真夏の宵はいつもどこか霞んでいて 秋の空のソレの様に完全には暗くならなくって
その空に浮かぶ月は まるで皮を剥いた葡萄の様に とろんとした甘い黄色で
それを眺める人の心も 甘く甘く滴る蜜の如く持て余させ 惑わせる
しっかりと意識に上らせなければ あっという間に逃げて行ってしまうおぼろな夏は
妖しげで 切なげで
そんな宵を眺める暇などないと はしゃいで過ぎる夏も一興だけど
暑さともどかしさの混じり合った 寝苦しい空気を身体に纏う真夜中は
月から滴る雫さえも この身に湛え味わいたいと思う 成熟した女だけが望める贅沢な宵
明日は7月の満月
その空に浮かぶ月は まるで皮を剥いた葡萄の様に とろんとした甘い黄色で
それを眺める人の心も 甘く甘く滴る蜜の如く持て余させ 惑わせる
しっかりと意識に上らせなければ あっという間に逃げて行ってしまうおぼろな夏は
妖しげで 切なげで
そんな宵を眺める暇などないと はしゃいで過ぎる夏も一興だけど
暑さともどかしさの混じり合った 寝苦しい空気を身体に纏う真夜中は
月から滴る雫さえも この身に湛え味わいたいと思う 成熟した女だけが望める贅沢な宵
明日は7月の満月
智積菩薩,文殊師利に問うていわく,この経は深々微妙にして,諸経の中の宝,世に希有なるところなり。もし衆生の勤加精進し,この経を修行して,速やかに仏を得る有りや不や。
娑竭羅龍王の娘,齢八歳なり。智慧利根にして,よく衆生の諸根の行業を知り,陀羅尼を得,諸仏の諸説の深こして不退転を得たり。
弁才無碍にして衆生を慈念すること,なお赤子のごとし。
功徳具足して,心に念い,口に演ること。微妙広大なり。慈悲仁譲,志意和雅にして,よく菩提に至れり。
智積菩薩のいわく,われ釈迦如来を見たてまつれば,無量劫において難行苦行し,功を積み,徳を累ねて菩薩の道を求むること,いまだかつて止息したまわず。三千大千世界を観るに,乃至,芥子のごときばかりもこれ菩薩にして,身命を捨てたもうところにあらざることなし。衆生のためのゆえなりしかして後に,すなわち菩提の道を成ずることを得たまえり。この女の須臾のあいだにおいて,すなわち正覚を成ずることを信ぜじ。
言論いまだ終わらざるに,ときに龍王の娘,たちまち目前に現じて,頭面に礼敬し,去って一面に住して,偈をもってほめてもうさく。深く罪福の相を達してあまねく十方を照らしたもう。微妙の清き法身,相を具せること三十二。八十種好をもって法身を荘厳せり。天人の戴仰するところ,龍神もことごとく恭敬す。一切衆生の宗奉せざるものなし。また聞いて菩提を成ずること,ただ仏のみまさに証知したもうべし。われ大乗の教を聞いて,苦の衆生を度脱せん。
そのときに舎利弗,龍女に語っていわく,汝久しからずして,無上道を得たりとおもえり。この事信じがたし。ゆえんはいかん。女身は垢穢にしてこれ法器にあらず。いかんぞよく無上菩提を得ん。仏道ははるかなり。無量劫をへて勤苦にして行を積み,つぶさに諸道を修し,しかして後にすなわち成ず。
そのとき龍女,一つの宝珠あり。價直三千大千世界なり。もって仏にたてまつる。
仏すなわちこれを受けたまう。龍女,智積菩薩,尊者舎利弗にいっていわく,われ宝珠をたてまつる,世尊の納受,この事疾しや否や。こたえていわく,はなはだ疾し。
龍女いわく,汝が神力をもって,わが成仏を観よ。またこれよりも速やかならん。
南方無垢世界へ行き,宝蓮華に座して等正覚を成じ,三十二相八十種好あって,あまねく十方の一切衆生のために妙法を演説するを見る。娑婆世界の菩薩,声聞,天龍八部,人と,皆はるかにかの龍女の成仏してあまねく時の会の人,天のために法を説くを見て,心大いに歓喜して,ことごとくはるかに敬礼す。
無量の衆生,法を聞いて解悟し,不退転を得,無量の衆生,道の記を受くることを得たり。
無垢世界六遍に振動す。娑婆世界の三千の衆生,不退の地に住し,三千の衆生菩薩心を発こして受記を得たり。
