以前 此処に [ 泥田 ] という記事をentryしたことがありました
その記事で私は 仏教ととても関わりのある「蓮華」の花の教えを表したかったのでした
蓮華は泥田にしか咲きません キレイな真水では枯れてしまうのです
泥に身を埋めつつも その花や葉に泥の色や香りを少しも染め出さずに
栄養として吸収し 清らかで美しい花を咲かせるのが
蓮華です
「padma」 とは サンスクリット語で 「蓮華」を意味します
ハンネをpadmaにしたのは
そんな意味合いもありました
私は此処で時々
自分の言葉ではなく 他の方々の詞や文章を引用することがあります
自分の言葉で綴るのが一番善いことなのは 重々承知していますが
それには理由があります
仏様の教えを説くのは 出家をしたお坊様でなければならないという
決まりがあります
私には師匠がいますが まだ正式に出家得度はしておりません
なので 知ったかぶりで 皆さんにああだこーだと説法をしてはいけないのです
それで きちんとお坊様の資格を持った方々の御言葉をお借りしながら
その時々で 様々な気持ちを此処に綴ってきたという訳です
なので今回も 「泥田」に続くお話しを綴りたいと思います
大晦日には百八の除夜の鐘をつく
百八というのは仏教で分類した人間の煩悩の数である
除夜とは夜を除くと書く
夜とは何か
道理にくらいための夜である
道理にくらく 道理にもとる生きざまのゆえにみずから招いた苦しみの数々
その苦悩に導かれ 苦悩を手がかりとして仏法の門をたたく姿が 除夜の鐘をつく姿なのである
かくて百八の煩悩の闇は百八の法門の輝きと転じて 光明燦然とした元旦がやって来るのである
一日に八万四千の煩悩あり八万四千のみほとけゐます
煩悩の数だけ仏がいまし 煩悩の数だけ法をお説きくださったと詠んだこの歌の作者 青木敬麿という方は 浄土真宗のお坊さんであるという
年に一度 大晦日から元旦にかけて除夜の鐘をつけばよいといものではない
毎日毎時間 我が心に向かって除夜の鐘をつきつづけなければならないのである
一歩一歩に蓮華の花を開かせてゆかねばならないのである
(青山俊董師)
今年も一年 驚くほどたくさんの方々に訪れていただき とても感謝しています
ありがとうございました
皆様にとりましても 来る年がお幸せなものでありますように
どうぞ良い新年をお迎えください
合掌
不滅の法灯
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年の瀬を迎え 新年を迎えるべく 師走の慌しさに拍車がかかる日々である
さて 本年を振り返ってみると 続発する無差別殺人 食の安全崩壊 世界に吹き荒れる不景気等 挙げればきりがない
事件が起こるたびに私たちは一喜一憂し錯綜する情報に心痛む思いがした
まさに「心身ともに疲れて 坐起安からず」の毎日であった
これは私たちが生きる指針 真の生きがいを見失った結果ではないか
今ほど人間性が失われている時代はない
自分がいかにあるべきかを問うことすら 私たちは忘れている
しかし誰もが 人生で生きがいを感じて人生を生き抜こうとする
幸せや安らぎといったものは 生きがいの姿であろう
では 生きがいとは何か
それは天地万物に生かされて生きる自己を認識し 見る世界の中にいる自己が見られている自己だと知ることである
私たちが神仏を超えてまで勝ち取ったと錯覚している人間の主体性は 物質的に豊かな生活の享受を約束こそしても 精神の自由を保障するもので無かったことを 今になってようやく人々は理解しはじめてきたのではないだろうか
欧米の自由主義経済の影響を受けた我々が こころの糧を仏教に求めようとしながらも 仏を見る対象としか捉えず 仏に見られている自己を忘れ去っている
つまり 人間性喪失の現代の生活は 仏不在の生き方に起因しているともいえる
比叡山で修行され曹洞宗の祖となられた道元禅師は『正法眼藏』で
「仏道をならうというは 自己をならうなり
自己をならうというは 自己をわするるなり
自己をわするるというは 万法に証せらるるなり
万法に証せらるるというは 自己の心身および他己の心身をして脱落せしむるなり」
と述べておられる
自身を知り 本来の自己になっていく自分を見つけることができた時 はじめて真の生きがいを得ることができる
何事にも動じない心(不動心)を得 新しい年を迎えたいものである
( 比叡山時報より )
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昨夜はどんなX'mas eve を過ごされたでしょうか?
我が家は特別なことはしなかったですけど
久しぶりにワインなんぞを飲みました
X'masの晩には Ferrariのスプマンテ ... が
理想なんですけど
あくまでも理想は理想なんで(笑)
今年は お手軽に Classico の Soave にしました
キリッとした辛口でなかなかpadma好み
(と 言っても 私にとってワインは葡萄ジュース並ですがww)
今朝はVaticanの サン・ピエトロ大聖堂から
X'masミサの様子を中継してました
現在のパパ Benedictus XVI の
お洒落な「ぷらだのお靴」などが見れるかもと少し期待したんですが
残念ながら見えませんでしたw
気を取り直して 今夜はズームインでも見ますか(笑)
皆さんも 愉しい Black X'masを!!
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外は一面 銀世界
気温は氷点下の真冬日
X'mas にはぴったりのsituationだけれど
正直 シバレ過ぎるのも困りものです(苦笑)
padmaが暮らす街では毎年X'masに
地元のラジオ局と協賛する全国の放送局とで
チャリティーミュージックソンが開催されます
今日24日の正午から明日の正午までの24時間
県内に設けられた募金会場(愛の泉)と
募金ラジオカー(とおりゃんせ号)などで
募金を募るというチャリティーです
年々 参加する放送局は減ってきてはいるようですが
padmaの地元の放送局 IBC は
31年間 ずっと参加しています
私自身 今時期になると
「そろそろラジソンの時期だわ」
なんてつい考えてしまうほど
地元に根付いたチャリティーです
チャリティー募金の趣旨は
「音の出る信号機」を初めとする福祉機器購入の為
そして今年は 度重なった大地震の被災地の方たちの救済のためにも
使われるそうです
浮かれ気分のX'masの人も
哀しい気分のX'masの人も
「聖なる夜といわれるこの日に ほんの少し 優しい気持ちになってみるのはどうでしょうか ..... 」
そんな想いの元 始められたのだそうです
なんか ... よくないですか? こうゆうのって
私は好きです
ココロが ほんわか温まるような気がするから
自分の事で精一杯
明日をも知れぬ世情だからこそ
優しい気持ち 失くしたくはないように想います
それは 私自身
日頃 大切にしている詞
「一隅を照らす」
それに通じるものだから .....
皆さん よいX'masを☆
Happy Merry X'mas なむなむ
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