「 雑宝蔵経 」というお経に次のような喩えがあります
ヒマラヤの麓のある竹薮に 多くの鳥や獣と一緒に一羽のオウムが住んでいた
あるとき にわかに大風が起こり 竹と竹とが擦れあって火が起こった
火は風にあおられてついに大火となり 鳥も獣も逃げ場を失って鳴き叫んだ
オウムは ひとつには 長い間住居を与えてくれた竹薮の恩に報いるために
ひとつには 大勢の鳥や獣の災難を哀れんで彼らを救うために
近くの池に入っては翼を水に浸し 空に駆け昇っては滴を燃えさかる火の上に注ぎかけ
竹薮の恩を思う心と 限りない慈愛の心でたゆまずにこれを続けた
慈悲と献身の心は天界の梵天を感動させた
梵天は空から下って来てオウムに語った
「おまえの心は健気であるが この大いなる火をどうして羽の滴で消すことができよう」
オウムは答えて言う
「恩を思う心と慈悲の心からしていることができないはずはない わたしはどうしてもやる 次の生に及んでもやり通す」 と
梵天はオウムの偉大な志にうたれ 力を合わせてこの薮の火を消し止めた
ヒマラヤの麓の竹薮を 東北地方の今
そして日本の将来と重ねてしまうのは私だけではないでしょう
正に火の海に飲み込まれそうになっている今
なす術がないように思えてならない毎日です
それでも私たちひとりひとりが 確固たる信念をもって臨んでいけば
オウムのように天に通ずるのだと信じたいのです
ある方が仰いました
「 人間は心に根を生やした多年草だ
野に咲く多年草の花を無造作に引き抜いて 花瓶に生けてもひと月ももたない
干からびた花をもう一度土に返したところで 再び花は咲かない
避難されている人々の心の根っこは今でも故郷に残っている
かけがえのない根っこを残すためあらゆる犠牲を払って
為政者も企業経営者も努力を惜しまないで欲しい
今度こそ 私たちはあなたたちの動きを最後まで注視していく 」
温度差が大きくなっていることを肌で感じている今日この頃
それでも私は 一時も忘れてはいません
だって まだ何も 解決してはいないのだから