智積菩薩及び舎利弗と一切の衆会,黙然として信受す。
娑竭羅龍王の娘,齢八歳なり。智慧利根にして,よく衆生の諸根の行業を知り,陀羅尼を得,諸仏の諸説の深こして不退転を得たり。
弁才無碍にして衆生を慈念すること,なお赤子のごとし。
功徳具足して,心に念い,口に演ること。微妙広大なり。慈悲仁譲,志意和雅にして,よく菩提に至れり。
智積菩薩のいわく,われ釈迦如来を見たてまつれば,無量劫において難行苦行し,功を積み,徳を累ねて菩薩の道を求むること,いまだかつて止息したまわず。三千大千世界を観るに,乃至,芥子のごときばかりもこれ菩薩にして,身命を捨てたもうところにあらざることなし。衆生のためのゆえなりしかして後に,すなわち菩提の道を成ずることを得たまえり。この女の須臾のあいだにおいて,すなわち正覚を成ずることを信ぜじ。
言論いまだ終わらざるに,ときに龍王の娘,たちまち目前に現じて,頭面に礼敬し,去って一面に住して,偈をもってほめてもうさく。深く罪福の相を達してあまねく十方を照らしたもう。微妙の清き法身,相を具せること三十二。八十種好をもって法身を荘厳せり。天人の戴仰するところ,龍神もことごとく恭敬す。一切衆生の宗奉せざるものなし。また聞いて菩提を成ずること,ただ仏のみまさに証知したもうべし。われ大乗の教を聞いて,苦の衆生を度脱せん。
そのときに舎利弗,龍女に語っていわく,汝久しからずして,無上道を得たりとおもえり。この事信じがたし。ゆえんはいかん。女身は垢穢にしてこれ法器にあらず。いかんぞよく無上菩提を得ん。仏道ははるかなり。無量劫をへて勤苦にして行を積み,つぶさに諸道を修し,しかして後にすなわち成ず。
そのとき龍女,一つの宝珠あり。價直三千大千世界なり。もって仏にたてまつる。
仏すなわちこれを受けたまう。龍女,智積菩薩,尊者舎利弗にいっていわく,われ宝珠をたてまつる,世尊の納受,この事疾しや否や。こたえていわく,はなはだ疾し。
龍女いわく,汝が神力をもって,わが成仏を観よ。またこれよりも速やかならん。
南方無垢世界へ行き,宝蓮華に座して等正覚を成じ,三十二相八十種好あって,あまねく十方の一切衆生のために妙法を演説するを見る。娑婆世界の菩薩,声聞,天龍八部,人と,皆はるかにかの龍女の成仏してあまねく時の会の人,天のために法を説くを見て,心大いに歓喜して,ことごとくはるかに敬礼す。
無量の衆生,法を聞いて解悟し,不退転を得,無量の衆生,道の記を受くることを得たり。
無垢世界六遍に振動す。娑婆世界の三千の衆生,不退の地に住し,三千の衆生菩薩心を発こして受記を得たり。
智積菩薩及び舎利弗と一切の衆会,黙然として信受す。
昨日の夕方 弱々しいながらも蜩がないていた
蜩の音を聞くのが毎年とても楽しみ
漸く夏が来たのだと実感するから
蛍の姿を今年も見れた
今日は小暑
そして七夕だ
本格的な夏の到来が 嬉しくて仕方がない
七夕さまには 何をお願いしようかしら…
明日は早起きして padmaの親分に逢いに行こう
今朝 阿闍梨さんの夢を見た
すべすべ桃色のほっぺで「うんうん」と笑って頷いてくださっていた
私はありがたく頭を伏して 涙が溢れていた
不思議な夢だった
多分お不動さんのメッセージだろう
何かがおきるかもしれない
草取りと庭木の手入れをする人達が来た。
これまでとは違う人達。結構ご年配。
帽子に作業服のおじさんと、割烹着に姉さんかぶりのおばさんたち。
何だか楽しげにお喋りをしながら作業をしていた。
庭木は伸び放題で、虫もいるし洗濯物にもつくからいつも邪魔。
だけど何度頼んでもまともに刈り取ってくれた試しがないから、もう諦めていた。
つくづく疲れることばかりの毎日で、今日のコレもまたストレスだなと思っていた。
庭木を伐り始めたおじさんが言った。
「なんだこれー?大した粗末にやってるな。こんなになるまで放っておいて。
向こうと全然、丈が違うぞ。もう少しまともにやれないもんか?
