人の墓を作るなんて、上層部も気が狂ったのか?」等と、聞えよがしに言う者もいる。
無理も無い。自分達の仲間を殺したギシン星人の墓を作る為に機材を貸出しなくてはならないのだ。
許せるはずも無かった。
「あの、もしあったら、鉄骨の廃材を分けて頂けませんか?それと溶接機器も貸して頂けませんか?」
タケルの頼みに年嵩の担当者がタケルの意を酌んだらしく、タケルが望んでいたような鉄骨の廃材が2本用意された。
タケルは、自分に向けられている冷たい視線を感じつつも、いつも通りに振舞った。
卑屈になってはいけない。兄さんは、他のギシン星人と違って洗脳されて戦わされていたんだ。
それらと機材を、タケルは一人で電動カートに積み、会釈してから、資材部を後にした。
マーグの遺体を引き取りに、タケルは例の部屋へ赴いた。
部屋に入ると、金属製の長い箱が床に置かれていた。
一瞬、足を止めたタケルだったが、ゆっくりとそちらへと近づいて行く。
箱の前にタケルが立った時、横に居た南極基地の隊員が箱の蓋を縦にそっとずらした。
「…」
金属の棺の中に白い布が敷かれ、そこにマーグが横たわっていた。
「…兄さん」
タケルは棺の前で跪き、そっとマーグの頬に触れる。
血の通わぬマーグの頬はまるで白磁のように冷んやりとしている。
暫くマーグの頬に触れていたタケルだったが、一旦強く目を閉じ、何かを決意したかのように、キリリと目を開いた。
マーグのサークレットに触れる。そして、サークレットの中央で青く輝く石に指をかけると、ほんの僅かな超能力を用いて、その石をサークレットから外した。
指先で揺らめく青い光は、マーグの瞳のようだと、タケルは思った。
持参していた小さな強化プラスチックの小さな入れ物にその輝石を入れ、タケルはマーグから託されたクリスタルのペンダントと共に首に下げる。
「(兄さん、これでいつも一緒だよ。一緒にギシン星に行こう)」
タケルが立ちあがったのを見計らって、隊員が棺の蓋を閉めた。
そして、タケルに蓋の封印を促す。
タケルは無言で棺を封印した。
これで、この蓋は開かれることは無い。例え、地球防衛軍であろうと、地球連邦政府であろうと。
建物の外に停めてあるカートまで、先ほどの隊員が一緒に棺を運んでくれた。
タケルは彼に一礼すると、カートをゆっくりと動かし始めた。
偶然通り掛かる隊員が訝し気にタケルの方を見る。
タケルとマーグの事は南極基地では暗黙の了解事項となっているのだ。
仲間をギシン星人に殺された隊員の冷たい視線。
或いは兄弟の不遇を憐れむ年嵩の隊員。
そのような視線を感じながらも、必死に心の平静を装ってタケルは南極基地から出ようとしていた。
「タケル…」
南極基地のゲートの所に、ケンジを除くクラッシャー隊のメンバーが来ていた。
皆、何か言いたそげな気配だが、語ることが出来ずにいる。
「…みんな…」
タケルはマーグの葬送を見送りに来てくれた仲間の姿に少し驚いた。
彼らはタケルと共にマーグを埋葬してやりたくても、上からの命令で一切の手出しを禁じられているのだ。
だから、このように見送りに来てくれているとは思ってもいなかった。
「タケル、これ…。みんなで作ったの」
ミカが小さな白い花を束ねた物を差し出した。
南極の大地には花が咲かない。
紙を折って作られた小さな花に、緑色のやはり紙で作られた茎がつけられている。
それを白いリボンで束ねただけの、小さな花束だった。
受け取ったタケルの瞳が僅かに滲む。
「ありがとう…」
ようやくそれだけ言うと、タケルは小さな花束をそっと胸元に入れ、カートを走らせてゲートを後にした。
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「隊長」
南極基地からギシン星へ旅立つ前の最後のブリーフィングを終えた後、部屋を出たケンジにタケルが声をかけた。
いつもよりも控えめな声で呼び止められたケンジがタケルの方を向いた。
「…ちょっと、マーグに…」
おずおずとタケルが口を開く。
ギシン星への出発を前に、最後にマーグに会いたいのだろう。
兄を地球に置いて、自分だけがギシン星へ向かう。
その事へのタケルなりの色々な気持ちもあるだろう。
「よし、行ってこい」
ケンジはそう察して、許可を出した。
返礼をして、駆け出して行くタケルを見ていたら、傍から声がかかった。
「飛鳥さん、タケルはマーグの所へ行ったのですか?」
タケルの養母・静子だった。
何やら不安そうな表情でタケルが向かった先を見つめている。
「え、ええ。そうです」
その不安そうな表情にケンジは心に引っ掛かる物を感じた。
もしかしてこの育ての母は、自分には判らないタケルの心情を、心の奥深くに沈めた本当の気持ちを察しているのではないか。
タケルをマーグの墓に行かせる許可を与えた自分は間違っていたのではないか。
そんな気持ちにさせられる。
「…飛鳥さん、私もマーグのお墓に行ってみます。
何だか、今のままタケルをギシン星に行かせてはいけないような気がするんです」
やはり。
この母は気が付いていたのだ。
マーグを亡くし、たった一人で自らの手で兄を埋葬したタケルの心の奥底に秘めた気持ちに。
きっとそれは危うげな物なのだろう。
「はい。判りました。外は少し吹雪いているようですので、お気をつけて。
埋葬場所はご存知ですね?」
「ええ、知っています。では、少し行って参ります」
静子は防寒着を着て、南極基地のゲートを出た。
昨日は静かだった南極だが、今日は少し吹雪いている。
顔にかかる雪を手で遮りながら、雪で白くなった地面を小走りに駆けて行く。
小さな人影が見えた。
「(タケル…)」
そこからはゆっくりと歩み寄った。
小さな、鉄骨の粗末な十字架。
銘も何も刻まれていない。
刻む事を許されなかったからだ。
何十年を経て、マーグの事を知る人が地球上から居なくなっても、墓碑銘の無い十字架は此処にあり続けるのだ。
静子は頭(かぶり)を振った。
いつか、ギシン星と和平が結ばれれば、マーグはギシン星に還る事が出来る。
そうでなくてはいけない。
静子は一つ息をつくと、タケルに近づいた。
「タケル…」
静子が息子の名を小さく呟く。
墓前に跪いていたタケルがゆっくりと立ち上がり、静子を振り返った。
そのタケルの表情はいつになく厳しく強張り、その瞳は静子ではなく、その向こうに憎い敵を見ているようだった。
「(いけない。マーグの仇を取るつもりでギシン星に行かせてはいけない!)」
「まぁ、怖い顔。まるで敵討ちにでも行くみたい」
静子は感じたそのままを、しかし、少し冗談めかして口にした。
そうでなければ、タケルが放っている殺気に呑まれてしまいそうであった。
タケルがこれほど厳しい表情を見せたことは無い。
「母さん、俺はマーグの…」
低く怒気に満ちたタケルの声が返ってくる。
「(タケルは怒りに囚われている。このままでは平和使節は務まらない)」
「タケル!あなたは、平和使節だと言う事を忘れてはいけません」
静子はマーグの墓前に跪いて手を合わせた。
「でも母さん、マーグの人生は一体なんだったのですか?
一緒に生まれながら、俺より惨めな、あまりに短い一生は」
タケルは幸薄かったであろう兄の事を思う。
弟の、自分の為に生きて死んでいった兄。
父や母から託された記憶を伝え、そして洗脳され、弟の自分を守る為に自ら命を投げ出した兄。
兄には少しでも幸せな時間があったのだろうか?
それに引き換え、何も知らず、地球で温かな家庭で幸せに育てられた自分。
どうして双子なのに、全く正反対の生き方をすることになってしまったのだろうか。
「そういう運命だったのです。あなたとマーグが入れ替わってもやはり同じ道をたどったでしょう」
静子がマーグの墓と向かいあったまま、タケルに語り掛ける。
そう、この2人は表裏一体。どちらが地球に送られても、同じ運命をたどるしかなかった。
「そうなれば良かった。ズールが俺でなくマーグを地球に送っていたら…」
そうすれば、自分は死んでもマーグは生きていた筈だ。
自分が幸せに育てられた事が、今のタケルにとってはマーグへの負い目でしかない。
「タケル!本当にそう思っているのですか?」
立ち上がり、タケルに向き直った静子の瞳には涙が浮かんでいる。
その静子の表情にタケルはハッとした。
「私は、あなたという子に巡り合えてどんなに…」
自分が言った言葉が静子を傷つけた。
タケルはその事にようやく気が付いた。
正体の判らない、謎の存在だった自分を実の子同様に、慈しんで育ててくれた母を。
「マーグの身体は亡んでも、心はあなたのなかに生きているのよ。
あなた達は2人で1人。だからこそ、遠く離れていても心は通じ合えたんじゃありませんか。
マーグが惨めと言うのなら、その分、あなたが幸せにならなくては。
そうする事でマーグも幸せになるのです。
あなた達は生まれる時に、たまたま2つの身体に分かれただけで、心は1つなのですよ」
静子に諭されて、ようやくタケルは気が付いた。
まだマーグの存在を知らない頃、タケルを救ってくれた声。
幼い日にも感じていた、もう一人の自分。
それは全てマーグだったのだ。
地球とギシン星、遠く離れていても知らぬうちに自分と兄の心は繋がっていたのだ。
「母さん…」
母は自分とマーグの事を誰よりも理解していてくれた。
自分でも気が付かなかった想いに、気付いていてくれた。
そして、自分とマーグが入れ替わっていたとしても、きっと同じ言葉をマーグに伝えてくれていただろう。
そんな母の気持ちに、復讐で塗り固められた自分の心が解れていくのが判る。
この母は、その存在が判った時から、マーグも自分同様に息子として想ってくれていたのだろう。
マーグを失ってから、渇き、そして凍り付いていたタケルの心にようやく小さな温かい灯が燈された。
それは静子にも伝わった。
タケルがやっと本来の自分を取り戻せたことが。
もう心配はない。
「さあ、お行きなさい。心の中のマーグと一緒に…」
静子はタケルを促した。
「はい」
タケルは静子の言葉に素直に従い、南極基地へと駆け戻って行った。
その後ろ姿を静子は微笑んで見送った。
もう大丈夫。
あの子は平和使節としての役目を立派に果たせる。
夫が言い残した「地球と宇宙を結ぶ大事な絆」の、通りに。
そして静子はマーグの墓に向き直り、再び跪いた。
「あなたとも、一度でいいからお話がしてみたかったわ。
あの子のお兄さんですもの、私たち、きっと解り合えたに違いないわ。
どうか、あの子を見守っていてあげてね。
きっと地球とギシン星の間に平和を築いてくれるでしょうから。
お願いね、マーグ」
いつの間にか吹雪きは止んでいた。
コスモクラッシャーとゴッドマーズは碧い空に吸い込まれ、小さな輝きを残してギシン星へと旅立った。
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