マメにしないと大変な場所だよ。」
そうお喋りをしながら、短く短く刈り込み丁寧に仕上げまで済ませていった。
今まで、私だけが大騒ぎしてるみたいに思われまともにやってもらえず、正直疲れきってたから、とっても嬉しかった。
ありがとう、おじさん。
姉さんかぶりのおばさんたちがお喋りをするのをぼんやりと聞いていた。
訛りはキツくないが、時折方言が交じり、イントネーションも独特のテンポも地元特有のもの。いつの間にか子守歌を聞いてるみたいに、安心しきった気分になっている自分に気付いた。
それは子供の頃にいつも周りにあった音。
両親じゃなくても、絶対に守って貰えるという安心感。
恵まれた境遇で育った私の、胸が締め付けられるフラッシュバック。
ひとりのおばさんの言葉が耳に入った。
「おれ、ずっとコレ(仕事)をやって生きてきたんだもの。」
話の前後はわからなかったけど、その語り口調は、自慢でも諦めでもなく、ただ一生懸命に努めてきた現実と、自分自身への確認のように聞こえた。
淡々と語るおじさん、おばさんたちの仕事ぶりは、大げさな道具を持参してもまともに稼がない若いヤツらとは雲泥の差があった。
おじさんもおばさんももう十分にご年配なのに… 。
ぼんやりと子供の頃を思い出していた。
温かでまともな人間が多かったあの時代を。
大好きだった人達は今はもう草場の陰だけれど、これからの私も生きる場所を間違ってはいけないのだと思った。
そうして… 少し泣いた。
これまでとは違う人達。結構ご年配。
帽子に作業服のおじさんと、割烹着に姉さんかぶりのおばさんたち。
何だか楽しげにお喋りをしながら作業をしていた。
庭木は伸び放題で、虫もいるし洗濯物にもつくからいつも邪魔。
だけど何度頼んでもまともに刈り取ってくれた試しがないから、もう諦めていた。
つくづく疲れることばかりの毎日で、今日のコレもまたストレスだなと思っていた。
庭木を伐り始めたおじさんが言った。
「なんだこれー?大した粗末にやってるな。こんなになるまで放っておいて。
向こうと全然、丈が違うぞ。もう少しまともにやれないもんか?
マメにしないと大変な場所だよ。」
そうお喋りをしながら、短く短く刈り込み丁寧に仕上げまで済ませていった。
今まで、私だけが大騒ぎしてるみたいに思われまともにやってもらえず、正直疲れきってたから、とっても嬉しかった。
ありがとう、おじさん。
姉さんかぶりのおばさんたちがお喋りをするのをぼんやりと聞いていた。
訛りはキツくないが、時折方言が交じり、イントネーションも独特のテンポも地元特有のもの。いつの間にか子守歌を聞いてるみたいに、安心しきった気分になっている自分に気付いた。
それは子供の頃にいつも周りにあった音。
両親じゃなくても、絶対に守って貰えるという安心感。
恵まれた境遇で育った私の、胸が締め付けられるフラッシュバック。
ひとりのおばさんの言葉が耳に入った。
「おれ、ずっとコレ(仕事)をやって生きてきたんだもの。」
話の前後はわからなかったけど、その語り口調は、自慢でも諦めでもなく、ただ一生懸命に努めてきた現実と、自分自身への確認のように聞こえた。
淡々と語るおじさん、おばさんたちの仕事ぶりは、大げさな道具を持参してもまともに稼がない若いヤツらとは雲泥の差があった。
おじさんもおばさんももう十分にご年配なのに… 。
ぼんやりと子供の頃を思い出していた。
温かでまともな人間が多かったあの時代を。
大好きだった人達は今はもう草場の陰だけれど、これからの私も生きる場所を間違ってはいけないのだと思った。
そうして… 少し泣いた。